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おすすめの生き方

 とある会社のオフィスで、二人の男性が仕事をこなしていた。二人はそれぞれデスクに座り、ノートパソコンの画面を見つめてはキーボードを叩く、という作業を繰り返していた。ひとりは中年のベテラン社員で、もう一人は入社したばかりの若い新人だった。彼らの所属している部署に、他に人はいない。
「今日もいい記事が見つかるといいですね、先輩」
「ああ。いくつも読むのは大変だが、これも世の多くの読者のためだ。新人くんも頑張ってくれたまえ」
 彼らの仕事はシンプルだ。ブログやSNS、いわゆる掲示板など、インターネット上に存在する様々な事柄に関する『記事』をひたすら検索し、手当たり次第に読み、多くの人に有益であると判断されたものを、自社が管理運営するウェブサイトに『おすすめ記事』として紹介する――といった手順を毎日、時間の許す限り延々と繰り返すのである。
 業務開始から少し時間が経過し、ふと新人が聞いた。
「ところで先輩、より『おすすめ』しやすい記事ってどんなものでしょうか」
「うむ。ピックアップしやすいのは『貴重な・稀な体験』だな。普段なかなか起こらない出来事に遭遇したとかでもいいが、どこかの会社の偉い人ならその生き方自体が貴重だろう。それに『実用的な事柄』の記事もいい。日常での細かな疑問を解決してくれたり、何かの手順を解説している記事だ。例えば着物の着方とか、時短料理のレシピとか」
「なるほどですね。確かに存在自体がいかにも役に立ちそうな記事です。でも、そういう記事ばかり並ぶと単調にならないでしょうか。どの記事にも興味がわかない人にとっては退屈というか……」
「ほう。では新人くんはどうしたいんだね?」
「ぼくとしては、普通の日常をつづった記事も悪くないと思うんですよ。読者のだいたいは普通の人なわけだし、わかりやすくて共感が得られそうだなって」
「フフフ。新人くんはまだ仕事を始めたばかりだから実感がないだろうが……」
 議論は長くなりそうだった。先輩社員はそこで一旦ディスプレイから目を離すと、オフィスチェアを軽く回して隣の新人社員の方に向き直った。
「人間ってやつはな、基本的には『普通』の『他人』に、それほど興味がないのだよ」
「はあ、そんなものですか」
「そんなものさ。内容が『普通の日常』の記事が注目されるのは、芸能人とか、一流スポーツ選手とか、普通の人とは違う『特別な存在』が書き手である場合だ」
「でも……」「なら聞くが」なおも食い下がる新人に、先輩は言った。
「きみの住んでる家から六軒ほど挟んだよく知らないおじさんおばさんが何でもない日常を日記代わりにブログにつづっていたとして、きみはそれを読んでみたいと思うかね。わざわざ自分の時間を割いて」
「そう言われると……あんまり思わないです」
「だろう。たまたまその記事を目にして、たまたまそこで紹介されていたお店やイベントに興味を持つことはあるかもしれない。だが、書き手について詳しく知ろうとまでは、ほとんどの人は考えないはずだ」
「わかりました。では検索ワードから『日常』や『日記』なんかを除外すれば、よりおすすめ記事が見つけやすくなりますね」
「フフフ。そう単純ではないぞ新人くん。日常を描いても人々の興味や関心を引く記事がちゃんと存在する。それはマンガだ」
「マンガ! なるほど、これほど親しみやすいものはないですね」
「そうだろう。どんなに些細なことや荒唐無稽なものでも、脱力系でかわいい絵などつけてマンガにすれば、一瞬で人の心をつかめる。ペットのおもしろ行動や子供の成長記録が大ブレイクする可能性さえある。四コマ形式ならなおよい」
「内容によっては専門的にもなる体験記事や解説記事の合間に、なんか適度にほっこりする感じのマンガ……よし、これはいいバランスでおすすめ記事が選べそうだぞ。さすが先輩だ」
「うむ。これから頑張るんだぞ、新人くん」
 ひと通りの会話を終えたところで、二人はそれぞれ業務を再開した。他に誰もいない部屋でキーボードのタイプ音だけが響いて、しばらく。終業の時間が近づいてきたころ、またふと新人が聞いた。
「でも、毎日同じことばかりやってると、さすがに飽きてきませんか? 他のこともやってみたいというか、こればかり続けるのも人生がもったいないというか」
「そうかね? この仕事を続けていれば、自分から何一つ発信しなくとも、多くの人々に多くの価値を提供している気分が味わえる。こんなおすすめの生き方は、他にないと思うがね……」

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