見出し画像

私とB'z 愛のままにわがままに僕は君だけを気付けない

大親友が用意してくれた29歳のバースデーケーキ

私はB'zが大好きだ。
気付けば私の世界にはB'zの二人がいて、絶対的な心の支え・エネルギーとなっている。

B'zに会いたい。B'zの音楽を浴びたい。
もちろん、ライブにはこれまでに何度も足を運んでいますが、B'z Partyの皆さんなら、常にきっと同じ想いであるに違いないでしょう。

しばらくLIVE-GYMに行けていないので、、KARA・KARAなわたし。たまらなくB'zへの思いが愛のバクダンとなり、いつ爆発してもおかしくない状況な今日この頃!!

そこで今回は「私とB'z」と題し、これまでのB'zとの思い出やB'zへの想い(Pleasure)、アツいjuiceを振り絞りたいと思います!

胎児のときからB'zを聴く

私がB'z好きになったきっかけは、他でもない母の存在があったからです。本格的にファンになったのは高校生のときで、それも母のとある行動がきっかけだったのですが、それはまた後ほどお話ししたいと思います。

母は自他ともに認めるB'zの大ファンで、家のMDコンポからよくB'zの楽曲が流れていたのを覚えています。当時はガラケー全盛期であり、母は携帯の着信音を『BLOWIN’』に設定しており、メールや電話のたびにあの軽快なリズムが家中に響き渡っていました。


おそらくこんな調子なもんだから、私は母のお腹の中にいたときからB'zを聴いてたのかもしれません。

けど2つ上の兄の育児が大変でそれどころじゃなかったのかも…?(そんな兄もB'zの大ファン。Takを目指し、高校ではギター部へ)

どちらにせよ、私はありがたいことに幼いころからB'zを聴き育ったと言っても過言ではないのです。


母がB'zのライブに行くのを、父が運転する車から見送ったこともありました。

まだ幼い私は、母が私を置いて遊びにいってしまうような気がして少し寂しかったのですが、今となっては母にとってかけがえのないひととき(LIVE-GYM)だったのだと、同じファンとして心の底から共感しています。

兄は中学生になった頃、母とよくB'zのライブに行くようになりました。

とあるLIVE-GYMにて、二人がずぶ濡れになって帰ってきた日のことを覚えています。母のメイクは崩れ、髪もヨレヨレ、学校帰りだったのか、兄の教科書はびしょびしょになっていたのを見て、私は驚きました。

こんなに自分を犠牲にしてまでも夢中になれること、幼きながらも不思議な力を感じた瞬間でした。

その後母や兄の影響により、何気なく生活の中でB'zを聴いていたのですが、本格的にファンになるまで辿り着いていませんでした。

何せ『愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない』のことを「愛のままにわがままに 僕は君だけを気付けない」と言い、母に大笑いされたのを今でもハッキリと覚えています(笑)

そして時は流れ高校生になり、ここである出来事が起きます。

それは、素晴らしい“事件”だった

私は高3になり、大学受験という人生で初めての壁にぶち当たりました。
私の学力は乏しく、現役合格できるかとてもとても心配でした。

そんなときに支えになったのがB'zの存在でした。

画像1
母のB'zコレクションの超イチブ

この頃あたりから母の宝物であるアルバムを借り、当時使っていたiPod shuffleに曲を入れてはB'zの楽曲を聴き込んでいました。

初めは学校や予備校に行く間の暇つぶしとして聴いていたのですが、徐々に他のアーティストよりもB'zの曲を聴く時間が増えていったことに気付きました。

気に入った楽曲があるとすぐ母に「この曲良いよね」と報告するようになり、母はいつも「でしょ〜〜!これはね…」と嬉しそうな表情を浮かべながらB'zへの愛を語っていました。

