多様性ある社会で「表現と差別」を考える
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多様性ある社会で「表現と差別」を考える

神崎ゆき

 こんにちは、神崎ゆきと申します。

 先日、私はこのようなツイートをしました。

 この投稿は「2.4万RT、6.4万いいね」を超えており、それなりに『バズった』ツイートであると言えるでしょう。

 ただ、私がTwitterではバズ・マーケティングではなく「ヒット」を積み重ねて「少しずつ広げる」というマーケティング戦略を取っているので、私にとって『バズ』は、できれば避けたい想定外の事態です。

 『バズ』には、良い面も悪い面もあります。最も顕著な悪い面は「届けたい層以外にも急速に拡散されてしまう」こと。つまり、普段の私のスタンスを知らない人が、悪意が無くともツイートを誤解してしまう。

 さて、このツイートの引用RTとして"RT&いいね"が多かった投稿が2つ。

 まずは、美少女コミック研究家の稀見理都氏の投稿。その「美少女コミック研究家」という肩書きから誤解される方もいらっしゃるかもしれませんが、日本における性表現の歴史的推移を真面目に研究されている方です。

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稀見理都|午前10:55 · 2021年10月21日|Twitter より引用)

 稀見理都氏の見解は、私の見解とほぼ同じものです。

 次に、イラストレーター・漫画家の汐街コナ氏(以下、しお氏)のツイート。以下の投稿から続くリプライ・ツリーになっています。

 正直、このしお氏の一連の投稿には、かなり「引っ掛かり」を覚える部分がありました。

 先程申し上げた通り、私のツイートは『バズった』ことで、私の意図を誤解されて引用RTやリプライをされる方が多かった。

 Twitterの140文字では、全ての意図が伝わるはずもない。

 せっかくなので、このしお氏の一連の投稿に沿っていくことで、自分の意図をより詳しく伝えようと、こうしてnote記事を書くことにしたのです。

 では、そのツイートの内容を1つ1つ見ていこうと思います。

1. 多様性とは何か

 そもそも『多様性』とは何でしょうか?

 まずは、一般的な意味合いを見てみましょう。 

いろいろな種類や傾向のものがあること。変化に富むこと。「生物の多様性を保つ」

多様性とは - コトバンク|デジタル大辞泉 より引用)

 私も普段は、この意味で『多様性』という言葉を使っています。私の最初のツイートも同様です。

 また、他にはプログラミングにて『多様性(ポリフォーリズム)』という概念があります。私も仕事で簡単なプログラミングをしていたことがあるので、あまり常用する単語ではありませんが、知識としては持っています。

オブジェクト指向プログラミングにおいては、1つの名前の複数のメソッドが、対象に応じてさまざまな処理ができるのが特徴であり、これを「ポリモーフィズム(多態性、多様性)」と呼ぶ。

ポリモーフィズムとは - コトバンク|ASCII.jpデジタル用語辞典 より引用)

 しかしながら、しお氏の言う「多様性」はどうやら、どちらの用法にも当てはまらないようです。

 しお氏は、このように仰っています。

萌えや萎えと多様性の話を一緒くたにしている時点で「多様性」自体をあまり理解してないのでは?とは思います。

しお|汐街コナ|午前9:42 · 2021年10月21日|Twitter より引用)

 ここで私は「ああ、この人はおそらく『ダイバーシティ』について話しているのだな」と気づきました。

 日本語の「多様性」の語源の1つは、元を辿ると英語の『ダイバーシティ(diversity)』を翻訳したもの。

 そして『ダイバーシティ』という言葉は、とりわけ「差別問題」の文脈で使われることが多い言葉です。

・Diversity and Inclusion
・雇用の機会均等、多様な働き方を指すことば。
・もともとは、アメリカにおいてマイノリティーや女性の積極的な採用、差別ない処遇を実現するために広がったもの。その概念が広がりを見せ“多様な働き方”を受容する考え方として使われるようになった。
・日本においては、人種、宗教等よりは、性別、価値観、ライフスタイル、障害等の面に注目した多様性として捉えられている傾向がある。
・現在、人権等の本質的な観点だけでなく、将来的な少子高齢化による労働力人口の減少等に対応した人材確保の観点から“ダイバーシティ”に取り組む企業が増加している。

ダイバーシティとは - コトバンク|人材マネジメント用語集 より引用)

 ……しかし、妙なのは。

 しお氏が、このように仰っているところ。

でも多様性は萌えとか萎えとかの世界ではないですね。
萌えや萎えは「嗜好」の問題です。多様性において問題になるのは嗜好の話ではないです。

しお|汐街コナ|午前9:42 · 2021年10月21日|Twitter より引用)

 何がおかしいかと言えば、「多様性」を『ダイバーシティ』という文脈で用いていたとしても……。

 『ダイバーシティ』の概念には「価値観」も含まれるので、必然的に「嗜好」の問題も含まれるのでは、と私は思うのです。

 国際女性ビジネス会議実行委員会委員長の佐々木かをり氏は、以下のように述べています。

では、人間社会での多様性、ダイバーシティとは、いったい何を指すのだろうか。例えば国際社会の中で、ダイバーシティというと、通常は複数の国籍を指す。15歳になる私の息子は現在スイスに留学中だが、彼の学校教師と話をすると頻繁にダイバーシティという単語が出てくる。何十もの国籍の子どもたちが学んでいるということがいかに魅力であるかという意味で使っているわけだ。

この場合のダイバーシティは、もちろん国籍を指しているが、それにとどまらず、生活スタイル、宗教、価値観なども多様である事を指している。いまや教育の過程でも、多様な価値観の中で考え、学ぶというダイバーシティは重要なキーワードなのである。

日本人の大多数はダイバーシティの意味を誤解している | 佐々木かをりの実践ダイバーシティ | ダイヤモンド・オンライン より引用)

 前述した「コトバンク」の定義では「日本においては、人種、宗教等よりは、性別、価値観、ライフスタイル、障害等の面に注目した多様性として捉えられている傾向がある」と書かれておりましたが……。

 どうやら、『ダイバーシティ』の原義からして「生活スタイル、宗教、価値観」も含まれる言葉のようです。

 ですが、しお氏は「萌えや萎えと多様性の話を一緒くたにしている時点で『多様性』自体をあまり理解してないのでは?」と仰っていることから……。

 しお氏の主張からは、次の可能性を読み取れます。

しお氏は、以下のいずれかの考えを持っている。

① 『ダイバーシティ』に「価値観」が含まれると思っていない
② 「価値観」に「嗜好」が含まれると思っていない
③ どちらも含まれると思っているが、批判の為に意図的に誤用した

