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舞台 「剥愛」 観劇レビュー 2023/11/10


写真引用元:□字ック 公式X(旧Twitter)


写真引用元:□字ック 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「剥愛」
劇場:シアタートラム
劇団・企画:□字ック
脚本・演出:山田佳奈
出演:さとうほなみ、瀬戸さおり、山中聡、岩男海史、柿丸美智恵、吉見一豊
公演期間:11/10〜11/19(東京)、11/22〜11/23(愛知)、11/25〜11/26(大阪)
上演時間:約2時間5分(途中休憩なし)
作品キーワード:家族、親子、剥製師、善と悪、考えさせられる
個人満足度:★★★★☆☆☆☆☆☆


山田佳奈さんが主宰する劇団「□字ック(ろじっく)」の新作公演を観劇。
劇団として第15回目の本公演となる今作は約3年ぶりの新作公演となる。
私は、伊藤沙莉さん主演で映画化もされた「□字ック」の『タイトル、拒絶』の舞台版を2021年2月に観劇したことがあって、「□字ック」の作品を観劇するのは2度目である。

今作は、剥製工房を営む家族の物語である。
剥製師である父(吉見一豊)と姉の菜月(さとうほなみ)と妹の栞(瀬戸さおり)、そして知的障がいを持つ従兄弟の章平(岩男海史)が剥製工房に住んでいた。
その他に近所の猫屋敷に住むサイケ婆(柿丸美智恵)も剥製工房に度々来ていた。
菜月は一度結婚をして長男を出産していたが離婚調停中で実家に戻ってきていた。
菜月はハローワークで仕事を探していて、事務職で正規雇用を求めて復職活動をするも、過去は化粧品メーカー勤務で全く異なる仕事をしていたという経歴から、事務仕事が未経験ならバイトから始めた方が良いと言われてなかなか採用されなかった。
ある日、剥製師である父の元に剥製師を志望する身元不詳の男(山中聡)が現れる。
菜月とその男は剥製工房で親しくなっていくが、その男にはある秘密があったというもの。

舞台が、剥製工房の2階建ての巨大な山小屋のような住まいなので、舞台セットの至る所に動物の剥製が置かれ、木造建の家屋も年季が入っていて古びている感じが、いかにも長年剥製師をやってきた父と重なる部分があって魅力的に感じられた。
劇中ところどころ響く動物の鳴き声や野鳥や虫たちの鳴き声が大自然に囲まれている感じがあって、観客である我々もその舞台空間に包まれている感じがあって演劇的で好きだった。

今作のテーマは、正義と信念の衝突と家族の愛憎だと感じられたが、この類のテーマはよくあるためあまり新鮮さは感じられなかった上、剥製師という職業をもっと掘り下げて面白く描くことが出来たのではないかと思って脚本には勿体なさを感じた。
社会が移り変わっていく中で貫いてきた信念が徐々に悪者とされつつある生きづらさが剥製師にはあると思う。
動物愛護やSDGsのような新しい価値観の元で次第に自分が大事にしてきた思想が悪者にされていく苦しさは、直接言葉にせずとも伝わってきた。
しかし、今作の主人公が菜月で彼女の歪んだ家族への思いや憎しみばかりフォーカスされ、それが上手く剥製師という職業の父とリンクしてこない感じがして、終わり方もしっくりこなかった。
そのため、今作で結局何を描きたいのか、観客に何を受け取って欲しいのかがぼやけていた。
勿論、こういった類の作品に正解は描く必要なんて全くないが、様々な要素を広げるだけ広げて中途半端になっている感じが否めなかった。

知的障がいを持つ従兄弟の章平も、山中聡さんが演じるリアリティある演技は非常に素晴らしいものだったが、彼を登場させたことで描きたかったことが中途半端に感じられた。
障がいを持っているから、彼が訴えてることの真偽が分からなくて不利であるという不条理は分かるが、劇中に登場させるからにはもう少し深い意味付けを汲み取りたかった。

登場人物のキャラクター設定は凄く納得感あって違和感ないし、こういう歪んだ家族はたしかに田舎にいてもおかしくないからこそ色々と考えさせられるが、私にとっては在り来たりに感じてしまって、もう少し深いエッセンスが欲しいと感じたというのが全体の感想。
ただ、バンド「ゲスの極み乙女。」のドラム担当でもあるさとうほなみさんを中心に俳優陣の演技力は素晴らしいものなので、家族もののヒューマンドラマ、シリアスなドラマが好きな人には一度観て欲しいと思う。

