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春見沙耶の記憶(『槍の鞘』外伝)

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和風幻想小説「槍の鞘」の外伝小説です/本編の第二章と第三章の間の出来事となります/ 「鬼っ子ハンターついなちゃん」二次創作作品/ こちらの序章と第一章は朗読もございますので、ぜひ…
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序章 戦国の阿波国

序章 戦国の阿波国

 私の生まれ故郷である阿波国麻植(おえ)郡木屋平※の村は、天の雲をも貫く霊峰剣山を間近に望む。村と言ってもほとんどが険しい山地で、辛うじて人が暮らすことの出来る平地は穴吹川沿いに僅かしか存在しない。村人はそこに家を構え田畑を耕しながら、質素で慎ましい暮らしを営んでいる。穴吹川は山を下ると、阿波国を西から東に悠々と流れる四国随一の大河、吉野川と合流する。
 今は如月(きさらぎ)の半ばで、木屋平は未だ

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第一章 無言の少女

第一章 無言の少女

 そんなことを漠然と考えながら土手に沿って歩いていると、子供達の騒ぐ声が聞こえてきた。
「唖(おし)の子、他所の子、泣いて叫んで親を呼べ」
 十歳程の男児数人が同い年くらいの女児一人を囲み、一方的に罵声を浴びせている。女児に小石を投げる男児もいる。囲まれた女児は、怯えながら両腕で頭を庇ってうずくまり動かない。私は急いで駆け寄り、男児達を怒鳴りつけた。
「こら、あんたたち何してるの!」
 すると男児

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第二章 四つ目の面

第二章 四つ目の面

 私は少女に導かれるまま林に入った。鬱蒼と茂る木々が陽の光を遮るため、中は昼間でも薄暗い。草に覆われた頼りない獣道をしばらく進むと、やや開けた明るい場所に出た。そこには古ぼけた鳥居が建っていた。朱色の塗りはほぼ剥げ落ち、至る所に虫食いの穴があいている。いつ倒れてもおかしくはないだろう。さらにその奥にある祠は、長年の雨風に耐えかねたかのように屋根の一部が失われていた。かつては神社だったようだが、今は

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第三章 方相氏

第三章 方相氏

 林の小屋で少女と暮らしはじめて、今日で三日目になる。日々の食事には、小屋の保存食に加えて新鮮な食材も欠かせない。今朝も私は少女に小屋のことを任せ、自分が近隣の朝市に出掛けた。言葉の不自由な彼女に代わって、蓄えてある食料を採れたての野菜や魚に交換するためである。
 特に旅路を急いでいるわけでもなかった私は、この少女と生活を共にしながら彼女を預かってくれる寺などを探すつもりであった。

 私は市で得

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第四章 言葉と想い

第四章 言葉と想い

「私は、細川讃岐守真之(さねゆき)の娘です」
 少女は私が布団に寝かせてからしばらくすると目覚めた。方相氏が告げた通り、彼女は言葉を取り戻していた。彼女の言葉は流暢で聴き心地が良かったが、話す内容は私の予想を超えていた。
「細川? あの細川家?」
 細川家とは室町殿※の分家で、元を辿れば鎌倉右大将源頼朝と同じく源義家を家祖とする。足利尊氏の幕府設立に大きく貢献した細川家は、本家は将軍を補佐する管領

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再会

再会

 梅雨明け前の神奈川県厚柿(あつがき)市は既に夜の闇に覆われていたが、未だに日中の蒸し暑さが漂っていた。そんな中、人気(ひとけ)の消えた公園から二人の女性の声が聞こえてくる。
「最近の鬼どもは弱っちくなったなぁ。そない思わへん?」
「私に言われても困ります」
 関西弁で話しかけた方は、色白で背が低く華奢な少女である。それに答えた方は、少女とは対照的に背が高くグラマラスな体型を誇る成人女性のようだ。

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