 さすがに、しお氏が③のように「悪意」を持っている可能性は、なるべく考えたくないところです。

 以前の記事でも書きましたが、インターネットのトラブルでは、よく安易に相手から「悪意」を見出しがちです。しかし、それは余計なトラブルを招いてしまうため、できるだけ避けるべきと思います。

 そして、おそらくなのですが……。

 しお氏は「多様性 = 差別問題」と直結して考えているのでは、という疑念があります。それは、しお氏が前述したツイートで以下のような文言を書いていることからの予測です。

好き嫌いと差別は違います。

しお|汐街コナ|午前9:42 · 2021年10月21日|Twitter より引用)

 さて、もう1度。

 私の最初のツイートを見てみましょう。

 私は最初のツイートで、あくまで「多様性とは何か」という話に終始しています。このツイートでは一言も「差別」について触れていないのですが、なぜかしお氏は「好き嫌いと差別は違います」と仰る。

 しお氏の最初のツイートから、すれ違いを感じます。

2. 性犯罪と差別

 汐街コナ氏こと、しお氏の主張。

 まず、最初のツイートから「多様性に価値観が含まれない」あるいは「価値観に嗜好は含まれない」のいずれかの考えを持っていること、さらにおそらく「多様性 = 差別問題」と直結して考えているであろうことが分かります。

 さて、しお氏のリプライツリーの2つめを見てみましょう。

 まず「ん!?」と思ってしまうのが、次の文言です。

女好きで女性蔑視な人が性犯罪を起こします。

 これ、根拠はあるのでしょうか……。

 「女好きで女性蔑視な人が性犯罪を起こす」というのは、確かによく言われることではありますが、その「女性蔑視」すなわち「ミソジニー」と性犯罪の相関関係・因果関係を示した統計情報などは、調べた限り有益なものが見つからないのです。

 例えば、機械学習をするおによめ氏がまとめられているnoteでは、海外諸国の非実在ポルノ規制と性犯罪率について調べられています。

・非実在児童ポルノについて、一定のルールに従って各国の表現の自由度(規制度)に得点をつけました。
・因果は断言できませんが、規制の厳しい国ほど性犯罪率が高い傾向があります。
・「性犯罪を根絶するために表現を規制する」はまったくの無根拠。現状、性犯罪に苦しむ方が多数おられます。表現規制などではなく、性犯罪を減らすための適切な対策を求めます。データは割愛しますが、例えば、性教育にリソースを費やす方が、性犯罪の減少に効果があるようです。
・重ねて言いますが、「性的な表現が社会にあふれることによって性犯罪が減る」という主張ではありません。

 これは表現規制と性犯罪に関するnoteなのですが、女性蔑視と性犯罪に関することについても、これくらい調べたうえで述べて頂きたい。

 私は性犯罪が非常に大きな問題だと思うからこそ、あまり不用意に軽率なことを述べて欲しくないと思ってしまいます。

 また、次の点。

好き嫌いと差別や蔑視を一緒くたにしたらダメです。

 これに関しては、私は「一緒くたにすること」には反対しますが、同時に「完全に切り分けること」も不可能だと思います。好き嫌いは差別と直結してイコールではありませんが、少なからぬ影響はあるでしょう。だからこそ、前述した『ダイバーシティ』の概念にも「価値観」が含まれている。

 「好き嫌いと差別や蔑視を完全に切り分けできる」と驕ってしまうことこそ、危険なのではないかと私は思います。

 差別意識と人間の感情は、切っても切り離せるものではありません。

3. 個人の問題と社会の問題

 しお氏の2つめのツイートには「女好きで女性蔑視な人が性犯罪を起こします」という文言がありましたが、性犯罪に関することで根拠無く不用意なことを言って欲しくないと、私は思ってしまいます。

 さて、次のしお氏の3つめのツイートを見てみましょう。

 この点は同意します。

 細かく言うと「見知らぬ女性にエロ雑誌を見せつける」という行為を行っているのが、特に何の説明もなく「知らない男性から」と、自然に「男性」の想定になっていることが、気になるところではありますが……。

 しかし、そもそも私の最初のツイートに関しても、140文字で伝わらなかったことを伝えようとして、こうしてnoteで長文を書いているので、しお氏のこのツイートも単純に全ての想定を書ききれなかっただけでしょう。

 当然ながら「女性」が「見知らぬ女性にエロ雑誌を見せつける」場合でも、あるいは「男性」が「見知らぬ男性にエロ雑誌を見せつける」場合でも、大抵の場合は「性的嫌がらせ」に該当します。

 これに関して「嫌がった人物はエロが嫌いなだけ」と考えて「好き嫌い」の問題にしてしまうのは、筋違いでしょう。この点は、しお氏に同意します。

 しかし、次の投稿からいきなり話が飛びます。

 直前のツイートでは、「性的嫌がらせ」と「好き嫌い」の問題が比較されえていました。

 しかし、それが突然「個人の問題」と「社会の問題」の比較になっており、話の繋がりが全くありません。

 先程のケースである「見知らぬ女性(あるいは男性)にエロ雑誌を見せつける」という行為は、あくまで「個人の問題」です。もちろん、個人の問題だからといって「それが問題ではない」という話でも、矮小化しているわけでもありません。

(むしろ、個々のケースを統計情報等の根拠も無く、社会全体の傾向や問題と捉えてしまうことの方が、本質を見失う危うさを感じます)

 そして、これはよく言われることですが「差別・蔑視を助長する表現」というのは、いったい何なのでしょうか。

 まず、性犯罪に関しては、前述した機会学習をするおによめ氏のnote記事によれば「因果は断言できませんが、規制の厳しい国ほど性犯罪率が高い傾向があります」とあります。

 そして、よく「差別・蔑視を助長する表現」としてオタク文化の漫画・イラスト等が挙げられます。

 後述しますが、しお氏もこの後のツイートにて「オタク」「アニメや漫画やゲーム」という文言を述べているので、おそらく同氏もオタク文化の表現を想定されていることでしょう。

 これに関しては手嶋海嶺氏が、各種論文を調べられています。

実際問題、オタク趣味って差別的意識を助長したりするのかしら?