写真引用元:ステージナタリー □字ック 第15回本公演「剥愛」ゲネプロより。




【鑑賞動機】

『タイトル、拒絶』(2021年2月)を観劇して、山田佳奈さんが描く人間臭さの強いヒューマンドラマの作風がかなり好みだったので、3年ぶりとなる山田さんの新作公演も観てみたいと思ったから。
また、個人的には瀬戸さおりさんの演技が好きなので、瀬戸さんが出演されているというのも観劇の決めてだった。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

音楽と共に、出演者たちが全員ステージに上がってくる。舞台装置には映像で文字が投影されており、剥製師を営む家族の説明がなされる。
栞(瀬戸さおり)が猟銃を持って、剥製師の父(吉見一豊)の足をめがけて撃つ。父は撃たれて暗転する。

剥製が各所に置かれた剥製工房。父と近所に暮らすサイケ婆(柿丸美智恵)がいる。サイケ婆は猫屋敷に住んでいて猫を沢山飼っているが、そのうちの一匹が先日死んでしまったので剥製にして欲しいと剥製師に懇願している。
また、この剥製工房には父にとって甥の章平(岩男海史)も一緒に暮らしている。章平は知的障がいを持っていて、終始なにかぶつぶつと話している。
娘の菜月(さとうほなみ)は、夫と離婚調停中で実家に戻ってきていた。ハルトという一人息子もいるが、ハルトは父親の元にいるので菜月の元にはいない。このままでは菜月の生活費がもたないのでハローワークで仕事を探している最中のようだった。しかし、今日は受けたい企業の面接のようで支度をして剥製工房を後にする。
菜月には妹がいて栞は、ずっと静かに部屋の片隅にいた。

剥製工房に、男(山中聡)がやってくる。彼はどうやら剥製師になりたいらしい。父は剥製師としての心構えや剥製の作り方を教え、父はこの男を剥製師として雇うことを決意する。
シーンがシームレスに変わって、舞台は菜月が受ける面接。面接官を男を演じた山中さんが演じている。菜月は、事務職の正規雇用として働きたいと申し出るが、面接官からは前職が化粧品メーカー勤めでブランクがあって、しかも事務経験がないとなると...と困惑する。菜月はなんとか採用してもらおうと必死に説得しようとするが、事務職に就きたければまずは、データ入力のアルバイトから始めたら良いと、未経験に入ってもらうほどの余裕はないと突っぱねられてしまう。
菜月は、意気消沈しながら、これではまた父に文句を言われてしまうと怯えながら帰宅する。菜月は剥製工房で男と会う。男は菜月と剥製師という職業について話をする。菜月は、父が散々剥製は人の手で一からやるもので機械などに任せてはいけないと一点張りなのだと言う。そして、菜月は父から教わった剥製の手法の一つを披露する。

夜、菜月は剥製工房に何者かがいるかのようにモノが床に落ちたので怖がる。そこへ男もやってくる。そしてそのまま男と菜月はキスをしてベッドの方へ向かう。暗転する。
二人はベッドから出てくると服を着る。菜月と男はお互い敬語である。息が白い。菜月は、自分が離婚調停中で実家に帰ってきていて、息子もいるけれど夫の方にいてハローワークで仕事を探している最中なのだと言う。また、父が足を引きずっているのは昔母に猟銃で足を撃たれたからであり、それは菜月自身が原因なのだと言う。
すると、男も自分の過去について語り出す。男は前科持ちだということを明かす。友人に放火を頼まれて、そのために友人からクレジットカードを取ろうとしたら友人に窃盗だと思われて、そこで友人に発砲してしまい、一発だったのだと言う。受刑して刑務所を出て、改心の意も込めて剥製師という仕事に興味を持ったのだと言う。

