田代 唯人

田代 唯人

最近の記事

Tempalayの武道館を観た

九段下の駅を降りたら、一斉にツアーTやグッツを身につけている人に囲まれた。 Tempalayのファンはファッションセンスが異様に高い。行ったことはないが、kroiとかBREIMENもそんな感じがする。 田舎者の僕は、そんな都会的な原色の波に飲まれるがまま地上に押し出され、あれよあれよと武道館の前まで辿り着いた。 武道館。小学生の頃からの憧れ。 と 高校生の時に一番聴いたバンドであるTempalay。 会場に向かう前から、何故か観る側なのに無限の緊張感に襲われ、動悸を起こす

    • 名刺 セルフライナーノーツ

      ようやくリリースに伴うプロジェクトがひと段落しました。 1st EP. 「名刺」、聴いていただけたでしょうか。 6月のリリースに先立って、メンバーには1月くらいに全部の曲を動画化するという構想を話していたけど、こんなに大変になるとは思いませんでした。1ヶ月でドット絵を100枚描く経験とか、もうしたくないです。MV自体は気に入っているけど。 前説 形態としてのEPについて2023年末。ローライラックはシングルの輪廻転生、共催企画で出した飛べないペガサスが既発曲としてある状況

      • フジファブリックが活動休止した

        心に大穴、どれにも変え難い大穴があいた。 フジファブリックは、中学生の時に出会った。 夕飯を食べ終わり二階の祖父母の寝室でくるりのMVを見ていると、関連動画に若者のすべてが出てきた。斜めに傾く大きな板の下で5人が落ち着いた曲を歌っていた。特に耳には残らなかった。よくあるバラードの曲だと思った。 またある日、関連動画に銀河が出てきた。 あのバラードバンド、他にはどんな曲を書くんだろう。アンジェラアキ系統だったら嫌だな。なんて軽い気持ちで動画を開いた。軽い気持ちで曲を聴いた

        • 6月22日 日記

          今朝、東京から帰ってきた。 今年に入ってから、既に4回も行っている。スーツを着て上野駅に降り立つことですら、今月に入って2回目だった。 長いエスカレーターを3回ほど登った先の光景も、何一つ新鮮に映らなかった。 時節柄、駅前には都知事選の立候補者であろう人が喉を震わせていた。近くの選挙掲示板は、既にtwitterで見た雑然としているポスターで埋め尽くされていて、今自分が東京、日本の中心地にいるんだということを強く認識させてきた。 それでも、それがテンションの上下に関わるこ

        Tempalayの武道館を観た

          5月17日 日記

          最近言葉を発する時、それは果たして僕自身の言葉かと、悩む瞬間がある。 それは志望動機に嘘八百を無心で書き連ねている時も、気を遣う必要のない誰かと話している時も、ふと頭の片隅をよぎる。 今話している言葉や、考えは誰かのもので、僕はその媒介者でしかないのではないか。 実際、僕が空っぽの人間であることは僕自身が熟知しているので、そのスペースに知識や思想を片っ端から詰め込むことで埋めようとしてきた。だが、それは消化されないまま何年もそこに留まるだけで、結局どれもこれも本心にはな

          5月17日 日記

          3月16日 日記

          返信が遅い、というのは2024年を生きる我々にとって些か損な事だと思う。 御多分に漏れず僕も相当遅い。 バイト先の新任店長から届いた挨拶メールを5日間放置した挙句、追い討ちをかけるように不足シフトの連絡が来たので、そこからさらに2日のインターバルを挟んで「田代です、よろしくお願いします!不足分ですが厳しいです…」と返信を打った。初っ端悪印象に違いない。 返信を考えているうちに、タイミングを逃してしまう。他人と連絡を取るために割く体力の量が、人と比べて大きいと思う。 こ

          3月16日 日記

          輪廻転生 セルフライナーノーツ

          輪廻転生を正式にリリースして気付けば1ヶ月経っていました。MVとか1000再生を超えていました。観てくれた方、聴いてくれた方、ミックスリストで勝手に再生された方、それぞれ本当にありがとうございます。嬉しいです本当に。 ようやくコード理論の頭を、齧るわけでもなく眺め始めていた高校2年生の夏。冷房が聴きすぎていた2階の部屋で、フルコーラスアレンジを1日で完成させられるのか、というチャレンジを一人でしていた。ナンバーガールに染まっていた当時の僕は、とにかく曲に特殊コードを入れ込む

          輪廻転生 セルフライナーノーツ

          12月26日 日記

          物品販売の1周年企画ライブを見た。同期バンドとして、好きなバンドとして。結構意識して思っている節があるので、長尺セットリストで見る機会があって良かった。ライブの後、対バンとして出ていたadmiresの進乃助と話たり、halogenのそうた君やにいつま、優くんらと久しぶりに挨拶できて嬉しかった。 ローライラックは1周年を迎えました。ありがとうございます。 手を伸ばせるだけ伸ばして、気づいたら折り曲げられなくなっていたような、そんな1年だったと思う。 下半期は特に、締切との戦