いえ。「助長」は因果関係まで示さないとダメだから厳しいとして、じゃあせめて相関関係でいいから出ますかと。

オタク男性やオタク女性は、一般男性や一般女性と比べて、ジェンダー・ステレオタイプ信仰が強いとか、せめてそれくらいはデータあるのかしら?

少なくとも「技術的に可能」っぽいわよね。「オタク」に何らかの操作的定義を与えて、それと偏見・差別意識と相関が出るか検証すればいいのだわ。
「オタク度」と「偏見・差別度」みたいなのが両方出る質問票を作って回答してもらえばOK。

で、ぱちぇ、かなーーーーーり探したのだけれど、ほとんど見つからなくて。(逆に「オタク的表現は偏見・差別を助長する」と主張している人、本当に何に基づいて話してるのか謎なんだけど。)

ただ、ほぼ唯一、「腐女子群、女性オタク群、女性一般群、男性オタク群、男性一般群」の5群について、ジェンダー意識の相関を調べた山岡准教授の研究報告(学会発表要旨?)を何とか見つけたのだわ。

この研究では、従属変数(目的変数)としたジェンダー意識について、「関係性得点」「繊細乱暴得点」「男性優位観得点」の3つに分けているみたいよ。
要旨っぽいから詳細データは見ようがないんだけど、とりあえず書いてあるまま列挙するわね。

■関係性得点(男女関係において、男がリードすべき)
女性一般・男性一般・男性オタク > 腐女子・女性オタク

■繊細乱暴得点(女は繊細で、男は乱暴)
男性オタク群 > 腐女子群 (他の3グループの位置は不明)

■男性優位観得点(男のほうが女よりも能力的に上)
有意差なし。(腐女子、女性オタク、女性一般、男性オタク、男性一般)

……。

………………。

………………オタクが一般人と比べて偏見的な意味でなんか酷い状態にあるって話はなさそうね?

萌え絵や萌え系物語を消費しまくってるオタクは、そうでない人よりも男女に関するジェンダー・ステレオタイプ(偏見)が強化されているのではないの?

そこまでの結果、出てないわよね。

表現ガイドラインは本当に「いいもの」かしら?|手嶋海嶺|note より引用)

 仮に、オタク向けな表現物(特に萌え絵)が偏見を助長するというなら、因果関係が示された統計情報等があっても良さそうなのですが、実際は因果関係どころか相関関係すら乏しいようです。

 せめて、オタクの方が一般人よりも偏見が強くないと「オタク文化の表現は差別・蔑視を助長する」は成り立たちません。

 なので、しお氏がいったい何に基づいて、どのような表現を「差別・蔑視を助長する」と述べているのか……。

 私は、非常に気になります。

4. アンコンシャス・バイアスの誤用

 4つめ・5つめのツイートでは、「性的嫌がらせ」と「好き嫌い」の比較が、唐突に「個人の問題」と「社会の問題」の比較に変わっています。

 さらに「差別・蔑視を助長する表現」が何に基づくものなのかも、その根拠が不明です。

 さて、続いて。6つめのツイートを見てみましょう。

 このツイートの前段は「〜と思います」なので、あくまでしお氏の主観に基づく話でしょう。

 しかしながら、そこに続く部分は少し疑問に思ってしまいます。

女性の多くは「世間全般から」は「性的な存在」として扱われたくないです。だからそういう価値観を刷り込みそうな表現に反対します。

しお|汐街コナ|午前10:13 · 2021年10月21日|Twitter より引用)

 女性の多くは「世間全般から」は「性的な存在」として扱われたくない、という点には同意します。

 「世間全般から性的な存在として扱われたい!」と望む女性もいるでしょうが、あまり多くはないと思います。

 しかし、あらゆる価値観が存在するのが多様性。

 ですので「多くの女性」という主語で「女性の多くは(中略)そういう価値観を刷り込みそうな表現に反対します」と言ってしまう、しお氏に対して私は……。

 失礼ながら、言葉を選ばずに言えば「女性をバカにしているのでしょうか?」と思ってしまいました。

 より正確には「しお氏は『多くの女性』に対して、そこまで多様性に対する認識も欠けており、また『価値観を刷り込み"そう"』という非常に曖昧な偏見で反対するのだと、そのように思っているのだろうか」です。

 前述した、しお氏の言う「差別・蔑視を助長する表現」もそうですが、この「そういう価値観を刷り込みそうな表現」も何を指しているのか、いまいち定義が分からない部分。

 例えば、それらを「性的に露骨な表現物」および「性的対象化表現」だと仮定した場合、その分野の総説論文を紐解くと……。

 「性的に露骨な表現物」「性的対象化表現」が「古いジェンダー観や古いステレオタイプの強化」には時代の影響を超えた「価値観の刷り込み」を起こしてはいないことが分かります。

 手島海嶺氏は、以下の記事にて各種総説論文を読み、それを踏まえて以下の結論を述べています。

まあ、日本で性犯罪が減ってるのはみんな知ってるわよね。
今だったらスマホで更に「性的に露骨な表現物」の入手は容易になったけれど――何ならWEB広告でイヤでも目に入るようにすらなったけど――別にそれで性犯罪・性暴力が顕著に増加したって話は聞かないのだわ。

ついでに言えば、「男は仕事、女は家庭」みたいな古いジェンダー観の支持率の変化も、時系列的に調査・記録されてるわよね。男女共同参画局や総務省がやってるのだわ。

ねえ、時代に逆流して古いジェンダー観の支持率が高まったことって、あったかしら?

