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残暑の残る東京の真ん中で、来るべき冬に向けて/アランニット制作日記 8月後編

 YUKI FUJISAWAのNEW VINTAGEは、ヴィンテージ素材に染めや箔を施すことで、新しい価値を生み出したものだ。古くから伝わるものに、別の角度から光を当てることで、新しい価値を生み出す――その姿勢は、内田染工場にも共通している。

「染めやプリントって、ある程度はテクニックが決まっているところもあるんです」とゆきさんは言う。「でも、内田染工場は若い職人さんも多くて、内田さんも新しいことに挑戦されていて。4年前に川上未映子さんの小説『あこがれ』をイメージしたニットを作ったときも、ここでサンプルを見せてもらって、『こういうグラデーションで染めてみたいです』とお願いしたんです。数年前からやってもらっているオパール染というテクニックも、ここにあるサンプルを見せてもらって『これをニットでやったら面白そう』と思いついたんです」

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川上未映子 著「あこがれ」の物語から着想を得たニット。2014年に伊勢丹新宿店で限定発売

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2019年のアランニットの染め色のひとつ、パープル。異なる色を2度染め重ねることで、色の奥ゆきを表現したオパール染めというテクニック。

 染めの色を指定するとき、カラーチャートで依頼することが多いけれど、紙に印刷される色味と布を染めた色味は微妙に異なる。より細やかにニュアンスを伝えるために、布の素材を送ることもあれば、色のついた石を送ったこともあるという。

「石を送ったときはちょっとびっくりさせてしまった気がするんですけど、ただ紫の紙を送るより、微妙にムラ感のある紫の石を送ったほうが、こんなふうにしたいって伝わるんじゃないかなって思っちゃうんです」とゆきさん。

「そういうニュアンスのことをわかりたいっていう気持ちは、自分の中に結構あるんですよね」と内田さん。「ゆきさんの発想がすごくユニークだから、刺激的だし楽しいし、新しいことが生まれそうな感じがするんです。うちの過去のサンプルを見せたときにも、『こういうふうに使えば面白いものになるんじゃないか』ってひらめく感性が研ぎ澄まされてるから、こっちも真剣になるし、特別な存在です」

「指示書に書かれていることを実現するのは当たり前なんですけど、それ以上を出したいなっていう欲望もあるんです」と内田さんは語る。

「お客さんに出来上がったものを届けたときに驚いてくれたら嬉しいなと思うんですけど、そんなふうに欲張って希望以下になってしまうこともあり得ますから、そこが難しいところですね。でも、長くお付き合いしていると『こういうことを望んでいるんじゃないか』とわかるようになってくるので、より気に入ってもらえるように、半分楽しみながら仕事をしているところもありますね」

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 内田染工場にはコンピュータ・カラーマッチング・マシンが導入されており、送られてきた色見本を機械が分析し、染料の配合を決める。ただ、機械に任せきるのではなく、何が求められているのかを探りながら、より希望に近づけるようにと日々考えを巡らせている。

「それはすごく嬉しいです」とゆきさんは語る。「ヴィンテージを扱っていると、白のニットと言っても、一個ずつ白の色合いが微妙に違うんです。そうすると、同じ染めをしても染まり具合が微妙に違うから、どれが正解ということはないなっていつも思うんです。そこが一番面白いなと思うところですね。自分で染めるんじゃなくて、工場の皆さんに染めてもらうと、自分が予期しなかった仕上がりにたどり着くことがあって、それが楽しみなんです。だから、早く届かないかなって、いつもワクワクしてます」

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ニットの染める前の準備のひとつ。カーディガンのボタンが痛まないように外して、前合わせをミシンで閉じる。ニットが伸びないようにする工夫の一つ。細やかなことだけれど、仕上がりを左右する大事な工程

 帰り際、ゆきさんは内田さんに手土産を渡していた。「熱中症予防に、皆さんで飲んでください」、そういって差し出されたのはトマトジュースだった。染工場の中は、釜から立ち上る湯気でかなりの蒸し暑さだ。残暑の残る東京の真ん中で、来るべき冬に向けて、ニットが染められてゆく。

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【アランニット制作日記9月】 へ続く

words by 橋本倫史





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