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舞台 「いつぞやは」 観劇レビュー 2023/09/09


写真引用元:シス・カンパニー 公式Twitter


公演タイトル:「いつぞやは」
劇場:シアタートラム
企画:シス・カンパニー
作・演出:加藤拓也
出演:平原テツ、橋本淳、夏帆、今井隆文、豊田エリー、鈴木杏
期間:8/26〜10/1(東京)、10/4〜10/9(大阪)
上演時間:約1時間45分(途中休憩なし)
作品キーワード:会話劇、劇中劇、闘病、ヒューマンドラマ、青春
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


今年(2023年)の3月に第67回岸田國士戯曲賞を受賞した、若手で今最も勢いのある劇作家と言っても過言ではない「劇団た組」を主宰する加藤拓也さんの新作公演を観劇。
今回は「劇団た組」の公演ではなく、「シス・カンパニー」がプロデュースする舞台公演で加藤さんの新作が上演された。
加藤さんの作・演出作品を観るのは、『もはやしずか』(2022年4月)、『ドードーが落下する』(2022年9月)、『綿子はもつれる』(2023年5月)に続き4度目であり、加藤拓也さん演出で海外戯曲『ザ・ウェルキン』(2022年7月)も「シス・カンパニー」のプロデュース公演として観劇している。
本来今作の主人公である一戸役は窪田正孝さんが演じられる予定だったが急遽降板となり、代役として平原テツさんが出演されることになったということも話題となった。

物語は、東京で演劇の脚本と演出をしている松坂(橋本淳)と、大腸がんのステージ4を患っている一戸(平原テツ)、そして彼らの友人である演劇仲間たちの日常会話劇。
松坂が脚本演出家として舞台を上演し、その終演後に久しぶりに一戸が現れる。
一戸は、大腸がんのステージ4であることを松坂に伝える。
友人の突然の重篤疾患を聞いて上手く反応出来ないでいた松坂は、同じ演劇仲間である坂本(今井隆文)、小久保(夏帆)、大泉(豊田エリー)も呼んで久しぶりに会うことになり、5人で演劇公演を打つことになる。
一戸は抗がん剤治療が辛かったので、治療をやめて民間療法に移り、だいぶ楽になって松坂たちと一緒に出演する演劇に勤しんでいたが...というもの。

加藤拓也さんの作演出作品は、人間関係やキャラクター設定を非常にリアルに描くことで、登場人物が持つ人間としての残酷さや分かり合えなさを表現するのが上手くて、それによって観客は何度も心を抉られてきた。
しかし今作は、過去作の『もはやしずか』や『ドードーが落下する』などと比べると非常にマイルドで、加藤さん作演出作品にしては時々客席から笑いが聞こえるほど(といっても勿論コメディみたいにいつも笑える訳ではない)比較的柔らかいテイストで仕上がっていた。

それは良いのだが、どうも私個人としては過去作と比較すると物足りない部分もあって、1時間45分のお芝居に後半のヒップホップなシーン以外に起伏があまり見られなくて引き込まれにくかったというのと、舞台セットが無機質で抽象的なので、そこから解釈の余地が広がるような仕掛けは沢山あるのだが、いまいち自分の中で解釈が広がっていかなくて、そういった点も自身の満足度を下げていた気がする。
また、今作のテーマは私的には演劇を創作することの加害性と救済なのかなと思っていたが、全部のシーンがそこに繋がっていかなかったので、描きたいものも発散しているように感じて、普段の加藤さんの戯曲ほど巧妙だとは思えなかった。

ただ、ステージ上で繰り広げられる日常会話は物凄くリアルで、役者陣の演じ方も非常にナチュラルで、それだけでも見応えのあるシチュエーションが創られていて素晴らしかった。
特に、松坂が創作して一戸たちが演じる劇中劇のシーンがあるのだが、いかにもアマチュアっぽい演技を演じるという上手さや、友人たち同士で談笑しながら日常会話をナチュラルに繰り広げていくシーンによって、観客側もその会話を一緒に聞いて楽しんでいる気分にさせられて楽しかった。
また、急遽代役として主人公の一戸役を演じた平原テツさんの、一戸のハマり役感も凄かった。平原さんが演じていても全然違和感がなかったし、最初から平原さんが主役だったのではと錯覚するくらい舞台の完成度も高かった。
ただ、窪田正孝さんも役作りで減量したり髪を短くしていて面影を感じたので、窪田さんの一戸役も観てみたかった気持ちもあった。

