ビリからのリベンジ
信じがたいことに、ビジネスコンテストの
エントリー審査を通過した。
「400字からはじまる、
世界を変えるスタートアップコンテスト」
『TOKYO STARTUP GATEWAY』
本格的な審査はこれから始まる。
全応募者450人くらいの中から、
80人ほどに残ったらしい。
とりあえず、
足切りは免れた、ということのようだ。
『TOKYO STARTUP GATEWAY』は
単に審査をするコンテストではないらしい。
事業アイデアの精度を高めることを
重視している。
これから始まる、
何段階かの審査を経て、
80人が最終的に10人に絞られる。
途中、起業に役立つ講義や
起業家からのアドバイスを受ける機会もある。
400字の「アイデア」や「想い」を
「事業計画」のレベルまで高め、
実際に起業する人を生み出すことを目的とした、
起業家育成事業だ。
とりあえず、
その一次審査を受ける権利を得た。
衣装の仕事の都合で、アトリエと自宅を、
高尾から渋谷に移転したわたしは、
図らずもこれから年末まで、
コンテストに挑むことになった。
このコンテストでは、どういうわけか、
とにかくやたらと、イベントに呼ばれる。
2014年夏。その最初のイベント、
「キックオフデイ」というものに
参加することになってしまった。
これへの参加は、義務なのだろうか。
人が多いところは、慣れない。
知らない人と話すのは、苦痛だ。
まるで気乗りしないが、
やむなく参加した。
エントリーを通過した80人ほどのうち
ほとんどが来場したようだ。
同じ空間にいる人が多くて、くらくらする。
帰りたい。
あまりに嫌すぎたのか、正直なところ、
どんな会合だったのか覚えていないので、
説明できない。
ただ、エントリー通過者たちとの
交流がやたらと多かった。
彼らの多くは、大学生-30代前半と
わたしよりもだいぶ若かった。
そして、彼らの会話では、
わたしの知らない言葉が飛び交っていた。
●キュレーション
●メンタリング
●フェイスブック
●ベンチャーキャピタル
●ピッチ
●プロボノ
●アクセラレーション
…
よくわかった。
わたしはここにいる全員の中で、
確実に、もっとも劣る。
わたしは会場で、圧倒的に無知だった。
実に、圧倒的に。
それはそうだ。
インターネットを使って
起業しようとしている連中の集まりだ。
一方わたしは、歩いてて偶然見かけた、
キャッシュバックのキャンペーンにつられて
ガラケーからスマホに乗り換えたばかり。
どういうわけか、
スマホに買い換えたら、何万円かもらえた。
お金をもらえるので、スマホに乗り換えた。
それはさておき、
なるほど、こりゃ勝負にならない。
よくエントリーを通過できたものだ。
各自の事業アイデアを、
参加者同士で互いに話して
フィードバックを出し合うという
機会があった。
東大だかどっかの大学生。
Web開発を学んでいるらしい。
何の事業だか忘れたが、
起業しようとしているようだ。
きっとインターネットに精通した、
優秀な学生なんだろう。
若いのに、凄いな。何か吸収できれば。
わたしの方から
アドバイスできることは少ないだろうが、
できる限り考えてみよう。
わたしは彼に話して、
意見をもらうことになった。
あのー、そのシステムつくるのに、
500万円くらいかかりますけど、
大丈夫ですかぁ?w
鼻で笑われた。
わたしは、そのときはじめて、
会場の若い連中に、
歯牙にもかけられていないことに気がついた。
なんも知らねーおっさんが。と、
口に出さないまでも、
ヘラヘラした表情から伝わってくる。
何しに来たんスカぁ?w、と
言わんばかりだ。
コンテスト運営側の方針はこうだ。
お互いがお互いの事業の前進を支え合う
「メンター」であってほしい。
メンター? 冗談じゃねえ。
俺みたいなおっさんには無理だろって
思ってる奴ばっかりじゃねえか。
バカにしやがって。
メンターもクソもあるかよ。
敵だろ。
蹴落としてやるよ。
長年くすぶってきた怒りと憎しみ。
やることなすこと、あたり前のように、
うまくいかない、カラ回りの年月。
ブランドを立ち上げては撤退し、
シャツを600円で縫わされて、
使用済みの水着をハイレグに縫直しさせられ、
新聞配達でカブから転げ落ちた10年だ。
そしてまた、今まさに、
嫁にもいよいよゴミのように
捨てられようとしている自分。
目の前を真っ黒に塗りたくる、積年の恨み。
噛みしめる、敗北の味。
口の中が、血の味で満たされた。
キックオフ? リベンジだ。
現時点で、
俺が、80人中のビリッカスなことは、
よくわかった。
ここから全員、抜いてやる。
どうせこのまま衣装の仕事をやってても、
嫁とはうまくいってない。
たぶんそのうち捨てられるだろう。
だから俺には、これしかねえんだ。
この事業、必ず立ち上げる。
(つづく)
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