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全社員の前でバク転かました話

実は高校生の頃からの夢があった。
バク転できるようになりたい。

後輩にバク転名人がいて、その子が踊ったダンスナンバーをいつか自分で再現してみたい、と密かに思い続けて6年。

目標がないと頑張れない質である。社員として和菓子を売ったり作ったりしていた頃、毎年ゴールデンウィークの明けに全社員が集まる総会が開かれていた。

GWといえば私の勤める店舗は上を下への大混雑である。

私は毎年耐え抜ける自信皆無だったし、そのときはほかにもいろんな事情を抱えていた。そんなときにやってくる、桜の春・紅葉の秋・雪の年末年始に並ぶにっくき憂鬱四天王のうちの2人目であったわけで。

「その先に楽しみを作ってやろう」と思った結果がタイトル通りの企てである。

昔から人前に立つのは好きで、ダンスも踊ったし、タップも踏んだし、日本舞踊を舞ったり能を唄ったりもしていて、舞台に立つことがあった。

そんな生活、何かをできるようになることの楽しさ、それを披露する喜びから遠ざかっていたこのときにこそ、6年越しの夢を叶える絶好のチャンスだと思ったのだ。

この頃にはもう退職を考えていたこともあって、失うものは何もなかった。

強いて言うなら、失敗したら物理的に命がない可能性はあった。

それはさすがに回避すべく、年末からの週一の教室通いが始まる。

教室の先生に、「なんでバク転やりたいの?」と聞かれて「社員総会でかましてやりたいんです。」と言ったら、ノリノリでめちゃくちゃ親身になって教えてくれた。

使う曲はもちろん彼の踊った曲。アーサー・ベイカーのBreaker's Revenge(Freestyle Remix)。
Apple Musicにも入っている。いくつかアレンジがあって、どれもすごくかっこいいので是非聴いてみてほしい。

CD音源を入手して、それを編集する。

並行して振り付けをしていった。彼の踊った振り付けは、筋力持久力ありきの素人には難しいものだったので、ところどころを自分の好きな振りに変えていく。

そして、バク転教室では練習できないので、別のスタジオを時間借りして練習した。

今思えばものすごい熱量だ。

その熱意を仕事に向けろよ、とは私は絶対に言わない。好きなことに向ける熱量と、生きていくための作業に向けるそれが同じであってたまるか。

さあここで問題発生。

教室である程度できるようになったため、柔らかい芝生のある河川敷で練習するようになっていた。

そこでジャンプが足りなくて着地はしたものの頭を打ち、以降成功しなくなったのだ。成功しなくなったというか、真後ろへ跳べなくなった。跳んでいる間に体を捻って着地してしまう。バク転からの側転みたいな感じである。

コーチ曰く、失敗したことで無意識に全力を出せなくなっているらしい。

マットを使ってもできない日々が続いて、こりゃ困ったな状況になった。

まあそういう技もなくはないのでこのままいってもいいかあ、でもどうせやるならホントのバク転がしたいなあ。

と思ってるうちに本番の日になった。

ちなみに言っておくのだが、この時点で補助なしで頭をつかずに完璧に成功、一度もしていない。

一応バク転なしの構成も考えてはきているから、変更っていう手もある(というか普通の感覚ならその手しかない)が、ギリギリまで私は揺れていた。

そんな中決め手になったのは、会場の床が柔らかいカーペットだったこと。

「これならもし失敗しても死なないだろ。」
こんな無謀丸出しの危なげしかない確信のもとで、私の計画は決行が決まったのだった。


曲が始まる。


舞台に躍り出たのはピカチュウの着ぐるみ。

このときの自分にはツッコミしかないんだけど、ホントなんでそれ選んだんだ私。

実はちゃんと理由がある。

以前衣装として購入したにも関わらず、演目自体がお蔵入りしたために使わずじまいだったものなのだ。せっかくだから、真冬のパジャマと成り果てているコイツにも日の目を見せてやりたい。