良い歳になっても演劇活動を細々とやっている大人たちの日常劇なので、社会人をしながら演劇活動をしている人にとってはきっと刺さる内容なのではないかと思うし、私以上に色々深く考えさせられるポイントも多いだろうと思うのでお勧めしたい。
もちろんそうでない方にも観て頂きたい作品で、シリアスなヒューマンドラマが苦手でも今作は楽しめるのではないかと思う。

写真引用元:ステージナタリー シス・カンパニー公演「いつぞやは」より。(撮影:宮川舞子)


↓戯曲掲載

↓ダイジェスト動画





【鑑賞動機】

岸田國士戯曲賞を20代で受賞してしまうほどの若手実力劇作家の新作公演だったから。加藤拓也さんの新作公演は、『もはやしずか』から欠かさず観ている。
また、私が観劇チケットを予約した段階では窪田正孝さんが主演を務めるというのも気になっていたポイントで、加藤さんの作品に窪田さんが出演されるとどういった化学反応が起こるのか楽しみにしていた節があった。結局は、そちらに関しては叶わなかったが、平原さんは好きな俳優さんですし、加藤さんの作品ではいつも安定した演技をされているので、面白いこと間違いなしと思い観劇に臨んだ。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、戯曲が掲載されている「悲劇喜劇」を読んでいないため、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

ステージ上にアンサンブルキャストがぞろぞろと登場する。皆カラフルな私服を着ている。
客席後方から、飴を観客に配りながら松坂(橋本淳)がやってくる。そしてステージ上に登場する。松坂は、SNSのアカウントで亡くなった友人をフォローしているが、そのアカウントを辿れば亡くなった友人との会話の履歴が残っていて、もう死んでいるのにまるでまだ生きているかのように感じると言う。
松坂が出演する演劇が終演して、ステージ上にいたアンサンブルキャストが捌けていく。アンサンブルの中には、坂本(今井隆文)、小久保(夏帆)、大泉(豊田エリー)も紛れていて、一番最後に捌けていく。

松坂の元に一戸(平原テツ)がやってくる。松坂と一戸は友人同士だが久しく会っていない様子だった。一戸は松坂に呼ばれた訳でもなく、松坂の演劇を観にきていた。一戸は、演劇面白かったと言いながらクシャクシャのチケットを取り出し、クシャクシャじゃんと松坂に突っ込まれる。
一戸は自身の近況を松坂に伝える。一戸は演劇をしなくなってからエアコンの業者として働いたが、急にお腹が痛くなってしまって病院へ行き、盲腸か何かだと思っていたら大腸がんのステージ4を宣告されたのだと言う。松坂は、突然のステージ4のがんというのを聞いて、一戸に対して薄いリアクションを取ってしまう。その薄いリアクションに、一戸はショックであることを告げる。

松坂は親友の坂本と話す。一戸は大腸がんのステージ4になってしまったと聞いたのだが、その時は薄いリアクションしか出来なかったと。坂本も、変に心配したリアクションをするのもなんか違うじゃないかと松坂を励ます。
そこに、小久保と妊娠中の大泉と一戸が揃って、演劇をやっていた仲間同士で会うことになる。最初は、一戸が禿げてきたことをみんなで馬鹿にし合っていた。坂本から、今日は一戸がみんなに伝えたいことがあるそうだと前振りをする。しかし、一戸はこのタイミングで言うのは違うからと言うのを避けようとしたが、流れ的に言う羽目になっていまい、ステージ4の大腸がんであることを告げる。そして、大腸を一部切断したのだと、ポケットから大腸の一部を取り出す。小久保と大泉はこれは本当なの?と半信半疑だったが、徐々に小久保は一戸をガチで心配するようになる。
しかし、5人のふざけた雑談で一戸の大腸がんの話は流れてしまって、小久保が結婚することになった話に切り替わる。そこから、ひょんな会話から大泉の頭を坂本がビンタすると見せかけて自分の手を叩くといったふざけ合いをしていた。
坂本は一戸に、今度松坂が客席15席くらいの小さい場所で演劇をするのに参加するんだけれど出演しないかと誘われる。一戸は、その坂本の誘いを受ける。