公共の場のあちこちに、TPOをわきまえずに、萌え絵が登場するようになると、「良くない」「古い」ステレオタイプが強化され、社会に蔓延するはずなのよね?
「助長している。」というデータはどこにあるの? とりあえず統計上は出てこないけど。増えてないわよ、「女性の定型化された役割に基づく偏見」は。
まあ、もちろん、フェミニストの皆様の力強いご活動・ご活躍のおかげで、「ジェンダー規範の減衰や男女平等意識の高揚」が得られているのかもしれないわ。もしそうだったら――「そうである。」とちゃんとしたデータで示せたら――その点は素晴らしいと思うわ。

でも、「性的に露骨な表現物」にせよ「性的対象化表現」にせよ、こんなにも世にあふれるようになったのに、性犯罪率・性暴力率の上昇も、そして古いステレオタイプの強化ですら、何ら発生しておらず、普通に減少してるのは、単なる統計上の事実だから受け入れてほしいのだわ。

全国フェミニスト議員連盟による抗議状の超批判的検討|手嶋海嶺|note より引用)

 これに対して「本当かよ?」と疑問に思われた方は、ぜひ上記のリンクから手嶋海嶺氏が実際に参照された総説論文の記事を読まれることをお勧めします。

 ともあれ。

 「性的に露骨な表現物」「性的対象化表現」は、こんなにも世にあふれるようになったのに、性犯罪率・性暴力率の上昇も、そして古いステレオタイプの強化ですら、何ら発生していない統計的事実は、抑えておきたいところです。

 また、余談ではありますが……。

 この「価値観の刷り込み」は「アンコンシャス・バイアスの助長」という言葉で語られることがよくあります。

 しかしながら、この「アンコンシャス・バイアスの助長」という用法は、この文言そのものが、そもそも『アンコンシャス・バイアス』という概念を誤って捉えています。

皆さんは、次のような職業にどんなイメージを持っていますか。
年齢は?見た感じは?性格は?どのような人を想像しますか?

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それぞれの職業から、すぐに「この職業の人はきっとこうだろう」と、ステレオタイプ的なイメージを思い浮かべた人は多いのではないでしょうか。脳は瞬時に物事を無意識に紐づけて素早く理解しようとします。アンコンシャス・バイアスは高速思考ともいえます。大量の情報を処理し、すばやく行動するためには欠かせないものです。アンコンシャス・バイアスが機能することで大枠で物事を理解したり判断することが可能となります。アンコンシャス・バイアスは誰もが持っているもので、良い悪いというものではありません。一方で、その情報や知識が偏っていたり思い込みによるものであっても、自動的に瞬時に処理するため修正することができません。自分を含めて、誰もがアンコンシャス・バイアスを持っていることに自覚的になり、それをきちんと取り扱うことが大切です。

アンコンシャス・バイアス(無意識バイアス)とは?事例と対処法 | ダイバーシティ・女性活躍推進ならクオリア より引用) 

 「アンコンシャス・バイアス」という概念は、それ自体は価値中立です。

 それが悪影響を及ぼすこともあるので、アンコンシャス・バイアスに囚われないように、1人1人が自分自身に「思い込み」や「きめつけ」がないか、メタ視点から自己認識を深めることが重要なのです。

 しかしながら「アンコンシャス・バイアス」自体をコントロールすることは、良くも悪くも不可能です。そもそも、バイアスは「存在する」ことを前提に対応を考えるための概念です。

 「アンコンシャス・バイアス」を含む『バイアス』については、以前に以下のnote記事にて詳しく解説しました。

 いったい何が原因でその「アンコンシャス・バイアス」が形成されたのか、その関係を1対1で割り出すことは非常に難しい。

 言うなれば「偏見」であり「常識」とも言える概念なので「あなたの常識がなぜ形成されたのか」と聞かれても、それはほとんどの場合、単一の要因ではないでしょう。

 そのため。

 「この表現はアンコンシャス・バイアスを助長する」という主張をする人がいた場合、そもそも『アンコンシャス・バイアス』という概念を理解していないということになります。

女性の多くは「世間全般から」は「性的な存在」として扱われたくないです。だからそういう価値観を刷り込みそうな表現に反対します。

しお|汐街コナ|午前10:13 · 2021年10月21日|Twitter より引用)

 しお氏は「多くの女性」が「世間全般から」は「性的な存在」として扱われたくないがために、「そういう価値観を刷り込みそう」という理由で表現に反対すると言っていますが……。

 それは「多くの女性」が「表現」に対するアンコンシャス・バイアスによて「価値観を刷り込み"そう"」という理由だけで、表現に反対している、としお氏が言っているに等しい。

 これを、どうしても「"多くの女性"をバカにしているのではないかな?」と思ってしまうのでは、私だけでしょうか。

5. 表現の影響

 さて、前章では。

 しお氏の主張に疑問を呈す形で「性的に露骨な表現物」「性的対象化表現」が「古いジェンダー観や古いステレオタイプの強化」には時代の影響を超えた「価値観の刷り込み」を起こしてはいないこと、さらに誤用されがちな「アンコンシャス・バイアス」の本当の意味について説明しました。

 それえを踏まえて、しお氏の7つめのツイートを見てみましょう。

 前述した通り、「好き嫌い」と「差別蔑視の助長」は分けて考えるべきと思いますが、同時に「好き嫌いと差別問題を完全に切り分けられると驕るのも良くない」と私は思います。

 また、よく企業の出す「不快にさせてしまい」も良くない文言だと思います。安易に謝罪文を出しても、何の解決にもなりません。

 しお氏が仰る通り「なぜ不快なのか」も重要ですが「不快だと言っている人々は本当に顧客層なのか」「顧客層ならば全体の何%なのか」「不快だとクレームが来た原因は本当に"不快だったから"なのか」を同時に考えることも重要と思います。

 次は、8つめのツイート。

 まずは「本当にこの表現が差別や蔑視を助長するのか」という議論について「その段階まで議論が進むケースは少ないように思います」ですが……。

 これは単純に、しお氏がそれらの議論を観測していないだけでしょう。

 ここまでに挙げてきた通り「表現が差別や蔑視を助長しない」という統計的根拠は、調べれば沢山出てきます。むしろ、見つからないのは「この表現が差別や蔑視を助長する」という主張をする人々の根拠。

 そして、かなり気になるのは次の点。

よくある「二次元だから現実に影響しない」「子供には親が教育すればいい」は成立しないと思います。これは自分の子供時代を思い出せば誰でもわかること。

 続く9つめのツイートがこちらです。

 ここには、2つ気になる点があります。

 まず、「これは自分の子供時代を思い出せば誰でもわかること」「親の教育が、アニメや漫画やゲームの影響の前にどれだけ無力か、かつて子供だった人なら知ってるはず」と言われても……。

 家庭環境は人それぞれですので「そう思う人もいるだろうし、そう思わない人もいるだろう」としか言えないだろう、ということ。

 では、実際に「表現と子ども」について、どのような研究が為されているのでしょうか。

 手嶋海嶺氏は、総説論文を踏まえてこのように述べています。

例えば、「(暴力的なものに限らず)ゲームを常軌を逸してめちゃくちゃ長時間プレイしていて、かつ暴力的に振る舞っている児童」を考えてみましょう。

そういう子って、まず家族との関係があんまり上手くいってなさそうよね。暴力まで振るわれていなくても、育児放棄に近い状態にあるのかもしれない。

この場合、「家族とのコミュニケーションがないか、あっても敵対的ないしは極めて冷淡である。」が、その子の持つ暴力性の真の原因であり、「家庭内で時間をつぶす手段としてゲームを選択していること」なんて、実はどうでも良い問題だった、という可能性はごく現実的な問題としてあるのだわ。その子からゲームを没収しても、何の解決にもならないわ。

