見出し画像

短編小説「還るところ」

 灰色の分厚い雲に覆われた空の下で、暗い海が冷たく波を揺らしていた。北西から吹く風はどこか肌寒く、真冬でもないのに体の芯まで脅かさんばかりに心細かった。
 25歳を迎えた1週間後、僕は二年務めた職を辞した。これまで何度も職を転々としてきたが、今回が最も長く仕事に就いていたことになる。しかしそんな事実は何のなぐさめにもならず、かえって空疎な自尊心をいためつけるばかりだった。

 細かい砂に叩き付けられた海水が白く泡立つ波打ち際。僕はじっとその様子を見詰めたまま砂浜に座り込んでいた。重い溜息が零れる。
 どしゃっと一際大きな波が弾けるのを聞いた時、気付けば僕はふらふらと立ち上がっていた。暗い海が何処までも続く水平線。右足がそっと前へ出る。

「もうどうせなら、ここで」

 すっかり草臥れた足を引き摺りながら波打ち際に辿り着くと、靴先が潮水にそっと濡れた。染み入った海水に爪先がじんわりと浸かるのを感じた、その時だった。

 潮騒の音に紛れて悲鳴の様な声が聞こえてきた。それは甲高く、もがき苦しみながらもまるで誰かに向かい怒号を浴びせている様でもあった。ふと顔を上げてみれば、右方30mばかり離れた砂浜の上で、ごろごろと転がり回っている白いものの姿が目に入った。目を凝らしてみると、どうやら海鳥が不自然に羽を丸めてのた打ち回っている様子だった。しばらく立ちすくんだまま遠目に見ていたが、絶えず聞こえてくる悲痛な海鳥の鳴き声に居ても立っても居られず、気付けば僕は駆け出していた。

 近付いてみると、くちばしを大きく開いたカモメの右足と翼に、ビニール袋が絡みついている。僕の気配に気付いたカモメは更に身を捻じり、甲高い声を張り上げた。逃げ出そうと藻掻く程に砂を蹴散らし、綺麗な羽が数枚抜ける。何をしてよいか分からず狼狽うろたえるばかりの僕であったが、放っておいたばかりにこのままカモメが命を落とすことになるのも余りにもむごいと思い、出来るだけ静かに寄っていって優しくその翼と体躯を押さえた。カモメは初め恐怖にも似た悲鳴をあげたものの、僕は優しく彼の翼と右足に絡んだビニール袋を外してやることが出来た。幸い怪我をしている様子もなく、手放すとあっという間にカモメは空の彼方へと飛んで行ったのだった。

 しばらく潮風に吹かれていると、僕はあることに気が付いた。海辺にはあらゆるゴミが大量に散乱している。無数のペットボトルや空き缶、ポリ袋、ポリエチレンのトレー、汚れた発泡スチロール。波間に浮かんで運ばれて来るものもあれば、砂浜に打ち捨てられたものもある。僕の周りは様々なゴミに溢れていた。
 上空ではとびの声が輪を描き、背後の草陰からは野良猫が顔だけ覗かせてこちらを見ていた。街の方から聞こえてくる自動車のタイヤがアスファルトの地面を蹴る音が、やけに白々しく聞こえたのは気のせいだろうか。

 僕はふと、思い立った様にバッグに忍ばせていたビニール袋を取り出してゴミ拾いを始めた。その袋はすぐさま満杯になったが、落ちていた袋を使って更にゴミを集めていった。
 そうやって続けている内、砂浜の凡そ四割を占める領域のゴミ拾いを終える頃には二時間が経過していた。手提げ袋大のビニール袋に弾けんばかりのゴミが詰まったものが20個以上も出来上った。汗の滲んだ額を拭ってみると、隈なくゴミを拾った領域だけが美しい砂浜の姿を見せていることに気付いた。細かい砂粒のひしめく浜に、白波が意気揚々と飛び跳ねているのがとても気持ち良かった。

 その翌日、僕は自宅からLサイズのゴミ袋を20枚ほど持参して早朝から砂浜へ向かった。中には鋭利で危険なゴミもあるので、軍手と火バサミを昨日の内にホームセンターで購入した。砂浜に辿り着くと、早くも昨日ゴミを拾った範囲に次の新しいゴミがちらほらと転がっている様子が見受けられた。こうやって少しずつ塵は積もっていくのだろうな、と思った。
 僕は早速、黙々と海岸沿いのゴミ拾いに取り組み始めた。汚れたペットボトルやひしゃげて錆び付いた空き缶を火バサミで拾いながら、僕は昨晩のことを思い出していた。

