ほっと一息ついて休みたいとき

「少し一息つきたい」

誰にでもそんなときがある。それは、ベルトコンベアからものが流れてくるように、次から次へとやることが押し寄せてくるからかもしれない。急き立てられる毎日を過ごしているからかもしれない。追い込まれているからかもしれない。あるいは、そうでなくとも鬱屈とした日々を過ごしているからかもしれない。

僕もそのうちの一人だ。現在、絶賛追い込まれ中である。

僕は、何かあると市内で一番大きな書店によく行く。欲しい本があるわけでもなく、ただふらっと何も考えずに訪れる。すると、不思議なことにいくらか落ち着くような気がする。

これまで何度も本を読んで、救われたり、安心したり、励まされてきた。そうした経験が積み重なると、もはや本を見るだけでもそういった効果があるのかもしれない。

先日、いつものようになんとなく行ったら、目を引く本に出会った。それが、森 毅(著)『まちがったっていいじゃないか』である。

まず、この本のタイトルに惹かれた。「まちがったっていい。」とあまり言われたことがないからかもしれない。世間では、失敗したって良い、間違っても良い、と言われる。一方で、実際にはそうした失敗や間違いを許容しない雰囲気があるようにも感じる。

言ってみれば口だけで、本当のところは一発成功しか認めないダブルバインドの状態が支配的なのではないかと思うことが多々ある。

話を戻すと、この本は、数学者である森さんの人生論が収録されたエッセイ集である。若い読者に向け、人生の複雑さ、面白さを平易な文章で書いている。人生論と一口に言っても内容は多岐にわたり、16個のエッセイが収録されている。

若い読者に向けてであるが、どんな人が読んでも心が軽くなると思う。

本書に収録されているエッセイはどれも短く、ちょっとした空き時間に読むことができる。また、それぞれのエッセイが独立しているため、どこから読んでも大丈夫なようになっている。個人的にこの二点が、エッセイ集や短編集の良いところではないかと思っている。

「一 やさしさの時代に」と題されたエッセイでは、こんなことを言っている。

それに、このごろ世の中がギスギスしたせいか、目的に向かって単純に直結するほうが、好まれる風潮がました。いや、そうした風潮が世の中をギスギスさせている、とも思える。
p.13
それでぼくは、目的に向かって一直線というよりは、多少は目的に達するのがおくれても、適当にわき道に入り、その道草を楽しんでいて、結果的には目的に達してしまうほうが、結局は楽しくて得ではないかと考えている。目的に達するコースが短いより、途中にいろいろとややこしい挿話をはさんだほうが、楽しい道行になりそうに思うのである。
p.15

念のため補足しておくと、この本が初めて出版されたのは1981年である。(1988年に筑摩書房より文庫化した。)したがって、この本が想定しているのは、1981年当時の日本社会ということになる。

それでも、本書の内容は現代に置き換えても通用するのではないだろうか。道草を食うことは非効率とされる。目的に向かってグネグネしている道は、強引にでもまっすぐにする。そうやって効率を追い求めすぎたことで、かえって大事な何かが失われたり、それが人間に返ってきたりする。

そもそも人間の人生自体が道草の連続で、曲がりくねっている。次に何が起こるかなんて誰にも分らない。

人間は不完全な生き物なのだから、ある程度の余裕は必要だと思う。しかしその余裕は、非効率とみなされ排除の対象となる。僕は本当にそれでよいのか疑問だ。



また、僕のお気に入りのエッセイが大原扁理さんの『思い立ったら隠居 週休5日の快適生活』である。

この本は、隠居生活を送っている大原さんの経験を綴ったエッセイである。大原さんは多摩地区の郊外で、週に2日だけ働きながら隠居生活を送っている。本では、隠居生活の1日やレシピ、節約術や隠居に至るまでの経緯、隠居を通じての大原さんの人生哲学などがつづられている。

大原さんの趣味の一つが読書だそうで、本についてこんなことを言っている。

「本は出会い」がモットーですから、読みたいと思ったときが旬。そこで出会えなければ、まあそれまでのご縁、ということにしています。(中略)読むべき本は、向こうからのアプローチもあるはずだし、しかるべきタイミングで出会うはず、と、なんとなく構えています。
p.81

これはその通りだと思う。実際、森さんの本も以前であればおそらく見向きもしなかっただろう。あの時の自分だからこそ、「出会えた」のだと思う。この「本は出会い」というモットーは、きっと多くの人が経験したことがあるのではないかと思う。

また、現代日本に漂っている雰囲気についてこう述べている。

人間である以上、絶え間なく向上心を持ち、成功し、経済に貢献していくことこそが善!と、そこまではっきりと言わなくとも、「それがフツー」みたいな空気が漂っていますよね。
p.257

絶え間ない向上心や成長を求められるのも、なかなかしんどいのではないかと思う。誤解のないように付け加えると、僕は向上心や成長を否定しない。僕も成長したいし、あれができるようになりたい、これができるようになりたい、と思っている。しかし、それをいつ何時でも求められると、やはりしんどいと思う。

そうではなく、時々ブレーキをかけて進む速度を遅くしたり、いっそのこと止まって休むことも必要ではないだろうか。

そして、全く関係のないことをやってみたりして、また戻る。こうした行ったり来たりは時に思いがけない経験となることがある。それを快く受け入れてくれる社会であってほしいと願う。


今回取り上げた2冊は、「ちょっと休んだら?」と肩の力を抜いてくれる本であり、心を軽くしてくれる本である。本書を読めば少しでもリラックスして頂けると思う。

今の世の中の雰囲気に辟易し、疲れて、嫌気がさしている人に、オススメしたい。









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