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紫がたり 令和源氏物語 第二百八十一話 真木柱(十二)

 真木柱(十二)
 
髭黒の右大将は邸が見違えるようになったことで、すぐにでも玉鬘を迎えたくて仕方がないところですが、あまり慌ただしいのも見苦しいと源氏がよい返事をくれません。
玉鬘自身も右大将の邸なぞに移りたくはないのです。
この望んでもいなかった結婚であちこちから恨まれて、玉鬘は気鬱を患ったように沈んでおりました。
右大将は玉鬘の気を惹くには致し方あるまいと渋々ながら尚侍として宮中への出仕を許したのです。
この出仕容認には何やら思惑があるようですが、玉鬘はそんなことを露とも知らず、塞ぎこんでいた気が晴れるように、少しずつ回復していきました。
玉鬘の参内は年が明けてから、ということになりました。
年末で押し迫っていたことから、また源氏も内大臣も俄かに忙しくなりました。
宮中に参内するその日には身分高い姫はそれは華々しい儀式を執り行うものなのです。源氏も内大臣も張り合うように立派に送り出してやろうと準備に余念がないのでした。

そうしているうちに穏やかに年は明けて、玉鬘の参内する日がやってきました。
あえて男踏歌の行われる日にと決めて賑々しさを増しております。
源氏の太政大臣は夕霧を、内大臣は柏木や弁の少将を供として従わせ、夫の右大将も自ら付き添っての華々しい入宮です。
これだけ頼もしい方々の後ろ盾がありますので、それは眩しいばかりの玉鬘姫の威勢に、世の好奇と関心が寄せられて、後宮も俄かに浮き立つのでした。
 
冷泉帝は歴代の帝には珍しく后の少ない御方でした。
秋好中宮を筆頭に女御と呼ばれるのは内大臣の姫の弘徽殿女御、式部卿宮の姫の王女御、そして左大臣の姫がおられ、更衣としては中納言と宰相の姫のお二方のみです。
もちろん中宮、弘徽殿女御は格別御寵愛も深くありましたが、冷泉帝はどの后にも分け隔てなく愛情を注がれているのです。
ですからそれほどの醜い女人の争いはないもので、後宮は和やかな雰囲気に包まれております。とは申しましても、さすがに式部卿宮の姫の王女御は玉鬘姫の参内を快くは思っておられぬようです。髭黒の右大将の北の方は姉ですので、今回の騒動の発端である玉鬘を歓迎する筈もないのです。
玉鬘の御座所は女御の御座所の東に面しておりましたが、しっかりと隔てられ、気軽にご挨拶という雰囲気ではありませんでした。

日暮れになると男踏歌が始まり、冷泉帝の御前から中宮、弘徽殿女御、それから他の女御、更衣の方へまわってこられ、玉鬘姫も若い貴公子たちが朗々と唄うのを楽しみました。このような晴れ晴れしい行事とはしばらく縁がなかったので、姫の顔も明るく輝いております。
玉鬘の乳姉妹・兵部の君もしばらくぶりの水入らずで姫と楽しく語らいました。
「姫さま、弟君の弁の少将さまや藤侍従さまは本当によいお声をしていらっしゃいますわねぇ」
「ええ。立派な唄いぶりだわ」
兵部の君は姫の鈴を転がすような笑い声を久々に聞きました。
「源氏の大臣はお主上が御満足されるまでこちらに滞在するようにと仰ってましたわ。こんな楽しいのであれば数日こちらにおられるのもよいではありませんか」
「そうね。お主上の御赦しがあるまではこちらにおりましょう」
参内前に髭黒の右大将は玉鬘が宮中の局に居つくことを恐れて口が酸っぱくなるほど、その日のうちに退出するようにと何度も言い含めておりました。
しかし玉鬘にははなからそのようなつもりはなく、少しでも右大将と離れていられるのであればそのほうが良いと考えていたのです。
よもやお主上がお渡りになるということはありえないことですが、あの行幸の日に垣間見た美しい帝がすぐ側におられると思うとひとときでも長く宮中にいたいと願う玉鬘なのでした。

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