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PSYCHOな蓮美ちゃん②

 金曜日。帰りのホームルームが終わり放課のチャイムが響くと、教室の生徒たちは思い思いに行動を始めました。ようやっと平日が過ぎ去り、待ちに待った週末です。
 休日を一秒でも長く過ごそうと家路を急ぐ人もいれば、のんびりと友人とのおしゃべりに興じる人もいます。蓮美ちゃんもおもむろに席を立ちますが、どこか元気がありません。
「ハスミ、暗いカオしてどうしたの?」
「ちょっとね。パパとママがケンカしてて。家に帰るの気が重いなって」
 友人が心配げに近づいてきました。蓮美ちゃんはわざと大きく肩をすくめておどけておきます。なんでもない、という風に。
 ここ最近、蓮美ちゃんの家では両親による冷戦が続いているのです。家庭の事情はそれぞれ違うだけに、友人を利用して解決法を見出すのも効果的とは思えません。蓮美ちゃんは友人のおせっかいを適当にあしらうと、ひとまず教室を後にしました。

「困るなあ。これは困る。どうしようか……」
 蓮美ちゃんは自室で一人、頭を悩ませていました。
 ささいな行き違いから始まった夫婦ゲンカは、もう一週間ほど続いたままです。娘の蓮美ちゃんとしてはせめて学生の間くらいは順当に養ってもらいたいので、ここで夫婦仲に妙な亀裂など入ってしまうのは困りものです。
 試しにスマートフォンで検索してみました。仲直り・夫婦・方法、などといった具合です。その検索結果は何十万件とあり、内容も千差万別、どんな方法なら自分の両親に効果がありそうか、というのもいまひとつわかりません。
 結局のところ、静観するしかないか――蓮美ちゃんは小さくため息などつきながら、何するでもなく部屋のテレビをつけてみます。見たい番組などは特になく、ただただ気を紛らわせたかったのです。
 クイズ、音楽、ニュース、ドラマなど、今日も色々な番組が放送されています。合間に流れるCMだって様々です。一日二回で効くかぜ薬、金属部品用の潤滑スプレー、この週末から公開される映画、食感が特徴のお菓子、ギフトにぴったりの真珠のアクセサリー。そのどれも、興味をそそられるほどのものではありません。
 ただひとつを、除いては。

 週が明けて月曜日。蓮美ちゃんは先週までとは打って変わって、明るい表情で昼休みを謳歌していました。理由は言うまでもありません。
「おー、すごく元気になってるじゃん」
「うん。パパとママ、やっと仲直りしてくれてさあ」
 どことなく近寄りがたい雰囲気になっていた蓮美ちゃんに笑顔が戻って、友人たちも自然と集まってきました。事情を知って心配していた――金曜に声をかけてきたひとりの女子が、また蓮美ちゃんに聞きます。
「結構深刻に悩んでたじゃん。仲直りのきっかけってなんだったの? デートとかプレゼントとか?」
 蓮美ちゃんは首を横に振りました。
「二人ともに潤滑スプレー噴射してみたの」
 周りの友人たちの動きが止まります。けれど蓮美ちゃんは気にする様子もありません。
「なんで……? あの自転車のチェーンとかに使うやつ?」
「いや危なくない!? 大丈夫!?」
「うん。それで大騒ぎしてる間にいがみ合うのがバカらしくなったって」
「そうじゃなくて、目とかに入ったら……」
 友人たちは声のトーンを抑えながらも、口々に喚きたてます。蓮美ちゃんは事も無げに答えました。大丈夫、距離には一応気を使ったし、私が痛いわけじゃないし、と。その顔はやはり、明るく朗らかです。

「おかげで人間関係も円滑になったし、別にいいかなって」


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