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短編小説集

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自作の短編小説を集めてあるよ。ジャンルフリー。
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#超ショートショート

真夜の邂逅

 夏休み真っただ中のとある日、オレたちは学校のプールに忍び込んだ。  茹だるように暑い日の、熱を帯びたままの真夜中だった。 「ひゃ~! 超気持ちいい!!」 「お前も早く来いよ!」  ざばん、ざばんと盛大にしぶきのあがる音が響く。連れ立って来た仲間二人は早々に水中へ身を投じたようで、もし水が張られてなかったら、という心配は杞憂に終わったらしい。着替えの遅れたオレは足早にプールサイドに上がると、二人に続くべく水面にダイブしようとして――  ふと、踏み出す寸前の足を止めた。 「今日

サイノカワラ

 あの世とこの世を分かつ三途の川ほとり、死後の世界の一歩手前。ここ賽の河原では今日も、子供たちのすすり泣きく声が絶えず聞こえていた。  子供たちは功徳のため、親不孝の罪を償うためにと、血と汗を流しながら、石を運んでは積み、運んでは積みしている。しかしその石積みが適当な高さになってくると鬼がやってきて、適当な難癖をつけて石積みを打ち崩してしまうのだ。そうして子供たちはまた石を積み、また壊され、が延々と続く。  それが賽の河原の日常であり、何百年ものあいだ繰り返され続ける光景だっ

毛生え薬

 注文していた商品が届いたというので、男は近くのドラッグストアにそれを受け取りに出かけた。 「こちらが、ご注文の毛生え薬でございます」  男が店員から受け取ったのは、新発売の毛生え薬だった。飲むタイプのものだ。 「いやあ、ありがたい。なにしろ臆病が過ぎるもんで、心臓に毛の一本も生やしたいと思っていたんだよ……」

PSYCHOな蓮美ちゃん②

 金曜日。帰りのホームルームが終わり放課のチャイムが響くと、教室の生徒たちは思い思いに行動を始めました。ようやっと平日が過ぎ去り、待ちに待った週末です。  休日を一秒でも長く過ごそうと家路を急ぐ人もいれば、のんびりと友人とのおしゃべりに興じる人もいます。蓮美ちゃんもおもむろに席を立ちますが、どこか元気がありません。 「ハスミ、暗いカオしてどうしたの?」 「ちょっとね。パパとママがケンカしてて。家に帰るの気が重いなって」  友人が心配げに近づいてきました。蓮美ちゃんはわざと大き

おすすめの生き方

 とある会社のオフィスで、二人の男性が仕事をこなしていた。二人はそれぞれデスクに座り、ノートパソコンの画面を見つめてはキーボードを叩く、という作業を繰り返していた。ひとりは中年のベテラン社員で、もう一人は入社したばかりの若い新人だった。彼らの所属している部署に、他に人はいない。 「今日もいい記事が見つかるといいですね、先輩」 「ああ。いくつも読むのは大変だが、これも世の多くの読者のためだ。新人くんも頑張ってくれたまえ」  彼らの仕事はシンプルだ。ブログやSNS、いわゆる掲示板

message

 狭い部屋だった。  キッチンに風呂とトイレ、あとは、その部屋ひとつ。最小限の家具だけが置かれるに留まり、目に入るものは数えるほどもない。良く言えば清潔感のある、悪く言えば殺風景なこの空間で、一組の夫婦が暮らしていた。  朝がやってくると、二人は早くから起き、夫は仕事の支度をして、妻は食事の準備をした。早朝の忙しい時間は瞬く間に過ぎて、夫が朝食もそこそこに玄関の扉に手を掛けると、妻はいつも後ろから見送りの声をかけた。ただ、夫はほとんどそれに応えなかった。夫は無口で、口下手な人

智慧の翳り、信仰のゆらぎ

 二〇二〇年代ももう末期となり、スマートフォンが一般に普及し始めてから二十年ほどが経ちました。今や、およそ八割もの人が個人でスマートフォンを所有している時代です。  パソコンやネットワークの知識がない人でも簡単かつ手軽にインターネットを利用できるようになると、インターネットを介して様々なサービスが提供されるようになり、多くの人々にとって、情報通信技術はより身近で便利なものとなりました。技術の進歩とともにサービスの質もどんどん向上し、ユーザーはその恩恵を享受していたのですが……

命のともしび

 雨風の強い日だった。ごうごうと空気がうねり、地面には滝のような雨が降り注いでいた。 「弱ったな」  まばらに生える背の低い樹木に寄り添いながら、旅人は小さく息を吐いた。つい昨日までは、照り付ける日差しにこの身を焼かれていたというのに。  どうにか枝葉の陰にすがってみても、横殴りに打ち付ける雨粒からはまるで逃れられない。いつまで降り続けるのか見当もつかないこの雨の中、足を止めたままではかえって身を亡ぼすことになりそうだ。旅人はまた歩き出した。幸い、夜の訪れまでにはまだ少し時間

PSYCHOな蓮美ちゃん

 ある夜更けのこと。その女の子は自室でスマートフォンの画面をしきりにつつきながら、ぽつりとつぶやきました。 「うーん、思ったより伸びないなあ」  蓮美ちゃんはこの春に高校入学したばかりの高校一年生。入学を機に念願だったスマートフォンを買ってもらい、周囲よりやや遅めの『スマホデビュー』を果たしたのでした。すぐに今はやりのSNSに登録し、ひと通りの使い方も覚えたのですが、自分の投稿への反応は芳しくありません。 「今日はもう遅いし、明日、学校で誰かに聞いてみよう」  深夜にメッセー

悪性希望症候群

 むかし、声優という職業に就きたかった。  作品と演技を通して見る者に感動を与える、そんな存在に憧れた。わたしがもらったものと同じ感動、あるいはそれ以上の何かを与えられる人間に、わたしもなりたい。そう思っていた。  けれど現実はそう上手く運ぶものでもなく、周囲の理解が得られないまま、味方のひとりもいないままであえなく挫折してしまった。  それならせめて、真っ当な社会人になって真っ当に働き、良い伴侶と人生を共にして家庭を築いていきたいと、そうも考えた。描いた理想とは違う形だが

物乞い童子

 とある夜ふけ。片田舎のうら寂しい小道を、男がひとり歩いていたときのことでした。  まばらに立てられた街灯の、その下。  小さな男の子がひとり、ぽつねんと佇んでいたのです。  俯きがちに、しかし男に『何か』を訴えかけてくる子供。三歳か、四歳くらいに見えました。妙だな、と思いながらも、男はその子を放っておけませんでした。 「こんなところで、どうしたんだい」  男は子供に声をかけてみました。子供は応える様子がありません。  ちらと窺うと、子供はあまり清潔とはいえない様子でした。明