そしてある日の夕食後、いつものように勉強しようと部屋に戻ろうとしたとき、母に「新曲のMVを見よう」と誘われました。

このとき私は切羽詰まっていて、正直気が乗らなかったのですが、母の熱烈な誘いだけに一緒にMVを見ることにしました。

それは、この年にリリースされた楽曲『MY LONLY TOWN』でした。

B'zファンの方はご存知かと思いますが、『MY LONLY TOWN』のMVは長崎の軍艦島がロケ地となっています。

壮大な景色とB'zのふたりが作り上げる世界。当時の私は衝撃を受け、まさに雷が打たれたような瞬間でした。

心の底から力が沸き上がってくるような歌詞。地面から響き渡るようなギターの音色。

この先ひとりでもしっかり歩いていかなくてはならない、高校生ながらもそう感じた瞬間だったのです。

歌詞にある通り、それはまさに〝素晴らしい事件〟でした。

『MY LONLY TOWN』で神聖な雷に打たれたにも関わらず、実際の入試試験はあまりうまくいきませんでした。

私って本当にダメな人間だ。。元々大学受験なんて無理なことだったんだ──。浪人してあと一年頑張るか。しかし親に迷惑はかけたくない。もうこの先どうしたら良いのだろうか、部屋に篭る日々が続いていました。

ある日、ベッドで泣いて泣いて泣き止んだ頃、同じ家に居るにも関わらず、母から一通のメールが届きました。

──
アルバム B'z The Best "ULTRA Treasure"
上から2番目の曲を聞きなさい
──

それは『Wonderful Opportunity』でした。

逃がさないで 逃げないで
胸の痛みと手を繋いで、明日を迎えよう
イヤな問題 大損害  避けて通る人生なら論外
生きてるからしょうがない
シンパイナイ モンダイナイ ナイナイ ザッツライフイッツオーライ

B'z『Wonderful Opportunity』

私の心情とは裏腹に軽快すぎるメロディーと、まさに今の自分の状況を知っているかのような歌詞に涙が止まりませんでした。

この楽曲に限らずですが、B'zの曲は「痛み」と向き合う曲がとても多いと思います。私の心のちっぽけさに気づかせてくれた、最高の楽曲でした。

私はイヤホンを耳にしたまま歌詞の通りそのままiPod(アルバム)を抱いて寝て、気付けば朝にはいつもの自分を取り戻していました。

シンパイナイ モンダイナイ ナイナイ ザッツライフイッツオーライ

この言葉を口にするだけで、本気でなんだかなんでもうまくいくような気がしてなりません。思い返すと、私がクヨクヨしていたとき、母はよくこの言葉を口にしていました。

こんな粋なことをしてくれる母にも、最高な楽曲で私を救ってくれたB'zにも感謝をしたいと心から思っています。

そして大学受験も終盤に差し掛かろうとしていた頃。学校で卒業式の練習をしていたとき、携帯に母からの不在着信が20件以上もありました。

何事かと思い留守電を聞くと、涙声で母からのメッセージがありました。

「…合格通知、届いたよ…ほんと、おめでとう」

さらにその後に届いたメールにはこんな言葉が。

「まさに〝Magic〟な1日でした!!!!」

合格通知が自宅に届いた日は、なんと偶然にも母と兄がB'z LIVE-GYM 2010 "Ain't No Magic" at TOKYO DOMEに行く日でもあり、こんな文章を添えていました(笑)

合格の嬉しさもありましたが、メールの文章を見て思わず笑ってしまいました。

偶然ではありますが、とことんどこまでもB'zを絡ませてくる母が愛くるしいとさえ思った、忘れられない思い出になりました。

B'zのLIVE-GYMにようこそ!!!!

そして大学生になり、はじめて母と母の友人とLIVE-GYMへ。それは2011年の「B'z LIVE-GYM 2011 -C'mon-」東京ドーム公演でした。

運よくステージ目の前のアリーナ席で、母がチケットゲートにて喜びの舞としてかなり変なステップを踏んでいたことを覚えています(笑)

そんな母をよそ目に、私ははじめてB'zのライブに行くにも関わらず、左手を骨折した状態で臨んでいました(笑)

ギプスの腕に恥ずかしさもありながらも、母に負けまいと最高のモチベーションで臨みました。

とにかく初めてのLIVE-GYMは圧巻で、人生でこんなに最高な瞬間があるものか!!!と衝撃を受けたのを覚えています。

自分が新しく生まれ変わるような気持ちになり、まさに『さよなら傷だらけの日々よ』といった感じでした!!!

