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夏の気配が残るオーダー会のはじまり/アランニット制作日記 9月前編

 アトリエの入り口にスリッパが2組、綺麗に揃えられていた。暑さ寒さも彼岸までと言うけれど、すっかり秋めいてきて、ニットの季節が近づいているのを感じる。

 ゆきさんはアトリエの隅々まで掃除機をかけると、ウッディーベースのルームスプレーを振り、お客さまがやってくるのを待ちわびた様子でいる。

 今日はこれから、オーダー会が開催される。YUKI FUJISAWAの代表作でもあるアランニットシリーズ「記憶の中のセーター」を、自分の希望に沿って仕上げてもらうことができるのだ。オーダー会は4日間に渡って開催され、1枠につき2組ずつ、お客さまをお迎えする。

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「今日はありがとうございます。デザイナーの藤澤ゆきです。初めまして」。お客さまが揃ったところで、ゆきさんが挨拶する。

「今日はニットをたくさんご用意してます。数ある中から、ベースとなるニットをお選びいただき、箔を入れる箇所、箔の色までフルオーダーできるご予約会です。こんなにたくさんニットがあるので悩んでしまうと思うんですけど…、気になるものをどんどん手に取ってみてくださいね」

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 アトリエにはアランニットがずらりと並んでいる。染めを施していない無垢な“ホワイト”や、過去の染め色の“アーカイブ染”もあるけれど、お客さまが真っ先に手に取っているのは今年の新色であるパープルとネイビーの“オパール染め”だ。

「気になったら、どんどん試着してくださいね」とゆきさんが声をかける。「試着していくと、自分に合う雰囲気のニットがわかってくるので。ちなみに、プルオーバーとカーディガン、どちらがお好みですか?」

「普段はあんまりカーディガンを着ないんですけど、こうやって羽織ってみると可愛くて、まだ迷ってます」とお客さま。「入れてもらう箔も、オーダー会に申し込んだ段階では“編み目”でお願いするつもりだったんですけど、この“粉雪”も可愛いですね」

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 今年のオーダー会では、箔のデザインを“編み目”と“粉雪”から選べるようになっている。“編み目”とは、名前の通りニットの編み目を浮かび上がらせるデザインで、これまでのアランニットシリーズにも用いられてきたスタイルだ。一方の“粉雪”は、この日に間に合うように新たにデザインした新柄である。

「新しい柄のことは、前からずっと思っていたのですが、あまりピンとくるデザインが浮かばなかったんです。でも、新色としてネイビーに染めてみたときに、暗いベースに箔の煌めきが対比して柄が美しく見えてきて、ようやくこういうデザインが合うな、と。そこから時間をかけて少しずつデザインを詰めていって、肩に雪がしんしんと降り積もっていく姿をイメージした“粉雪”を作ったんです」


「このニット、ずっしりしてる」。ネイビーに染められたニットを手にしたお客さまがつぶやく。「そう。そのセーターは重いんですけど、そのぶん暖かくて、アウターが要らないくらいです」とゆきさん。お客さまは「これなら雪国にも行けそう」と小さく笑う。


 今日はよく晴れていて、ひかりが射し込んでくる。でも、ニットを試着しても汗ばまないようにと、冷房が強めにかけられている。アトリエの外はまだ夏の気配が少し残っているけれど、ここは森の匂いが漂っていて、涼しい空気が流れている。粉雪が降り積もる季節を想像しながら、お客さまは試着を重ねてゆく。

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アランニット制作日記 9月 後半へ続く

words by 橋本倫史


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