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「書く」ことの意味を伝える

光る君へを見おわると、無性に何か書きたくなる。キーボードをカチャカチャしながら書くのではなくペンの滑りがいい上質な紙に縦書きに一筆書きのような感じで書きたくなる。と以前も書いた↓

自分の心のうちをただつらつらと日記のように書くのも好きだし、旅先で、今日のルート、買ったもの、出会った人、何をしゃべったかを事細かに書いて記憶にとどめておくのも好きだ。

書く目的はひとそれぞれ。ジャーナリングのように気持ちを落ち着けるためにただただ書き続けるときもある。このときはかなりの文句を書いている。こうみえても結構な小心者で、周りの目も気になるタイプなので、面と向かってなかなか文句をいえない。言えたとしてもデフォルトがニタついた顔だから本気で怒っていると思われない。だから、卑猥な言葉を書き綴り、相手に言った気持ちになり、すっきりした気分に浸るのだ。

しかし、平安時代の女たちは違う。かの有名な蜻蛉日記を書いた藤原兼家の妾じゃなく藤原道綱母は、ありとあらゆるところに女をはべらかせていた兼家を愛し、他の女の所にいっても愛し続け、兼家没後は悲しみに暮れた。その悲しみを癒やすために日記を書いたというのだ。

「殿との日々が私の一生のすべてでございました。私は日記に書く事で、己の悲しみを救いました。あの方との日々を日記に書き、公にすることで、妾の痛みをいやしたのでございます」

光る君より 藤原兼家妾役財前直見

数週間前の回では和泉式部も愛する人をなくし、悲しみにくれていたとき、まひろは、以前の兼家妾の言葉を思い出し、上記の言葉を和泉式部に伝えた。

悲しみに暮れるという体験は、中学生のときに愛犬がなくなったとき、友人が突然なくなったとき、最愛のじいちゃんがなくなったときといくつかあるが、時間が悲しみを癒やしてくれた。

しかし、書くことで思い出が残り、そして心が穏やかになっていく。しかも、妾だった痛みも癒やす・・・

いつも面白かったこと、楽しかったこと、いやだったことがあると書きまくっていたが、悲しみ、痛み、辛さも書くことで少しずつ解き放たれていくとは。

「書く」ことは人のあらゆる感情を沈めてくれる万能薬のようなものなのだ。

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