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舞台 「物理学者たち」 観劇レビュー 2021/09/25

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【写真引用元】
ワタナベ演劇Twitterアカウント
https://twitter.com/watanabe_engeki/status/1431098518760919044


公演タイトル:「物理学者たち」
劇場:本多劇場
企画:ワタナベエンターテインメント Diverse Theater
原作:フリードリヒ・デュレンマット
翻訳:山本佳樹
上演台本・演出:ノゾエ征爾
プロデューサー:渡辺ミキ、綿貫凛
出演:草刈民代、温水洋一、入江雅人、中山祐一朗、坪倉由幸、吉本菜穂子、瀬戸さおり、川上友里、竹口龍茶、花戸祐介、鈴木真之介、ノゾエ征爾
公演期間:9/19〜9/26(東京)
上演時間:約130分(途中休憩10分)
作品キーワード:風刺劇、ミステリー、コメディ、シリアス、考えさせられる、海外戯曲
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆


ワタナベエンターテインメントとオフィスコットーネがプロデュースする公演で、1960年代にスイスの劇作家フリードリヒ・デュレンマットが書き上げた戯曲を、劇団はえぎわのノゾエ征爾さんが上演台本と演出を手掛けた「物理学者たち」を本多劇場にて観劇。

ストーリーは、科学とはどうあるべきか、どう進歩していくべきかを哲学的に問いかける風刺劇で、「桜の園」と呼ばれるサナトリウム(長期療養施設)で、ニュートンを自称するボイトラー(温水洋一)とアインシュタインを自称するエルネスティ(中山祐一朗)が看護婦を絞殺してしまうという事件から始まる。
二人が精神疾患を抱えているが故に逮捕に踏み切ることが出来ず正義を貫くことが出来ずに悩む警部のリヒャルト(坪倉由幸・我が家)や、同じく精神疾患に悩む物理学者のメービウス(入江雅人)の生き苦しさが伝わってくる。

コメディであり、サスペンスであり、シリアスでもある様々な演劇要素をミックスさせたような作品で、脚本としても原子爆弾が開発された第二次世界大戦後に描かれたと聞いて頷ける内容だった。
個人的には、もっと物理学の教養がみっちり詰め込まれた作品だと思っていたが、E=mc^2が登場したくらいだったので、その辺に関しては物足りない部分があった。

客層も年齢層が比較的高いように思えて、非常に落ち着いた味わい深い作品だった。
風刺劇が好きな人にはおすすめしたい。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/445972/1666347


【鑑賞動機】

「墓場なき死者」や「母 MATKA」など、海外の不条理演劇を数多く上演するオフィスコットーネは以前から興味を持っており、今作は本多劇場でワタナベエンターテインメントと共同創作ということでキャストも豪華だったので観劇することにした。
自分自身が物理学を専攻していた時代もあったので、脚本として非常に興味を惹かれたというのも観劇の決めて。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

舞台は精神疾患を持つ患者たちが長期療養をする「桜の園」というサナトリウム。ある日このサナトリウムで、看護婦が電化製品のコードで絞殺されるという事件が発生する。物語は、絞殺された看護婦を取り巻いて、警察たちが事情徴収する現場から物語は始まる。
看護婦を殺した犯人は皆分かっている、殺された看護婦が面倒を診ていた精神疾患を持った物理学者のエルンスト・ハインリヒ・エルネスティ(中山祐一朗)である。しかし彼は療養中の身であるが故に逮捕することは出来なかった。取り調べをしていた警部のリヒャルト・フォス(坪倉由幸・我が家)は、犯人は見つかっているのに逮捕出来ないこの状況に腹を立てていた。
そしてこの「桜の園」では、以前にも看護婦がカーテンの紐で殺害される事件が起きており、その時は犯人が同じくこのサナトリウムで療養中である物理学者のヘルベルト・ゲオルク・ボイトラー(温水洋一)だった。彼も療養中の身であるため、犯人であると分かっているにも関わらず逮捕出来ずにいた。エルネスティは、看護婦を殺した直後であるにも関わらず優雅にヴァイオリンを弾いている。

看護婦の遺体が運ばれ、一人取り残されたリヒャルトの元へヘルベルトがやってくる。彼はニュートンだと自称しながらウイスキーを飲む。彼はいきなりアインシュタインに成り代わって特殊相対性理論の素晴らしさや、扉に「E=mc^2」のシンプルな数式を書いて、いかに相対性理論が素晴らしいものかを説いて立ち去る。
次に「桜の園」の院長であるマティルデ・フォン・ツァーント(草刈民代)がやってくる。リヒャルトは彼女にこのサナトリウムがいかに危険な場所であるかを訴えるが、彼女は殺人を犯した二人に共通することは「放射線物理学」を研究していたことを取り上げ、それが殺害に至った原因であると主張する。一方で、このサナトリウムにはメービウスという療養中の物理学者がもう一人おり、彼は殺人を犯すほどイカれてはいないので、別の棟に移ってもらうことを考えていた。