甥の章平役である岩男海史さんが裁判官役として、菜月の過去の記憶がシームレスに描かれる。離婚調停の民事裁判の過去の記憶である。菜月は息子のハルトを預かりたいと言うが、裁判官はハルトと長い時間過ごしているのは夫の方ですからと親権が認められなかった様子が描かれる。
章平が剥製工房に帰ってくる。章平は顔に殴られた跡がある。章平は事情を父や菜月たちに説明する。章平は意気投合した女性と飲んだ後、ホテルに連れて行かれ、そこにいた男に自分の女に手を出したなと何発も殴られたのだと言う。父は大慌てで、急いで警察に連絡しないとと言うが、菜月はそれは無駄だと言う。そもそもやった奴の顔も身元も分からないんだからと。知的障がい者が何か訴えた所で本当だと信じてもらえないと言う。章平の相手が未成年でなかっただけマシだったと捉えた方が良いと言う。
その会話の流れで、章平は父方の叔母の息子であり、章平の実の両親がとても知的障がいのある章平を育てられる感じではなかったので、哀れに思った父が引き取ったことが告げられる。

過去の回想シーン。菜月はパチンコをやっている。サイケ婆役の柿丸美智恵さんが演じる学生時代の同級生役になって、久しぶりと菜月に話しかける。菜月が地元に帰ってきていることや菜月がパチンコをやっていること自体にも驚く。そこから同級生たちの話になるが、菜月が会話に耐えきれなくなってその場を立ち去る。

剥製工房に男がいる。そこへ父が剥製師たちの会合から帰ってくる。父は、その会合で未だに本物の猟銃を保持しているのが自分一人であったことを呟く。父は、猟銃は自分の吐いたゲロと等しいから絶対に肌身離さず持っていたいのだと言う。
父が去り、男は剥製工房で一人となる。猟銃を持つ。猟銃を様々な角度にかざす。そこへ章平がやってくる。男は章平に向かって猟銃を向ける。その光景を見た栞は危ないと男を捕まえようとして取っ組み合う。そのまま男は振り払って剥製工房を後にしてしまう。

ある日の朝、栞が新聞を広げて大笑いする。
菜月や父、章平もやってくる。栞は菜月のことを暴露して全国紙に掲載した。菜月は、新聞なんて誰も読やしない、SNSの方がインパクトがあったのではと言う。
そこから、シーンはシームレスに切り替わり、父の足を母が猟銃で撃った過去になる。母役を栞役を演じた瀬戸さおりさんが演じる。母が父の足に猟銃を撃つ。

明転して、剥製工房の近くではどうやら火事が起きたようだった。父がラジオをつける。章平や父は火事がどこで起きているのかと外へ出ていく。
ラジオからは、パレスチナの紛争やSDGsなどについての放送が流れる。菜月は一人剥製工房にいる。電話がかかってくる。それは、話し声を聞いていると最初は夫のようで、次にハルトに代わったらしく、菜月は泣きながらハルトと会話する。そして最後に、菜月は「お母さん、仕事探しがんばるね」と言って電話を切る。菜月はハローワークに連絡する。ここで上演を終了する。

今作に登場するキャラクター設定は皆よくて、違和感がなくて、役作りだったり彼らが起こす行動に違和感はないのだけれど、どうしても物語としてテーマが在り来たりである上、そこから何か目新しい胸にぐさっと響くようなものはなかったというのが正直な感想。さらに、家族の愛憎、剥製師という時代に合わない職業、知的障がいを持った人の苦悩、前科持ちの人の苦悩などが垣間見られて、そこから正義と悪とは何か、信念を貫くとは何かみたいなことがこれらに共通する点なのかなと思って観ていたが、あまり最後まで上手くまとまっていない感じもした。
もっとSDGsや動物愛護のような新しい時代の価値観による正義のようなものを、しっかりと描くだけでも伝わり方は違ったのかなと思う。おそらく意図的にそういった風潮を匂わせる形で登場させているが、もっと劇中で強めに出した方が不条理さが伝わって良かったのかなと思う。
また、物語自体が菜月を中心に描いているが、これだけ周囲の登場人物にもドラマ性があるのだったら群像劇にして欲しかったかなとも思った。主人公を菜月にしたことで、家族に関する苦悩が中心に描かれているが、その周囲にも剥製師としての苦悩や知的障がい者の苦悩、前科持ちの苦悩があって、そこに触れる割には中途半端で収束しない感じがあったので、そこを丁寧に描いた上で、その本質的なテーマに向かっていった方がしっくりするストーリーだったのかなと個人的には想像した。

