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紫がたり 令和源氏物語 第三百二十話 若菜・上(十四)

 若菜・上(十四)
 
懸案の女三の宮を源氏に嫁がせたことで安心された朱雀院は如月の終わりに西山の御寺へお移りになられました。
本格的に俗世とは縁を切ろうと決意をされてもやはり愛娘のことが気になって仕方のない院であらせられます。
源氏には始終文を送って宮のことをくれぐれも頼むと重ねて願い、ふと紫の上への配慮に欠けていたと思い当たりました。
すでに仏門に帰依している身でありながら、我が子可愛さに目がくらんで紫の上には酷い仕打ちをしてしまったと悔やんでおられるのです。
ご自身が患われていることもあり、御仏に救っていただきたい一心で紫の上に許しを乞うておきたいと思召す院の身勝手な御心からですが、このちょっとした手紙のやりとりがまた院の苦悩を深めることとなるのです。
 
院は女三の宮の至らなさには大きな心もって接して下さるように、御身と女三の宮には縁故(従姉妹という血縁関係)もあることですしお世話下さいとしたため、紫の上に手紙を送りました。
 
背きにしこの世に残る心こそ
    入る山道のほだしなりけれ
(子を思う心がどうにも仏道の妨げになってしまうのですよ。あなたにこのようなことを頼むのも愚かなことですね)
 
紫の上は院のお手紙を受け取っていささか困惑せざるを得ませんでした。
紫の上が女三の宮をお世話するというのも妙な話ですし、これは宮をないがしろにしないよう牽制しているのかと、不快にさえ思われます。
わたくしにこのようなことを仰っても何事も殿が決断されるものを、と紫の上は困ってしまいました。
そんな紫の上の様子を傍らで見た源氏は上あての院の文を覗き見ました。
「院はご病気で気が弱くなっておられるので、愛娘のためを思ってあなたに手紙をくださったのだろう。その親心に悪意はあるまいよ。お返事をお書きなさいな」
紫の上はたしかにご病気で不安でいらっしゃるに違いない、と当たり障りのない歌をしたためました。
 
背く世のうしろめたさは去りがたき
                   ほだしを強いてかけ離れそ
(御出家されたとおっしゃいましても親子の縁は途切れたわけではございませんでしょう。無理にお離れになろうと悩まれますな)
 
院は洗練された料紙の色合いに趣味の良い香、なによりその美しい手跡に驚きました。
このような御方が側におられるのであれば女三の宮はさぞかし子供っぽく見劣りがすることであろう、とまたひとしきり不安になるのです。
今はただ源氏が約束を違えずに姫宮を見守っていってくれればそれだけでありがたい、と思召され、深い深い溜息をつかれたのでした。
お優しく人に好かれた院でいらっしゃいますが、気が弱くて心配性なところは今も昔も変わっておられないようでございます。

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