稲葉さんが歌うパワフルな歌声。松本さんが奏でる痺れる音色。これがB'z!!!!!すごいすごい!と興奮が止まなかったのを今でも覚えています。

また、コール&レスポンスを初めて体験して、ライブの一体感とはこういうことか、と普段イヤホンから聞くだけでは味わうことができない経験に感激しました。

B'zと繋がる瞬間。そんなファンとの掛け合いが実現される空間は唯一無二だと思いました。それはまさに『快楽の部屋』です。

これは今のライブでもずっとそうですが、パフォーマンスの他にも小粋なネタがとても面白く、常にファンを楽しませようとする遊び心が最高で、それが余計にB'zを愛したくなると毎回感じて止みません。

また、稲葉さんの言葉はいつも心に響きます。背筋が伸びます。

その後も社会人になり、何度も壁にぶち当たりましたが何度も何度もB'zの楽曲に救われて今もこうしてなんとか生きていけているのです。

画像3
恐竜のごとく叫んだ2018年のLIVE DINOSAUR

恋心

B'zと言えば、ラブソングと思い浮かぶ方も多いと思いますが、私の恋愛もB'zの楽曲がいつもそばにあったような気がします。

『核心』
『HEAT』
『誰にも言えねぇ』
『warp』

このあたりはいつも私という主人公の恋愛ドラマの主題歌でした(笑)

今でも過去の恋愛を思い出すと、それぞれのテーマソングであるB'zの楽曲が脳内で流れるほど。

タイトルを見て共感してくれる方がいたらぜひお話してみたいです。

(稲葉さん…どれだけ素敵な恋をしてきたの…)

あの声が蘇る

B'zの楽曲で『マジェスティック』という曲があります。

晴れても降っても
君の声はマジェスティック
繰り返す日のあちこちに潜む奇跡
振ってごらんよ
折れない魔法のスティック
シンフォニーのように
言葉は震え響き出す

B'z『マジェスティック』

この曲を聴き、無性に心に思い浮かぶのは5年前に亡くなった祖父のこと。

そのきっかけになったのが、2018年のB’z Pleasure in Hawaiiツアー。奇跡的に母が当ててくれたのですが、まさに夢のような時間でした。

画像2
Neal S. Blaisdell Concert Hall(ニール S. ブライスデル・センター)前にて

このハワイのライブステージでも披露されていた『マジェスティック』。

温かな歌詞としっとりとした音色。聞いた途端に涙が止まらなくなりました。異国の地ではありますが、ハワイの大空から祖父が私のことを見守っているような気がしてなりませんでした。

稲葉さんが歌っているのに、何故か祖父の声も聞こえる。曲を聴くと祖父を思い出させてくれる、ほんとうに大好きな曲になりました。

B'zの楽曲はそんな奥行きと思い出深い曲ばかりです。勇気をもらえて、共感が止まない曲ばかり。B'zのふたりは私の人生を知っているのかな?と錯覚してしまいます。

とにかく、パワー溢れる楽曲と歌詞が妙に自分事として思えてならないのです。

Highway Xへ

5月14日からはじまった、B’z LIVE-GYM 2022 -Highway X- ツアー。SNSなどですでに各地の様子が投稿されていますね。

私にとって2019年のWhole lotta NEW LOVEぶりのB'z LIVE-GYM。いまから楽しみでしかなりません!!!!(私は横浜公演、千秋楽に参戦する予定ですが、先日の武蔵野の森総合スポーツプラザの会場へ母とグッズ購入だけ行きました笑)

とにかく私の人生はB'zで救われていて、それがないと生きていけないとこの記事を書いて改めて思いました。

B'zありがとう! B'zが大好きです!! これからもずっとずっとB'zを応援し続けていきます!

いままでこうやってたくさんB'zとそして母との思い出ができて、それをこのようにして記事にできることは、とても幸せなこと。

3年、5年後。またこうやって記事が書けると良いな。

そしてこの先もし自分に子供ができて、あのときの私のように泣き悩んでいたら、あの日の母と同じようにB'zの楽曲で励ましたい、心からそう思います。

画像4
左腕を骨折してまでも臨んだB'z LIVE-GYM 2011 -C'mon
まさに底なしのペイン‼︎


この記事が参加している募集

#振り返りnote

85,359件

#私のプレイリスト

10,868件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?