写真引用元:ステージナタリー □字ック 第15回本公演「剥愛」ゲネプロより。


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

剥製工房らしく剥製が至る所に置かれている手作り感溢れる個性的な舞台セットがとても魅力的だった。舞台装置だけでなく舞台照明や舞台音響も含めて、まさに手作り感ある小劇場らしさを醸し出してくれる演劇作品というのが「□字ック」という団体の素晴らしさだと思う。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは、舞台装置から。
ステージ上には一軒の2階建ての剥製工房がどっしりと構えている。といっても、しっかりと家の体裁をしているかといったらそうでもなく、割と木造の柱の骨組みによって家を表現しているような感じである。
下手側には、父の机が置かれている。その机の上に昇って瀬戸さん演じる母が猟銃で父の足を撃つ。
ステージ中央奥には大きな引き戸があって、そこがこの家の玄関になっている。その向こうには、ステージ奥の壁面全体を緑が覆っていて、ここが山の中、もしくは森の中という自然豊かな場所であることを表現している。ステージ中央の手前には、小さな机と椅子があって、おそらく剥製を作る作業場だと思われる。その横には、昔ながらの石油ストーブ(上にやかんが置けるやつ)が置かれていた。
ステージ上手側には、上手へ捌けられるように扉が一つ設置されていた。それよりも上手側には特に何も仕込まれておらず、男がラジオ体操をしたりなどするスペースだった。
また、このステージ上手側に2階へと上がる階段が設けられている。2階には、菜月の部屋とされるスペースがあり、その中央に布団が敷かれていた。その布団で菜月と男が性行為をしていた。
この建物の木造の骨組みの至る所に動物の剥製(おそらくレプリカ)が置かれていた。猫、狸、うさぎなど。剥製の置かれた舞台セットなど見たことがなかったので、会場中はこの舞台セットに目を奪われた。
全体的に手作り感ある舞台セットの作りになっていて、小劇場らしさが漂っていた。どこかの舞台制作企業が入ると決してこういう感じには仕上がらないだろうなと思う。舞台セットが一つ一つ職人たちの手で作られたオリジナリティ溢れる感じが印象的で魅力的だった。この感触は、剥製を一から人間の手で行おうとする父の職業価値観とも通じる所があって良かった。

次に舞台照明について。
夜のシーンと昼のシーンのコントラストが良かった。特に夜のシーンのあの自然の中の夜という感じを上手く醸し出しているように思えた。
あとは舞台照明演出が映えたシーンでいくと序盤や終盤の瀬戸さん演じる母が父の足に猟銃を撃つシーンの照明演出。あの不気味な感じの赤い照明が良くて、猟銃を撃った後の背景が真っ赤に照らされる照明もインパクトがあった。
また、劇中では菜月の過去の回想シーンがシームレスに上演されるが、そうだと分かるように照明を切り替えている感じも凄いなと思った。
ラストの照明も好きだった。動物の鳴き声と共に、ステージ後方の緑の壁の後ろに仕込まれている照明がガバーっと光って黄色く照らされる感じも良かった。

次に舞台音響について。
今作は特に効果音が目立つ公演だったように感じた。終始流れていた鳥たちや虫たちの鳴き声のボリュームが絶妙で、まるで観客は森や山といった大自然の中にいるような感じで、演劇らしさを体感した。
男が外に耳を傾けた時に、小さく動物の鳴き声がしている演出も良かった。観客も聞き耳を立ててしまうし、こういった演出は映像よりも舞台の方が格段に魅力的に思えた。
また、ラストシーンでラジオから絶妙な音量でパレスチナの紛争の報道やSDGsについて聞こえてくるあたりも良い。そういったある種、こうあるべきみたいな綺麗事を並べたニュースや報道が日常に溶け込んでくる感じを上手く演出しているように思えた。
ラジオ体操や電話の音、猟銃の音、動物の鳴き声。様々な効果音が流れたがどれも好きだった。猟銃の音は、やはり劇中において意味を持つものなのでかなりエフェクトが入っていた印象だった。ラストの動物の鳴き声の演出も面白かった。まるで菜月の心境を表すような動物の鳴き声で、本能的に叫びたい欲求のようなものにも感じられた。

