小説/ 切れた消費期限
彼が亡くなってから、一ヶ月が経った。同棲していた家には彼の写真と、お骨と、お供物を置いている。毎朝起きてから水を取り替えて、手を合わせてお話をして、それから朝ごはんを食べるのが日課になってきた。買い物に行くと、彼が好きだったものを買う。好きだったレモン酎ハイ、アルフォート、固いポテトチップスやらを無意識に手に取って、家でお供えをする。そんな生活が、同じ気持ちのまま、ずっと続いている。彼の好きなものを忘れたくないし、忘れられないし、ずっとこのままでいい。私自身の心が動かないまま、一ヶ月が経った。
「コンビニのおにぎりが食べたい。」
私には、無性にコンビニのおにぎりが食べたい時がある。あの冷たい、固いおにぎりをそのまま食べたい。そういえば彼も、シャケおにぎりが好きだったなぁと思いながら、シャケおにぎりと、ツナマヨおにぎりをコンビニで買ってきた。彼のところにお供えをして、手を合わせていたら、やっぱり悲しくなってくる。
まだ、全然感情のコントロールは出来なくて、彼と一緒に行った場所を通るだけで、電車の中でも泣いてしまったりしている。
「俺はシャケおにぎりしか食べないから、覚えておいて。」
そう言われたのが当時はすごく嬉しくて、私の頭の中に彼が広がっているのが嬉しくて、忘れられない。いや、絶対忘れるもんか。
ツナマヨおにぎりを泣きながら食べて、味がわからなかった。
心は止まったまま、何十回目の朝が来た。今日は8月30日。シャケおにぎりの消費期限は、8月27日。消費期限が、切れてる。賞味期限じゃなくて、消費期限が切れている。
「またやっちゃった・・・」
今回がはじめてではなくもう何回もこうなっているのだが、この瞬間が私にはとても辛い。だって、時間は常に止まらず流れ続けていることを突きつけられるから。私の頭の中では彼はずっとそばにいるし、私も何も変わってないのに、確かに時は流れていて、放っておいたら爪は伸びるし、お腹もすくし、消費期限も切れる。この時間感覚の差異が、耐えきれないのだ。
「自分のために生きろよ。」
彼の声が聞こえる。何かあるといつも、そう言ってくれた。なにかしてくれるよりも、その言葉の方がありがたかったし、私のためになった。
全てのことを受け入れるには時間がかかるが、一緒にいた時間が宝物だったんだと、全てプレゼントだったんだと、思いたい。
彼の時間は死んだその時で止まっているのか?そうではないかもしれない。新しい世界も、あるのかもしれない。
きっとどんなことも、時間が解決してくれる。いつか時間が、世界が、止まらないでいてくれて良かったと思う日が来るだろう。その日まで。
「分かった。これからも、生きるよ。」
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