 昨日海辺でゴミ拾いをした後、くたくたになりつつなんとかシャワーを浴びて軽く夕食を済ませると、そのままあっという間に眠りの中に落ちていった。夢も見ない、途中で目が覚めることもない。その余りにも深い眠りは数年ぶりに僕の肉体に健やかな回復を与えた。今朝、目が覚めた時の爽快感と腹の底から湧き上がって来る様な胆力に我ながら驚いた程だ。二年続いたとは言え、かつての仕事に神経を擦り減らし、肉体の疲労も慢性的に取り除くことができないままダラダラと働き続けていたのだな、と僕はしみじみ思うのだった。

 気付けば時刻は正午を回り、20枚用意していたLサイズのゴミ袋は全て弾けそうな程に中身が詰まっていた。並べたゴミ袋の傍に腰を下ろして汗を拭うと、全域からゴミが取り除かれた美しい砂浜が、キラキラとした陽光を浴びて白く輝いているのが目に入った。

「これを、全部自分がやったんだ」

 そう思うと、胸の奥から喜びさえも超越する言い知れない活力が沸き起こるのを感じた。これが『達成感』であると気付いたことが、僕にとって大切な宝物になった。

 その後、僕は砂浜から活動範囲を広げてみることを試みた。砂浜のゴミ拾いを始めてから2週間が経つ頃には、河口から上流まで川沿いを逆走しつつ捨てられているゴミを拾っていった。更に一ヶ月が経つ頃には別の河口まで足を運んで、同様に河口から上流に向けてゴミを拾った。更にその二ヵ月後には僕の住んでいる地区全体のゴミを丸一日かけて拾い歩く様になっていた。
 少しずつ少しずつ、町からゴミが消えていく。道路も、歩道も、側溝も、自動販売機周囲も、歩道橋の下も、かつては必ずと言っていい程ゴミを見掛けた町が今ではすっきりと片付いている。そんな様子に、僕の心は春の陽光が差し込む木漏れ日の様に穏やかなものになっていった。

 しかし時折、悲しいこともある。僕がせっせとゴミ拾いをしていると、「汚らしいね、あの人」とか「いい歳だろうに、あんなことして」とか「あんな風に惨めな人間にはなりたくねぇよな」とか言う声が、くすくすと笑う声と共に通行人の方から聞こえてくることがあった。僕は聞こえない振りをして、路上に転がるゴミを拾い続けた。僕の火バサミの前に飲み終わった空のボトルを放り投げられることもあった。それでも静かにそのボトルを掴んで袋に詰め込みながら、僕は一日中、町を練り歩く日々を送った。

 ゴミが少なくなってくると、僕は街路樹の落ち葉が散らかった歩道を箒で掃いたり、歩道に並んだ花壇の手入れをしたりした。植物に触れて、土に触れて、陽光に背中を温めて貰いながら、僕は次第に新しい世界に没頭していくようになった。
 可愛らしい花の間を小さな虫たちが一生懸命に歩いている。食べ物を求めて、あるいは住処を求めて、あるいは仲間を求めて。種類や体の大きさは異なれど、彼らは人間が作った文明社会の僅かな隙間で、彼らなりに懸命に生きているのだな、と僕は一人でにっこり微笑むのだった。

 砂浜のゴミを拾い始めた日から半年が過ぎる頃、僕は隣町の裏山まで足を運んでゴミ拾いをしつつ、その山に生息する生き物や昆虫、植物を観察する様になった。時期は九月。りんりんという羽虫の音が草むらを艶やかに引き立て、梢の奥では野鳥が戯れている。木立の影から数匹の狸が顔を覗かせて、子連れの猿の姿も目にした。帰り道にはイタチを目撃し、懐っこい野良猫が足元にすり寄って来たりした。手を洗おうと綺麗な水の流れる水路に手を浸けると、水底のブロックの影にサワガニが身を隠して僕を見ていた。「驚かして、ごめんね」と声を掛けると、サワガニは黙ったまま眼だけを慌ただしく動かしているのだった。

