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舞台 「夜は短し歩けよ乙女」 観劇レビュー 2021/06/13

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【写真引用元】
舞台「夜は短し歩けよ乙女」公式Twitter
https://twitter.com/NakameOperation/status/1383978627012825089/photo/1

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舞台「夜は短し歩けよ乙女」公式Twitter
https://twitter.com/NakameOperation/status/1380249002478723078/photo/1


公演タイトル:「夜は短し歩けよ乙女」
劇場:新国立劇場 中劇場
原作:森見登美彦
脚本・演出:上田誠
出演:久保史緒里、中村壱太郎、玉置玲央、白石隼也、藤谷理子、早織、石田剛太、酒井善史、角田貴志、土佐和成、池浦さだ夢、金丸慎太郎、日下七海、納谷真大、鈴木砂羽、尾上寛之、藤松祥子、中村光、山口森広、町田マリー、竹中直人
公演期間:6/6〜6/22(東京)、6/26・27(大阪)
上演時間:約180分(途中休憩20分)
作品キーワード:ラブストーリー、青春、音楽劇、舞台美術
個人満足度:★★★★★★★★☆☆


森見登美彦さん原作の「夜は短し歩けよ乙女」が、ヨーロッパ企画の上田誠さん脚本・演出の元で2度目の舞台化がされたということで観劇。
原作は未読で映画アニメーション版は鑑賞済みで、舞台版は今作が初めての観劇。

原作や映画アニメーション版で登場する、これは外して欲しくないという要素は全て盛り込まれた上で、舞台にコミットした形で上手く脚色されている箇所が多かったという印象だった。
特に目を引いたのが、中央に据え置かれた回転舞台装置と「春」「夏」「秋」「冬」で度々同じ登場人物が登場して、上手くストーリーを形成していた箇所。
回転舞台装置に関しては、クルクルとステージが回転して細かいシチュエーション(特に「春」)を漏らすことなくスピーディに進めることによって、効果的に作品全体を序盤から上手く軌道に乗せている印象を感じた。
登場人物に関しては、他の季節で登場した人物を上手く登場させて人の繋がりというものを上手く描いていた印象。上田誠さんの脚本力・演出力の高さが垣間見られる。

また「冬」で登場する巷の風邪が、明確に指し示していた訳ではないのだが「コロナ」を物凄く想起させる演出に私は感じられ、「風邪(コロナ)」を通して人々の一体感を改めて感じさせる描写が、「コロナ禍」に生きる現代人の人との繋がりを求める姿とも上手くリンクして非常に良く出来た演出作品だと感じた。

ラップ調の音楽劇や"先輩"を演じる中村壱太郎さんの歌舞伎シーン、竹中直人さん演じる李白のオリジナリティに富んだキャラ設定など見どころが多い上、配役も皆ハマっていて非常に満足度の高い作品だった。
特に原作・映画アニメーションを鑑賞されている方には是非オススメしたい作品。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/431454/1605334


↓小説『夜は短し歩けよ乙女』


【鑑賞動機】

映画アニメーション版の「夜は短し歩けよ乙女」を鑑賞していてストーリーを知っており、その舞台版だったため観劇することにした。脚本・演出がヨーロッパ企画の上田誠さんであることや、キャストに李白役の竹中直人さん、パンツ総番長役の玉置玲央さんなど、知っているキャストも多数で非常に観てみたいと思ったから。期待値は高め。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

冴えない男である"先輩"(中村壱太郎)は、結婚式場で知り合った"黒髪の乙女"(久保史緒里)に恋をしており、彼女に自分の気持ちに気づいてもらおうと「ナカメ作戦」といってなるべく彼女の目につくように行動するようにしていた。

「春」
"黒髪の乙女"には"先輩"の他に東堂(土佐和成)という男が近づいてきており、カクテルバーで東堂は酒の勢いを借りて"黒髪の乙女"に触れようと手を出して来たが、彼女の「お友達パンチ」という姉(町田マリー)から教わった必殺技でそれを回避する。
"黒髪の乙女"はとてもお酒が強く、年配の世代から受け継がれてきた「詭弁踊り」を踊って見せたりと年配にも好かれる存在だった。李白(声・麦人)という偽電気ブランが大好きな長老に対しても"黒髪の乙女"は酒飲み対決で勝ってしまう。
一方で"先輩"は"黒髪の乙女"に対する「ナカメ作戦」を決行していたが、とある連中からパンツを奪われたりと散々な目に合っていた。

