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紫がたり 令和源氏物語 第二百六十九話 藤袴(四)

 藤袴(四)
 
玉鬘姫の入内を控えて六条院はまた俄かに慌ただしくなっておりました。
宮中に上がる際には源氏方、内大臣方をあげて盛大な儀式が執り行われるようなので、どちらも立派にしてみせようと張り合っているのがおかしいところであります。
やはりいつまでたってもこの両大臣は永遠のライバル同士、何につけても負けたくないというのが御本心なのでしょう。
玉鬘が実の姉だとわかってからは決まり悪い思いをして六条院を避けていた柏木の中将ですが、父に従い入内のお供をすることとなったので、足繁くご機嫌を伺いにやって来るようになりました。
もはや玉鬘の心も定まり、宮中にて見苦しく無いようにと心得なども繰り返し諳んじております。
そして求婚者たちからは未練を滲ませる手紙などが贈られてくるのをもうこれも最後と感慨深く読むのでした。
弁のおもとはせめて御心が伝わりますようにと願いを込めて、髭黒の右大将からの手紙を姫に渡しました。
 
数ならば厭ひもせまし長月に
    命をかくるほどぞはかなき
(九月は婚姻には忌む月といいますが、それゆえにこの月には入内なさらないと聞いて、もしや私に望みがあるのではと考えてしまうこの身がはかなく感じられます)
 
そっけもない料紙にいかつい文字が連ねてあるのを玉鬘は横目でちらりと眺めただけでした。
そして今年初めての霜が降りた日、兵部卿宮さまからのお文は痩せ衰えた笹に霜もついたそのままで無残な様子のものに結んでありました。
 
朝日さす光を見ても玉笹の
  葉わけの霜をけたずもあらなん
(出仕して輝くばかりの帝の御姿を見れば無理ないことと思いますが、どうか玉笹の葉の間におりた霜<私>を忘れないで下さい)
 
そして今一方、紫の上の異母兄である左兵衛督からの手紙もありました。
この方は六条院に出入りする殿方なので、玉鬘に想いを懸けて度々文を贈ってこられたのです。
 
忘れなむと思ふも物の悲しきを
   いかさまにしていかさまにせむ
(遠く離れてしまうあなたを忘れたいと思うのですが、悲しくてどうやったら忘れられるのかわからないでいるのですよ)
 
焚き染めてある香が仄かに漂い、手跡も柔らかくて優美です。
三人三様のお文に女房たちは何とはなしにこのような文がもう来なくなるのかと思うと寂しく感じられるようです。
玉鬘姫もそのように感じられたのでしょうか、珍しく筆を取ると兵部卿宮さまだけにお返事を書きました。
 
心もて日影にむかふ葵だに
   朝おく霜をおのれやは消つ
(望んでの出仕ではございませんものを、ましてやあなたを忘れることなどできましょうか)
 
兵部卿宮は姫からの返事を珍しく感じ、このように言葉なりとも優しい文を送られて大変うれしく思われたそうです。
玉鬘は兵部卿宮に惹かれ初めていたのかもしれませんが、宮中に上がると心を固めたので、せめてなりともお返しをと贈ったのでしょうか。
ほんの気まぐれでしたが、この時玉鬘姫は己に待ち受ける過酷な運命を知る由もありませんでした。

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