 あらゆる生態系が、人間の住処の近所にも息づいている。立ち上がって手の水を払うと、夕闇の迫った空にペーパームーンが昇っていることに気付いた。僕は小さく息を吸って、肩の力を抜いた。

「・・・綺麗だな」


 冬を超えて春の花が咲き綻ぶ頃、僕は変わらず一人でゴミ拾いを続けながら近所の図書館の蔵書整理のアルバイトを見付けて週三日程度働く様になっていた。収入は僅かだが、家賃の安いアパートに引っ越して、食事は粗食なので大した費用も掛からない。初給料で中古の自転車を買って、通勤とゴミ拾いに活用した。

 ある陽光暖かな昼下がり、僕は隣町の河川敷まで足を延ばしてゴミ拾いに勤しんでいた。この時期は河川敷でバーベキューをするグループが多くやって来て、ゴミを持ち帰らない人達もいる。首に巻いたタオルで額の汗を拭いながらゴミ拾いをしていると、バーベキューをしているあるグループに遭遇した。様子を見ていると、彼らは使い終わった肉のトレーやラップ、空き缶、空き瓶を河川敷の草むらの中やその辺の水溜りに投げ捨てていた。

 僕は一抹の不安を胸に秘めながらも彼らの近くまで歩いて行き、

「ゴミは持ち帰ってください」

 と言った。すると、僕と同じ様な火バサミを持って肉を焼いていた男が、サングラスを傾けてその鋭い目を僕に向けた。

「はぁ? なんだお前」

 彼の周りで楽しそうに話していた他のメンバーも、真顔になって口を閉じたままビール缶を片手に僕の事を頭の先から足先までじろじろと見ていた。

「ゴミは河川敷に捨てないで、持ち帰って下さい」

 僕は喉から振り絞る様にもう一度そう言った。

「いやいや、お前は何様なんだよって訊いてんの」

 肉を焼いている男がそう言うと、自動車の傍に張られたテントの影から、筋肉を晒した若い男二人がサングラスを額の上に掛けて現れた。肉を焼いている男の周りにいた数人の若い女達が口々に、

「やばっ、こいつキモくない?」

 と僕にも聞こえる様に言い合っている。
 僕の様子をサングラスの影から隅々まで物色した若い男の内の一人が、

「おたくさ、役所の人? それともボランティア? 一人で何やってんのか知らないけど、俺ら今お楽しみ中なんだわ。偽善は余所でやってくれない?」

 と言って、僕の間近までぐいぐいと迫って来た。僕は火バサミで河川敷に立てられている注意書きの方を指し示して再度、

「ゴミは自分達で持ち帰ってください。ここはあなた達だけの場所ではありません」

 とはっきり言った。その瞬間、間近に迫っていた若い男が僕の手から火バサミとゴミ袋を叩き落して胸倉を掴んだ。

「うざいんだよ、お前。さっさと消えろって言ってんの」

 すると肉を焼いていた男達の方から「ゴミは放り捨てちまえ」という声が上がった。その声に触発されてか、胸倉を掴んだ若い男はにやりと笑い、もう一人の若い男と結託して僕をずりずりと川まで引き摺って行くと、思い切り浅瀬へと放り投げたのだった。
 さいわい、水底は砂だったために怪我は無かったものの、僕はずぶ濡れとなっていくらか川の水を飲み込んでしまった。川岸の方からゲラゲラという多数の笑い声が聞こえた。僕は川の浅瀬に座り込んだまま、冷たい川の清らかな流れを見詰めた。日光をキラキラと弾く水面の下に、小さな小魚達が泳いでいるのが見える。

「あぁ、君達はなんて綺麗なんだ」

 僕は思わずそう呟いているのだった。
 とその時、

「おい、何やってるんだ!」

 そんな声が聞こえた。浅瀬をばしゃばしゃと掻き分けてやって来た足音は僕の傍に身を屈め、「大丈夫かい?」と顔を覗き込んだ。目尻に皺の刻まれた、60代くらいの男性だった。僕は小さく頷きながら、その男性が装着していたウェーダーを見て釣り人なのだな、と思った。釣り人の男性はゆっくり立ち上がると、僕を放り投げた連中の方を見て、

