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思い出の キャロットケーキ


再会


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初めて訪れたカフェで、キャロットケーキとカフェラテを注文した。


場所は、京都の出町柳。

数年前、五条大橋の近くに、終わりの時を惜しまれながらも閉店したカフェがあった。
ここは、当時スタッフだった方が、オープンさせたお店だと聞いた。


大きなガラス張りが特徴的。クーラーの効いた店内からは、外の様子が伺える。心地よい日差しも、程よく入ってくる。

『もうすぐ夕方だなぁ。』
日差しの色からも、日が傾きかけていることがわかる。今日も、後数時間経てば、夜になる。


「お待たせしましたー。」

ぼーっと外を眺めていたところで、注文したおやつがが運ばれてきた。

お待ちどう。キャロットケーキだ。

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キャロットケーキとカフェラテの組み合わせは、めちゃくちゃ合う。

人参の風味がする。それは、ほんのり甘くて、優しい味。甘すぎるケーキは得意ではないけれど、素朴な甘さはめっちゃ好き。そして、ナッツの食感がコリコリッと、口の中を心地よく刺激してくれる。
それらを噛み締めたら、最後に、カフェラテを1口飲む。

これだこれ。
あぁ、ほっとするね。


数年前には存在していた大好きだったカフェに、新しい形で再会できた気分。

そういえば、キャロットケーキも久しぶりなんだっけ。


色々なことを感じている内に、いつの間にか、意識は2年前へとタイムスリップしてゆく。


出会い


2019年、27歳の春。

私はニュージーランドの南島にある、湖畔の街にいた。

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” Happy birthday YUKO!! ”


朝起きると、マダムがバースデーケーキを用意してくれていた。
彼女は私が利用していたAirbnbの主で、ニュージーランド滞在中にお世話になっていた。


そしてこの朝の前の日が、私の27回目の誕生日だった。

そういえば昨日、誕生日の話をしたんだった。

まさか、出会って間もない私のために、ケーキがプレゼントされるなんて思ってもみなかった。だから、突然のサプライズを受け止め切れないくらい、嬉しかった。本当に、嬉しかった。

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この日のバースデーケーキに選ばれたのは、キャロットケーキ。
私はこの日まで一度も食べたことのないものだった。

これが、キャロットケーキとの出会いになった。


絶望と幸せが、融合した朝


誕生日を迎えたのは、仕事を辞めてから2週間あまり経った頃だった。私は前の職場を退職して、逃げるように、ニュージーランドへ飛んだ。

飛び立つまでは、仕事から解放された安堵感と、これからの生活へのワクワク感で満ちあふれていた。新しい環境への期待が大きかった。その高揚感は、持続しているはずだった。

しかし、
実際は、空虚感に充ちていた。


手元には、何も無い。

仕事を辞めて、何者でもなくなった私は、
ただ空っぽだった。

「始めから何者でもなかったんだということに、気づいてしまった」という表現のほうが、しっくりくるかもしれない。


ある意味、絶望感を味わっていたところで、不意に、あのキャロットケーキがプレゼントされたのだ。

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無力感
生きている意味


ニュージーランドに来てから、この複雑で曖昧な感情をどう処理したらいいかと、何度も自分の心に問うていた。


だから余計とサプライズが、染みた。


純粋に生まれてきたことを祝わってもらったこと。これからを生きることの応援をしてもらったこと。


そのようなメッセージを贈ってもらえたと感じて、それが、嬉しくて。


あの幸せな朝の風景は、2年経った今でも、キャロットケーキに出会う度に思い出させてくれる。幸せな記憶を味わわせてくれる、トリガー的存在となっている。


経験をもって語れること


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2021年、29歳の夏。

あの時と違って、今は随分と軽やかな心境だ。

それは

何者かになろうとしていたことを
あっさりと、辞めたからだろう。

あの頃は、何者かにならないといけないと思込んでいた。けれど、それには限界があった。


何者かと語れるものがあったとしても、それは私のほんの一部であり、肩書ひとつで、全てを表すことは何だかとても雑なことだと感じる。生き方に「テーマ」を付けることは可能だが、「職業」や「肩書き」だけで、自分のストーリーを語ることには限界があると思った。


何者か、は手段なのだ。

世の中に向けて
何を表現したい?
何を還元したい?

生きていると、1度は必ず問われる。

きっと答えはシンプルで、自明のことになるだろう。

だけど、経験を持ってしか私たちは、腹おちさせて、その問の答えを味わうことはできない。

だから、「何者かにならなくていい」というシンプルな答えも、腹落ちさせて初めて、わかることだと思うのだ。



1杯のカフェオレと、一切れのケーキが残り僅かになったところで、記憶を辿る旅は幕を閉じた。



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