鶴の舞

【短編小説】鶴の舞【 #noハン会小冊子企画2nd 】

12月8日に行われた非公式オフ会noハン会2ndの小冊子企画のために小説を書きました。

今回のお題は……

画像2

こちらの絵。noハン会のロゴマークです。
(画像はnoハン会アカウントプロフィール画像からお借りしました)

斬新なテーマです。


文字数は2000字程度です。

舞台は北海道、釧路市の隣にある鶴井村です。

小説本文は小冊子の内容と変わりありません。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆

鶴の舞

「でも私、やっぱり子供を育てる自信ないよ!」
 僕は黙っていることしかできなかった。
「結婚した後でこんなこと言うの契約違反みたいなもんだってわかってるよ! マサトくんは子供とか動物とか大好きだもんね、子供が欲しいって結婚する前からずっと言ってたもんね。けど」
 彼女の顔が悲痛に歪む。
「いつでも冷静なマサトくんと私は違うの。怒ったり泣いたり情緒不安定になっちゃって、自分のことで一杯一杯で……私が子供を育てるなんて無理だよ……」
 彼女と僕は違う。
 その通りだ。
 僕は彼女が羨ましい。
 僕が感情をもっと表出できる人間であれば、彼女と一緒に涙を流したり、彼女の捻じれた思考を叱ってやったりできただろうに。
 冷静だなんて優しい言い方しなくていい。僕は、冷たい男だ。
 こんな時、彼女を抱き締めてやったり気の利いた言葉を掛けたりするべきなんだろう。
 僕は、ただただ立ち尽くしていた。


「わぁ……」
 ミサキは真っ白い息と一緒に、無邪気な声を漏らした。
 喧嘩とも言えない喧嘩の数日後。旅行を強行したことを僕は不安に感じていたが、いつも通りの彼女の様子を見て胸を撫で下ろした。
 彼女は気持ちの切り替えが早い。彼女の言う「情緒不安定」という短所の裏返し。負の感情を引き摺ってしまう僕からすると憧れる。
「すごい! たくさんいるよ!」
 彼女が指差す先には、白銀の冬景色、そしてそこに、幾羽もの鶴が優雅に闊歩していた。
 僕等が訪れた鶴居村は、北海道の東の主要都市である釧路に隣接した、その名の通り鶴のいる村だ。
 冬になると多くのタンチョウヅルが釧路湿原など北海道の東側の地域へと飛来する。
 ここはそんな鶴の観察スポットの一つであり、カメラマンや家族連れの観光客など多くの人々が訪れていた。
 空いているスペースへと進み出ると、よりはっきりと鶴の様子を見ることができた。
 群れの中で、とある二羽の鶴が両の羽を大きく広げているのが見えた。じゃれ合うように小さく飛び跳ねたり長い首を上下にくねらせたりした後、体を反らして天を仰ぐ。そして、空気を震わせるように、ファンファーレを奏でるラッパのように、美しい鳴き声を轟かせた。
「鳴いたね!」
 ミサキは嬉しそうに目を輝かせてこちらを振り返ったが、彼女の大きな声に驚いたのか、鶴達が一斉に空へと飛び立ってしまった。
「あ……」
 ミサキは自分の言動が恥ずかしくなったようで、身をすくめてきょろきょろと辺りを見回した。
 周囲の大人達はそんなミサキを見て見ぬ振りしたが、すぐそばにいた幼い男の子だけは目をぱちくりさせてミサキの顔を見つめた。
「鳴いたね!」
 男の子は舌足らずな口調でミサキの言葉を繰り返し、にっこりと笑った。
 その表情がミサキの先程の表情と瓜二つで、僕はついつい笑ってしまった。そんな僕を見て、ミサキも笑顔を取り戻した。
 そろそろ行くよ、と、両親と思われる男女が男の子に声を掛ける。男の子はミサキに小さく手を振った後、小走りで両親を追い掛けていった。
 去っていく背中がどうにも愛らしくて、僕はそれを目で追う。が、ミサキの視線に気付いて咄嗟に顔を逸らした。
「……子供、かわいいね」
「え……うん」
「……マサトくんが子供好きなことを誤魔化す必要なんてないよ」
「……うん」
「ホントは私以上に鶴に対しても興奮してるんでしょ。ねえ、いつもみたいに色々教えてよ」
 彼女は寒そうに手を擦り合わせながら、再び舞い降りてきた鶴の群れの方に向き直った。
「……うん。えっと……さっき二羽の鶴が特徴的な動きと鳴き声をしていたのは『鶴の舞』と言って、求愛のダンスなんだ」
「鶴の舞……!」
 彼女はもう叫んだりしないようにと口元に手を当てて声を押し殺した。
「それで……結ばれた二羽の鶴は……抱卵は雌雄交代で行う……つまり、オスとメスがかわるがわるに卵を温めるんだ。……巣作りも、子育ても、二人で協力し合って行う……」
 その言葉に込めた思いが、彼女に伝わったのだろうか。
 彼女は振り向いて僕の顔を見たが、言いたいことを呑み込むように、うな垂れて黙り込んだ。
「……ミサキが自分の感情を誤魔化す必要も、ないよ。……驚いた時は声を上げて、嬉しい時は笑って、悲しい時は僕の分まで泣いてよ」
 二羽の鶴が、遠くの方で再び舞いを始めた。誰にもわからない言葉で、愛を伝え合っている。
「……私、またいつかここに来たいな。今度は……子供も連れて」
「……うん」
「マサトくん、子供にも色んな知識を教えてあげてね」
「……うん。ミサキはさ、子供に色んな感情を教えてあげてよ」
「……うん」
 つがいの鶴が翼をはためかせて澄んだ青空へと舞い上がった。
 それを見上げた彼女の目は潤んでいた。
 こんな時、彼女を抱き締めてやったり気の利いた言葉を掛けたりするべきなんだろう。
「マサトくん、温かい」
 僕は、彼女の冷えた手を握って、ただただ立ち尽くしていた。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆

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幸野つみ




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