「夏」
"黒髪の乙女"は、小さい頃大好きだった「ラ・タ・タ・タム」という絵本を探しており、その本が「下鴨納涼古本市」にあるのではないかと祭りに顔を出していた。
"先輩"は学園祭事務局長(白石隼也)から、「ラ・タ・タ・タム」を手に入れて彼女に差し出せば好きになってもらえるのではないかとアドバイスをもらい、李白が主催する売り立て会へ参加することになる。しかし、古本市の少年(藤谷理子)にアイスクリームを付けられて喧嘩になったりなど、また散々な目に遭遇することになる。
一方で"黒髪の乙女"は、樋口師匠(石田剛太)や羽貫(鈴木砂羽)、和服の女性(早織)、古本市の少年に会うなどし「ラ・タ・タ・タム」や書物のことについて色々と話す。その樋口師匠もお目当ての本を探しに売り立て会へ参加することになる。
その売り立て会では、激辛の火鍋を食べて耐えた者が欲しい書物を手に入れることが出来る会であった。"先輩"は激辛の火鍋を必死で食べ抜いて「ラ・タ・タ・タム」を手に入れるのだった。

ここで途中休憩が入る。

「秋」
パンツ総番長(玉置玲央)は昔、ベンチで本を読んでいた時に隣にとある女性が座ってきて、最初は何も感じなかったのだが、頭からりんごが降ってきたことによって恋に落ちたという経験があったことを語る。パンツ総番長は今でもその時遭遇した女性に想いを馳せていた。
大学では学園祭が催されるシーズンだった。学園祭の屋台では、琵琶の演奏であったり、フォークソングの演奏だったり、中には李白がギターの弾き語りをする光景があった。また、屋台の上では男と女の恋のゲリラ演劇「偏屈王」を催すことになっていた。そのゲリラ演劇のヒロインに"黒髪の乙女"が抜擢されることになった。その相手役は、ずっと同じパンツを履き続けるパンツ総番長だった。
その頃"先輩"は学園祭事務局長の手下となっており、なんとか"黒髪の乙女"と接点を持ちたいと「偏屈王」の相手役として取り立ててもらえないか試行錯誤していたが、事務局長たちの詳細な分析から「偏屈王」が開催される場所は、樋口師匠や羽貫たちがいるこたつが移動した箇所を追うかのように開催されていることを突き止めた。おそらく、樋口師匠たちが次回の「偏屈王」の原稿を書き上げて、それを拾うかのように屋台が後を追いかけているのだと。"先輩"は急いで樋口師匠たちがいるこたつを追いかけた。
夜、パンツ総番長と"黒髪の乙女"の劇中に飛び込んできた"先輩"は、堂々と"黒髪の乙女"の前で歌舞伎の女形のように登場し自分の気持ちを伝えた。しかし、そこへ象の尻を製作した芸術家であり、昔パンツ総番長の頭の上にりんごを落とした紀子(藤松祥子)が乗り込んでくる。そして、パンツ総番長の前に、変装した学園祭事務局長が現れ、パンツ総番長が恋した人は実は学園祭事務局長であることが発覚する。
パンツ総番長は、以前恋した相手が女装した事務局長だと分かっても、そのシチュエーションによって恋にオチたのでその心は変わらないと言っていたが、突然紀子とパンツ総番長の頭の上に鯉が落ちたことによって、2人は恋に落ちる。

