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紫がたり 令和源氏物語 第二百八十二話 真木柱(十三)

 真木柱(十三)
 
髭黒の右大将は内裏の宿直所に詰めており、頻繁に玉鬘へあてて手紙を書き、早く退出するよう催促しておりました。
玉鬘が帝の目に留まっては大変だと気が気ではありません。
帝はあの通り美男でいらっしゃるので、じっと見つめられれば拒める女人はいないでしょう。
玉鬘の方からはなんの消息もないので、女房を遣いに出そうと呼び出すと、
「稀にしか参内なさらない姫ですから、お主上が御赦しになるまで宮中にて務めを果たされるようにと源氏の大臣が仰っておりましたわ」
右大将の気狂いじみた態度に、無粋な御仁であると鼻白んでいる様子です。
「いいから、早く様子を見てこぬか!!」
女房はその怒気に身が縮む思いで玉鬘姫の局へと向かいました。
するとなんと驚いたことに姫の元にはお主上が渡られているではありませんか。
その女房はご尊顔をこれほど近くに拝むことはなかったので、輝くばかりの美しい御姿に溜息を漏らしました。
優しい笑みを浮かべて話しかけるお主上と恥らいながら答える玉鬘姫はまさに似合いの一対のように見えます。
「随分と急いで結婚してしまったものだね。私はあなたの入内を楽しみにしていたのに」
「もったいないお言葉でございます」
玉鬘は畏れ多くて俯きましたが、頬がほんのりと紅潮して艶やかに美しい姿がお主上には初々しく思われます。
「まだ初日で大変でしょうが、そのうちに務めに慣れてくるでしょう。局の居心地はいかがですか?」
「はい、とてもよろしゅうございます」
「ここの人たちはみな当世風で趣味がよいな。たしかに居心地のよい局だ」
お主上がのんびりと寛ぐように笑んでいるのが玉鬘には眩しく、夢のような心地でぼうっとなります。
戻ってきた女房から帝が玉鬘の局を訪ねられたことを聞いた右大将は狼狽して、早く退出するようにと遣いを出しました。
「今日来たばかりなのにもう退出せよとは右大将の悋気でしょうか。もう参内させないと言われるのも辛いし、さてどういたそうか」
お主上は如何にもそんな右大将が面白いようで、そらとぼけてお答えになる。
そのように若々しく愛嬌のあるご様子も魅力的で、玉鬘はこの御方に髭黒よりも前にお会いしたかったと思わずにはいられません。
右大将はやきもきしながら、再三再四と矢継ぎ早に使者をよこすもので、帝もとうとう退出を赦されました。
「まったく右大将は近衛府の武官らしくあなたをしっかり守っているのですね。寸分の隙もありはしない」
そう呆れるようなお主上の口ぶりに玉鬘は恥ずかしさのあまり赤面しました。
すでに車は用意され、供人は控えていても、玉鬘がなかなか退出しようとしないのをお主上は不審に思われました。
玉鬘の結婚の事情は隠されていても、その身に何があったかはおのずと察せられるわけで、右大将が想うほどに玉鬘は夫を愛してはおらぬのだな、と帝はこの美しい姫を不憫に思召されたようです。
「なに、本日退出されても仕事は山ほどありますからね。あなたを頼りにしておりますよ。今日のところはお帰りなさい」
帝の優しいお気遣いに玉鬘はいたく感じ入りました。
「お主上、一生懸命勤めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
そうして恭しくひれ伏す玉鬘姫を帝は可愛らしいと笑みをこぼされました。
 
玉鬘が渋々退出してくると右大将は源氏と内大臣に手紙をしたためました。
“どうも風邪をひいたようで調子が悪いので、このまま妻を伴って自邸に戻ります”
内大臣は姫を邸に迎える儀式も無しで、と怪訝な顔をしましたが、夫が妻を伴うというのだからと納得しました。
源氏はまたもやしてやられた、という思いでいっぱいです。
右大将は玉鬘を自邸に引き取るために出仕を許し、まさにその目論見通りになったということでしょう。
再び右大将に裏をかかれて辛酸を舐めた源氏の君なのでした。

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