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【ショートショート】お楽しみはその後で…

 私は巻末のあとがきマニアだ。
小説やエッセイ等の初出は雑誌掲載されていた場合が多く、単行本として出版物となった時に始めてあとがきが付け足され、文章全体があとがきによって締めくくられる。
たまにあとがきが無いハズレ本も引くが大体の本には巻末に存在する。
場合によってはまえがきもついており、あとがきとまえがきのある物を私は「挟み込み本」と呼んで大変重宝している。
文庫版ともなると文庫本用のまえがきとあとがきが単行本版のまえがきとあとがきと一緒に掲載される事もあり、私は「これは重箱だ!」と心を躍らされる。
映画のエンディングロールが版元や版数の記載ならあとがきは主人公がヒロインと抱き合うクライマックスである。

 それではいくつかの質の良いあとがきを紹介しよう。
まずは推理作家阿賀沢クリスの「いつまでも誰も帰らない」のあとがきから

この様な出来事が起こるケースも現実に存在すると私は思っています。いずれにしてもあの男は何か特別な存在だったのではないかと。

非常に興味深いあとがきであった。
犯人であるその「あの男」とはそれまでの物語の流れに存在を匂わせる文脈は全く存在せず。最後に出てきて捕まって終わるただの犯人という存在だったのである。
後年スランプだったと打ち明けている時期の作品であるが、「あの阿賀沢の新作」という事で誰も疑う事無く雑誌に連載され、そのまま単行本になってしまったのだ。
もはやあの阿賀沢クリスの作品でさえ、読書量を増やす為の消費物としての存在になってしまっていたのだ。

 次に紹介するのは勝河原グループの創始者の立地兼成の「男一代立身街道夢絵巻」である。
トラックの運転手から始まり、通販事業や金券ショップで巨万の富を築き上げた彼のサクセスストーリーである。本編から説教、格言、偏見のオンパレードであるが、あとがきでもその勢いは止まらない。

そもそもこの本なんか読んでいる奴は俺の様にはなれない。自分で努力もせず他人の技を盗もうなんて奴に出世なんて出来る訳がない。

購入者に対して凄い捨て台詞である。
この態度が災いしたのかは知らないが、その後、彼がどうなったかは諸君等もご存知かと思う。
近年出版された文庫版あとがきから一文を紹介しよう。

今回の出版に際していくらかの報酬が出るとの事で大変嬉しく思います。
ぜひ皆様にお手に取っていただけたらと思っています。
私も一から頑張っています。厳しい時代ですが皆さん、私と一緒に乗り越えていきましょう!

随分謙虚になった物だ。

 そして大物政治家、花田康角の「全国資産倍増構想 日本の未来を見据えて」である。
色々な意味でビッグな人物ではあるが、ともかくあとがきから一文を紹介しよう。

この国を良くしたい。皆さんの生活を良くしたい。その一心で私は今までやって来た。それを理解してくれた全国の皆さん、いつも感謝しています。そして最後に今回書籍化に際してご尽力いただいた朝売新聞の記者である影寄さんに感謝の意を表します。

実はこの影寄さんと言う方はあとがきを含み全ての文章を書いた所謂ゴーストライターである。
どうしても自分の足跡を残しておきたかったのだろう。
後年、花田本人も「読んで無いから内容を知らない」と公の場で言ってしまっているのでそんな発言も彼がビッグと言われる所以なのだろう。

 海外文学のあとがきは翻訳者と研究家の2人が書く場合がある。
ヨーク・シャー・テリアの名作「マーガレットの奇妙な奇妙な冒険談」のあとがきであるがまずは翻訳者の解説から

大変楽しい物語でしたね。皆さんもヨークの不思議な世界をハラハラドキドキしながら私と一緒に旅していただけたかと思います。
もしヨークが生きていたら、アイディアの出てくる秘訣を聞いてヨークみたいに奇想天外なストーリーや不思議なキャラクターをポンポン生み出せたら毎日楽しいだろうなぁと思います。

次に研究家である大学教授のあとがきである。

ヨークのこの時期の精神状態については友人の妻へ宛てた手紙でもよく窺える所であるが、複数の麻薬による幻覚作用とそれらを暗示するワードが物語にちりばめられており~。

創作の秘訣はページをめるくと載っていたのだが、翻訳者がめくっていない事を願うばかりだ。

 いかがだっただろうか?あとがきの素晴らしい世界は?
いつかこの文章が書籍化してあとがきがつく時にまたあとがきでお会いしよう。


 あとがき

作家 阿賀沢クリスより抜粋

~この様な人はあとがき同様、いずれにせよ現実に存在したのだと思います~

企業家 立地兼成より抜粋

~だいたいこんな奴は万年床でスマホいじって作家気取りで書いてる様な奴だろう。こんなのに対した批評が出来る訳無い、表に出て世間の荒波にもまれて~

元朝売新聞記者 影寄文夫より抜粋

~私が書いている事を再び公に伝えて下さり感謝しており~

翻訳家 薬師英史より抜粋

~あとがきの世界ってとっても奥が深くて楽しいですね。もしご本人にお会いできたらもっと教えていただきたいです~

大学教授 京段達人より抜粋

~彼がこれを書いた時期の精神状態がその後の彼の悲劇に繋がった事は~

 


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