「一部始終見ていたよ。ここは彼が言う様に、ゴミを捨てる場所じゃない。間違えているのはどっちかね? 暴力沙汰を起こすと言うのなら警察を呼ぶが、それでいいかね?」

 と静かに言った。肉を焼いていた男は何か言いたげにサングラスを荒々しく外したが、釣り人の男性の後に続いて2、3人の仲間と思しき人達がやって来ると、「ちっ」と舌打ちし、僕を川に放り込んだ若い男二人に対して「おい、もういい。拾っとけ」と言った。バーベキューの輪はしんと静まり返り、若い男二人はブツブツと口々に文句を言いながら草むらの中に捨てたゴミを拾っていた。

 釣り人の男性が手を貸してくれたので、たっぷりと水を含んだ服に手間取りながら僕は立ち上がった。川岸に上がって、良く乾いた石畳の場所まで歩いて行ったところで、

「君、いつも町のゴミ拾いをしてくれている人だろう?」

 と訊ねられた。僕は思いもしない問い掛けに男性の顔を見たが、彼は優しい笑みを浮かべるばかりで、その顔には一切の面識などあろう筈も無い。
 僕が黙っていると、

「どうしてゴミ拾いをしているんだい?」

 と男性は再度訊ねた。僕は濡れた服を絞りながら、

「僕に出来ることは・・・これしかないので」

 と答えた。すると男性は朗らかな笑みを顔に携えて、

「・・・そうか、いつもありがとうね」

 と言った。傍に居た仲間の釣り人達も、「見たことあるよ、若いのに感心だなぁと思ってた」「いやぁ、偉いよなぁ」と口々に言っていた。僕は何だか目頭が熱くなって視界が霞んだが、彼らに気付かれないよう、そっと涙を拭った。

 僕を助けてくれた男性は『林さん』という方で、元小学校教諭らしい。現在は引退して、地区の区長をしているとのことだった。林さんの要望で連絡先を交換していた僕はある日、「うちに遊びに来ないかい? 夕飯でも御馳走しよう」と誘われた。
 林さんの話によれば、彼の奥さんも僕のことを以前から町で見掛けて知っていたようで、声を掛けるタイミングをなかなか見つけられなかったらしい。

 奥さんの手作り料理に舌鼓を打ちながら、僕は林さんとお酒を飲み交わした。穏やかで物腰の柔らかい林さんご夫婦との会話の流れで、僕はこれまでの経緯いきさつを二人に話した。他人と馴染めずに職を転々としていた事、二年続けた仕事も辞めて絶望してしまっていたこと、それからゴミ拾いを始めたこと。二人は僕の言葉を遮ることもなく、何か説教を始めるでもなく、静かに僕の話を聞いてくれていた。僕はなんだかとても嬉しかった。『家族の食卓とはこういうものなのだな』としみじみ感じているのだった。
 しばらく続けた会話が途切れようとする頃、ふと、林さんが言った。

「実は僕らには、今年で32歳になる筈だった一人息子がいたんだよ」

 僕はその先の言葉を急ぐことなく、黙っていた。ゆっくりと席を立った林さんが写真立てに収まった一枚の写真を持って来て、そっと見せてくれた。そこには、短髪で爽やかな印象の好青年が林さん夫婦と並んで笑っていた。

「息子も君と同じ様に他人と上手く馴染めずに心を病んでしまって、それで・・・」

 林さんの低い声音が、静かな食卓にそっと溶けて行った。僕は目蓋を閉じて、仕事を辞めた日の事を思い出した。薄暗い空の下の波の音。僕もあの日、林さんの息子さんと同じことを考えていた。僕はカモメの声に足を止められたが、息子さんにはそれが無かっただけなのかもしれない。ただ、一瞬の違い。ただ、一瞬のまたたき。

 その時、ぼんぼんと林さん宅にある古い柱時計が時刻を報せた。夜の11時だった。

「おや、いつの間にこんな時間に。すまないね、こんなに遅くまで」

 そう林さんが言ったので、僕は「いいえ」と答えた。そして、

「また遊びに来てもいいですか?」

 と訊ねた。林さんご夫婦は優しい笑みを浮かべて「いつでもおいで」と言ってくれた。

 その数日後。いつもの様にゴミ拾いを始めようと午前中の町に出掛けると、十名程の人達が僕よりも先にゴミ拾いをしていた。気付けばその中に、林さんの姿もある。立ち尽くしている僕に気付いた林さんは手を振りながら近付いて来て、「実は地区の人達に呼び掛けてみたんだよ」と言った。