そして、それが実際にそうなのだと示したのが、上のFergusonさんの論文よ。

性表現の規制論についても、全く同じ批判が可能よ。「性的に露骨な表現物」にしても「性的対象化表現」にしても、性犯罪を誘因するとか、「悪い」ステレオタイプ信念を強化するとか、たしかにアンケート調査で相関関係を調べては何度も繰り返し言われているわ。
だけど、相関関係は因果関係ではないし、そうした表現物を楽しんでいる人たちがFergusonさんが言うような状況にあるなら、「没収」なんてやっても、ただその人を追い詰めるだけで、少しも問題を改善しないでしょう。

ちなみに、この「相関関係は因果関係ではない。」に関しては、米連邦最高裁における「暴力的なゲームの規制に関する裁判」でも採用されているわ。

全国フェミニスト議員連盟による抗議状の超批判的検討|手嶋海嶺|note より引用)

 この情報を見る限り、表現が暴力に及ぶ程の著しい悪影響を与えるということは、どうやら現時点では立証されていないようです。

 次は、しお氏の10つめのツイート。

 「表現には力がある」というのは、その通りだと思います。良いものも悪いものも。ですが、この考え方には抜けている観点がある。

 まず、そもそもここまでに述べてきた通り「差別・蔑視を助長する表現」が定義できないこと。「そういう価値観を刷り込み"そう"な表現」に至っては、むしろそれ自体が偏見であること。

 そして。

 「良い表現」が良い影響を与え、「悪い表現」が悪い影響を与える……とは限らないということ。

 アンコンシャス・バイアスの説明でも述べましたが、この社会は「この表現がこのような影響を与える」と1対1の関係で簡単に言えるほど、単純ではありません。

 例えば、私は「SF御三家」と称される筒井康隆氏の小説のファンなのですが、同氏の小説はエロ・グロ・ナンセンスの傾向が非常に強い。強烈なブラックユーモアが、これでもかと詰め込まれています。良い表現か悪い表現かで言えば、ほぼ間違いなく「悪い表現」に分類されてしまう。

 しかし、同氏の小説から私は自信を持って「良い影響を受けた」と言うことができ、同氏の小説から創作を志した方も大勢いるでしょう。

 そして、同氏のいちファンとしての意見ですが、同氏の作品は「表現の自由はどこまで許されるのか」という配慮の観点からは、決して生まれないものと思います。

 それはおそらく、本人も自覚されている。だからこそ、彼は一度「断筆」という選択肢を選んでいます。

筒井はこの断筆宣言を、執筆の自由に対する抑圧への抗議として、自主的に行ったというのだ。筒井は言う、
「この断筆宣言は、直接には日本癲癇協会などの糾弾への抗議でもあるが、また、自由に小説が書けない社会的状況や、及び、そうした社会の風潮を是認したり、見て見ぬふりをする気配が、本来なら一般的良識に阿ることなく、そもそもは『反体制的でなくてはならない小説』に理解を示すべき筈の多くの言論媒体にまで見られる傾向に対しての抗議である」

こういう決心を筒井がするに至ったについては、「そもそも社会が創作の自由を侵害し始めた時には、右顧左眄したみっともない作品を書くより、いつでも筆を折るという覚悟を作家はもたねばならない」という信念が筒井のうちに深く根付いていたからだということらしい。

筒井がこうした信念を自分自身のうちに根付かせたのは、自分の創作活動や言論空間をめぐって、長きにわたって抑圧者との間の戦いを経験し、それを通じて日本にはいかに創作の自由を抑圧する空気が簡単に醸成されるかということを、身をもって体験したからであるらしい。

筒井は、創作の自由を抑圧しようとした事例として、自分が当事者になったものから、いくつかをあげている。美濃部都知事によるピューリタン的な禁欲政策、いわゆる差別語への過剰な攻撃とメディアによる自主規制、セックスの抑圧、禁煙ファシズムともいえる喫煙者への異常な攻撃、悪への想像力の欠如、そして極め付きは殺人犯永山則夫からの入会申し込みに対して日本文芸家協会が拒絶をした情けない態度などがあげられる。

そして筒井自身は、日本てんかん協会が自分の作品をてんかん者への差別だといって攻撃してきたことを直接のきっかけとして、断筆宣言を出したわけだ。

筒井康隆「断筆宣言への軌跡」 - 続 壺 齋 閑 話 より引用)

 しお氏は「表現の自由はどこまで許されるのかと真摯に考えなければならない」と述べられていますが……誤解を恐れずに言えば、表現者が考えなければいけないのは「いかに面白いものを創るか」であり、それ以外は不純物だとすら、私は思います。

 そして、最後に。

 「悪い影響があったとして、それは直ちに差別や犯罪に結びつくものなのか」という点。

 例えば、カップラーメンは身体に良いか悪いかと聞かれたら、良くは無いでしょう。アルコール類も、悪影響があることは確実です。スイーツ類も、過剰な糖分の摂取になる。

 問題となるのは「程度」です。

 悪影響があるからと言って、何でもかんでも「許されない」としたら、この世にあるほとんどの商品・サービスは消え失せます。

 しかし、そもそも表現に関しては「悪影響がある」の時点から科学的な因果関係が立証されていない。

 私たちが真摯に考えて、そして真剣に向き合わなければいけないのは、曖昧な偏見と思い込みに基づく「どこまで許されるのか」ではなく……。

 科学的根拠に基づいた「どんな表現が、どの程度、どのような影響があるか(あるいは、影響が無いか)」ではないでしょうか。

6. 炎上の予測は可能か

 さて、ここまでにしお氏のツイートを10つ引用し、文字数も1万文字を超えてしまいましたが、まだまだ言いたいことはあるので、続けます。

 これらのツイートで、しお氏は「炎上するような場には使わないでくれぇ」「TPOに合わない場所に出されたばっかりに悪のように扱われて炎上して、謝罪・取り下げになる」と指摘し、「燃えるような場所に置かない」が一番だと述べています。