「冬」
町中に風邪が蔓延していた。風邪とは無縁そうな樋口師匠まで風邪を引いてしまった。しかし"黒髪の乙女"は風邪を引く様子はなかった。"黒髪の乙女"は樋口師匠を始め、今までお世話になってきた人の元へ行って看病を続けてきた。
一方で"先輩"も風邪によってずっと家で寝込んで孤独を感じていた。
"黒髪の乙女"は看病をして回る中で、町中で風邪が蔓延している原因が李白であることを悟り、李白の家を尋ねることになる。
彼女は李白に、「先生は人間は繋がっておらず孤独とおっしゃいましたが、風邪を移すことによって人々は繋がっているのだと思います」と言う。さらに、彼女自身は一向に風邪を引かないので神様に嫌われたかのように孤独に感じていると言う。"黒髪の乙女"が用意した薬で元気を取り戻した李白は、彼女の迎えを待っている若き男性がいることを伝え、"黒髪の乙女"は"先輩"のもとへ向かう。
"黒髪の乙女"が"先輩"の見舞いに行くことで、ようやく出会うことの出来た二人は、今まで"先輩"が「ナカメ作戦」によって彼女の目に止まるようなことばかりしていたので、自然と二人は会話が弾む。そして、"先輩"が「ラ・タ・タ・タム」を彼女に渡すことで喜んでもらい、二人は結ばれることになる。ここで物語は終了。

私自身が原作を未読なため、映画アニメーション版と比較した考察となってしまうが、大きく異なった箇所は「秋」の紀子が象の尻を製作する芸術家であったという設定。原作にはどうやら出現していた設定のようだが、紀子にフォーカスが当てられるシーンが多かったことで、よりパンツ総番長が最後に紀子に恋をするシーンが際立って見えた気がした。
また、紀子のシーンだけでなく映画アニメーション版と比較して"先輩"や"黒髪の乙女"といったメインキャスト以外のキャラクターにもしっかりと春夏秋冬で一つのストーリーが丁寧に描かれている点が舞台の良さを上手く引き出している感じがして良かった。例えば、高坂(尾上寛之)が「秋」「冬」のシーズンを通してずっと奈緒子(日下七海)に対して「結婚してくれ」と連呼するシーンが度々登場して凄く面白かったり、詭弁論部のOBたちが「冬」のシーズンでも登場したりと、上手く既存キャストを登場させることによって、人の繋がりを強調した演出になっている箇所が見事だと思った。
個人的には若干「夏」が冗長に感じられたがそれ以外のシーズンに関しては、非常に上手く脚色された作品だと感じた。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/431454/1605337


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

とにかく今作の舞台美術は凄く豪華で、多くのシーンを再現するべく大量の大道具が用意されるという大掛かりなものだった。
舞台装置、衣装、照明、音響、映像、その他演出の順番で見ていく。

まずは一番特筆したい舞台装置。春・夏・秋・冬で舞台装置が全く異なるので全てを詳細に記述出来ない感じだが、季節別にざっくりと見ていく。
まず「春」は、中央に回転舞台をこしらえたいきなり豪華な作りになっていた。回転舞台は全部で3つの部屋が用意されていて、玄関、"黒髪の乙女"が東堂と飲むカクテルバーの部屋などがテンポよく演じられ回転していたという印象。春はとにかく回転舞台に目がいっていた。
「夏」は「春」ほどまで豪華ではなかったが、舞台後方一面に古本市を感じさせる背景のパネルが設置されていた印象。それ以外は中央に売り立て会用にステージが用意されていた記憶。そこで、火鍋を食べて蛙とか蛇とかが登場して格闘するシーンがあった。
「秋」は大道具のオンパレードといった感じで、下手側に屋台があり、中央には京都大学を映したスクリーンが、そして上手側には学園祭事務局に囚われた羽貫を隔離するスペースがあった。相当舞台上が混み合っていた印象。
逆に「冬」はほとんど舞台上に装置らしいものはなく、舞台後方一面に風を想起させるスクリーンと、中央にステージが一つ用意されているだけだった印象。そのステージにおいて、最後"黒髪の乙女"と"先輩"が出会うシーンが演じられるので凄く重要なステージであり、最後そこから"黒髪の乙女"がパンツ総番長と学園祭事務局長の二人によって降ろしてもらう光景が印象的。それと、李白の家が回転舞台のうちの一つが使われて登場していた。
春夏秋冬別で見ていくとこんな感じだが、その他に李白が登場する際の列車を再現した大きな一枚のシートとその中央に顔出すように小さく開けられた穴が印象的だったりと見どころが満載の舞台美術で楽しかった。