「君の話を聞いて、居ても立ってもいられなくてね」

 そう零した林さんは、照れ臭そうに笑っていた。

 林さんの伝手でボランティア活動に集まったのは60代~80代前半の方々で、皆が僕のことを知っていた。「あんた、立派だよ」「頑張ってたもんねぇ」「私らも負けない様に頑張らんといかんね」と一人一人が声を掛けてくれた。握手をしたり、背中をぽんと軽く叩かれたりもした。
 各々にゴミ袋や軍手、火バサミなどを持参して、僕らは一緒になってゴミ拾いに勤しんだ。そんな中、ある時僕は皆の姿を見渡してふと自分がこのグループの中で最年少であることに気付いた。そして、もう独りではないことに心の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

 正午を前にして、ボランティアグループは解散した。今日はアルバイトの予定もないので、僕がもう少しゴミ拾いを続けることをメンバーに話すと、色々な人が食べ物や飲み物をくれた。特に最高齢で83歳の初枝はつえさんが持って来てくれた手作りの御萩おはぎはとても美味しかった。

 それから数週間、地区の有志で結成されたボランティアグループと共にゴミ拾い活動を続けた。すると、地域の噂になったのか休日には若い学生達や親子連れの人達も参加する様になった。その活動はいつの間にかSNSで拡散され、気付けば地域の回覧板に留まることなく、地元の新聞にも記事が掲載された。そしてボランティア活動の規模は毎回100~200人規模まで膨れ上がっているのだった。
 そんなある日、集まったボランティアの中に環境問題に関する研究と取り組みを行っているという大学生グループ数人が参加していることを知った。マイクロチップによる海洋汚染やゴミの減量・分別、再生エネルギーの導入などあらゆる観点から環境問題に対するアプローチを研究しているらしい。そんな学生グループのリーダーであるという高橋くんが「NPO設立を考えてみてはいかがですか?」と提案してきた。隣で話を聞いていた林さんも「それはいいかもしれないね」と言っていた。
 僕は実際自分の活動がここまで大きくなるとは想定していなかったし、NPO設立など考慮の端にも無かった。自分の活動に感銘を受け、多くの人が集まってくれるのは大変ありがたいことだ。しかし、そんな彼らを前に、僕の胸には口にし難い或るわだかまりが芽生えていた。それ故、「もう少し、考えてみます」と僕は返答してその場をやり過ごすのだった。

 数日後の或る日の夕暮れ。僕は林さん宅にお邪魔し、ご夫婦にある相談をしていた。

「どうしたんだい?」

 と訊ねる林さんの表情は、やや不安気だった。僕はそんな林さんの顔をジッと見つめた後、自分の考えていることを素直に話すことにした。

「実は、山に入りたいんです」

「・・・山?」

 少しだけ戸惑いを顔に浮かべながらそう訊ねる林さんに、僕は深く頷いて見せた。

「ゴミ拾いを始めようと思ったのは、海鳥がビニール袋に絡んでいるのを見付けた時でした。それからゴミ拾いを続けていく内に、人間の暮らしの隅にある小さな自然に触れて、僕はもっと彼らのことを知りたいと思う様になりました」

「・・・それは、自然科学の研究をしてみたい、ということかね?」

 そう訊ねられて、僕は「いいえ」と首を横に振った。要領を得ない林さんご夫婦の表情を見つつ、僕自身も自分の考えていることに思わず苦笑いを浮かべてしまっていた。

「変なことなのかもしれません。ですが、これこそが自分の望む道だと僕は分かりました。沢山の人を率いることでも、沢山の慈善活動をすることでも、あるいは懸命に仕事をして沢山のお金を稼ぐことでもありません。僕は山に入って、彼らの声を聞きたい」

 しばらく僕の瞳を黙り込んだまま見詰めていた林さんであったが、やがてそっと口を開いた。

「それでNPOとボランティア活動の代表を、高橋くんと私に譲りたいということだね」

 静かでいて腹の底まで響く様な林さんの低い声音に、僕はゆっくりと頷いた。背中を椅子に預けた林さんは「うむ」と唸った後に軽く腕を組んだ。そして顎に手を添えたまましばらく考え事をしていたが、小さく吐息を零すと再び僕の目を覗き込む様に見た。その瞳を見て、「これが父親の眼差しなのだろうな」と僕は思った。