リヒャルトが立ち去り、院長の元にメービウスの元妻であるリーナ・ローゼ(川上友里)と再婚相手であり宣教師のオスカー・ローゼ(ノゾエ征爾)、そしてリーナとメービウスの子供であるアードルフ(竹口龍茶)、ルーカス(花戸祐介)、カスパー(鈴木真之介)がやってくる。
リーナは夫のオスカーが仕事の関係でマリアナ諸島に移住することになり、メービウスとは生き別れになってしまうと思うので、最後に彼に会いに来たと院長に告げる。院長は彼女らとメービウスとの面会を許可し、メービウス(入江雅人)を連れてくる。
メービウスはだいぶ認知症?が進んでおり、ローゼのことをよく覚えていなかったり、子供たちを子供と認識していなかったりした。子供たちはそれぞれに将来の夢を語るが、カスパーが「将来物理学者になりたい」と言うと、メービウスは顔色を変えて「物理学者なんかになるんではない!」と叫びだす。メービウスは自分が物理学者になったからこそ、今のような苦しい状況に陥ってしまったのだと、物理学者の道を進んだ自分の人生を後悔しているようだった。
そこからメービウスは機嫌を損ねてしまって、ローゼ一家に怒りをぶつけ始める。子供たちはメービウスの怒りを鎮めようとリコーダーの演奏を始めるが、むしろ逆効果だったのでローゼ一家はメービウスに追い出されてしまう。

一人残ったメービウスの元に、看護婦のモーニカ・シュテットラー(瀬戸さおり)がやってくる。モーニカはメービウスに男性として魅力を感じていて結婚して欲しいと申し出る。
しかしメービウスは、自分のような狂った人間と一緒にならない方が良いと、自分を好きになることを諦めるように説得する。それでもモーニカはメービウスを諦めることが出来ないと言う。
メービウスとモーニカは抱きしめ合うが、そのままメービウスは彼女の首を素手で絞め殺してしまう。

ここで幕間に入る。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/445972/1666343


モーニカの遺体を囲んで、また殺人事件が起きたのかといった素振りで、警部のリヒャルトや警察官たちが状況を傍観する。
そしてまたしても物理学者が看護婦を絞殺したとして、リヒャルトは今回ばかりは吹っ切れてしまっていた。リヒャルトは院長に語る。警部の使命は正義を貫くこと、犯罪を犯した者を捕まえ罰を与えることを正義として仕事を進めてきた。しかし、今回の事件では犯人は見つかってすぐそこにいるのに逮捕することが出来ない。自分たちには対処できないことだと。
リヒャルトは去っていく。

メービウスが一人居る所へヘルベルトがやってくる。ヘルベルトは彼に自分はニュートンでもアインシュタインでもなく、キートンという物理学者であることを名乗る。彼はスパイとしてこの療養施設に潜り込んだのだと。
そこへエルンストがやってくる。彼はどうやら別のスパイ組織から潜り込まされた人間らしく、ヘルベルトと対立し、お互いピストルを向け始める。
ヘルベルトは自分の科学に対する持論を展開する。下手側の扉を黒板のように使って文字を書く。科学は自由であるべき、パイオニアであるべき、責任に縛られてはならないと。一方でエルンストも持論を展開する。上手側の扉を黒板のように使って文字を書く。科学は責任を全うすべき、政治と共に歩んでいくべきだと。
しかしメービウスは、どちらの意見も否定し、中央の扉を黒板のように使って文字を書く。科学は「進歩」することこそが一番重要であると。まず第一に科学によって人類が滅んでしまっては無意味である。それが自由を追求するあまりであったり、政治に利用されるが故であったら尚更。人類が存続出来ることを第一条件として、人類を進歩させるべきものでないといけないと。
互いの持論がぶつかり合い、ヘルベルトとエルンストは天井に向けてピストルを発砲する。

3人の物理学者が部屋にいる所へ、院長がやってきていきなり鋭い言葉で彼らを拘束する。そして鉄格子の部屋へ閉じ込めてしまう。物理学者たちは危険過ぎる。危険であるが故にこの療養施設から外に出すことは出来ないと。メービウスは一番狂っているのは院長自身ではないかと訴える。
3人の物理学者たちは、鉄格子の中でワインや高級料理を食し、ヘルベルトはニュートンを、エルンストはアインシュタインを、そしてメービウスはソロモン王を名乗りながら穏やかに暮らした。
ここで物語は終了。

