紫がたり 令和源氏物語 第二百三十六話 螢(四)
螢(四)
平安時代の宮中行事には五節句と言われる節会(せちえ=祝いの宴)があります。
季節の節目に催される五節句とは次の通りです。
一月七日(人日/じんじつ)・・・七草
三月三日(上巳/じょうみ)・・・ひな祭り(桃の花)
五月五日(端午/たんご)・・・菖蒲
七月七日(七夕/たなばた)・・・星祭り(梶の葉)
十月十日(重陽/ちょうよう)・・・菊の節句
そしてこの日は五月五日、端午の節会ということになります。
宮中では菖蒲をあしらった薬玉に沈香などを入れて柱に掛けられました。
こうすることで場を清め、邪が祓われ、健やかに過ごせるようにと祝ったのです。
そうして貴族達はそれぞれの邸で宴を開いたのでした。
季節は初夏。
源氏はこの宴を花散里の夏の御殿にて開こうと考えました。
「花散里は夕霧の後見でもあるから、この催しは夏の御殿で行おう」
紫の上にはもちろん異存もなく、いつも控えめなあの御方に催しを楽しんでいただけるのはよかったこと、と笑んでいます。
花散里の君も任された大役に前々から念入りな準備をして当日を迎えました。
源氏が夏の御殿に渡られると、掃き清められた廊に仄かに薫る沈香がなんとも奥ゆかしく感じられます。
所々に掛けられた薬玉からふんわりと漂っているのでしょう。
この日の為に水辺には多くの菖蒲が植えられましたが、ちょうど見頃を迎えて凛とした涼やかなたたずまいに風情があります。
「今日は夕霧の中将が左近衛府の競射を終えたらそのまま仲間たちを伴ってこちらでも競射を行う予定ですから、楽しみにしていてくださいよ。皆美しい公達ばかりですからね。それにこうした催しには螢宮も現れるだろう」
源氏が言うと花散里の君は首を傾げました。
「螢宮とはどなたのことですの?」
「いや、なに。兵部卿宮が素晴らしい螢の歌を詠んだからそのようにお呼びしているのですよ」
螢騒動のことを聞けば、気の優しい花散里の君は玉鬘を不憫に思うかもしれません。幸い花散里は深く追及するような方ではないので、源氏もお茶を濁して受け流すのでした。
「風流ですわね」
その邪気のない花散里のにこやかな笑みは源氏に己を恥じる気持ちを起こさせるものです。きっと菩薩というものが存在するならばこの人のようであるに違いない、と思わずにはいられないのでした。
そうしていると内裏を退出してきた夕霧たちが姿を現しました。
「父上、只今参上致しました」
「それではゆるゆると始めるとしようか」
ちょうどそこに噂した通り、兵部卿宮を始めとする親王たちが訪れました。
貴公子達は右方と左方に別れて、弓を競い合うのです。
内裏には武徳殿という競射用の弓引き場がありますが、六条院にそうした施設はないので、馬場に的を据えて、格式ばった雰囲気も抜きの遊びとなります。
馬場は春の御殿と夏の御殿に懸かって庭の隅に設けられていたので、春の御殿の廊には紫の上に仕える女房たち、夏の御殿の廊には花散里や玉鬘に仕える女房たちがずらりと並んで見物しています。
色とりどりの几帳の隙間から華やかな裾がこぼれているのが若い貴公子たちの心を浮き浮きとさせるのでしょう。
よいところを見せようとみな真剣に弓を放つのでした。
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