松坂が客席15人くらいの会場で演劇をやる日になり、その会場にて。松坂と一戸がいて、松坂はステージをセットしている。
一戸は、抗がん剤治療をしていたが非常に辛い毎日だったので民間治療に切り替えたのだと言う。松坂は、民間治療って治るのかと聞くと、抗がん剤治療の方が治療には良いがやめた方が楽だったからそうしたのだと言う。そして、一戸はお金もなかったので、自分の自画像を下手側のパネルを回転させて登場させる。観客にこれを観てもらってお金を払ってもらうのだと言う。
坂本、小久保、大泉が揃ってそろそろ本番。小久保は、観客が近くて緊張すると言う。一戸も演劇をやるのは久々だから台詞が飛んでしまいそうだと言う。
会場は開場して、お客さんが入ってきているようで、松坂は観客に飴を配って歩いている。
音楽がかかって暗転して、本番になる。シーンは先日5人で日常会話をしていた場面で、一戸が大腸がんのステージ4を告げる話。ぎごちない形で会話は進んでいくが、途中で一戸の台詞が飛んでしまって、それをなんとか他のメンバーでフォローする。そしてなんとか無事、坂本が大泉の頭をエアーで叩くおふざけをして終わる。

終演後、松坂と一戸は二人で話している。松坂は、一戸が大腸がんのステージ4になったのをきっかけにして、それを題材に演劇を創作しようと思ったという。
一戸は、演劇が終わったので地元の青森に戻ると言う。がんのこともあるから実家で療養するのだと言う。プログラミングを習って、ホームページとかを作る仕事に就きたいと言う。松坂は、プログラミングってそんなに簡単に習得出来るのかと疑問に思う。一戸は、プログラミングを身につければ在宅で勤務が出来そうと前向きである。

一戸は青森に戻って、坂本や松坂たちとオンラインで会話をしている。一戸は一度はプログラミングスクールに行き始めたものの、あれは頭が良くないと習得出来なくて自分には無理だと放棄してしまったようであった。そのため、オンラインスクールの費用だけは払い続けているみたいである。一戸は今は、母親と二人で実家に暮らしていると言う。
松坂の方は、小久保が結婚して旦那が小久保の演劇活動を続けることに反対していて、その上親の面倒を見ないといけなくなっているから演劇が出来なくなっていると言う。大泉も子供が生まれて忙しいと。
一戸は、この会話も音声でデータとして残ってしまうから静かにと言って、麻薬を育てていることを伝える。松坂と坂本も驚く。

一戸は腰の曲がった母を連れて買い物に出かける。その道中で子供を連れた高校時代の同級生である真奈美(鈴木杏)に出会う。真奈美も一戸もびっくりする。一戸がてっきり東京にいると思っていたのもあって驚いていた。一戸は、真奈美に大腸がんのことやなんで青森に帰ってきたかを伝える。
そこから一戸の東京での暮らしを真奈美に伝える。東京で演劇をやっていて、そこで素敵な仲間たちに出会ったから真奈美にも会わせたいと。青森に戻ってきてからも、青森で演劇活動をしている劇団があるから、そこに入って活動したいと言う。真奈美は、そんな劇団あるのだと言う。そして、真奈美が結婚して子供を産んで育てている姿を見て、自分はやりたいことを沢山やってきたはずなのに、まだまだ挑戦出来ていないことが沢山あることに気がついて、それを全部やっている真奈美が羨ましいと言う。真奈美はシングルマザーだった。

意気投合した一戸と真奈美は、真奈美の家に案内される。そして、鍋物を振る舞ってもらう。一戸は美味しそうに食べる。
真奈美は子供の迎えがあるからと言ってその場を去る。その間に、一戸は大麻を嗅ぐ。そして良い気分になったタイミングで、下手側のパネルを叩く、するとビートを刻む音が聞こえてくる。もう一度叩くと止まる。再び叩くと同じ音楽がかかる。そうやって音楽をかけてディスコを楽しむ幻影に浸る。
そこには、高校時代の学生服の一戸と、セーラー服の真奈美がいる。真奈美と一緒にディスコを楽しむ。しかし一戸は、東京に行くことになったからと真奈美に告げて離れる。すると、一戸の周りには、松坂、坂本、小久保、大泉が現れる。そして一戸は真奈美に東京の演劇仲間を紹介する。
一戸は、カラオケでたまの『さよなら人類』を熱唱する。周囲の人間は空気人形を抱えて踊っている。そしてサビの部分で、舞台セットの収納部分から太陽系の惑星を模ったビーチボールのようなものをステージ上へ投げていく。
暗転。