というわけで、子どもたちにも大ウケの愛すべきキャラクターがノリノリで宙返りする演目に仕上がったのだった。
なんか当初の目的と違う気がしなくもないが、まぁ可愛いのでそれでいい。あと、腹部に締め付けがないので実は跳びやすい。

ところがこれが本番中に思わぬハプニングを呼ぶ。この総会での出し物は基本的に任意かつ有志なのだが、必ず何かしら披露しなければいけない例外がいる。

新入社員たちである。どんだけ古い体制の会社だよ化石か。

でその中に、同じく着ぐるみを着た子が一人いたのだ。上司のうちの誰かがけしかけたようで、今からまさに大技その1のハンドスプリングを跳ぼうというときにその子が狭い舞台に上がってきてしまった。

お、おお…リラックマじゃん、お揃いかよかわいいな。

じゃなくて!!

ちらと目をやるとけしかけたのはどうやらうちの店長。
ホントこのバカ店長覚えとけよ!!
と心の中で罵倒する。

このままではネズミがクマを蹴り殺す、なんの社会風刺なのというトンデモ下克上寸劇になってしまう。

私も一度、件の後輩のバク転の間合いに入ってしまって蹴り上げられたことがあるが、めちゃくちゃ痛い。しかもそれが私の卒業式だったものだからとんだハプニングだった。みんな笑顔の写真で私だけ目に青タンこしらえていた。まあそれはおいといて。

届け!!とばかりにリラックマにアイコンタクトを送った。危ないから下がれと。
賢いその子は気づいた。
あと少し遅かったら土壇場で大技を諦めてアドリブを入れなくてはいけなくなるところだった。

降って湧いた予定外の修羅場を乗り越えて、本来の修羅場もとい見せ場がやってくる。音楽に合わせて舞台を飛び降り、リズムに乗りながらカーペットの中でも柔らかそうなところを選ぶ。楽しそうに見えてかなり必死。

ここだ!
足を肩幅に開いて力を入れる。

この半年で教わってきたことが一瞬で頭の中を駆け巡る。膝は直角。腕は思いっきり振り抜く。目線はなるべく早く地面に向ける。着いたときの手は肩幅に。ハードルを背中で越えていくイメージで。

いけえっ…ジャンプ!!!

指導してくれたコーチの、「無理は言わないけど頑張れよ!!」という言葉や、アクロバティックが大好きだったあの後輩の笑顔も浮かぶ。

彼の華麗なバク転を、憧れの眼差しで見て拍手していた自分の姿も。

トンッ…ダァンッッッ!!!



一瞬だった。


一瞬だったけれど、その一瞬はこの先ずっと私の中で永遠だ。


こういう一瞬一瞬を、積み重ねていきたいのが私だった。あぁ、思い出した。私はなんでもできるんだ。やりたいとさえ思えば。

一瞬静かになった会場がわっと湧いて、私は舞台に駆け戻って最後を決めた。
その年の新入社員たちがめちゃくちゃ笑顔で拍手をしてくれたのが何より嬉しかった。

そしてピカチュウを脱いで帰ってきた私は、幹事を務めていた同期に耳が千切れるんじゃないかというほど怒られ、上司にキレられた。

まぁ「ダンス」で届出出してたから嘘は言ってないのだが気持ちはわかる。誰も自分が取り仕切った会で人死にはごめんだろう。ごめんよ同期。

そんなだから残念なことに、映像が何も残っていない。
話のできる人たちはいたから、スマホでの撮影を頼もうと思えばできたのだが、もしかしたら世紀のハプニングビデオになってしまうかもしれない映像を撮っておいてくれとは心象的に頼めなかった。
かくしてこのときの演目は見た人の心のうちに留められることになり、今となっては伝説になっているようだ。
あんな(バカな)ことする奴は空前絶後ってことで。

そしてあのとき助けたリラックマにはなぜか慕われ、仕事を辞めた今でも仲の良い元先輩と元後輩なのである。   

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