紫がたり 令和源氏物語 第二百九十三話 梅枝(四)
梅枝(四)
明石の姫君の裳着の式場は秋好中宮の御殿にてしつらえてありました。
式が始まるのは戌の刻、陽も落ちた午後八時頃の予定です。
紫の上は姫に付き添い、初めて中宮と対面を果たしました。
中宮は小柄ながらも落ち着いた奥ゆかしい方で、さすが国母に相応しい風格をお持ちです。
中宮は紫の上の華やかな美貌に、なるほどこれほどの御方ならば源氏の太政大臣の北の方として務まるのであろうと感嘆されたようです。
それにつけてもまだ幼さの抜けない姫のなんと清らかで美しいことか。
もともとの素養に加え、大臣の姫として大切にかしずかれ磨かれることでこのような疵無き美しさが生まれるものかと中宮はこの祝福された一門を不思議に思召されるのでした。
儀式は滞りなく進み、子の刻(夜中の十二時)に姫は裳を着け、成人となりました。
姫の花の顔(かんばせ)を嬉しく眺めた源氏はよくぞここまで立派に育ったものだと感慨もひとしおです。
源氏は心から中宮へ謝辞を述べました。
「畏れ多くも腰結役をお引き受けいただきまして恐縮でございます。これから後も姫に中宮様のお力添えをいただければこれほど心強いことはありません」
「そのように堅苦しくされてはこちらこそ恐縮致します。義理の父とも慕う間柄ではございませんか。姫はわたくしの妹のようなものですもの。いつまでも仲良くさせていただきましょう」
「中宮さま、ありがとうございました」
明石の姫の可憐な微笑みに中宮も微笑まれ、めでたくも和やかに式が終わりました。
源氏はこの姫の晴れ姿を実の母である明石の上に見せてあげたいと考えましたが、身分賤しい腹の出と姫が揶揄されるようなことになっては、と思い留まりました。
この姫には少しでも疵をつけてはならないのです。
それが親として、政治家源氏としての堅固な意志なのでした。
紫の上はとうとうこの日が来てしまった、と少し寂しく感じておりました。
およそ七年の歳月を傍らで姫に目一杯の愛情を注いできました。義理とはいえ親子の縁が切れることはありませんが、紫の上は姫を明石の上にお返しする時が来たのだと己に言い聞かせております。
明石の上は身分柄娘の晴れ姿を見られないことを残念に思っていることでしょう。
姫が入内する際にはきっと陰ながら大きな力となってくれるに違いありません。自分の役目が終わったと思うと安堵と共に寂しさが込み上げてくるのです。
その夜紫の上は姫と初めて出会った頃からの七年間を宝物のように思い返しながら、温かく優しい気持ちで眠りに誘われたのでした。
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