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紫がたり 令和源氏物語 第百九十九話 少女(八)

 少女(八)
 
内大臣はそのまま姫君(雲居雁)の部屋を訪ねられました。
ずらりと控える女房のなかに先日の陰口を叩いていた者たちがいると思うと不快ですが、ことの次第を姫に諭さなければこれから先にも同じようなことがあっては許されません。
姫はただあどけなく美しく、父の訪問を嬉しそうにしています。
その愛らしい顔を見るにつけても此度の不祥事が悔やまれてなりません。
「姫よ、あなたには失望しました。幼いとはいえ、このように分別が無かったとは。あなたを東宮妃にと考えた自分が恥ずかしくなります」
姫は何を言われているのかもわからずに首を傾げているので、内大臣は矛先を女房たちに向けました。
「お前たち、私を嘲笑っているのだろう」
「断じてそのようなことはけしてありませぬ」
内大臣は怒りに満ちた双眸で一同を睨めつけました。
「まさかこのようなことになるなど、お二人とも幼くていらっしゃって、若君もそんなそぶりはまったくなくて」
乳母や女房はしどろもどろに言い訳を繰り返し、先日の内緒話を聞かれたことを知った老い女房は顔を青くしてぶるぶると震えております。
「よもや二人がこうなることを望んでいたのではありますまいな」
「まぁ、とんでもない。義理の御父上である按察使大納言さまに対する意地もありますので、一日も早く入内されて立派になっていただこうという気持ちばかりでしたのに」
女房達は賢しらです。
変わらずに事態を呑みこめないでいる姫の幼さが不憫で内大臣は目を潤ませました。
「もう起きてしまったことは仕方がない。姫をみじめな目に遭わせたくなければみな軽々しい言葉は控えよ。よいな」
それだけを言い含めて姫の部屋を去っていきました。
大宮は数いる孫のなかでもとりわけ夕霧を可愛がっていたため、内大臣の恨みを辛く感じておられました。そもそも内大臣は弘徽殿女御ばかりを大切にかしずいて雲居雁を顧みたことはないのです。
今回のように弘徽殿女御が中宮に立てなかったことで、急に思い出したようにやってくるとは薄情ではないかと感じられます。
様子を見て優れていたからこそ東宮妃になどと大それたことを仰いましたが、大宮が立派にお育てしなければそのような考えも浮かばなかったことでしょう。
東宮妃という野望がくじけた今となっては夕霧ほどの素晴らしい婿君はいないではないか、と大宮は考えられました。
夕霧は源氏の子息であり、それでなくとも美しく聡明で、六位ではありますが間違いなく国家の柱石となる逸材です。
大学寮の博士たちの褒めそやす噂は大宮の耳にも届き、誇らしく思っていたのでした。
折り悪く、そこへ当の夕霧が雲居雁恋しさに三条邸を訪れました。
大宮は心の中では夕霧の肩を持っておりますが、内大臣に辛く当たられたのが堪えてつい夕霧に恨み言を言ってしまいます。
「内大臣にひどいことを言われましたよ。あなたと雲居雁のことです。近しい者同士で軽はずみなことをなさったものですねぇ」
夕霧にはその意味するところが即座にわかりましたが、責められる覚えもないので、かぁっ、と頬に血が上りました。
「なんのことでしょう?私には身に覚えのないことですが」
夕霧は己の気持ちに真っすぐなので、なんら恥じることもないと思っていたのです。
大宮はその澄んだ瞳を見て大きな溜息をつかれました。
「これからはお気をつけなさい」
夕霧は位の低さゆえにこのように蔑まれるのか、と悔しさのあまり深々と頭を下げてそのまま御前を退出しました。

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