「君の御両親は・・・納得されるだろうか?」

 と林さんは静かに訊ねた。僕は小さな微笑みを唇に添えて伏し目がちに、

「僕に両親はいません。18歳で養護施設を出てからずっと、一人で生きてきました」

 と答えた。林さんご夫妻が小さく息を飲むのが聞こえた。もちろん、僕に両親がいないことなど一度も彼らに話したことはなかった。
 それからしばらく時計の秒針が響く程の静寂に包まれたが、林さんがそっと口を開いた。

「・・・それが、君自身が見つけ出した答えなんだね」

「はい」と答えた僕が顔を上げると、林さんの顔には柔らかい微笑み、しかしどこか哀し気な微笑みが携えられていた。

「私はね・・・何度もこうして息子と話し合いをしてきた。しかし、その度に酷い喧嘩をしたんだよ。結局私は息子を亡くした後になって、もっと彼の気持ちに寄り添ってやればよかった、ということに気付いたんだ。とても後悔している」

 林さん隣の席に腰を下ろしていた奥さんの目から、そっと涙が零れ落ちるのが見えた。

「だからという訳じゃない。しかし私は・・・君の思うままに生きて欲しい、と心の底から思っているよ」

 そう言って顔を綻ばせた林さんの目尻にも、小さく光る雫が見えた気がした。僕はなんとなく目頭が暖かくなって一度顔を伏せたが、ゆっくりと面を上げて、

「林さんご夫婦は僕にとって実の両親の様です。短い間でしたが、大変お世話になりました」

 と静かに言った。

「こちらこそ。何処へ行っても、体に気を付けるんだよ」

「また、会いに来ます」

「いつでも帰っておいで」


 その週の末。図書館のアルバイトを辞め、家具・家電は売り払い、旅立つ準備を済ませた僕はそのまま最後のゴミ拾い活動に参加した。林さんの伝手でゴミ拾いに集まってくれていたボランティアの人達は林さんから既に事情を聴いていた様で、僕らはわいわいと賑やかながら名残惜し気なお喋りをしつつ、いつもの様にゴミ拾いを行った。初枝さんは今日も御萩を作って来てくれて、僕はそれを腹一杯食べた。初枝さんは皺の深い手で僕の手を強く握ると、「元気でいてね」と言ってくれた。大学生の高橋くんは「任せてください」と頼もしい返事をしてくれたし、林さんとも相性がとても良い様なので僕は小さな後ろめたさを感じつつも、ほっと胸を撫で下ろしているのだった。

 その翌日の昼下がり。アパートの退去手続きを済ませた僕は、大きな登山用のバックパック一つを担いで住み慣れた町を後にした。林さんご夫妻と共にボランティアに参加していた地域の人達数人が見送りに来てくれた。いつまでも手を振って見送りをしてくれていた彼らに、僕もいつまでも手を振り返した。
 澄み渡る空を見上げつつ、僕は最初の目的とする山へと勇む足を進めたのだった。

 それからというもの、僕は山から山を渡り歩いた。私有地や国有林に入る際には法律を犯さない様に事前に調査し、正式な入林許可を得てから山に入った。山ではテントを張って野宿し、自然に採取できる山菜や沢で採れる川魚を食料としてその日その日を食い繋いだ。図書館のアルバイトをしている間に様々な書籍から知識を吸収して蓄えてはいたものの、最初の一年は殆ど活かすことが出来ずに身なりも身体もぼろぼろになった。しかし心だけは日を増すごとに透明感と潤沢さを育んで、精神と五感はかつてない程、鋭敏に研ぎ澄まされていくのをひしひしと感じた。特に夜などは焚火の灯が消えると底なしの暗闇が目の一寸先まで迫って来る。暗くて寒いテントの中で、時折野生動物の唸り声や足音を間近に聞いた。気付けば僕の身体は途轍もない『生』への執着、脆弱な肉体の頼りなさ、自然の中における無力さにがたがたと打ち震えるばかりだった。しかし、何故かそれが非常に心地よかった。「死ぬかもしれない」という迫りくる恐怖感と「どうやって生き延びるか」という生存本能の活性化に僕はある種の快楽を覚える様になっていた。

