見出し画像

サイノカワラ

 あの世とこの世を分かつ三途の川ほとり、死後の世界の一歩手前。ここ賽の河原では今日も、子供たちのすすり泣きく声が絶えず聞こえていた。
 子供たちは功徳のため、親不孝の罪を償うためにと、血と汗を流しながら、石を運んでは積み、運んでは積みしている。しかしその石積みが適当な高さになってくると鬼がやってきて、適当な難癖をつけて石積みを打ち崩してしまうのだ。そうして子供たちはまた石を積み、また壊され、が延々と続く。
 それが賽の河原の日常であり、何百年ものあいだ繰り返され続ける光景だった。が、しかし。ある日ある時、石積みを壊して回っていたある鬼が、ぽつりと言った。
「飽きた」
 不意に仕事の手を止める同僚の周りに、他の鬼たちも続々寄ってくる。皆が皆、何かしら思うところはあるらしい。
「どうした鬼其の壱、いま流行りの心の病か」
「飽きたといっても、これが俺達の仕事だしなあ。他に職のあてもないし」
「石積みを崩すだけで生活できるんだ、ありがたい話だと思うぞ」
「うむ……だがやはり、飽きたものは飽きた。我々鬼だって、新たな刺激を求めてもよいのではなかろうか」
 議論と見せかけての日ごろの不満の発表会、意見もそれなりに出るものの、やはり当の鬼其の壱は長らく続いた繰り返しの日々に変化をもたらしたいようだった。
「たとえば……そうだ。子供らに石ではなく、瓦を焼かせて積ませるとか」
「賽の河原だけに?」
「賽の河原だけに」
「材料の土はどうする」
「河原の土があるだろう」
「窯を作らなければならないが」
「河原の石があるだろう」
「そもそも火を起こすものがない」
「河原の石があるだろう」
「……賽の河原は秘密的な道具ではないぞ、鬼其の壱」
「ならば」
「ならば?」
「犀を積ませるのはどうか」
「賽の河原だけに?」
「賽の河原だけに」
 鬼其の壱の提案に、他の鬼は皆一様に首を傾げた。賽の河原だから、犀。石の代わりに――犀。
「いやしかし、積めないだろう、そんなもの」
「そりゃあそうだ。だが積めないということは、崩さなくてもよいということ。右往左往する子供らを適当に見回っていれば……いや、見回る必要さえない。どうせ積めやしないのだ」
「まあ、仕事は楽になるな」
「とはいえ犀はどこから連れてくるんだ」
「なあに、あの世もなかなか広い。動物園で死んだやつなんかが何頭かいるだろう。それに此岸と彼岸のあいだが川になっているのはわりと万国共通、地獄もどこかで外国と繋がっていることだろう」
 突拍子もない提案だったにもかかわらず何故か話は前向きに進んで、しばらくののち、賽の河原は犀の群れでいっぱいになった。状況がさっぱり呑み込めないのは河原にいた子供たちで、あるいは呆然と立ち尽くし、あるいは恐怖に泣き叫ぶなどしていた。
「さあ子供たちよ。今日からお前らは石ではなく、この犀を積むのだ」
 そこに現れた鬼其の壱がさらに意味不明の無理難題を押し付け、賽の河原は文字通りの地獄絵図と化したのであった。

 賽の河原が犀で満たされてしばらく。石積みを崩す、という、鬼たちの従来の仕事はほとんどなくなった。もちろん普通の子供に犀は積めないから、犀積みをあきらめた子供がこれまで通りに石を積もうとすることはあった。しかし鬼が手を出すまでもなく、河原を闊歩する犀が新たな石積みを崩してくれるのだ。鬼たちは時おりそんな光景を眺めながら、子供たちを罵倒するだけでよくなっていた。
「ふう。考えてみれば、我ら鬼も働きづめだったかもしれん」
「うむ、こうして人員削減にもつながったし、空いた時間でもっと上の役職を目指して勉強するのもいいかもしれぬ」
 犀の群れは妙なところで鬼たちに安らぎの時間をもたらし、鬼たちは束の間、降ってわいた自由を満喫していた。しかし。
「た、た、大変だ!」
 鬼の一人が突如、慌てふためきながら仲間の鬼たちのところに駆け込んできた。
「どうした鬼其の参、赤鬼なのに顔が青いぞ」
「何かあったのか」
「何か、どころではない。とにかく大変なのだ」
 肩で息をする鬼其の参の口から告げられたのは、あってはならない事実だった。
「犀が――積まれた!!」
「何ィ!!」
 それまでの和らいだ雰囲気は一転、鬼たちは賽の河原へと急いだ。するとどうだろう、河原の真ん中に、圧倒的な存在感を放つ塔が、見事に築かれているではないか。全部で五匹の犀が微動だにせず天に向かって積まれ、鬼たちを見下ろしていた。
「なんということだ、本当に積まれている」
「一体どうしたものか」
「どう……といっても、こうなった以上は崩さねばなるまい。それが我らの仕事だ」
 何がどうなって、誰がどうやって積んだのかはさっぱりわからない。しかし積まれてしまったならば立場上崩さないわけにもいかないので、鬼たちは策を練りつつ、とりあえず犀に向かっていくことにした。
「やはりだめだ、押しても引いてもびくともしない」
「餌でおびきよせるか」
「やぐらを建て、一匹ずつおろしてはどうか」
「やぐらより早くに犀が積まれては意味がないぞ」
「やはり無理にでも犀に動いてもらうしかないか」
「金棒だ。金棒で叩こう」
 積まれないだろうと高をくくっていたせいで、鬼たちに犀の知識はまるでなかった。他の部署の鬼たちにも応援に来てもらい、とにかくがむしゃらに尻を叩き頭を叩き尻尾を引っ張り、下のが駄目なら上のを叩き、と繰り返し犀を刺激して、その結果。
「うわあーっ、二段目の犀が暴れだしたぞ」
「塔が、犀が崩れる!」
「ぎゃあああ、助けてくれえ」
「ああっ、鬼其の弐が落ちてきた犀の下敷きに!」
「関係ない犀まで興奮して暴れている、うわああ」
 怒れる犀が鬼たちをもみくちゃにし、その様はさながら阿鼻叫喚の如し。数名の重傷者を出しつつ、犀の塔はどうにかこうにか崩されたのであるが。
「ううむ、まさか賽の河原の子供に、あのような神通力の使い手が居ようとは」
「やはり普通に石を積ませておいた方が、我ら鬼としてもやりやすいということだな」
「いや、この際、子供らの神通力――いわゆる超能力を開発するのも良いかもしれぬ」
「それはまた、何故か?」
「賽の河原だけに」
「PSIの河原?」
「うむ」

 賽の河原では今日も、変わらず石が積まれている。

読んでいただきありがとうございました。よろしければサポートお願いいたします。よりよい作品づくりと情報発信にむけてがんばります。