明転後、ダイニングテーブルの上に一戸は突っ伏している。そこへ真奈美が戻ってきて一戸を気遣う。一戸は白いものを吐く。一戸は立ち去る。
真奈美は、ステージ上に散らかった空気人形やビーチボールやゴミ袋を片付ける。そして、先ほど一戸が嘔吐したものも処分する。

松坂と坂本は二人で外食をしていた。一戸は、青森に帰った後、バツ2子持ちの高校時代の同級生と結婚したことを噂する。余命いくばくもないのに、相手はよくOKを出したよなと言う。坂本は、この前青森で一緒に温泉に入りに行って、その時は元気だったけれど今はかなり病状が悪化してヤバいらしいと言う。
そこへ坂本に電話がかかってくる。坂本は電話を取ると、話を聞きながら泣き始めてしまう。そして、今丁度松坂と一緒にいますと、松坂に電話を変わる。松坂は電話を取ると、最初は冷静に話を聞いていたのだが、徐々に一戸との思い出話を語り始めて泣き始める。そして、そのまま一戸のSNSはフォローし続けたままで、その会話の履歴を見ると彼を思い出すと冷静になって話始め、それを原稿に書き記すのだった。
カットアウトで暗転して上演は終了する。

ラストシーンでも明らかな通り、橋本淳さんが演じている松坂というのは、加藤拓也さん自身をモデルに描いているのかなと思った。そう解釈することで、今作は劇作家というのは、人の人生を拝借して芝居を創作して自分の名声と資産にしているという、創作者の加害性的な部分を描きたかったのかなと思った。
友人が大腸がんのステージ4になって、一緒に最後はやりたいことをやろうと、演劇をやってかつて好きだった女性と結婚してこの世を去っていく。側から観たら、とても心動かされるエピソードで泣けてくる。だからこそ、それを創作に出来るのではないかという創作者のサイコパス感を感じた。
だからこそ、この一戸のモデルになっている人も、実際に加藤さんの身の回りにいるのかななんて思った。エピソードとしてはなんとも心動かされる内容だけれど、どこか現実でありえそうな展開である。誰かの感想でも書いていたが、青森で活動する劇団って、畑澤聖悟さんの「渡辺源四郎商店」かもしれないとも思った。
演劇というものは、そうやって人の不幸やエピソードを題材にしてエンタメや芸術としてサイコパスにも消化されてしまうのだという残酷性がラストシーンで際立っていた。
一方で、やりたいことを色々やっている一戸の、死を目前にしているがどこか幸せそな姿は、東京に出て演劇をやってきたからかなと思えて、加藤さんの戯曲にしてはかなり救いも見受けられる脚本だと感じた。何もなければ、ただただ死を待つだけでしかなかった一戸が、演劇仲間と一緒に芝居を創って演じて、充実した時間を過ごせたのは演劇のおかげかもしれないと思えたり、大麻を吸って過去の自分の人生を気持ちよく走馬灯のように振り返った時に、強く登場するのが真奈美と演劇仲間たちだった。そういう意味では、人生に彩を与えてきたのは演劇だったとも捉えられるので、演劇の残酷性も示しながら、演劇の肯定的な側面もふんだんに感じられて、現実世界は捨てたもんじゃないと希望を持てた作品でもあった。

写真引用元:ステージナタリー シス・カンパニー公演「いつぞやは」より。(撮影:宮川舞子)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