 私は問いたい。

 果たして、そんなことが可能でしょうか。

 私もマーケターの端くれですので「これは炎上するだろうな」という予測は、確かにある程度までは可能です。

 しかし、同時にマーケターの矜持を持って「炎上を完全に予測するのは不可能である」とも思います。

 炎上の予測が完全に可能と思ってしまうのは、マーケティングを勘違いしているか、調子に乗って驕っているか、あるいは本当に類稀なる「マーケティングの天才」であるか、いずれかでしょう。

 3つ、例を挙げます。

 1つめの事例。

 『表現の自由』関連の炎上では初期の頃に当たる、2013年の終わりに発表された「人工知能学会誌の表紙」です。

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学会誌名の変更と新しい表紙デザインのお知らせ – 人工知能学会 (The Japanese Society for Artificial Intelligence) より引用)

 この炎上のきっかけとなったのは、ツイート投稿日時と"RT&いいね"の数から見て、シェイクスピアや舞台芸術史、フェミニスト批評を専門とする批評家である、saebou氏こと北村紗衣氏。

 この表紙が「良いか悪いか」という評価については、下記のブログが様々なツイートをフラットにまとめていたので、気になる方はご参照ください。

 さて、私が問題とするのは「この炎上が事前に予測できたか」という部分であり、それは正直難しいであろうということ。

 まず、この表紙は次のような経緯で決定しています。

これには、クラウドソーシングを用い、デザインをコンペ形式で募集しました。合計で約100点のデザイン案がわずか3週間の間に集まり、これに対し、理事、編集委員、一般の方(会員も含む)からの投票を行いました。その結果、今回採用した女性が中心にいるデザインは、編集委員会および一般からは圧倒的な1位、理事からも2位の支持となりました。

学会誌名の変更と新しい表紙デザインのお知らせ – 人工知能学会 (The Japanese Society for Artificial Intelligence) より引用)

 人工知能学会の編集委員会および一般から、コンペ形式で圧倒的な1位で決定している。このことから、人工知能学会の会員およびその読者からは、歓迎とまではいかなくても、ある程度は受け入れられることが予測されます。

 まさか、人工知能とは全く異なる分野である、人文系の人物からSNSで「むちゃくちゃ気持ち悪い」と批判され、それが拡散して炎上するなど、誰が予測できるでしょうか。

 しかも、この表紙を描いたのは「女性デザイナー」なのですが、それにも関わらず「女性の学会員はいたんだろうか?女性のロボットがつながれてて家事をしてるってヘテロ男性の性幻想丸出しだよね」「完全なる想像」にて批判されるなど、誰が予測できるでしょうか。

 「燃えるような場所に置かない」で対応できる範疇を超えています。

 2つめの事例。

 『TOKYO女子けんこう部』の炎上です。

 これは、東京都福祉保健局が行った企画です。

 女性に特有のがんである「乳がん」「子宮頸がん」は、近年若い世代に多くなっており、死亡者数も増加傾向にあるにも関わらず、自治体や健康保険組合が実施している乳がん・子宮頸がん検診の受診率が3~4割程度に留まります。

 これらを踏まえて、日常に身近な「お酒」と「食生活」の話題にも触れ、「若い女性」に向けて、健康の知識を手軽に学べることを目的として漫画が展開されました。

 しかし、この上記のツイートが投稿されてから3日後、以下のアカウントの投稿をきっかけに炎上します。1万人以上のフォロワー数を抱える、ナオエボウというアカウントです。

 このアカウントの主張によれば……。

 「健康」という言葉が「けんこう」とひらがな表記されていること、「知ってはおきたいけれど、何だか難しそう…」というキャッチコピーやキャラクター作りが「女性は男性より知的に劣る」という偏見を助長しており「行政がやるのはアウト」とのこと。

 はっきり言って「差別・蔑視を助長する表現」「そういう価値観を刷り込みそうな表現」と比べても、遥かに荒唐無稽な話です。

 しかし、このツイートをきっかけに……。

「キッッッッモ!!!」「ミソジニーに無意識な日本人男性が思い付きそうな発想だわー。女性蔑視が溢れ出てる 」「このコンテンツ作る人たちに女性はいますか?」「キッモ ひらがな使うなバカにしてんのか」「おっさんのネーミングだよな」「気持ち悪いなー。馬鹿にすんなよ」「超絶ド級の女性蔑視で草も生えない」「この広告女性蔑視ぽくて吐き気がする…」「企画及びゴーサイン出したの絶対に無知なおっちゃんやろ」「女馬鹿にしてんな。男が企画したんだろうな」「考えたのオッサンだろ」

 ……と、それはそれは酷い罵詈雑言が公式アカウントに寄せられました。

 この炎上を私はリアルタイムで直接見ていたので、末恐ろしい気分を今でも覚えています。上記の罵詈雑言も、以下のTogetterにまとめてあります。

 さて、これらの炎上に際したコメントには、ある特徴が見られます。

 それは、サイトを開けば簡単に分かる「監修に女性がしっかり入っていること」を全く確認せずに、多くのアカウントが「オッサンが企画した」と非難していること。

 ともすれば、この非難しているアカウント群は、少女漫画によくある絵のタッチと「ミツコ先生が描き下ろし」という文言すら「見えていない」のではないか、という疑念すら湧きます……。

女子けんこう部のサイトは、2021年2月5日に開設され、小池百合子都知事も同日、「若い女性の間で人気の漫画家で、ミツコさんの漫画を活用しまして、読みやすく、また、分かりやすい形で、漫画で気軽に学んで」などと会見で利用を呼びかけていた。
平仮名を使うなどしたわけについて、都の健康推進課長は2月12日、「正直に言いまして、大きな理由はなく、平仮名の方が目立つかなと考えました」とJ-CASTニュースの取材に説明した。

女性をバカにしているといったツイッター上の批判については、こう説明した。

「そんなことはまったくなく、ネット上で言われていることに驚いています。平仮名は、デザインのようなもので、特別な意図はありません」

健康推進課には、女性職員がたくさんいるとして、男性主体の企画であることは否定し、課長自身も女性であることを強調した。

「女子けんこう部」、なぜ平仮名を使った? 東京都の企画意図を担当者に聞いた: J-CAST ニュース【全文表示】 より引用)