改めてストーリーを振り返ってみると、物凄く風刺を聞かせた脚本だなと改めて脚本の素晴らしさを感じ取ることが出来た。
科学っていうのは素晴らしいもので魅力を感じる。しかし、科学の進歩の行き過ぎ、というか間違った方向に科学を向かわせてしまうと危険なものになってしまう。3人の物理学者たちが看護婦を殺したものの、警察によって裁くことが出来なかったように、核兵器によって大量の殺人が起こってもそれを裁くことが出来ない。
そんな危険な科学という存在を、鉄格子の中に閉じ込めて社会に触れさせないようにしよう。そういう制裁を下せる院長、つまりは政治的権力はもっと危険なものなのかもしれない。
詳しくは考察パートでも述べることにする。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/445972/1666350


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

非常に落ち着いた雰囲気のある舞台美術だった。風刺劇としての魅力の詰まった舞台作品といった感じ。
舞台装置、照明、音響、その他演出についてそれぞれ見ていく。

まずは舞台装置。以外にも舞台装置はそこまで豪華なものではないのだが、それが物語後半になって非常に重要な意味を示すことになる。
ステージ全体が木造で出来た縦に細い棒のようなものに囲まれていて、下手、上手、ステージ中央奥にそれぞれ木造の扉が設置されている。役者たちはこの扉を使ってデハケも出来るし、この細い棒の隙間からステージ上へ入ってくることも出来る。そして細い棒と書いてしまったが、物語後半でこれは鉄格子であることが判明する。物語の展開が全て鉄格子の中で行われていたことを暗示する。
この鉄格子の舞台装置に関して、私は最初は大層豪華なサナトリウムが舞台設定なので、なぜ壁を豪華に作らず細い棒のような簡素な舞台装置で済ませたのだろうと疑問に思っていたが、それは演出のうちだったということに気が付き納得した。素晴らしい演出。
また舞台上には、下手側に食卓と椅子がいくつか用意されていて、上手側にはソファーとお茶が用意された小さな卓が置かれている。また豪華でおしゃれなスタンドライトも置いてある。
さらに舞台中央上部には、額に飾られた油絵の肖像画も吊り下げられていて、舞台終盤ではこの肖像画も物理学者の肖像画から軍人の肖像画に切り替えられる。これも何という風刺だと改めて考えさせられる。

次に照明。照明は基本的には黄色のスタンダードなものが使われているが、何箇所か印象に残る照明演出があったので記載しておく。
一番印象に残ったのは、メービウスとモーニカの二人でのシーンの照明である。凄くモーニカが映える照明で、モーニカがメービウスに対する想いを語るシーンで彼女にスポットが当たる演出は、凄くロマンチックに見えて素敵だった。
また、物語後半の3人の物理学者たちが鉄格子に囚われてしまった時のシーンで、照明が白く照らされる感じが牢獄っぽさが出ていてよかった。白く冷たい照明、そしてそれに照らされる警察官が格好良かった。
あとは、メービウスとローゼ一家が対面するシーンで、メービウスが「ソロモンが!」とソロモン王になりきるシーンで薄暗くなるあたりが、不気味には感じるのだがユーモアも効いていて印象に残っている。

音響は、物語序盤と幕間後直後に流れているピアノとヴァイオリンの演奏が雰囲気を作っていて素敵だった。知っているクラシック音楽が流れると心が和む。
ただ、そのヴァイオリンの演奏をしているのがついさっき人殺しをしたエルンストであるという点がまた面白い。これは、風刺劇的な面白さ。こういう上品なコメディは本当に良い。

その他の演出でいうと、まず挙げたいのが3箇所の扉が黒板のように文字を書くことが出来るようになっている点である。これってどうやって公演ごとに準備しているのだろう。吹けば消えるような素材になっているのだろうか。でないと毎公演ごとに扉を用意しないといけないので難しいだろう。
物語序盤で、中央奥の扉にヘルベルトが「E=mc^2」と書いてそれが終盤まで残るというのが非常に良い。この数式が全てを物語っている、支配している感じが出ている。
そこから更に物語後半で、3人の物理学者の主張が扉に書かれていくのが非常に面白かった。ヘルベルトを演じる温水さんは非常になぐり書きするような書き方、エルンストを演じる中山さんは丁寧に文字を書く感じ。そしてメービウス演じる入江さんは文字少なめ、それぞれ字体にも特徴が現れていて好きだった。
それ以外の演出で目立ったのは、タバコを吸うシーンが多かったことだろうか。私が観劇した席が割と前方だったのでマスクをしていてもタバコの煙を十分に嗅ぐことが出来た。それが舞台の世界観へと上手く誘ってくれたし生の演劇を感じた。またリヒャルト演じる坪倉さんのタバコの吹かし方が非常に上手い。加え方とか、凄く警部というオーラを良い意味で感じさせてくれた。
あとは、物語終盤のヘルベルトがナイフを扉に突き刺す演出だろうか、凄く印象には残った。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/445972/1666344