最後にその他演出について。
一番印象に残ったワンシーンは、剥製工房の夜に猫のような叫び声と共に、まるで透明人間がステージ上を歩いたかのように置かれているものが倒れたりする怪奇現象が起きる演出、そしてその光景に怖気付く菜月。あのシーンはかなりギミックを発動するキューも多いだろうし、一体どうやってやってるの?と思わせるくらい巧妙な演出で面白かった。本当に、ステージ上に誰か歩いたんじゃないかと思わせるような演出だった。
序盤で、瀬戸さん演じる母が父に向かって猟銃を撃つシーンで、映像によってこの家族の説明がなされていたが、個人的には観なければならない箇所が多すぎて文字を追えなかった。役者も登場するし、何か演じているし、おまけに映像で文字も投影されていたらどこに焦点を当てたら良いかわからなかった。
また、菜月の回想シーンとされるシーンをシームレスに演劇的に描く効果が今ひとつだったかなと思った。「イキウメ」もよくこの手法を使って過去の回想シーンをやったりするが、それが凄く効果的で現在のシーンと過去のシーンがまるで重なり合うかのように演出されているので面白さを感じるのだが、今作でのその演出方法はちょっと違和感を感じる部分の方が多かった。たとえば、男役を演じた岩男さんが面接官をやった直後に男役に戻ったり、サイケ婆が菜月の同級生を演じるのも、柿丸さん自体のキャラが強いので別人ぽさがなかった。過去の回想シーンでその人がその役をやる意味みたいなものが、きっと演出家の頭の中にはあるのかもしれないが、その意味も見出せなかった。アンサブルキャストがやっても良いのではと思ってしまった。

写真引用元:ステージナタリー □字ック 第15回本公演「剥愛」ゲネプロより。


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

実力俳優の揃ったキャスティングでどの役も見応えがあって素晴らしかった。また、人物像は凄く掴みやすくてどのキャラクターにも感情移入出来てしまう点も、山田さんが描く人物のキャラ設定の上手さを感じた。
特に注目したキャストについて見ていく。

まずは、主人公の菜月役を演じたバンド「ゲスの極み乙女。」のドラム役でもあるさとうほなみさん。さとうほなみさんの演技を舞台で観るのは初めて。
離婚調停中で一人息子も夫の元にいて、そして働く場所もなくて仕方なく実家にいる菜月。そんなキャラクター設定だからこそ凄く魅力的に感じられる。観劇中は「ゲスの極み乙女。」だと全く知らないまま観ていたのだが、バンドだとは思えないくらい演技が上手くて俳優だった。
菜月はずっと過去の出来事に囚われている。それを具現化しているのが回想シーン。自分のせいで母が父の足に猟銃をぶっぱなしてしまい、家族がめちゃくちゃになってしまったこと。そして、そんな家族の元を結婚して逃げようとしたつもりが、夫とも不仲になって離婚調停中。家族をめちゃめちゃにしてしまうのはいつも自分という辛さが彼女にいつも纏っている感じが惨めだが感情移入してしまう。
夜のシーンでポルターガイストみたいなものに怯えたりするのも、いつもずっと彼女が恐怖を感じているから。
一番グッとくるのはラストのシーン。息子であるハルトからの電話に号泣する。そしてハルトの声を聞いて、「お母さんも頑張るね」と決意する。きっとハルトから電話越しで「お母さん、頑張って」と言われたのかもしれない。それは泣けるし元気をもらえるわけだ。散々家族というものに苦しめられてきた菜月だったけれど、血のつながった子供に救われることもある。そしてそれこそ、菜月が一番欲していたことだったのかもしれない。家族がいて良かったと思える貴重な経験だったのかもしれない。だからラストシーンは個人的には好きだった。

次に、男役を演じた山中聡さん。
この男という身元不詳の人物の描き方も山田さんは上手いなと感じた。まず、前科持ちということが劇中で明らかになるが、いかにもそんな感じのオーラを出していて、なんか怪しげだけれどどこか自分に自身がなくて、身を改めようとしている感じがある。まさに前科持ちとあればしっくりくるキャラクター設定だし役作りだなと感じた。
前科持ちの再犯率は高いと言われている。猟銃を持った途端に危険な方向に走り始めてしまう感じも、実際に罪を完全に払拭出来た訳ではなく改心しきれていなかったのではと感じてしまう。罪人は、どんなに刑務所に入っていた期間が長いとしても、そしてどんなに罪を償ったと思ったとしても再犯してしまうものなのかもしれない。
そんな不気味だけれど哀れな男を演じる山中さんの役作りが素晴らしかった。

