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私の仕事場づくり

私は、19〜26歳の間、いろいろな職業を経験しましたが、その間、料理人の経験が一番長く、その時の経験が今の仕事に・・・和装染色品の制作がメインですが、いろいろな面でとても役に立っております。

そのなかで、今回は「調理場での経験を応用した仕事場づくり」について書いてみようかと思います。

特に「都市部での染色あるいは、その他の工芸品制作を生業として行う場合の仕事場づくり」に有効です。

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調理場、特に都心部の飲食店の調理場というのは、だいたいスペースに余裕がありません。なので狭いなかで、いろいろ工夫し、良く機能する調理場を作り上げる必要があります。

調理場では、特に一流店では「速さ+正確さ+清潔さ+ブレの少なさ+安全さ」を要求されますから、仕事場の適切な設計はもちろん、実際に調理場で仕事をする際に観えて来るものを元にいろいろ調整し、良く機能するように詰めて行く必要があります。

*プロの仕事では「速さと正確さ」は必ず求められますからとても重要です。

*プロの仕事で毎回仕上がりが違うような事ではいけませんから「ブレの少なさ」が達成出来るような調理場のシステムづくりが必要です。

*安全性は重要です。怪我は怪我した本人だけでなく他の人員も巻き込んで仕事のロスになるからです。避けられない事故・怪我・病気は除き「自傷兵」のようなもの・・・自分のヘマで怪我をして、他の兵隊の手を煩わせるようなものは嫌われます。そのような「その兵隊個人の手抜きによって起こる事故」は、個人の資質の問題なのでシステムでは回避しにくいのですが、それでも大事には発展しない、極力安全であるようなシステムづくりをします。

*「清潔さ」は調理場では当然ですが、工芸でも清潔で良く片付いている仕事場であれば全ての効率が上がり作品制作における事故が減ります。例えば染色ではシミや汚れをつける事故が減ります。また「この清潔で良く片付いた仕事場から生まれた作品なのだな」とお客さまに信頼感を与えます。

*当然、それらは分離しておらず、全てが連動していなければなりません。

例えば火を扱うのは調理場のどの辺りにするか、水周りはどうするか・・・など、大きな部分は、最初から設計してあります。それは、建物のガス・電気・水道の配置の関係で、それなりの縛りがありますし、そういうところは後から大きく変更する事はあまり無いからです。後から変更する場合もありますが、それは最初の設計が余程まずく、調整ではどうにもならなかったから、という事になります。

そのような大きな部分はもちろん重要ですが、実際に調理場を運営して行くにあたっては「実際に仕事をしながらの調整」が大切です。

大きな導線というのは、ある程度実際の運営が始まる前からそれなりに読めるのですが、現場的に有効な「小さな導線」は、お客さまへ出す料理をつくって、ホールへ出す、空いた食器を下げる、洗う、使い終わった調理道具を洗う・・・(その他その他)などの事を実際にやってみないと、分からないものです。「シュミレーションでは良いと思ったけども、実際には想定と違った」という事は良くありますので、それを調整して細かいところを仕上げて行きます。中規模の変更もここで行います。

その際に、有用な道具の種類、サイズ、小物なども精度高く決まって行きます。もちろん、最初からそういう事は計算して道具を揃えているわけですが、さらに細部を詰めて行き、調整するわけです。

・・・と、そんな感じの仕事スキルが私には叩き込まれておりますので、当然、水や火を良く使う染色の現場においてもそれを応用します。

私が若い頃に営業で在籍していた染色工房や、数件の染色の仕事場の様子を観ると「うーん、随分と設計と配置に根拠がなく、導線に無駄が多く、精度にムラが出るシステムと道具立てだなあ・・・在庫管理も杜撰だし・・・」という感想を持ちました。

もちろん、調理場じゃあるまいし、そこまでの精度が必要あるかーい!と言われればその通りなので、他所の仕事場に文句をつけた事はありません。しかし、流石に私が営業でいた染色工房で、システムの悪さで同じ失敗を何度もしている、さらに失敗が失敗を呼ぶ負の連鎖が起こっている、在庫管理という概念さえ無いシステムに対しては、改良を要求しましたが、しかしそれはそれで「悪い習慣に慣れてしまったキャリアの長い人」がいる場合、簡単にシステムの変更は出来ません。彼らは、改良したシステムを、いつの間にか以前の悪しき習慣に戻してしまうのです。人間は変化を嫌いますので・・・そういう場合は仕方がないですね。本人たちに変わるつもりが無いなら、それを変えようとしても無駄な事ですから。

また、根本的な部分が間違っているシステムでもそれで慣れてしまっているベテランがいる場合は、システムの変更によってそのベテランの作業効率が落ちる場合もありますし、変更への不満も大きいので、そのような場合は人事も含めた変革が必要になる事もあります。

話が脇道に逸れました!(私のnoteの文章は「話が脇道に逸れました」が定番ですなあ)

