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紫がたり 令和源氏物語 第百四十八話 蓬生(六)

 蓬生(六)

そのまま年は改まり、春の除目(じもく=官職の任命)で末摘花の叔母である受領の夫は筑紫の大弐に昇進しました。
栄転で、近々一家揃って下向するということです。
侍従の君は悩んでおりました。
実はこの娘は大弐の甥を夫としていたのです。
筑紫下向にあたり夫は侍従の君も伴うつもりでいるのを姫にはまだ伝えていないのでした。
姫が頼りにする源氏の君は一向に訪れる気配も無く、姫が嘆き暮らしていることから、どうにか姫を説得して一緒に筑紫に赴きたいと願う侍従の君ですが、なんと切り出してよいのやら・・・。
叔母はよい機会と考え、侍従の君を伴って故常陸宮邸を訪れました。
姫の為に立派な装束を一揃え誂えて、物で釣ろうという作戦です。

邸は以前訪れた時よりもなお一層荒れて気味が悪く、よくもこのような場所に住んでいられるものよ、とあきれるばかりです。
草は前よりも丈高くなり、とても踏み分けては行けそうにありません。
下人に草を掃わせると、艶やかな女車をそのまま廊へつけてしまいました。
「なんと無作法な」
姫は不快に思いましたが、叔母の方はおかまいなしです。
「わたくしたちは夫の昇進で筑紫に赴くことになりました。しばらく都にも戻れないと思いますので、姫をお誘いに伺いました。立派な装束もご用意致しましたのよ」
わたくしたち、と叔母が言い放ったのが気に掛かり、それでは侍従もついて行くということか、と姫はそれまで片時も離れなかった乳姉妹を振り返りました。。
「姫さま、わたしの夫が筑紫に下向するのです。どうか姫さまもご一緒に参りましょう」
末摘花の姫は今までこの侍従が自分から去る日がくるなど考えたこともありませんでした。
姉妹とも慕って心を許せるただ一人の者がいなくなってしまうというのです。
あまりにも急なことで目の前が真っ暗になりました。
しかし侍従の君の気持ちを考えると非難することはできませんし、自分を慮って共に筑紫に赴こうと言ってくれているのです。
「侍従が結婚していたなんて、知らなかったわ」
知っておれば何か祝いの品でも贈りたいものですが、今の姫では何もあげられません。それに侍従の性格を考えると、自分だけ頼りがいのある夫があるのを言い出せるような娘ではないのです。
本心では行って欲しくはないと願っていますが、愛する夫との仲を裂くこともできません。
姫は自分の自慢の髪が抜け落ちたものを集めており、それを鬘にして箱にしまっておりました。それに亡き父宮秘蔵の香の壺を添えて侍従に与えました。
「今までありがとう。このくらいのものしかあなたにあげられないけれど、どうか元気でいてちょうだいね」
そう言う間にも涙が溢れてきます。

末摘花:たゆまじき筋を頼みし玉かづら
        思ひのほかにかけ離れぬる
(いつまでも側にいてくれると思っていたあなたまでもが遠く離れた所に旅だってしまうのね)

侍従の君:玉かづら絶えてもやまじ行く道を
         手向けの神もかけて誓はん
(たとえお側にいることができなくともずっとお慕いしております。道すがらの道祖神に誓いましてもその気持ちは変わりません)

車に乗り、長く勤めたお邸を離れていく侍従の君は姫がくれた別れの品を抱きしめて何度も後ろを振り返っておりました。
叔母は姫が強情なのを不快に思い、
「まったく馬鹿な娘だわ。本当にのたれ死を選ぶなんて」
そう憎々しげに言い放ちます。
侍従はもう少しうまく説得できれば姫の気が変わったかもしれない、本当にこれでよかったのかと後悔の念ばかりが込み上げてくるのでした。

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