わたしだけ呼ばれないパーティーを覗き見して
御輿に人を担ぎ上げるためには、
それを支える人が要る。
御輿そのものをつくる人、
担ぎ手と、彼らを手配して回す人。
仕組みの設計とオペレーション。
その構造は、
時に見落とされ、軽んじられる。
裏方なので、それはいい。
むしろ問題は、
担ぎ手自身が、自分の腕力を
信じられなくなってしまうことにある。
わたしたちはチャンスを掴んだ。
奇跡みたいな、信じられないチャンスを。
2013年。
衣装ECの方から、ダンス競技の先生を
ご紹介いただいた。
専属で、競技衣装を
つくらせていただくことになった。
先生は、若かったが
その業界の誰もが知る超有名な方。
育てている選手も超一流だった。
わたしたちは、そんなトップ選手や、
それを目指す若い選手たちの衣装を
手がけることになった。
まさに、絶好のチャンスだ。
先生との窓口は元嫁に任せた。
元嫁はわたしよりも圧倒的に技術が高く、
自分にしかできない仕事をしたいと
いつも言っていた。
彼女がトップ選手の衣装を手がけて
著名なクリエイターになっていくことを
わたしは心から望んでいた。
御輿に上がることには、興味がない。
フロントを元嫁に任せて、
主にデジタル領域と
経理面などのバックヤードを担当して
彼女からクリエイション以外の
余計な仕事を巻き取った。
衣装の実製作はふたりで作業した。
選手の衣装の依頼も、ECからの受注も、
順調に増えていった。
目に見えて売上が伸びて
収入が増えた。
フィッティングを円滑にするために
高尾山のふもとから
渋谷に引っ越した。
住居と別にアトリエを構えた。
栄転もいいところだ。
でも、仕事量に正比例して
元嫁とうまくいかなくなっていった。
仕事、お金、思いやり、
助け合い、食事、役割分担…
できごとと、
それへのリアクションとタイミング。
わたしが、それらを
ひとつひとつまちがえて、
負の相関が溜まっていった。
家庭内の心理的安全性は
少しづつ損なわれて、
時間をかけてコトコトと
わたしたちはダメになっていった。
お金は、いつもなかった。
売上が伸びても、いくら縫っても
いつも残高が足りなくて、
いつも何かを支払えなかった。
それでも、
いつかそこから抜け出そうと
力を合わせて耐えてきた。
お金で苦労をかけた。
6年間、ずっと。
やっと、抜け出せる道筋が見えた。
それなのに、ダメになった。
嫉妬していた。
実力を発揮し始めた元嫁、
確固たる地位を築く若い先生、
それらの関係、
名声を欲しいままにする輝かしい選手たち。
そして、何者でもない自分。
仕事は元嫁の技術が主体で
わたしはそれに、おぶさっているだけ。
元嫁に食わせてもらっているようなものだ。
ふたりでくすぶっているうちは、
お金がなくても、
同じ夢を見ていられた。
元嫁の技術で、夢が叶いそうな時、
わたしの中で、劣等感が牙をむいた。
口は出すけど、機能しないお荷物。
自分で勝手に、そう思い込んでしまった。
思い込みが、煮込まれて、凝縮して、
その上からさらに注ぎ足された。
役割の与えられない人生。
嫁に食わせてもらってる、40手前のヒモ。
元嫁の仕事が増えれば増えるほど、
ネガティブな妄想が加速した。
主張が強くなって、苛立ちが募って、
語尾が荒くなって、
思いやりは損なわれていった。
優しさはふつふつ蒸発して、
憎しみがぐつぐつ煮詰まった。
この仕事に、おまえは別に必要ない。
誰かにそう言われているような気がして、
わたしは仕事に主体性をなくしていった。
与えられた作業をこなすだけになった。
選手のフィッティングなど、来客の時は、
アトリエにいることが耐えられなかった。
打ち合わせが長引きそうな時は、
ひとりでただ夜道を歩いた。
明治通りから國學院大学を過ぎて
赤十字病院へ。
右に曲がって左の細い道を抜けると
お寺を過ぎて、広尾駅に出る。
広尾駅から天現寺橋で曲がって
恵比寿に向かう途中の細長い公園。
細くて暗い道を選んで歩くと
なんとなく、ここにたどり着く。
何かを探して歩いてきたものの、
たどり着いたところで、
何も見つからない。
ベンチで一服して、明治通りを横切って、
恵比寿から坂を登って代官山に抜けた。
このあたりで、歩きすぎて足が痛くなって
いよいよ居場所もなくなって、
下を向いて、帰るしかなかった。
並木橋の交差点で、誰か後ろから、
轢くか刺すかしてくれないか。
帰りたくなかった。
住居も、アトリエも、
もう自分の居場所だとは思えなかった。
必要ないけど、居させてやってると
言われているような気がしていた。
2014年末。大みそかの夜。
ネットカフェで年を越した。
このままネカフェの住人になりたかった。
明日を思うと、トイレで吐いた。
疎外感、劣等感、羞恥心。
不安、焦燥、後悔…
ありとあらゆるネガティブな感情が
渦みたいになって、たまらなくなって。
わたしだけ呼ばれなかったパーティーを、
暗い窓の外から、のぞき見するような、
薄暗く湿った、嫉妬。
カネの苦労の後ろ暗さと混濁して、
粘りついて、剥がれない。
今ならわかる。
わたしは御輿をつくれて、
彼女には、それが必要だった。
わたしに欠けていたものは、
御輿のつくり手であることの自負。
ポジションと、ロール。
果たすべき使命は、目の前にあったのに、
自分で勝手に見失って、
ついにそれを本当になくしてしまった。
(つづく)
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