特に素晴らしいと感じたのは、知的障がいの章平役を演じた岩男海史さん。岩男さんの演技は私は初めて劇場で観劇した。
知的障がいを持った人の役作りが極めてリアルに近いくらいに上手かった。実際あんな感じの知的障がいの人っていそうだし、体の動かし方や喋り方とか凄く上手くてそれだけでも見入ってしまった。
私が特に胸を打たれた台詞は、章平が顔にあざが出来た状態で帰ってきて、章平がどんなに訴えたとしても知的障がいを持っているという理由から周囲が全く相手にしてくれないという残酷さがあるなと思ったこと。普通の人であれば、どんな人に殴られたのかとか顔を覚えていれば特定出来るかもしれないが、知的障がいを持っているとそうはいかない所に理不尽さがあるよなと思った。
自分の厳つい顔した表情をスクショしたり、大音量で音楽を聞いて歌ったり、そういうあたりがどことなく章平の内情を表現しているように感じられて、色々考えさせられた。

あとは、栞役を演じた瀬戸さおりさんは、個人的には楽しみにしていたのでもっと出番が欲しかった所。今作では割と控えめな妹役だったが、ちょっと勿体無いくらい出番も少なかった。

写真引用元:ステージナタリー □字ック 第15回本公演「剥愛」ゲネプロより。


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、今作のテーマである正義と信念の衝突とは何かについて考察していくことにする。

私は今作に登場する台詞の中でいくつか記憶に残ったものがあるが、そのうちの一つで「スーパーマンやスパイダーマンのようなスーパーヒーローよりも、悪役の方に共感する」みたいなものがあった。『鬼滅の刃』だったら鬼に共感すると章平もたしか言っていた。
今作に登場する人物たちは、田舎の剥製工房で暮らす、いわば社会の逸れものみたいな人々である。父は剥製師という特殊な職業、章平は知的障がいを持っており、菜月は夫とも離婚調停中で実家に出戻り、仕事もなかった。男だって前科もちだった。真っ当に仕事をして、父と母、そして子供の揃った家族として暮らすことが普通だとしたら、たしかに逸れものたちである。だからこそ、正義よりも悪に共感するのかもしれない。

この作品を観ていて不条理だなと感じた所は、一度逸れものとして転落してしまうとなかなか普通の暮らしに戻れないということである。菜月も必死に就職活動をしたが、いきなり事務職に就くことは出来なかった。アルバイトとしてある程度経験を積まないと難しいと。また、過去の辛い記憶はずっとこびりついたかのように当事者を呪う。菜月も、父の足が猟銃で撃たれたトラウマをずっと引きずっている。
章平だって、知的障がいは治る訳ではないので、一生それと向き合っていかないといけない。男も前科持ちという経歴をずっと引きずっていかないといけない。

この作品で興味深いと感じたのは、昨今の社会的に推進されようとしていることが、どこか綺麗事で正義を押し通そうとしているだけのように感じて、こういったマイノリティの人々に全く手を差し伸べられていないように思えること。多様性を謳う社会でありながら、その多様性という正義を貫こうとすることで無視される人々たちがいるということを表している点である。
動物愛護やSDGsは、たしかに多様性の考え方の一つで現代社会において推進される新しい価値観の一つである。しかし、動物を殺さないと職業としてやっていけない剥製師にとっては、その多様性の思想に苦しめられることになる。むやみに動物を殺してはいけない。それは今まで善しとされてきた職業価値観の否定でもある。それは父だって受け入れられないだろうなと思う。

父は猟銃は自分のゲロのようなものだと言っていた。それは自分の身体の一部でもあると言っているようにも聞こえる。それくらい手放せないものなのだろうと。
ずっと今までのやり方でやってきたのだから、今から猟銃を没収されて新しいスタイルで仕事をしていくことは難しいだろう。そういった生きづらさが伝わってくる。

社会が決めたやった方が良い事、やってはいけないこと。そんなルールによって逸れものが存在してしまう。私たちが本当に考えなければいけないのは、そういった逸れものたちのことなのかもしれない。
多様性を訴えるだけでは彼らを救うことはできない。正義というものを何か作り出してしまうと必ず悪者が定義されてしまうから。だから、信念を大事にすることが必要なのかなと思った。父でいえば、剥製師として大事にしていることを守ること。菜月でいえば、家族のために頑張ること。
上手くまとまった感じはないが、ぼんやりとこの作品が描きたいことは掴めてきた気がする。

写真引用元:ステージナタリー □字ック 第15回本公演「剥愛」ゲネプロより。


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