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小説セラピー「夜明けのラジオ」(あゆみさんの物語)

 夜が怖かった。
 明日も仕事があるというのに、妻と子供が寝たのを見届けると、ふと足元から不安や恐怖が込み上げてきて、全身の力が抜けていく感覚に襲われる。
 原因はおそらく同僚からの相談だろう。
 あいつは同期入社だった。出会った頃からお互いによきライバルとして切磋琢磨し、よく飲みに行った親友でもあった。
 そんなあいつが、まさか鬱になって休職するなんて思いもよらなかった。しかも、もうすぐ結婚して子供が生まれるというのに。
 私はただ、相談に乗っていただけだった。それは結婚や子供に対する不安、生きている誰もがぶつかるような将来への普遍的な悩みだったが、なぜか私はその話を聞いているうちに、次第に心がざわつくのを感じていた。もしかしたら私は、無意識に蓋をしていた私自身のトラウマを開いてしまったのかもしれない。
 私の両親は離婚していた。
 幼い頃だったので、父と母のケンカはあまり覚えてはいない。しかし、もしかしたらその時に受けた心の傷が、自分が家族を持ったことによって疼いてきている気がした。つまり、あいつの話を聞いているうちに、それが如実に表れてきたのではないのか、と。
 私は最近、眠れなかった。
 目を閉じても思い出すのは幼い頃の思い出ばかりで、年の離れた兄たちがよく私をあやしていた景色がありありとよみがえる。しかし、ただそれだけだった。私はなにか暇つぶしはないかとスマホをいじりながら、再度目を閉じようとした。そのとき、ふと、ある広告が飛び込んできた。
 それはラジオ配信アプリだった。
 そういえば、と思い出す。昔、まだ父と母の仲がよかった頃、食事をしながら家族みんなでラジオを聞いていたときのことを……。私はなんとなくそのラジオアプリをインストールした。
 そして適当に番組を探していると、ある番組が目に留まった。そこには、
「子育て、親、大切な友人のことについて、一歩を踏み出したい方へ」
 と書かれてあった。
 私は今の自分の気持ちとリンクするような気がして、なんとなくその番組を聞いてみることにした。
「……こんばんは、あゆみです」
 私は驚いた。
 それは、母の声だった。
 そういえば、いつか母がラジオを始めたと言っていた。しかし、本当にやっていたとは思いもよらなかった。
「今日は、少し過去を振り返って、私自身のことを話したいと思います」
 母の声をまさかラジオ越しで聞くとは思ってもおらず、私は恥ずかしさもあり、すぐに消そうか迷ったが、母自身の過去にも興味があったので、少しだけでも聞いてみることにした。
「実は私、離婚しているんです」
 胸がざわざわした。
 本当に私はこのまま聞いていてもいいのだろうか。
「というのも、この前、ある方から相談がありました。現在、幼い子供を育児中ですが、夫が鬱になってしまい、これからどうすればいいか悩んでいます、と。……きっと、その方は今本当に暗闇の中で苦しんでいると思うんです。ですから、少しでもその方の心が楽になればと思い、少しだけ私のことをお話したいと思いました。……私には三人の息子がいるのですが、末っ子がまだ幼い頃でした。実は私も、鬱だったんです」
 静かな夜に、私は頭を打たれたような気がした。
「私、ずっと自分を押し殺して生きてきたんです。ただ、人に喜んでほしいだけだったのに、気がついたら夫を随分と甘やかす形になっていて……。私の夢は、とても些細なものでした。家族みんなで花火を見たりとか、朝は静かな音楽で目を覚ますとか……。ただ純粋にあたたかい家庭をつくるのが夢でした。でも、次第に夫と意見が合わなくなっていったんです。いや、夫から見たら、変わったのは私だと思われていたと思います」
 隣では妻と子供がすやすやと眠っていた。
「ある花火大会のときでした。もうすぐ花火が上がろうとしていたとき、夫がもう帰ろうと言い出しました。でも、もうすぐ花火が上がるもんだから、私は少しでも見ようと言ったんです、すると、夫は怒り始めました。花火なんてまたあるじゃないか、と。そのときでした。私の気持ちが冷めていったのは……」
 ふと、私は同僚にラインを送ってみた。よかったらこのラジオ聞いてみないか、と。
「それから私は、次第に塞ぎ込むようになり、そして鬱になりました。本来の自分が分からなくなっていたのです。良かれと思ってやっていたことが、結果として自分の首を絞めていただけでした。正直、その頃は、毎日死ぬことばかり考えていました。でも、子供は幼いし、生きていくしかありません」
 妻と子供の顔が視界に映る。
「……運が悪いのか、ちょうどその頃、夫も私の鬱をきっかけに病気になってしまったんです。……夫も鬱でした。私たち夫婦はその当時、いつ死んでもおかしくないような状況の中で生きていました。眠るときも、夫に包丁を握らせないために胸に隠して眠っていました。実際に、何度も心中しようかと思ったほどです。……それでも、死ねなかったんです。子供たちのすやすやと眠る寝顔を見ると、どうしても……」
 小さな寝息が聞こえてくる。気がつくと私は泣いていた。それからは母の声を聞きながらただ涙を流した。この歳になってこんなに泣くとは思ってもみなかったが、その最中にも母の声が私の心を解きほぐすように優しく語りかけてきた。
「私はそれから離婚しました。あれほど大切にしようと思っていた家庭を壊してしまったんです。……でもね、不思議とそのおかげで今、私たちは幸せなんです。お互いに病気を乗り越え、そして今でも仲はいいし、よくみんなで食事もします。……息子の結婚式に揃って出席できたときなんて、本当に良かったと心から思いました」
 そして、母は最後にこう言った。
「私は、今が一番幸せです。だから、あなたはあなたのままできっと大丈夫。そのままのあなたでいいんです」
 ラジオの向こう側で、母が泣いているのが分かった。
 私は目を閉じて、母と父の顔を思い出しながら、もう一度隣で眠っている妻と子供をしっかりと見つめた。
 そのとき、ラインが鳴った。同僚からだった。そこには「ラジオ、ありがとう」と短いお礼が書かれていた。
 私は布団の中で母を感じながら、同じように今が一番幸せだと切に思った。
「……あの頃、私は本当に真っ暗でした。まるで空が分厚い雲で覆われて、ずっと夜の中を彷徨っているようでした。でも、その中で色んな本を読み、たくさんの方に支えられてなんとかここまで生きてきました。だから、今度は私が自身の経験をもとに、誰かに寄り添うような活動がしたくて、ラジオを始めたんです。もし、今、これを聞いておられる方の中で、少しでも心が楽になってくれたら、本当に幸いです。大丈夫、雲はいつか晴れます。私もそうでした。薄い光が空を照らしていったんです。だから、どうかご自身を大事になさってください。人生はいつだって変えることができます。大丈夫、人生は絶対にうまくいきますから」
 私はスマホを閉じて、頭の中で母の言葉を何度も繰り返した。

 私は、今が一番幸せです。

 そうか、と思った。
 私も私のままでいいんだ。
 幸せはここにある。
 緩やかな眠気が訪れるように、私はいつの間にか夢を見ていた。そこには大好きだった両親と、そして妻と子供と一緒に、満面の笑みでご飯を囲んでいる私がいるのだった。
 気がつくと、夜はすっかりと明けていた。



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最後まで読んでいただきありがとうございました。
これからもよろしくお願い致します。


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有原悠二

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