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紫がたり 令和源氏物語 第三百四十九話 若菜・下(十五)

 若菜・下(十五)
 
夕霧は感無量で澄み渡った月の光を車から眺めておりました。
その膝では演奏の務めを立派に果たした太郎君が満足げな笑みを浮かべてまどろむ姿が愛らしい。
まるで夢のような心地で源氏の吹く笛が遠くに聞こえるのが、未だ余韻に浸るように胸に沁み込みます。
紫の上の奏でる筝の音色が、類なく美しい調べが、耳に残って離れません。
これほどの女人がこの世に存在するとは、紫の上さまは女神が人に身をやつして地上に下られたのではないか、と憧れは益々強くなる一方です。
この六条院にはなにもかもが理想的で整っている、とあのような女人達と暮らす父が羨ましくなる夕霧なのです。
雲居雁との仲は変わらずに睦まじいのですが、近頃雲居雁は子育てに忙しくなかなか雅な遊びなどを楽しむ間もありません。
初々しかった妻がすっかり母の顔になり、かまわれなくなったのを寂しく感じずにはいられないのです。
それでも側室の藤内侍のことなどがあるので嫉妬したりするのはかわいく、昔に戻ったように安らぐ家庭であるのはそれでよいのですが、徒然に琴を弾くような情趣があれば尚よいのに、と物足りなく惜しく思われるのです。
次々と子が出来て幼子が走り回っている邸内では無理からぬことであるのに殿方というのは夢見がちで理想の女性を追い求めずにはいられぬ性質なのでしょうか。
家庭をしっかりと守る雲居雁にはまったく気の毒なことでありました。
 
さて、紫の上は思ったよりも女三の宮の琴の腕前が上達したのを嬉しく思っておりました。宮はその気になれば何でもできるというのが実証されたことになりましょう。
それまでは名ばかりの北の方でしたが、実務に関しても女房たちの助けがあればやっていけるのではなかろうかという希望が見えたのが、俗世を離れたいと願う紫の上にはこの上もない喜びなのです。
宮にすべてをお任せして解き放ってもらえる日が近づいた気がして、今ならば源氏も願いを聞き届けてくれるように思われるのでした。
管弦の会がお開きになった後、源氏は東の対へ戻りましたが、紫の上は女三の宮の御殿に残り、従姉妹同士仲良くおしゃべりをして夜を明かしました。
「宮さま、本当にお上手になられましたわね。朱雀院さまもそれは楽にご興味がおありになるということですので、きっとその血を受け継がれたのですわ」
「本当?わたくしはそんなに上達したかしら?」
「ええ、それはもう。今日のように演奏されれば、立派におなりになったと院は喜ばれますわ」
「褒めてもらえるというのは嬉しいことなのね」
「宮さまが努力なさったからですわ」
「そうかしら?」
「そうですとも」
宮はこの姉のように優しい紫の上にさらに親しみを覚えられ、褒められたことを素直に喜ばれました。
宮はそれまで蝶よ花よとかしずかれ、目標を持ってなにかに打ち込むことなどなかったのです。
そして努力など必要のない御身の上でいらっしゃったので、何事につけても深く考えることもなく、自ら何かをしようという気力もなく過ごしてきたのです。今回のように稽古を積んで結果を出せたことで喜ぶ、楽しむという人間として基本的な情緒が刺激されたようでした。
大切な娘だからと風にも当てず、何もさせずでただ甘やかすばかりでは、その子の持つ資質が損なわれるというのを朱雀院はご存知ないのです。
溺愛というのはなるほどその押しつけの愛情に子が溺れさせられてしまうということなのでしょうか。
女三の宮は二十歳を過ぎてようやく目を開き始めたように紫の上には思われるのでした。

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