加藤拓也さんの演劇作品でもお馴染みで、今年(2023年)の読売演劇大賞中間選考でスタッフ賞に選ばれた山本貴愛さんの美術というのもあって、無機質でシンプルな舞台美術なのだけれど、とてもユニークで照明によるカラフルな色彩を際立たせる演出が見事だった。加藤拓也さんの作品らしい形を残しながら、新しい美術というものに挑戦している姿勢を感じた。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージ上は客席を除いた三方位は正方形の無機質なグレーのパネルを敷き詰めたような壁面で覆われていた。そのパネルは所々回転出来るような作りになっており、下手側のパネルの一つは回転すると一戸の描いた自画像になっていたり、上手側の複数のパネルは下側に蝶番がついて上から下へ開閉できるような仕掛けになっていて、そこには一戸が育てていた大麻が設置されていた。デハケ口は、下手側と上手側に一つずつあって、扉が設置されている。
ステージ上は三方位の壁に沿うように細長い直方体のベンチのようなものがステージに対してコの字になるように設置されていた。そのベンチのようなものも、蝶番がついていて収納のようになっていて、そこから一戸の大麻による幻覚のシーンで使われるゴミ袋や空気人形、銀色の人形の風船が取り出されていた。そして最後は真奈美によって、その収納にしまわれた。
ステージ上はそんな無機質なパネルを敷き詰めた壁面と、コの字形の収納になるベンチに囲われている訳だが、そこにはダイニングテーブル以外は何も存在せずだだっ広い感じ。ダイニングテーブルは押せば摩擦の少なさによって自由自在に引きずることが出来るくらい軽やかに移動させることができる。また、上に昇っても大丈夫なようになっていて、そこに昇って劇中劇が繰り広げられたり、一戸と真奈美のシーンでは真奈美の鍋物が振る舞われたり、一戸が白いモノを嘔吐したりしていた。また、ダイニングテーブルをひっくり返して、それを引きずることで自動車を表現できるのは上手いと思った。
とにかく無機質でシンプルな舞台装置で、山本貴愛さんの舞台美術らしくて好きなのだが、どこか目新しくて印象に残る美術だった。そして、劇中劇や青森でのシーン、大麻による幻覚のシーンなど場面は切り替わるが、それをこのシンプルなセットで巧みに表現していて素晴らしかった。

次に舞台照明について。舞台照明は、舞台セットの無機質な感じをかなり上手く活かしていて素晴らしいと感じた。
舞台照明の秀逸なポイントは今回2つある。一つ目は、普通のシチュエーションなのだけれど、そこにさりげなく入る日差しの照明が秀逸という点である。三方位に囲まれた壁面という舞台セットの構造を活かして、下手側と上手側の両側の天井付近に斜めに光が差し込む照明がとても格好良かった。全然違うけれど、ピラミッドとかに日差しが差し込んで綺麗に光の当たる部分と影になる部分がくっきり分かれるみたいな、メキシコのチチェン・イツァ遺跡で春分の日と秋分の日に綺麗に光が差し込んで計算されている感じのあの神秘さがあるような感じがして好きだった。
もう一つは、一戸の大麻による幻覚のシーンで、非常に舞台セットをカラフルに照らしてポップな舞台空間として演出していた点。舞台セットが無機質だからこそ、そこにガバッとカラフルな照明を当てることで、そこだけ全く演出の違うシーンを作り上げることが出来るのだなと思った。一戸が大麻を吸って幻覚を見るシーンは、紫系の照明によって全体が照らされてグルーブ感のある舞台空間になっていたのだが、これをなんと形容していいか分からないが素晴らしかった。非常にモダンな舞台空間なのだけれど、どこかカラオケボックスの中のようにも、クラブハウスのようにも感じる空間が好きだった。
大麻を照らす怪しげな照明も好きだった。水槽のようだった。
また、ラストのカットアウト暗転も松坂のサイコパス感を際立たせる終わり方で凄く良かった。

次に舞台音響について。
シーン中はあまり音楽がかからないので、基本的には場転中か一戸の大麻のシーンでしか音楽はかからないが、この作風に合っているというのか穏やかなメロディ(幻覚シーンを除いて)に感じられてアットホームな感じがした。これは結構加藤拓也さんの演劇作品では珍しいかもしれない。
一方で、幻覚のシーンのビートを刻むディスコのような音楽は尖っていて好きだった。それまでが結構単調(会話劇的には面白いが、エンタメとして観ると凄く単調)なので、ここで一気に切り替わって飽きさせないような演出にも見られた。
そして、たまの『さよなら人類』がまた良い選曲だった。とても平凡でインディーズな音楽で、加藤さんの作品らしいかというとそうでもないのだが、凄く合っていて初めて知った曲だけれど一瞬で好きになった。歌詞に合わせて木星のビーチボールが飛び出してくる演出とか、「ピテカントロプス」という言葉が耳に残ってなかなか楽しかった。また、平原テツさんがカラオケで歌うからこそ良い味が出ていた気がする。窪田正孝さんが『さよなら人類』を歌っていたらどんな感じだったのだろう。