 或る時は山から人里に下りて寝泊まりすることもあった。その度に住民に驚かれたものの、流暢な言葉遣いと礼儀、清潔感、親しみ易さを見せると、人は案外信用してくれるものだった。山に入る前の生活で蓄えていたお金で宿に宿泊する機会を得て、僕は林さんに連絡を入れたりした。山の中では全く使わないタブレットに久しぶりに触れると、妙に生気のない不気味な感覚に襲われる様になって思わず苦笑したことが何度あったか。

「元気かい?」

 とビデオチャットの向こうから訊ねる林さんの穏やかな声に嬉しくなって「相変わらずです」と答えたりした。僕は山を渡り歩く道すがら、日記の様にあらゆることを記録していた。それは数本の鉛筆によるB5サイズのノートへの走り書きではあったが、人里に下りたついでにタブレットでそんな自分の記録を基に執筆を始めてみた。やがて積み重なったそれらの文書を林さんに読んでもらうと、「とても面白いよ。出版を考えてみてはどうかな」と提案された。僕はただ林さんに読んでもらいたくて書いていたのだが、余りにも彼が気に入った様子だったのでつい嬉しくなり、「知り合いに編集者がいるから一度試しに見せてもいいかい?」という問い掛けに、僕は大きく頷いて見せたのだった。
 その後も僕は山を巡る放浪を続けた。そうしている内、以前は痩せ型で色白だった身体には盛り上がった筋肉が満遍なく備わり、肌の色は日に焼けて黒く、猫背気味の背筋せすじは鉄の板が仕込まれた様に真っ直ぐ伸びていた。山道に食い込む歩みも、以前と比較することが愚かな程に力強いものとなっているのだった。

—— § ——

 息をする度に、確かな鼓動が体中に満ち渡っていく。山々に生い茂る木々から漂い来る熱烈な生命力に後押しされ、心地よい湿度を含む土の上を踏み進んで行く。僕が人間社会を後にしてから、気付けば10年の月日が経過していた。山の奥深くに居ても、方角の見当が直ぐについた。霧が出るのか、雨が降るのか、沢があるのか滝が近いか、匂いと温度差と空気の流れと山の感情と、あらゆるものが五感を通してびりびりと伝わって来るのが分かる。

 暫く歩き続けて心が微睡を覚え始めた折、開けた場所に出た。と言っても、辺りは鬱蒼と木々が立ち並ぶひんやりとして薄暗い山奥であることに変わりはない。荷物を降ろしてテントを張り、僕は静かに火を焚き始める。倒木を引っ張って来て腰を下ろし、僕は初めて山の中でタブレットを開いた。そこには「4作目の出版おめでとう」という林さんからのメッセージが届いて居た。それは2週間前に人里に下りた時に受信したメッセージで、僕はその時、「本の収入は引き続きNPOとボランティア活動の費用に充ててください」と返信した。林さんからの返信を待たずに再び山に戻って圏外となったため、その後の動向は僕も知らない。また次に林さんと語る機会のお楽しみということにした。

 ぱちぱちと火の粉を散らす焚火に体を温めながら、僕は静かに目を閉じた。木立の奥で戯れる野鳥の囀り、足元を歩く蟻の列の蠢き、幹を駆け上がるリスの足音、木々の隙間を縫ってこちらの様子を伺う狐の視線、群れで移動している猿の会話、山頂近くをのしのしと歩く熊の親子の息遣い。明瞭に、荘厳に、それでいてほとばしらん程のみなぎりの気配に、僕は思わずゆっくりと立ち上がった。抑えきれない程の喜びが体中から溢れ出て、僕は笑った。

「人間の暮らしの中に自然が潜んでいるのではなく、そもそも人間が自然の一部なんだ」

 ふと目蓋を開いて見ると、僕の身体には沢山の美しい蝶が留まって羽を休め、木立の間からは多くの野鳥たちが躍り出て来た。狸や猿や狐や鹿や、気付けば猪や熊が辺りを取り囲む木々の影に集まって来ていた。僕は彼らにそっと語り掛けた。

「こっちへおいで。皆で火を囲もう」

 人の手の入らない深い深い山奥で、僕は生き物達と共に火を囲んでいつまでも静かに語り合い続けた。やがて日が暮れて、夜が更けて、空の天辺に星々が踊り始めてからも、僕らはお互いが何者であるか、どこから来たのか、どこへ行くのか、そんなことすらも全て忘れて語り合った。
 静かに燃える火を囲んだ僕らが、一つのゆるやかなを描いていることすら気付かぬままに・・・。


〈 終わり 〉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?