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紫がたり 令和源氏物語 第百二十一話 明石(八)

 明石(八)

源氏が明石に移って落ち着いた頃、都では大変なことが起きておりました。
あの暴風雨が吹き荒れた日のことですが、都も烈しい嵐に襲われていたのです。
須磨の浦では夜には穏やかな天候を取り戻しましたが、都では一向に雨脚が弱まる気配がありません。
まさに天災と人心が乱れているところに帝ご自身に異変が生じたのです。

朱雀帝の夢に亡き桐壺院がお立ちになりました。
院はこの度の天変が今の誤った政道にあると説いて聞かされました。
帝の穏やかなご気性をふまえてのお諭しでしたが、大后と太政大臣を改心させなければ国をも滅ぼしかねないとの仰せです。
帝は院に申し訳なく何度も頭を垂れましたが、院は帝ご自身に何が誤ったところであるのかを気付いてほしいだけなので、
「このままではすべてが御身にふりかかってくるのですぞ」
そう強く諫められました。
額に汗を浮かべて目覚められた帝はただごとではないと、すぐに母である大后をお呼びになりました。
「母上、父院が夢にお立ちになりお叱りを蒙りました。やはり源氏を呼び戻しましょう」
「ただの夢ではありませんか。気に病むことはありません」
「しかし、院は私を案じて仰せになったのです。これ以上御遺志を違えることは私にはできません」
「勅勘を蒙った者を三年もせずに呼び戻すなど、こちらに非があるようではありませんか。断じて許しません。いっそ死罪を下してしまえばよかったものを」
普段は大人しい帝が強く仰せなのを大后は不安に思われましたが、折角追放した源氏を許すなどもってのほかです。
やはり長年桐壺更衣を憎みつづけ、その息子である源氏への思いはそうそう解消されそうにはありません。

「母上、私はこれ以上父上に背きたくはありません」
「この国の一の人はあなたなのですよ。何を気弱なことを言うのです」

帝でありながら母親ひとりを抑えられないとは、なんと私は無力であるか・・・。

帝は悔しさに唇を噛みしめられました。
「あのお優しかった父上が強い目で私を見つめられたのですよ。それはもう申し訳なくて、恐ろしくて」
帝の脳裏には先刻の院のお顔が浮かびます。

ああ、私はやはり父上のお言葉を守ることができないようです。申し訳ありません。

虚空に額づく帝の心は暗く塞がれてゆくばかり。
するとどうしたことでしょう。
実際に辺りは徐々に光を失い、真っ暗になりました。
「母上、何故でしょうか?・・・何も、何も見えません」
大后は愕然としました。

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