 なお、コピーライティングには「日本語の場合はできるだけ、ひらがな・カタカナ・漢字・アルファベットをできる限り織り交ぜた方が、文字の密度のコントラストが際立ち、目を惹きやすい」というセオリーがあります。

 何を隠そう、私の「神崎ゆき」というアカウント名の「ゆき」をひらがなにしているのも、コピーライティングによる「目の惹きやすさ」を意識したものです。普段のツイートでも、私はこのセオリーを意識しています。

 『TOKYO女子けんこう部』というネーミングは、まさにコピーライティングのセオリーに則ったものでしょう。

 女性職員が沢山おり課長も女性である健康推進課が、コピーライティングのセオリーに則ったネーミングで、若い女性の間で人気の女性漫画家を起用して、監修も女性の医学博士に依頼し、乳がん・子宮頸がん検診の受診率が3~4割程度という実態を鑑みて「知ってはおきたいけれど、何だか難しそう…」という文章と共にTwitterに投稿したら、炎上。

「こんなもん、予測できるか!!!」

 と、私は匙を投げたい気分になります。当然ながら「燃えるような場所に置かない」で対応できる類の炎上ではありません。

 また、この『TOKYO女子けんこう部』の炎上では非常に顕著で分かりやすいのですが……。

 表現が「女性差別・女性蔑視」と批判されるケースの炎上では、「影響力のあるアカウント」が批判しているからという理由で「批判先のコンテンツ内容を全く確認せずに同調して非難する」という現象が、大なり小なり見られます。

 「燃えるような場所に置かない」という対処法が有効なのは、批判する者が「根拠と理由による論理的帰結を持って批判している」場合です。しかし、この『TOKYO女子けんこう部』の炎上を見ると、必ずしもそうではないことが分かります。

 3つめの事例。

 『VTuber戸定梨香さん』の交通安全啓発動画について、全国フェミニスト議員連盟が公開質問状にて、起用した警察に「謝罪・使用中止・削除」を要求した騒動です。

千葉県警が公開していた交通安全啓発を目的とする動画が、苦情を受けて2021年9月10日までに削除されたことが分かった。
動画では、仮想キャラクター「バーチャルユーチューバー(Vチューバー)」を起用していたが、不適切との指摘が寄せられたという。
動画は、7月中旬に県警のツイッターとユーチューブに投稿された。
千葉県松戸市のご当地VTuber「戸定梨香(とじょうりんか)」を起用し、自転車の交通ルールを呼びかける内容だ。同キャラクターを管理するArt Stone Entertainment(松戸市)、松戸警察、松戸東警察が交通安全啓発動画に関する協定を結び実現した。
しかし、動画は9月10日までに削除された。前日には、Art Stone Entertainment代表の板倉節子氏が、動画を削除すると伝えられたとツイッターで明かしていた。キャラクターの見た目が女性蔑視だとして、抗議を受けたためだと説明を受けたという。
動画をめぐっては、女性の政治参画を推進する「全国フェミニスト議員連盟」が8月26日、千葉県警本部長、松戸警察署長、松戸東警察署長、千葉県知事、松戸市長、松戸市教育長宛てに抗議文を送付していた。

Vチューバー起用は「女性蔑視」? フェミニスト議連が抗議の啓発動画、松戸警察が削除 : J-CAST ニュース より引用)

 なお、実際の動画はこちらです。警察側の投稿は削除されてしまいましたが、動画自体は株式会社Art Stone EntertainmentのVTuberプロジェクト「VASE」に残されています。

 再三になりますが、これも「燃えるような場所に置かない」で対応できる類の炎上ではありません。

 これは「TPOに合わない場所に出されたばっかりに悪のように扱われて炎上して、謝罪・取り下げになる」という事例ですらなく、そもそも「炎上」というプロセスを経ていません。

 その「悪のように扱ってきた」のが自然発生的な市民の声ではなく、「全国フェミニスト議員連盟」という団体であったからこそ、警察側が「本来の目的と異なる意図でとらえられることへの懸念」したことで、取り下げとなったというケース。

 なお、この交通安全啓発動画は、1年半前から株式会社Art Stone Entertainmentに所属するゆるキャラVTuber「ばけごろう」と、同社の松戸市ご当地アイドル「M♡(えむらぶ)」が、警察に交通安全ポスター等の協力をしたことから始まります。

 警察側とビジネスパートナーとして協力関係を築いたうえで、同じく株式会社Art Stone Entertainmentに所属するVTuberである戸定梨香さんが、前年にも起用された「ばけごろう」と共に、交通安全啓発動画を作ったという経緯です。

 同社の板倉節子代表はこのように語ります。

 板倉氏はVTuber、そして戸定梨香について、「そもそもVTuberというのは、見た目や年齢、性別にとらわれることなく、なりたい自分を表現するもの。着たい衣装を身につけられるし、どんな世界にも飛んでいけるという、ICT社会における日本文化の発信だ。だからアニメとはまた違うし、それぞれが個性、人格を持ってやっている。戸定梨香は1年半前に私たちの会社が作ったものだが、もちろん人格を持っていて、アイドルが好きな子だからアイドルが着ているような衣装を着ている」と説明。

 問題視されたPR動画に関しては「去年も警察のPRを弊社の“ばけごろう”がやらせていただいていたこと、弊社と松戸市の関わりがある中で決まったもので、ボランティアだ。税金もかかっていない。動画としては7月中旬に公開が始まったが、削除までの1カ月半、弊社へのクレームや警察からの連絡は一切無かったし、戸定梨香についてもこの1年半、全く無かった」とした。
板倉氏によると、「戸定梨香」は昨年春に誕生し、約1年半稼働してきたが、「性的であるという指摘を受けるのは初めて」だという。全国フェミニスト議員連盟からの抗議については「警察の皆さんと相談して作った作品ですし、アイドルのキャラクターとして、実際に放送されているアニメや、実在のアイドルさんの衣装を参考にしています。この見た目が性的で不適切なら、アニメやアイドルさんも不適切ということになるのでしょうか」と反論。「たった一声で削除してしまうというのは、どうなんだろうと思わざるを得ません」と語気を強めた。

 さらに板倉氏は「一番は、女性としての問題を訴えてくるのでしたら、私は女性ですし、女性として悔しい思いもたくさんしてきましたから、女性の地位を確立したいというは同じ。100か0かではなく、お互いに歩み寄れば解決方法はあったと思うのですが、そこをどうしてやってくれなかったのか。直接こちらに連絡をせず、警察に削除を求めるというやり方は疑問です」と続けた。