・・・特に小さめの個人店の調理場だと、一人でいろいろな作業を同時進行しますので、視野が広く取れ、かつ小さく高速回転するなかでの「仕事の速さ・正確さ・ブレの無さ」が要求されます。そのための調理場づくりが必要になります。

それが、そのまま都市部で行う工芸の仕事場作りに応用出来ます。

なので、当工房では、そのあたりを染色の分野でいえばかなりシビアにやっています。

・・・が、それは非常に厳格なマニュアルをつくる、微細な計測を徹底する、というようなものではありません。場合によってはそのように細かく決まりをつくる方法自体が、速さと精度を下げてしまう事があるのです。プロの仕事では「程よいハンドルの遊び」が必要です。

アマチュア用の仕事場ではなく「プロの知識や技術を身に付けたプロ用の仕事場」だからです。

「速さ+正確さ+清潔さ+ブレの少なさ+安全さ」のある仕事場の本質は、マニュアルが厳密という意味ではく「行為が精度高く、効率良く機能するような仕事場である事」なのです。

さらに、ひらめきや、創作性が入り込める隙間も必要です。決まりを厳格化し過ぎると「細かいマニュアルを正確にこなす事が目的」になってしまい、制作の本質からズレてしまい、作業に創作性が無くなり硬直化するのです。

また、取り扱う素材には個体差がありますから、仕上がりのブレを少なくするには、その都度の調整が必要です。厳格過ぎるマニュアルは、人の感性や観察眼を塞ぎます。素材に対する観察よりもマニュアルの遵守が優先される事により、むしろ仕上がりのブレを生む原因になります。

また、今まで当たり前に思われていた事も検証する必要があります。現代にはもっと良い何かが出ていて、それを使った方が良い場合もあるからです。今までの慣習だからといって、伝統と言われる事だからといって、現代にその方法が最適であるかは別の話です。そこはしっかり検証する必要があります。

常に「良い作品をつくるため・お客さまへ良いものを届けるため」という目的が中心になければなりません。そのためにはどうすれば良いか?と考える事で、今は機能していない慣習、伝統ではない迷信などを排除する事が出来ます。

仕事場づくりで大切にしなければならないのは「精神的・身体的に楽である事、心地よい事」です。また、レベルの高い人用に設定し過ぎないようにします。あまり属人化しないようにもします。

それらが結果として「楽で、速く・精度高く・失敗が少ない仕事が可能な仕事場」となります。

その分、精神や身体に余裕が出来ますから、仕事の視野を広く持て、より創作的な仕事にエネルギーを傾ける事が出来るというわけです。そのために、良い仕事場をつくる事が必要になるわけですね。

良い仕事場だから、良い仕事が出来、余裕が出来、新しい創作が産まれ、それがさらに仕事場を良くして行く、というサイクルになります。

そうしておかないと、エネルギーが分散してしまい、同じ強度の作業をしても余計な時間と資金がかかるようなります。プロの仕事場ですから、それはいけません。人間の知力体力は有限です。休息も必要です。ですから、エネルギーをロス無く活かせる仕事場とシステムが良いのです。

飲食店では「原価率」もシビアですから(食材だけでなく、家賃やその他全て含めたもの)そういう面でも、そのシステムを工芸系の仕事場に応用するのは良い事です。

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そういうスキルを活かして、私は

「分業が多い友禅染の仕事で、ほぼ一人で殆どの工程を完結する方法」

を組み上げて行きました。

現状の、職業レベルの和装染色の業界は、瀕死の状態です。

なので、和装染色に関わる、あるひとつの分野の専門職の人が、まるっきり居なくなってしまう事もあります。

自分の作品を制作する際に、制作の重要な部分の外注が多いと、自分もそれも巻き込まれ、廃業してしまう事になります。

というわけで

「業界がさらに縮小しても巻き込まれない技術の習得・システムづくり」が必要になると私は考えたのです。

【コンパクトで良く機能する仕事場とシステム】

これを当工房では、弟子に明快に確実に教えます。

それは、具体的に言えば最低、名古屋帯の生地を張れる長さの細長い部屋・家庭のキッチン・家庭の風呂場があれば可能です。着物はパーツ毎に切って地色を染める事になりますが・・・それも、事故が少なく済む仕事場づくりやシステムがあります。

自分一人で図案、文様、染、仕上げまで持っていけるわけです。(揮発洗い、湯のし、仕立ては外注です)

それなら、和装文様染の技術や伝統を受け継ぐ人が、産地ではなく個人という最低単位で存在し続けられます。

この根本姿勢と、仕事場づくりのシステム、営業手法は、呉服の業界に限らず、有効な方法です。

・・・そういうわけで、私の仕事場づくりは、調理場での経験が多いに役立っているのでありました。

(ヘッダー写真・帯の着物の図案を入れた筒。このように収納しておけば、図案が傷まず、何がどこにあるか分かりやすい)

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以下は、弟子と弟子への指導などについての事を書いたものです。ご一読いただければ幸いです。

以下のものは、上のものよりもさらに長い記事です(笑)


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