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紫がたり 令和源氏物語 第二百八十話 真木柱(十一)

 真木柱(十一)
 
髭黒の右大将は六条院にて北の方が実家に戻った知らせを聞きました。
面目をつぶされて義父の式部卿宮の振る舞いを忌々しく感じますが、すぐに迎えに行けば関係も修復できるでしょう。
ここは下手にでて事を収めるしかありません。
「北の方が実家に戻ってしまったので、迎えに行って参ります。あなたは何も心配しないように」
右大将は玉鬘姫にそれだけ言うと六条院を発ちました。
玉鬘は望んで結婚したわけでもないものを紫の上にまで顔向けできない事態になり、まこと己は幸せからは縁の遠い存在なのだと消え入りたい気持ちでいっぱいになりました。
右大将はひとまず経緯を把握しようと自邸に戻ると邸は人の気配がまるで感じられず、ひっそりと静まり返っております。
右大将の御座所の控えの間に木工(もく)の君が主人の帰りを待っていました。
「木工、これはどういうことなのだ?」
「ご覧の通りでございます。宮さまが直々に北の方を迎えにこられ、右大将さまが戻られぬので、お子さまたちもお連れになりました」
「まったく思慮に欠けるふるまいをなさる。将来のある子供たちまで連れて行くとは」
「姫が最後まで右大将さまをお待ちでしたが致し方なく・・・」
右大将は姫の部屋の柱に挿された紙を広げて歌を見ました。
まだ拙い手に幼い詠みぶり、姫を幸せにするのが親としての務めと思っていたものをあまりのせつなさに涙がこぼれます。
「すぐに迎えに参るぞ。姫よ」
右大将は小さくつぶやくと式部卿宮邸へと向かいました。
 
宮さまはお年を召していささか依怙地になっていらっしゃるのでしょう。
さすがに門前払いはなさいませんでしたが、面会には体調不良を理由に応じようとはしません。
また、北の方にも右大将に会うことを禁じました。
取次の女房に思うところを懇切丁寧に説いたところで真実の声を聞いてもらわねば心は伝わらぬでしょう。
何時間も説得しましたが、北の方はついぞ姿を現しませんでした。
「せめて子供たちに合わせてください」
その懇願に太郎君と次郎君が連れだってやってきました。
「お前たちだけか。お姉さまはどうした?」
「お母さまが私たちだけ行きなさいとおっしゃったのです」
そう太郎君は寂しそうな顔をしております。
ここに至り姉弟が裂かれたことがうっすらと理解できたのでしょう。
「なんと残酷ななさりようか。お前たちには父がついておる。一緒に邸に帰ろうな」
右大将は涙を流しながら二人の若君を抱き上げたのでした。
「お父様、姉上とはもうこれきり会えないのでしょうか?」
太郎君も涙をこぼし、次郎君も泣き出しました。
「そのようなことがあるはずもない。家族が裂かれるなどということはあってはならないのだ」
しかしながらそれ以後右大将は小さな姫君と二度と会うことはできませんでした。
そして邸を離れる際に詠まれた歌から、姫は“真木柱の姫君”と呼ばれるようになったのです。
 
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