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1200円で食生活に革命が起きた話(3400文字)

 魚焼きグリルの掃除の大変さは、一度でも魚をグリルで焼いたことがある人間ならば誰でも知っているだろう。

 私は結婚するまで料理をしたことがほとんど無かった。

 なので親元を離れ夫と暮らし始め、初めてグリルで焼き魚を調理した時、後始末の大変さに辟易したものである。

 あまりにも大変だったため、グリル掃除を楽にする方法をネットで検索。受け皿に片栗粉を敷き詰めるなどの先人の知恵に頼ったが、それでもやはりグリル掃除は大変だったし面倒だった。

 私は次第に魚焼きグリルを使わなくなった。

 結婚して5年も経った頃には魚焼きグリルは一切使われなくなり、我が家の食卓から魚が消えた。

 それから更に5年。私たち夫婦は両面焼きのグリルがある家に引っ越した。

 キッチンに備え付けられた両面焼きグリルを見て「せっかくだから魚を焼こうかな?」とチラリと思ったが、それでもグリルを使わなかった。

 「グリル掃除をしたくないから魚を焼かない」という選択をした私だったが、たまには焼き魚を自宅で食べたいと思う瞬間が訪れる。元々、焼き魚は好きなほうなのである。

 引っ越してから3年ほど経ったある日、私は「グリルを使わないで魚を焼く方法があるのでは?」と思いつき、「焼き魚 レンジ」といったキーワードでネットを検索してみた。

 すると「レンジで焼き魚を調理できる」という、夢のような調理器具がAmazonで販売されているではないか。

 私はこの器具に飛びつき、Amazonのレビューを読み漁った。

 私の期待とは裏腹に、レビューの内容は微妙だった。「美味しく魚が焼けた」という人と「あまり美味しく焼けなかった」という人とが半々。

 レビューの平均点は星3.5であり(星5が満点)、誰もが絶賛するような器具ではないように見受けられた。

 評価が賛否両論の割には、値段が5千円もする。

 賛否両論のものに5千円も出せないと判断した私は「レンジで魚が焼ける調理器具」の購入を見送った。

 それから半年ほどが過ぎ、また焼き魚を食べたくなった日が来た。

 私は「レンジがダメなら、フライパンではどうか?」とネットを検索。グリルパンという、フライパンのような形状の調理器具がヒットした。これを使えばガスコンロで魚を焼けるという代物である。

 Amazonでレビューをチェックしたところ、評価も高い。焼き魚を調理した後の後片付けが楽になったという声も多数ある。

 かなり興味を惹かれたが、値段が少々高い。

 もっとお手頃価格で似たような商品はないだろうかとAmazonの閲覧を続けていたら、「魚焼きグリルで使うグリルパン」というものを見つけた。

 これはトレーみたいなもので、グリルにセットすることで魚から出た油をすべてトレー(グリルパン)の溝でキャッチできるとのこと。魚がグリルパンにこびりつくことも無いらしい。

 つまり、これを使えばグリルで魚を焼いても、グリルの網や受け皿が汚れない。そしてグリルパンだけを洗えばグリル掃除が完了する。油を敷く必要もなく、この上に魚を直接置いて普通にグリルに着火して使うようである。

「グリル掃除が格段に楽になった!」「魚を焼くのが苦にならなくなった!」「もっと早く買えば良かった!」

 レビューは絶賛の嵐である。なんだかもう、こんなに良いものをどうして所持しないのかといった勢いだ。

 レビューに説得された私は値段を確認した。送料無料で1200円。

 レビューの通りにグリル掃除の手間から開放され、自宅でいつでも焼き魚を食べられるようになる道具の価格と考えたら、かなりのお値打ち品だろう。

 私はレビュアーたちを信じ、グリルパンの購入ボタンをポチッとクリックした。 

 グリルパンが届いた翌日、私はいそいそとスーパーで塩鮭を購入し、冷凍庫に放り込んだ。

 数日が経ち「今日は焼き魚を食べよう」という日を迎え、グリルパンを魚焼きグリルにセット。


 凍ったままの塩鮭を上に載せ、グリルで焼く。10分後、塩鮭は特に変わった様子もなく、普通に焼けた。

 解凍せずにいきなり焼いたせいか塩鮭は少し水っぽくなってしまったが、8年ぶりに自宅で食べる焼き魚の味わいは別格だった。美味しい、美味しいと夫と夢中で食べる。こんなに美味しいものを8年も食べずにいたのかと、我が家のこれまでの食生活を反省した。