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

今作はワタナベエンターテインメントがプロデュースする公演ということもあり、非常にキャストが豪華である点も魅力の一つ。そして皆演技が素晴らしい。
特筆したいキャストに絞って紹介する。

まずは院長のマティルデ・フォン・ツァーント役を演じていた草刈民代さん。彼女の演技を拝見するのは初めてだったが、非常に力の入った演技が印象的なんだけど、ローゼの子供たちがやってきた時には優しく穏やかになるギャップが、細かい部分だけど素敵だと感じた。
今回はかなり役として確立されていたので、もっと違った役でのナチュラルな演技を観てみてみたいと感じた。

次にヘルベルト役を演じた温水洋一さん。温水洋一さんの演技を拝見するのも初めてだったが、要所要所の笑いを取りに行く姿勢が良かったかなという印象。
例えばアインシュタインになりきった時の舌出しだったり、扉に文字を書く時の書き方が大雑把だったり、大胆な演技が多くてそこが非常に印象的だった。

個人的に凄く良かったと感じたキャストさんは、警部・リヒャルト役を演じたお笑い芸人我が家の坪倉由幸さんと、メービウス役を演じた入江雅人さんと、看護婦のモーニカ・シュテットラー役を演じた瀬戸さおりさんである。彼らについて詳しく書いていく。

まずはリヒャルト役の坪倉さんから。彼の演技を生で拝見するのは初めてだが、我が家としてショートコントを何回も観ているので演技の特徴はなんとなくイメージつくと思っていた。
しかし全然予想とは違って、かなり風格のある警部役を演じきっていて今までのイメージとギャップはあったのだが、非常にハマった役で素晴らしかった。
リヒャルトは割と前半に登場するシーンの多いキャラクターだが、序盤で登場していきなり物語の世界観をしっかりと作ってくれる。佇まい、オーラ、そして堂々としながら場を切り盛りしていく感じ、凄く男らしく格好の良い警部である。タバコを吹かせるあたりも凄く良かった。味のある警部だった、帽子を被る感じも好きだった。口ひげも似合っていた。
背の高い印象は元々あったのだが、あそこまで体格が良いとは思っていなかった。警部に似合う体格だった。
坪倉さんの演技は、またこういった感じで男らしい芝居を観たいと思う気持ちもありつつ、もっと違ったキャラクターとしての役も観たいと思った。

次にメービウス役を演じた入江雅人さん。入江さんはgood morning N°5の「どうしようもなくて、衝動」を観劇した際に初めて知り、コメディをやるような風貌に見えないけどめちゃ殻を破ってコメディを演じられちゃう役者だと感じて、そこからお気に入りの役者の一人になった。その後の劇団KAKUTAの「往転」では、今度は真逆で真面目な夫役を演じきっていて、凄く幅広く役をこなせる俳優なんだと実感してますます好感が持てた。
その後のgood morning N°5の「ただやるだけ」でも演技を拝見して、今回は4度目の入江さんの演技を拝見することになったのだが、今回はコメディな演技と真面目な演技の両方を観られた感じがあって大満足だった。
登場する際の認知症的な役で入ってくるシーンは、いい年したおじさんが子供のように甘えた感じで演技している点に非常にギャップとして魅力を感じる。子供のように「ワーワー」言ったり、暴れてみたり、そういった演技一つ一つが凄く観ている側を惹きつける魅力があると感じた。
ただ後半のシーンでは一変して、ヘルベルトやエルンストと共に科学とは何かについて熱く議論する。そこには論理的な説得力というよりは、むしろ情緒的に働きかけてくる訴えを感じた。そこがまた良かった。
入江さんは本当に何度見ても素晴らしい役者だと思う。また演技を観たいと思う。

