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心と国籍の不一致に悩まされた過去、そして今の“わたし”

今日は、昨日ツイッターでも打ち明けたこのことについて詳細に話します。

今の【まるちペインター なんば ゆき】になるまでの経緯を簡単に自己紹介したものです。

私は、小さい頃から日本に住んでいて、いつしか自分が「一体誰なんだろう?中国人?日本人?」とわからなくなっていました。血筋では中国人、だけど私の心や慣習、学校生活、思想や文化もみんなと変わらず、【日本人】なんです。自分では自分のことを【日本人】だと思っていても、国籍も両親も中国人で・・・、そのことがすごく嫌でした。日々ニュースでみている中国の情報は嫌になる情報ばかりで自分にその血が流れていることに嫌悪感をものすごく抱いていました。(わたし個人は国家とは関係ないし、悪いことしてないのに)

私は日本語の方がネイティブで、正直、中国語よりも話せるし、小学校〜大学も全て日本で教育を受けていて、日本で卒業しています。8歳で日本に来たばかりの頃は2年程いじめを受けていました。来日してから3年も経つと日本語も上達し日本での生活が当たり前になり、言葉では何も不自由はなかったです。でも、それでもニュースの翌日とかに、みんなからは「あいつは中国人」だからって偏見でみられているんじゃないかとか・・・視線を異常に気にするようになっていました。もちろん仲良くしてくれていた友達もいました。「日本人と変わらんよ〜」って言ってくれていた人もいました。ただその時の私は名前も中国名で、バイトの時も名札見たら「あ、中国の人か」とわかるような名前でした。血筋も名前もその時の私にとっては足枷でしかなかったです。意識したくないのに、忘れた頃に意識させられてしまうそんな厄介なものでした。

しかし、【夫との出会いが“わたし”を変えてくれました】。

夫に出会う約1年前・・・。2011年3月卒業後、就職で東京に度々行くも内定がもらえず、大学院に行くことを決意し、京都の美大から名古屋の美大大学院に入学しました。大学時代は奨学金制度+バイトで学費を支払い通っていました。この大学院では奨学金制度が少なく、バイトしたお金は画材に費やし、学費は親に借りて1年間通っていました。2年生になる少し前から、アトリエ(私含め3人)に馴染めず、ここでも名前や国籍で自信を喪失し、「私は一体何をしたいんだろう?ただ毎日をこうやって過ごして、面白みもなくて、描きたいものも思うようにうまく描き出せなくて・・・、これから何して生きたいんだろう?」と自分自身にいつも疑問を感じていました。

この頃大学院以外に、演劇関係の養成所にバイトして貯めたお金で年間20万くらい支払って、毎週末通っていました。(友人に誘われて通い出しました)この時は、絵のことよりも毎週末の演劇が楽しくなっていました。「役になりきっている自分が好き」でした。与えられた課題の中で、感情を出して表現する楽しさが達成感となり、何事も中途半端だった私にとってすごく充実した時間でした。それもあって、だんだん大学院に行く目的・目標を見失い行かなくなり、バイトの日々と週末は演劇に没頭していました。

その年の6月にバイトを変更し、チェーン店の某クリーニング店に勤務し始めました。朝8時〜夜8時まで、12時間一人体制でした(ブラックでした)。お客さんがいない時間はスケッチブックに好きなように絵を描いたり、週末の演劇に向けて練習したり・・・、店内に防犯カメラが当時なかったのが幸いでした。笑 もしあったら、間違いなく怒られていたと思います。

そのクリーニング店で、今の大好きなhusband(夫)と少女漫画のような出会いをしました。今でも鮮明に覚えています。(馴れ初めはまた今度アップします。笑)

8月下旬くらいから急展開があり、9月に数回食事デートを重ね、結婚前提で付き合おうと夫(彼)の方から言われました。その時は「すごく嬉しい!」と同時に、「私で本当にいいのかな?」と自信のない私は彼に、「私、中国の血筋がはいってるけど・・・、それでもいいんですか?」とこんな質問をしてしまったのです。口にした後ちょっぴり後悔しました・・・。ほんの数秒だったかもしれないけど、体感ではもっとあったように感じました。彼の返答を待っている間、私は俯き加減で少し怯えていました。

すると・・・「雪ちゃんは雪ちゃんだよ。それは最初にゆきちゃんを見たときに知ってたし、なに人とか関係ない。僕は、全てひっくるめての雪ちゃんが好きだから。」と言ってくれました。その時は今までにない感覚で、凍っていた心に暖かい泉が湧いたかのような、ふんわりホッとするような不思議な感覚でした。続けて彼は「雪ちゃんを産んでくれたお母さんに感謝しなきゃね」と言って抱きしめてくれました。全てが初めてでした。

今まで悩んでいた自分、自己否定していた自分を全て丸ごと暖かく包み込んでくれたそんな気がしました。

二人が出会って、付き合って1年で結婚して、今年2018年9月で入籍して5年目になります。子供はまだ授かっていないけど、それでも夫が隣にいる日々の生活が、今までの私の人生では味わったことのない心地よい幸福感で満たされています。

感謝の一言では言い表すには足りないくらいです。

一人が一人の人生観を変えるなんてそんなことあるわけないじゃんって思っていた時期もあったけれど、今自分がその立場に立ってみると・・・「言葉で人で、人ってこんなにも救われるんだ・・・。」と実感しています。

夫に出会ってからは、私の価値観も視野も考え方も行動範囲も、むかし殻に閉じこもっていた私から大きく変わりました。そして、いつも私を【肯定】し【雪ちゃんならできるよ】とプッシュして見守ってくれる夫がいることで、人生かけて本当にやりたいこと【絵を描いて発信していくこと】が私の中で再発見できました。これから、生涯をかけてたくさん感謝を行動と形にして夫に伝えて返していきます。



長くなってしまいましたが、今回打ち明けたことでたくさんの反応がありました。

みんなの暖かな言葉に胸打たれました。本当にありがとうございます。

この【同じ宇宙船地球号】ってすごくいいなぁ!って思いました。


この動画には驚かされました!辿っていけば、みんなどこかで繋がっているんですね!


中国語が話せることあまり活かしたことはなかったけど、こうやって「武器だね」「まるち感アップ」って言ってもらえると不思議と自信が湧いてきます。


そして、「ありがとう」や「おめでとう」って言ってもらえるとは全く思ってもいなかったので、すごく嬉しかったです。心の奥のわだかまりが取れて、みんなの優しさが、すぅーっと染み渡った感覚がしました。

今の私なら、過去の私にこう言うかな・・・

【世界で一人しかいない“わたし”は国籍や血筋関係なく“わたし”で、そんな“わたし”を応援してる人がいて、励ましてくれたり認めてくれる人がたくさんいるから、自分でかけた足枷を外して、自信を持って顔をあげて前を向いて歩いていいんだよ。】と。

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