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紫がたり 令和源氏物語 第二百話 少女(九)

 少女(九)
 
夕霧は深く傷ついておりました。
たとえそれが幼い想いであろうとも人を愛するということは、大人たちのそれとはなんら変わりはないのです。
それなのに大人の都合で“軽はずみなこと”と片付けられ、二人の仲が裂かれようとしているのが理不尽に思えてなりませんでした。

雲居雁はというと、父君が去った後に乳母や女房にやいやいと責められ、ようやく自分の立場を理解したようです。
それでも父が自分に関心のなかった時には放任だった周りの者が急に手の平を返したようで、姫には世間の事情とやらがよく呑み込めませんでした。
ただ幼い心ながらに愛しいと思っていた夕霧とはもう会えないのだと思うと悲しくて、花の顔が曇るばかりです。
まったく大人の事情というものはこのように純真無垢な恋人たちを苦しめるばかりなのでしょう。
二人が共に時間を過ごし、呼吸をするのが当たり前のように、自然にお互いを恋うるようになっていたものを。
大人になれば一緒になることが運命だと信じて疑わなかったものを。。。

夕霧も雲居雁も突然のことにどうしてよいかわからないのです。
しかしなんと言われても夕霧はやはり雲居雁のことが忘れられませんでした。
その夜もいつものように雲居雁の寝所へ続く中扉を開けようとしましたが、さすがに女房たちが警戒して固く鍵がさしてありました。
夕霧ががっくりと膝をつき、その扉にもたれかかっていると雲居雁も同じ想いで扉の向こうで沈んでいるのでした。
互いに板戸に背を合わせても、温もりを感じることもできないやるせなさ。
その時遠くで雁の泣く声がわびしく響きました。
雲居雁はふと自分の心情にぴったりの古歌を口ずさみました。
 
霧深き雲井の雁もわがごとや
   晴れずものの悲しかるらん
(空を飛ぶ雁も私と同じ気持ちで仲間を恋しく思って鳴いているのかしら?)
 
夕霧はその雲居雁の声を聞いて居てもたってもいられなくなりました。
「誰か、小侍従はいないのか?ここを開けておくれ」
ですが、それまでとは違うのです。
いつも側に馴染んでいた小侍従を求める夕霧の声が切なく、雲居雁は自らその隔ての錠を外すことは出来ません。
為す術もなく、涙を浮かべながらその場を離れました。
雲居雁の気配が近くから消え、夕霧は己の無力感に打ちのめされました。
 
さ夜中に友よびわたる雁がねに
    うたて吹きそふ荻の上風
 (夜中に友を呼び飛んでいく雁の声が悲しく響いて仕方がないのに、荻の葉を揺らす風までもが物悲しさを添えることよ)
 
返事もない漆黒の静寂(しじま)に、夕霧は脱け殻のように自室へと戻りました。
幼い恋人たちは自分たちがこれからどのようのなるのか考えも及びません。
ただただ悲嘆に暮れて、目の前の闇だけを見つめているのでした。

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