物乞い童子

 とある夜ふけ。片田舎のうら寂しい小道を、男がひとり歩いていたときのことでした。
 まばらに立てられた街灯の、その下。
 小さな男の子がひとり、ぽつねんと佇んでいたのです。
 俯きがちに、しかし男に『何か』を訴えかけてくる子供。三歳か、四歳くらいに見えました。妙だな、と思いながらも、男はその子を放っておけませんでした。
「こんなところで、どうしたんだい」
 男は子供に声をかけてみました。子供は応える様子がありません。
 ちらと窺うと、子供はあまり清潔とはいえない様子でした。明りが乏しいせいで影が目立ち、やけに小汚く見えてしまいます。髪の毛も伸びたままです。
 周りに他の大人の姿はありません。事情はわからないまでも、助けが必要なのは間違いないはずです。しかし男は困ってしまいました。
 軽い気持ちで、気ままに夜の散歩を楽しむだけのつもりだった男は、携帯電話を家に置いたままだったのです。持ち物といえばせいぜい家の鍵と、財布の小銭くらい。近くにコンビニでもあれば助けを求められますが、この辺りには見当たりません。
「……ちょうだい」
 男が気を揉んでいると、かすかな声が聞こえました。あわてて視線を落とすと、目の前の子供が小さく口を動かしています。
「ちょうだい」
 今度ははっきり聞こえました。この子供は何かを欲しがっているようでした。
「? 何が欲しいんだい?」
「ちょうだい」
 男がたずねてみても、子供はただ繰り返すばかりです。男は仕方なくポケットをまさぐり、財布から十円玉を取り出して子供に渡しました。
「これでいいかい」
 子供は十円玉をその小さな指でつまみ、同時に口の端がつり上がるのがわかりました。
 心配だけど、気が紛れたならいいか――一旦家に帰って、もう一度様子を見に来よう。男はそう考え、子供の傍を離れようとしましたが。
「ちょうだい」
 子供は男の服のすそをかたく握り、放してくれません。
 相手は子供、無理な説得よりは気が済むまで付き合う方が早いかと、男は一枚、また一枚と小銭を渡していきました。
「ちょうだい」
 ですが、要求はずっと続きます。
「ちょうだい」
「ちょうだい」
「ちょうだい」
(これは、おかしいぞ)
 ついに男はその場から逃げ出そうとしました。しかし子供は男の服を握り締めたままで、男は一歩も動けません。その力は明らかに普通ではありませんでした。
 伸びた髪の合間からのぞくその子の顔は、赤黒い血に塗れていたのです。
 声を上げても誰も来ず、逃げ出すこともできずに、男はただ与え続け――。
「ほ、ほら。俺はもう何も持ってないんだ。何もあげられないんだよ。だから」
 持ち物を全て子供に奪われ、男は声にならない声で懇願しました。もう放してくれと。
「……を、ちょうだい」
 物乞いはまだ、止みません。
「イノチを、ちょうだい……!」

 二人の行方は、誰にもわからないままです。

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