          12月26日 日記

          11月26日 日記

          寒いですね。とMCで言ったのは、先週のリプルでHOLLOWSのてっぺいさんから「秋田はまだ言う程だよ」と教えられていたからである。 週間予報が出て、天気を確認した時は終わったと思った。風と温度を知った時は帰れないと思った。つくづく遠征時の運の無さを実感しながら、高速が通行止めになっていた時はもう、なんでもかかって来いと思った。 ライブハウスに初めて立ってから、今だに1年経たず。ようやくライブハウスでの礼儀や作法的な側面を、肌感として理解し始めていると思う。 こんな言い方

          11月26日 日記

          10月5日 日記

          梨を切って食べた。 忙しくて帰ることができなかった実家から食料が届き、月見だからと果物を貰っていた。 今年に入ってから、なんなら去年から、スーパーで果物を手に取る機会なんてなかったように思う。 果物を食べるにしても既にカットされているか、ケーキの上に乗せられているか、スタバのフラペチーノの中で粉々になったものか、それだけだった。 とりあえず半分に切る。思いのほか包丁の先がすんなりと入っていく。 リンゴくらい反発してくるものだと思っていたが、そうでもないらしい。見た目では判

          10月5日 日記

          6月11日 日記

          梅雨入りになって、ようやく部屋のこたつを撤去した。 今年は随分と、このこたつに助けられてきた。21-22シーズンの冬は、暖房器具がエアコンしかなかった。そこから出る微かな暖風は、部屋の構造上エアコンの上に位置するロフトに吸い込まれていくため、全く役に立っていなかったのである。 今年はなんとか凌ぐから次の冬にはこたつを買ってくれと、早い段階で祖父に懇願していた。明くる冬が来て、こたつを設置した日は、それは革命だった。不確かだが、その日には夕食を多少豪華にした気がする。そこか

          6月11日 日記

          5月14日 日記

          新歓も無事終わり、後は2回目の登録会を待つだけとなった。昨日の大トリMCで何を話したか半分忘れたけど、多分それらしいことを言った気がするし、打ち上げでも、思い出したくない後半を除いて少なからずそれらしいことを話したと思う。 そんな濃密な日々を過ごした後の休日は、案の定全てが億劫になった。起きて朝食を食わずに映画を見て、課題もやらずに野球中継を見て。この時点ですでに5時である。 実家での日曜の夕方5時といえば、夕食を温め直すレンジの音が忙しなく聞こえ始め、妹が階段を駆け降り

          5月14日 日記

          4月9日 日記

          当たり前といえば当たり前だが、この1週間は鬼のように忙しかった。保険会社とのやり取りに脳みそのリソースが7割方持っていかれ、そこに新歓行事やローライラックのあれこれを並行して進める、まさに怒涛の生活だったと思う。日帰り実家帰省なるものも体験した。二度とやりたくない。 束の間の休息。というか保険会社が休みというだけの週末の後半戦。予定がボイトレしかなく、五橋キャンパスまで行って日記のネタにしてやろうとの魂胆で、台風みたいな強風の中外に出た。 天神沢という僻地にキャンパスを置

          4月9日 日記

          4月1日2日 あとがき

          東京という街のイメージはどのようなものだっただろうか。 だだっ広い道路の両脇には大空に伸びるようにして生える高層ビル群、地元の服屋では見たこともないような服を身に纏って飄々と歩く人々、ひょうきんな形で所狭しと立ち並んだ美術館や博物館、夜になっても昼間のような七色に光るネオン街。 この世の全てがあるような、もしくはそれ以上のものがあるかもしれない、壮大な街。夢のような街。それが、すべての知識をテレビから得ていたような子供の頃の東京という街に対しての僕が抱くイメージだった。

          4月1日2日 あとがき

          3月26日 日記

          3月26日 日記 そろそろ新潟に差し掛かる頃だと思う。初めての北陸は移動での上陸になってしまった。 流石に夜行バスのワクワク感も薄れ始めて、腰の下あたりに違和感を覚え始めた。このバスに乗ってからもう3時間近く経とうとしているのだ。なお到着予定は7時半なので、あと8時間ほど乗り続けるらしい。 明日から2泊3日、移動を含めれば2泊5日の関西旅行なのだ。行きも帰りも夜行バスに11時間乗車という、冷静に考えれば過酷な旅程を「おもしろそう」の一点で両者完全一致して、決めてしまった。

          3月26日 日記

          3月18日 日記

          各地方で桜の開花がちらほら報じられている。春休みに突入したのが1月の頭辺りだったことを考えると、寒い寒いと言いつつしっかりと季節は進んでいたと実感したりする。 確かに、もう真冬に着るようなコートで外に出ると、若干汗ばむような温度で驚くことが増えた。ギターを背負って歩いていると尚更そう思うことが多い。春物の服を実家から持ってきたのはいいものの、いつ着始めるのが正解かが分からない。なんなら脱ヒートテックのタイミングさえ掴めていない。 そもそもヒートテック以外の下着を思い出せな

          3月18日 日記