↓たま『さよなら人類』



最後にその他演出について。
今回は思った以上にユニークな演出は沢山あるのだけれど、なぜそんな演出をしたのか上手く解釈が出来ないものが多かった。もちろん上手いなと感じた演出は沢山あったし、それは今まで述べてきた通りなのだが。
まずは序盤のシーンで、15人のアンサンブルキャストがステージ上に登場する。序盤の劇だけ観客役としてアンサンブルの方が出てきたのに、途中の劇中劇ではアンサンブルキャストは登場しなかった。この演出にはどういった意味があったのだろう。おそらく、最初のシーンだけが現実の時間軸で描かれていて、あとは過去の回想だったからかなとも思うが、それだけではしっくりいかない演出だった。アンサンブルの方に出演を依頼してって結構な手間だし、何か重要なのだろうと考えてしまうが分からなかった。
あとは、一戸の幻覚のシーンで、高校時代にタイムスリップして昔好きだった真奈美とディスコで楽しく過ごしたり、そこに東京の演劇仲間が出てきて夢の中にいるが如く真奈美に演劇仲間を紹介するという一戸の願望を達成するのだが、その時の銀色の人形のバルーンや人形の空気人形が一体何を象徴しているか分からなかった。なんであんな小道具を用意したのか、なぜあれにしたのか聞いてみたい。とてもユニークで記憶に残るのだが意味が知りたかった。
また、それによってステージ上が散らかってしまうので、その後のシーンで真奈美がそれを一人で丁寧に片付けるのだが、そのシーンをかなり長い時間観させられていて何か意味があるのかと疑問に思った。一戸がやらかしたことを真奈美が片付ける。真奈美が一戸の妻になったということの暗示かなとも思うが、もっと何かしっくりくる解釈が欲しい。

疑問には思わなかったけれど素晴らしいなと感じた演出は他にもあって、現実世界と劇中劇の世界を上手く入れ子構造に当てはめて、観客が現実と虚構の境界を錯覚させるような演出が今回は見られた。今までの加藤拓也さんの作品ではそういった演出は見てこなかった気がする。
例えば、5人で友達同士談笑し合うシーンはリアルの世界での話で、それと全く同じシチュエーションを劇中劇で展開したり、一戸の大麻による幻覚のシーンで時間軸を超越したようなシーンが展開されるのも、演劇ならではの技法で演劇の良さを存分に展開する作品に感じた。
あとは、ラストの松坂が電話で一戸の訃報を聞いて涙しながら、徐々に仕事モードになって脚本を書き始めるサイコパス感もシームレスに描いていて好きだった。

写真引用元:ステージナタリー シス・カンパニー公演「いつぞやは」より。(撮影:宮川舞子)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

主人公の一戸役が当初窪田正孝さんであったが、第一頚椎の剥離骨折によって開幕の1週間ほど前に急遽平原テツさんが代役となって出演した。主人公でしかも上演時間のうちのかなりの時間において一戸は出ずっぱりなので、そんな急ピッチの中平原テツさんが代役を何事もなかったかのように熟されていて、まずはそのようなアクシデントに柔軟に対応したカンパニー一同を讃えたい。そして、平原テツさんの一戸役の完璧ぶりもとても代役とは思えないくらいで見事であった。
アンサンブルキャストを除くと、出演者は6人しかいないので、今回は全メインキャストについて記載していこうと思う。

