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ストリーミング・サブスクリプションが及ぼした音楽の変化

こんにちは、JC HOPPER Jr.のクワバラです。

今回は友人からのリクエスト「ストリーミング・サブスクリプションによって音楽の聴き方がどのように変化したのか」について論じようと思う。

まずはストリーミング・サブスクが及ぼした好影響について挙げる。とどのつまり1番の功績は、音楽の聴き手の人口を爆発的に増幅させたことだろう。

その理由の一つとしては、従来の音楽の聴き方と比較したストリーミングの容易さだ。

スマートフォンで簡単に音源を聴くという行為以前のリスナーは、音楽を聴くために音源の入ったCDからIPodやウォークマンなどに写す、またはかさ張るCDを持ち歩き、専用のプレーヤーを携帯する必要があった。筆者である僕自身も、小学生の頃にはTSUTAYAでレンタルしたCDをIPodで取り込み、聴いていた。

それが今はどうだろう。

月に僅か数百円を払えば、普段携帯するスマホ一つから世界中の音楽を容易に聴くことができるようになった。これはまさに音楽の聴き方の革命と呼んで差し支えない事象だ。

さらに現代では、インターネットの発達によってストリーミング・サブスクは各種のSNSと容易に紐づけられ、例えばTiktokやYoutubeのショート動画では、踊りや動画に併せて音楽が使用されることによって、視覚やエンタメ性から惹きつけられ、副次的にリスナーを獲得することもできるようになり、これにより音楽を「バズる」音楽へと繋げることがしやすくなった。

これは決して従来の音楽の聴き方では得られなかった変化だ。

上記に挙げた事項はあくまで一般的な音楽を取り巻く事象の変化である。それではここにバンドマンとしての意見を加えるとするならば、どうなるか。

広い視点での変化を挙げるとするならば、ソングライターや編曲者はアルバムを意識した曲作りが希薄になり、またリスナーが音楽に対する堪え性が無くなってしまったことだろう。

音楽を世に放出する上で、アルバムの制作はアーティストにとって代表的な形態の一つだ。

しかし通常10曲前後の楽曲を一つの円盤に注ぎ込む作業を経て完成するアルバムという代物は、誕生までに非常に金銭、時間を要する。

元来の音楽流通の形態であれば、アルバムというものをリリースするまでに、小出しでアルバムに収録されている曲をリリースすることは容易には出来なかったが、現在では、配信サイトの媒体によっては無料でリリースすることができ、アルバムが流通されるまでの繋ぎや、そもそもアルバムとしてのリリースなど考えずにシングルやタイアップメインでの楽曲のリリースが容易になった。

アーティストによっては、アルバムというものは「流れ」を重視し、曲順やイントロ・アウトロ、コードに意匠を凝らす者も少なくない。

しかしストリーミング形態の場合、単曲ずつを聴くことが仕組み上念頭に置かれており、アルバムの醍醐味である曲間のスムーズな繋ぎや、全体としての序破急や物語性を味わうことができなくなってしまった。

これによって、インディーズ・メジャーを問わずアーティストは一曲入魂(別に以前の作曲スタイルがそうではなかった、と言っているわけではない)に集中し、必ずしもアルバムというゴールを目指す必要性は以前よりも遥かに薄れた。

アルバムの流れを意識した作曲スタイルからの決別によって、シングルのような楽曲を集めた「ベスト・アルバム」のような役割が、従来と比較し現在の音楽では強まったように感じる。

また上記で述べたように、ストリーミング・サブスクの普及によって、リスナーの音楽への向き合い方も大きく変わった。

これはバンドマンならば経験したことがあるだろうが、CDを聴いて楽曲を聴く際に、「正直このアルバムの◯曲目、微妙だなぁ(好みじゃないな)」と感じたことはないだろうか?

アルバムという10前後の曲を1人、1つのバンドがソングライティングすれば、その中で必ずリスナー毎の「マイ・ランキング」が確立される。そしてそこに行き着くための我慢というものも、当時の音楽を聴く行為が必要だった。

その過程であまり好みではなかった楽曲の魅力にも気づき、新たなアーティストの魅力を発見し、ジャンルの深みへと足を向けることができるのも従来の音楽の醍醐味だった。

しかしながら現在のストリーミング・サブスク形態ではそのストレスを負う必要は無くなった。自身が好きな楽曲だけを「つまんで味わう」ことができるようになり、「アーティストが好きと言うよりも、この曲が好き」という意見が顕著になった。これが上記で表現した「堪え性が無くなった」、という文言につながる。

勿論「Dig」という行為に焦点をあてると、必ずしもストリーミングが劣っているとは言えない。むしろ聴いているアーティストの好みをAIが判断し、リスナー毎に好みになりそうなアーティストを提示するシステムは、ストリーミングにしか無い強みといえるだろう。

しかしながら、この行為自体の名称は同じでも、実態は別物と言えるほどに異なる代物だ。どちらが優れている、と論じるつもりは毛頭なく、作り手・聴き手も自身にとっての心地の良い音楽との向き合い方を選択し、時々でも異なる方法へと目を向けることで新たな気づきを得るかもしれない。


こんな稚拙な文章を最後まで読んでくれた方に。
これからは僕がやっているバンドを紹介しようと思う。

楽曲はここから聴くことができる。何卒

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