 今回の削除を受けて「戸定梨香は松戸市のご当地Vチューバーとして活動してきましたが、今後は松戸市と関わって何かしていくのが難しくなってしまう。そのためにみんなで頑張ってきたのに、今までの私たちの松戸に対する思いや、やってきたことを否定された気がして…」と板倉氏。「見た目をとらえて、本来の作品の意図に目を向けずに活動を抑制することは、それ自体が逆に女性蔑視ではないのでしょうか。本当に女性のことを考えての行動なのかという疑問はありますね」と忸怩(じくじ)たる思いを吐露した。

Vチューバー「戸定梨香」交通ルール動画がフェミニスト団体の抗議で削除 管理者は「逆に女性蔑視」と反論|よろず〜ニュース より引用)

 松戸市で民間企業を営む女性経営者が、ずっとクレームが無かった、ましてや「性的だ」なんて指摘など無かったVTuberで交通安全啓発動画を制作したら、同じく松戸市議が共同代表を務める「全国フェミニスト議員連盟」という団体から、突然「女児を性的対象とするキャラクター」「性犯罪を誘発する懸念」と公開質問状を送られて、動画が取り下げとなる……。

 こんな事態、予測できるとかできないとか、燃えるような場所に置くとか置かないとか、そういう想定の範疇にはありません。

 結果論では何とでも言えますが、事前にこれらのトラブルを回避するように対応するのは、現実的に考えて非常に厳しいものでしょう。

7. 多様性の進んだ社会で

 しお氏は「燃えるような場所に置かない」が一番だと主張しますが、ここまで3つの事例を具体的に考えて「炎上を完全に予測するのは不可能である」ということを述べてきました。

 それもそのはずで、多様性のある世界は「みんなが快適な世界」ではなく『みんなが少しずつ不快な世界』です。

 その世界では、必然的に炎上の頻度は高くなります。

 実は、私の最初のツイートも。

 全国フェミニスト議員連盟が記者会見で「だれにとってもよりよい社会を形成するために努力し、多様性に配慮するのは言うまでもありません」「みんながそんなに不快に思わない、共有していける社会を探していきたい」とか語ったことを踏まえて……。

 「いやいや、多様性ってみんなが『不快に思わない社会』のことなの?」という疑問。そして、その多様性を標榜する団体が、特定の表現を多様性の範疇だと認めずに「謝罪・削除・使用中止」を要求してくる矛盾。

 それらに思う所があり、投稿したものです。

 さて、ここまで3つの事例を挙げてきましたが、これらの事例にはとある共通項があります。

 それは、表現のクリエイター・企画側がクレームに毅然と対応しているということ。

 まず『人工知能学会の表紙』に関しては「謝罪文」こそサイトに掲載していますが、このイラストはストーリー性がある続きモノであり「2014年の終わりまでの1年間の表紙」をしっかりと掲載しきっています。

 『TOKYO女子けんこう部』に関しても、東京都福祉保健局は「企画の取り下げや表現の修正をすることについては、考えていないとしている。2021年度以降も内容を拡充したいとも明かした」と取材に対して回答しており、実際に今でも『TOKYO女子けんこう部』のサイトは見ることができます。

 『VTuber戸定梨香さん』に関しては、株式会社Art Stone Entertainmentの代表・板倉節子氏が泣き寝入りせずに声を上げたことがきっかけで、現時点で「7万筆を超える署名」が集まり、再起用がされる可能性も出てきています。

 しお氏は最後に、このように結んでいます。

 「燃やされようとも、そこに置き続ける」権利もある、どんなに「批評批判抗議」があったところで、それを受け入れる義務は無い。

 これは、まさにその通りだろうなと思います。

 もう一度繰り返しますが、私は「炎上を完全に予測するのは不可能である」と思います。だからこそ、重要なのは「炎上の仕組みを知ること」と「炎上をした後の適切な対処法」です。

 これは、私も以前の記事でかなり詳しく解説しました。

 SNSでの炎上は18時間〜24時間がピークとなり72時間で収束しますが、1ヶ月後にその炎上で広がったデマ等が緩やかにしつこく襲ってきます。対処法を知らないと「この炎上がいつ終わるのか……」と疲弊して対応を誤り、実際に「いつまでも炎上が終わらない」という事態にも陥ってしまいます。

 ポイントは、毅然と対応すること。それでいて、暴言等は決して使わず誠実に対応すること。

 否が応でも、社会の多様化は進んでいきます。多様性のある社会は『みんなが少しずつ不快な世界』であるため、必然的にどうしても炎上の頻度も高くなるでしょう。

 この世界で重要となってくるのは……。

 炎上を事前に推測して「燃えるような場所に置かない」で全て対応できるなどと、決して勘違いしないこと。

 人間の感情と差別意識を切り離して「好き嫌いと差別や蔑視を完全に切り分けできる」などと、決して驕らないこと。ましてや、女性蔑視と性犯罪の関係性について、根拠無く不用意なことを言わないこと。

 曖昧な偏見と思い込みに基づく「どこまで許されるのか」ではなく、科学的根拠に基づいて「どんな表現が、どの程度、どのような影響があるか(あるいは、影響が無いか)」を考えること。

 それこそが、本当に「真摯に考えて真剣に向き合う」ということではないかと、私は思います。

 最後に。

 ここまで何度も引用をさせて頂いた手嶋海嶺氏も、しお氏の一連の投稿に関する記事を公開されているようで、紹介します。

 手嶋海嶺氏とは、以前に「ツイフェミ」という言葉の使用の是非について、noteとブログを通して議論を行ったことがあります。

 私は「名誉男性」という呼称に否定的なのですが、だからこそ同時に「ツイフェミ」という呼称も使うべきではないという立場。一方、手嶋海嶺氏は「ツイフェミ」という呼称に肯定的な立場です。

 以下の2つの記事を通して議論を行いました。

 このように、手嶋海嶺氏とは意見が合わないことも多々ありますが、ここまでに引用させて頂いたように、同氏の「科学的根拠に基づくこと」に対する真摯な姿勢は、尊敬に値するものです。

 0か100か、敵か味方かで考えず、同氏と建設的な議論を過去にできたこと、時には意見の合わない私たちが適切な距離を保ち、今でも友好な関係を築けていること。

 このことを、大切な人生の財産として、私は誇りに思います。


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神崎ゆき
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