まずは、急遽主人公の一戸役を演じた加藤拓也さんの作品ではお馴染みの平原テツさん。平原さんの演技は、『もはやしずか』(2022年4月)『ドードーが落下する』(2022年9月)『綿子はもつれる』(2023年5月)と3度拝見している。
平原さんの演技の幅の広さにはいつも驚き素晴らしく思っていたのだが、今回も今までとはまた一味違ったキャラクターの役で見事だった。さらに、開幕1週間前に主役を代役として務めるという至難の業も熟されて、もちろん加藤さんとの信頼関係も厚かったからというのもあるだろうが、それでもこれを成し遂げたことに驚くばかりである。事前に代役もあり得ると準備していたのだろうか、そうでもないとなかなか難しいんじゃないかと思う。
今作の一戸は、大腸がんのステージ4の患者。病人であるという役作りもしっかりなされていて、髪の毛はほとんど丸刈りにしていて、体も細くて、そういった役作りもされていて素晴らしかった。窪田さんが最近髪の毛が丸刈りに近くて細身になっていたのは、今作の役作りもあったのだろうなと思う。
一戸のキャラクターとして、そこまで人生の歩み方が器用ではなくて、ずっと好きなことをやって中年になってしまった。だからお金もなくてずっとエアコンの業者をやっていたが、大腸がんのステージ4になって死が間近であるという人生を送っている。それでも、友人に会いに行ったり終始朗らかで前向きなキャラクター設定は、非常に平原さんにハマり役で、その点においても代役であることを全く感じさせなかった。
一戸を見ていると、末期がんであるにも関わらずどこか幸せそうにも感じる所がこの作品の良い所。誰もが末期がん患者と聞くと、だいぶヤバいと感じると思うだろうが、それをあまり感じさせず、むしろ素敵な演劇仲間や幼馴染に囲まれて死ねるって結構幸せなことなのかもと思ってしまうくらい良かった。
この役を窪田さんが演じていたらどんな感じだっただろう。また一味違って観てみたいとも思ったが、私は平原さんの一戸でとても満足だった。

次に、演劇の作演出をやっている松坂役を演じた橋本淳さん。橋本さんも加藤拓也さんの作品ではお馴染みで、『もはやしずか』で拝見している。
今回の松坂というキャラクター設定は、どこか加藤拓也さん自身を投影しているかのような劇作家の役だった。唯一違う点といったら、加藤さんは売れっ子の劇作家だが松坂は売れていない劇作家、むしろ過去の売れる前の加藤さんといったら良いのだろうか。
とても朗らかで優しいのだが、途中途中劇作家としてのサイコパスな一面を醸し出してくる感じが凄く良い。松坂はずっと劇作家をやり続けていて、基本的には演劇をどう継続するかという観点での話が多いことから、優しさと思いやりはあるけれど、作劇に対してどこか貪欲な感じが垣間見られる。そしてその貪欲さが、ときには彼をサイコパスにする。それを演劇的に秀逸に描いていて好きだった。また、今回もそういった一見優しそうだけれどコイツヤバいみたいな男性を橋本さんが演じていて良かった。加藤さんの作品には、どこかにかならずこういった男性を忍び込ませるが、今作でもここにいた。

次に、坂本役を演じた今井隆文さん。今井さんも加藤さんの作品である『ドードーが落下する』で演技を拝見している。
キャラクターとして坂本は本当に好きだった。あのクズっぽさといったら言い方が悪いけれど、ダラダラと演劇をずっとやってきて中年になってしまっただらしない感じが凄く良かった。今井さん、ちょっと痩せた印象があってそれも以前よりもイメージが変わった感じがあった。

次に、大泉役を演じた豊田エリーさん。豊田さんは、加藤拓也さん演出作品『ザ・ウェルキン』(2022年7月)で演技を拝見しており、それ以外にもイキウメの『天の敵』(2022年9月)でも演技を拝見している。
豊田エリーさんの笑顔にはいつも惹かれてしまう自分は良くないが、とてもマタニティウェアも似合っていて今回も素敵な役だった。もっと出番があっても良かったのにと思うほど。
演劇仲間の小久保や坂本たちと楽しそうに話す感じは、単なる日常会話なのだけれどずっと観ていられる不思議な魅力があった。素晴らしかった。

あとは、真奈美役を演じた鈴木杏さんはシルヴィウ・プルカレーテさん演出の『真夏の夜の夢』(2020年10月)以来の久々の演技拝見だったが、今作に出演する他のキャストと見比べると非常に頼もしい感じの女性に見えて素敵だった。たしかに青森の田舎で子育てをしていそうな強そうな女性がハマり役だった。鈴木さんの演技のイメージがだいぶ変わった気がした。
小久保役を演じた夏帆さんは、私は舞台で演技を観るのは初めてだったが、豊田エリーさんとはまた違った女性キャラクターで、演劇に出演するとすぐに緊張しちゃうみたいなリアルな感じに凄く親近感を感じられて好きなキャラクターだった。

写真引用元:ステージナタリー シス・カンパニー公演「いつぞやは」より。(撮影:宮川舞子)



【舞台の考察】(※ネタバレあり)