 食後はお待ちかねの後片付けタイムである。グリルパンは本当に「グリル掃除を楽にするもの」なのか。私たち夫婦は期待と緊張が入り混じった気持ちでキッチンへ向かった。

 まず、冷めたグリルパンをグリルから取り出す。次に、グリルパンの溝に溜まった油をキッチンペーパーで拭き取り、水で軽く流す。洗剤を含ませたスポンジでキュキュッと洗って、すすいで水切棚に立てかける。

 一連の作業はあっという間に、あっさりと終わった。実際にかかった時間は2分ぐらいだろうか。

「本当にグリルパンを洗うだけで掃除が終わった……」

 私は驚嘆した。何しろ、普通のお皿を一枚洗うような感覚でグリル掃除が済んでしまったのである。

 普通にグリル掃除をしようとしたら、網を外し受け皿を外し、油と魚の皮がこびりついた網を泣きながらゴシゴシとスポンジでこすりまくり、油まみれの受け皿を死んだ目で見つめながら洗い流さなければならない。どんなに手際よくやっても10分はかかっていただろう(もっとも、最後にグリル掃除をしたのは8年前なので、この記憶は少々信憑性に欠けるかも知れないが)。

 グリルパンが1つあるだけで、こんなにグリル掃除が楽になるのか。そりゃレビューで絶賛されるわけだ。

 私はAmazonでグリルパンを絶賛していたレビュアーたちのことを思い出した。確かにこれは絶賛したくなる便利さである。

 グリルパンの便利さに目覚めた私は、焼き魚以外でもグリルを活用したいと考えネットを検索。業務用スーパーなどで売られている「下味と衣が付けられておりあとは揚げるだけ」の状態の冷凍唐揚げや冷凍フライを、グリルで調理する方法を見つけ出した。

 早速、翌週の買い出し時にドラッグストアで「あとは揚げるだけの状態の魚のフライ」を購入。

 レンジで解凍してからサラダオイルをふりかけ、グリルパンで焼くと……フライができた。

 凄い。なんでもできるじゃん。

 私はグリルパンの性能に感動した。同時に、大きな可能性を感じた。魚や「揚げるだけ」の冷凍揚げ物を冷凍庫に常備しておけば、これを主菜にした適当な食事がいつでも簡単に作れるようになる。疲れている時、忙しい時の手抜き料理が捗る。料理の幅が一気に広がるではないか。

 以来、私たち夫婦はスーパー等で「揚げる直前の揚げ物」を見かけるたびに「これもグリルパンで調理してみよう」と購入。次々と試してみたところ、衣付きの冷凍唐揚げや冷凍コロッケ、冷凍ナゲット等々、「揚げる直前の状態で売られている揚げ物」はすべて美味しく調理することができた。

 また、魚も凍ったまま焼くのではなく、いったん流水などで解凍してから焼けば、非常に美味しく焼けることが判明した。

 そうやって調理した焼き魚は、この上なく美味だった。こんなに美味しいものを8年も食べずにいたなんて、なんて損をしていたのだろう。

 グリルパンの活躍ぶりは、購入前の期待を遥かに上回るものだった。

 なにしろ、手軽に美味しい焼き魚や揚げ物を調理できるのに、後片付けはお皿を一枚洗う感覚でできるのである。

 そのお手軽さは、普通のグリルの比にならない。我が家の場合、夢のような調理器具とは「レンジで魚が焼ける調理器具」ではなく、グリルパンだったのだ。

 グリルパンの虜になった私たち夫婦は、その年のふるさと納税で静岡県沼津市に寄付をした。この自治体の返礼品は「魚の干物4kg」である。

 グリルパンを購入してから、1ヶ月も経っていない。1ヶ月前まで「8年間、魚を一切買わない」状態だった我が家に、あと2ヶ月もすれば4kgの魚の干物が届けられる。冷凍庫が干物でパンパンになることだろう。

 1200円の買い物で食生活がここまで変わると誰が予想しただろうか。それもこれも、グリルパンを絶賛するレビューを書いてくれた、Amazonのレビュアーたちのおかげである。

 見知らぬ彼らの存在が、我が家の食生活に革命をもたらした。

 縁とはいつでも奇妙で不可思議なものなのである。


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