最後は、メービウスを好きになってしまう看護婦モーニカ役を演じた瀬戸さおりさん。彼女はワタナベエンターテインメント所属の女優で、演技は初めて拝見する。
今回の観劇でまた新たな素敵な女優に出会えた感覚。凄く生命力を感じてピュアな演技に自分自身の心が洗われた感覚だった。
モーニカは幕間入る直前のメービウスとのシーンにのみ登場するのだが、このシーンがとにかく今作としては非常に異質なシーンで、なんとういか風刺劇という感じではなく、ラブストーリー的な展開になるのである。でもその他のシーンとのギャップが素晴らしくて、そこを彼女がしっかり作っていたという印象。
若き看護婦にありそうな、本気で男性に恋してしまうような感じ。動き回ったり、椅子の上に立ち上がってみたり、本当に夢見るピュアな女性といった感じで非常に魅力的。その彼女がメービウスの手によって殺されてしまうというのだからショッキングだった(展開は読めていたが)。
また彼女の演技は拝見したいと思った。早速、次回出演公演は、二兎社の「鴎外の怪談」なので観劇しに行こうと思う。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/445972/1666351


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ストーリー・内容パートでも少し触れた、この脚本が訴えているメッセージ性と、この脚本がなぜ今上演されたのかについて考察していきたいと思う。

この作品は、1961年にスイスの劇作家フリードリヒ・デュレンマットによって書かれた戯曲である。まだ第二次世界大戦が終わって十数年しか経過していない世界。原子爆弾が開発されて大戦で利用され、これ以上科学が進んでしまうと人類滅亡にも繋がりかねない非常に緊迫した世界情勢。そのような中に、今回のような科学と政治を風刺する作品が生まれたというのは非常に納得がいく。
個人的に面白いなと感じた点は、科学と政治的権力というものが作品の中で上手く風刺として置き換えられている点である。科学の象徴は精神疾患を持った物理学者たちである。政治的権力の象徴は院長である。院長は物理学者たちを鉄格子の中に閉じ込めて、外の世界へ出られないようにしてしまった。それは、物理学者たちが3人の看護婦たちを殺害したにも関わらず、彼らは警察によって裁きを受けられないからである。これは、科学によって人類を大量に殺害出来てしまう原子爆弾が作られてしまったため、科学は危険なので政治がアンダーコントロール出来る配下に置いておこうという現実世界を表現していると捉えられる。
ヘルベルトとエルンストとメービウスの各々の科学に対する主張は非常に面白い。3つを聞くと、たしかに人類を滅亡させることなく正しい方向へ進歩させていくことが重要という、メービウスの主張が一番説得力があり惹かれる内容だと感じる。
決して自由気ままに推し進めたり、政治に則って推し進めるべきではないのだと。

この作品が1960年代に世界でヒットしたことは大いに頷けるのだが、それをなぜ今上演しようということになったのだろうか。
まずは、この脚本が訴えているメッセージ性がいつの時代も変わらない普遍的な内容であるということだ。

科学というものは非常に強大なパワーを持っている。科学の始まりをエジソンによる電球の発明からだと捉えるのであれば、たった数百年で人々の暮らしは桁違いに変貌し、便利になった。
しかし、その反面として科学は人々を危険にも陥れてきた。その最たる例が核兵器かもしれないが、自動車の普及による交通事故、もしくは飛行機事故、チェルノブイリや福島に代表される原子力発電所の事故など沢山存在する。
そして今も新たに科学の発達によって生み出されてしまった危険というものが生まれている。

公演パンフレットの今作の演出を務めたノゾエ征爾さんの挨拶には、モンハンによってゲームに没頭させられたり、iPhoneという便利なサービスによって熱中させられて奪われた時間を恨んだりするようなコメントが書かれていたが、まさに科学の力によって我々人類は踊らされているような部分を感じられる。
踊らされるだけであるのならばまだ救いはあるのだが、人命に関わってくる話になると別である。

昨今、科学の力によって責任の所在のない人命の剥奪は様々な箇所で起きている。
例えばSNSによる誹謗中傷によって自殺した人々、そういった誹謗中傷を投稿する人間がいけないのかもしれないが、全ての責任がそこになるとは言い難い。
それから、AIの発達による自動運転による死亡事故もそうである。技術が発達したが故に生まれた死因であり、責任の所在がないものである。
そして今ホットな話題といったら、新型コロナウイルスのワクチンではないだろうか。これは、非常にエルンストが唱えていた科学は政治に基づいて責任を負うべきという論調に近い風潮があるようにも思える。もちろん自身は反ワクチンではないものの、社会的な圧力によってワクチンを打たざるを得ない環境が出来上がっており、ワクチンを打つことに関して僅かながらのリスクが存在する。

科学の力に多くを頼らなければならなくなった現代社会によって、我々は科学をどう捉えたら良いのかについて、今一度問い直すよい機会になった気がする。

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【写真引用元】
ステージナタリー
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