今作は、今までの加藤拓也さんのテイストと比較するとだいぶマイルドで、良い意味で加藤拓也さんらしさがあまりなかったと言っても良いかもしれない。色んなバリエーションの演出作品に挑戦されるのは個人的には大歓迎だが、私自身の感想だと今までの加藤さんのテイストの方が好きだった。
ただ、今作はそういった強烈なインパクトを残したり心をグッと抉られるような刺激的な描写は少なくて起伏はなくても、劇中の様々な描写に直接的な解釈が与えられていないものも多いからこそ、終演後にあれこれ考えさせて気づきを与えてくれるという点では一番優れていて、あとで思い返して再解釈できる感じの作品として面白かった。

ただ、そんな起伏の少ない戯曲であったにも関わらず私は最後の松坂が一戸との思い出を電話越しで語るシーンに非常に涙した。自然と涙が溢れてきたといっても過言ではない。それは、今作はかなり現実世界で起こった話に基づいているように感じたからなのか、松坂だったり一戸だったりの登場人物の状況を自分に置き換えて作品を観ようとしたシーンが多かったからだと思う。そういった意味で、今回の観劇で上演中、私のパーソナルな思い出などが走馬灯のように脳裏に流れて、色んな人との色んな思い出が頭によぎりながらの観劇となったので、そんな点でも普段の加藤さんの演劇作品とは観劇体験の質が違った気がした。
ここでは、今作を観劇して私がどう感じたかについての感想をつらつらと書くことにする。

一戸は、東京でいい年になってもエアコンの業者として働いていた。一戸は色んなことに挑戦してきたと思っていたが、家庭を築くことはしてこなかった。それだけが一戸がやりたくても挑戦出来なかったこと。でも大腸がんのステージ4の末期がんになってしまって余命いくばくもない。最期は、自分のやりたいことを全部やって楽しく過ごして死にたい、そんなポジティブな人物に窺えた。
自分がもし余命を宣告されたらどうしようなんてことを観劇中考えた。きっと自分の人生が残りわずかになってしまったという事実としっかり向き合えないのではないかと思う。過去にも、もし自分に何か病気が見つかって余命宣告されたらと考えたことがあるが、一戸のようにポジティブには生きられないなと思った。もう時間が限られている訳だから、残りの時間誰かに面倒をみてもらいながら生きるなんて、とてつもなく辛い時間になってしまうななんて考えていた。

しかし、今作の一戸の様子を見ていると、その限られた時間の過ごし方がとても上手くて、なぜか一戸の人生を羨んでいる自分もいた。一戸はたしかに、お金もなくて、末期がんを抱えていて悲惨な状態かもしれないけれど、演劇仲間といつも連絡を取っていたり、運良く地元で幼馴染と出会って結婚したりと最高の時間を送っていた。これってとても素晴らしいことだなと思う。
これは、演劇をやっていたということも大きいのかもしれない。もちろん、そこで松坂や坂本といった一生ものの友達に出会えたというのも大きいかもしれないが、演劇が一つの生きる目的を作ってくれた、たとえ病気をしていても生きる目的を与えてくれるものになっていたという意味では、演劇というものに一戸は出会えて良かったなあと思えた。
今まで、売れない劇作家が良い大人になっても演劇を続けることにどれだけの意味があるのかと残酷なことを考えたことがあるが、一戸のようにきっと誰かの生きる目的や心の支えになるものでもあるのだなと感動した。
そういった意味で、もちろん松坂の劇作家としての残酷性も描かれてはいるものの、演劇が持つ素晴らしさみたいなものも存分に含まれた作品に感じた。

ラストシーンで、松坂は泣きながら電話越しで一戸との思い出話をしていたが、もし自分の親友が亡くなったという知らせを受けたら自分はどう振る舞うのだろうかとも考えた。私は坂本や松坂みたいにその場で素直に涙を流せない気がする。その場では、葬式などの今後の動きなど事務連絡だけ聞いて、ずっと酒を飲みながら思い出に浸りヒソヒソと泣くのかもしれない。親友の死というものに、すぐには向き合えない気がした。
だからこそ、劇作家のようにそれを題材にして作品を作ろうなんて発想はしないが、今作はそういった意味でもし自分に同様の出来事が起きたらどうするかの思考訓練が出来たので、自分という存在と向き合うという点についても良い観劇体験だったのかなと思う。


↓加藤拓也さん作演出作品



↓加藤拓也さん演出作品


↓今井隆文さん過去出演作品


↓豊田エリーさん過去出演作品


↓鈴木杏さん過去出演作品


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