次に衣装。個人的に好きだったのが、"黒髪の乙女"の秋の衣装。「偏屈王」に登場する役としてダルマをモチーフにした赤と白の斑の衣装が凄く素敵だった。それに加えて、的屋で当てた巨大な赤い錦鯉を背負った姿が、それによってダルマの衣装が鯉のようにも見えてきて、そして"コイ"繋がりで「恋」も想起されてよかった。
パンツ総番長の衣装も好きだった。なんといっても、あのパンツの色褪せた臭そうな感じがビジュアルだけでも伝わってくるナイスなデザインだった。
秋の文化祭での、脇役たちの衣装も素敵でちょっとヒッピーっぽかったり、民族衣装っぽくて世界観にマッチした衣装が好みだった。

次に照明、照明は豪華だったのだが沢山シーンがありすぎたので印象的な箇所だけ明記する。
様々な色の照明を用いてカラフルに仕上がっていたシーンは、秋の文化祭で屋台で催し物がなされるシーンと、ラストの"黒髪の乙女"と"先輩"が結ばれるシーンだと思っている。特にラストの結ばれるシーンは、青と緑のカラフルな照明が二人を明るくミュージカル風に照らしていてまさにハッピーエンドといった感じの仕上がりで素晴らしかった。

そして音響、今作は音楽劇要素もあって書き記したいことは沢山ある。
まず、オープニングが"黒髪の乙女"がラップ調で語りながら歩きながら歌う感じなのだが、あの能天気で純粋な印象が非常に"黒髪の乙女"のキャラクターイメージと合っていて良かった。ラップというよりは、歌詞の量が多い歌といった所で上手く形容出来ないが、これは聞いてみないと想像がつかないと思う。
個人的に好きだったのが、「ラ・タ・タ・タム」のミュージカルシーン、夏に登場するのだが「ラ・タ・タ・タ・タ・ム」というあの響きとテンポが物凄く耳に残っている。映画アニメーションには登場しない歌だったので、舞台オリジナルなのだが凄くセンスのある作曲だと思った。
あとは、"先輩"が歌舞伎の女形として登場するシーンも印象的、歌という感じではないが"先輩"が赤色の布を羽織って演技するシーンは、中村壱太郎さんの歌舞伎役者としての特徴を発揮したシーンだった。
また、ラストの"黒髪の乙女"と"先輩"が結ばれるシーンで、出演キャスト全員が歌って踊るシーンも素敵だった。そこでこそ、かつて登場してきた人物が勢揃いして人のつながりというものを凄く感じて心温まる終わり方だった。

映像も今作では多く使用されていた。
まず冒頭のシーンで、"先輩"が"黒髪の乙女"について、まるで柿喰う客の作品のように早口でまくしたてるように語り始めるのだが、その時に言葉が全て映像で映し出される演出が面白かった。意外とこういう系統の演出に出会ったのって初めてだったかも。
オープニングでも、出演者の名前が映ると同時にそこに対応するキャストが左右から登場する演出も凄く良かった、こういうのもありだなと思う。
「春」が終わったタイミングで、エンドロールが流れてきて、"先輩"がそのエンドロールを押し上げる動作と共にエンドロールが上に押し上げられる映像演出も面白かった。その時の「チケット1万円くらいで高いんだから、ここで終わっちゃダメだよね」みたいな台詞も好きだった。
あとは、りんごが降ってきたり鯉が降ってくる映像もあったが、鯉に関しては実際の物を使って演出していたが、りんごに関しては映像でパンツ総番長と学園祭事務局長の頭に落ちてきたので、そこはリアルの方が良かったかなと思った。

その他の演出で面白かった、印象に残った箇所を上げる。
やっぱり一番目立ったのは、竹中直人さん演じる李白がやりたい放題やっている演技が本当に好きだった。李白が登場するだけで笑ってしまう。ギターの弾き語りが本当に最高で、それがしっかりと文化祭というククリでマッチしているので素晴らしい。
あとは、そのギター関連でいくと、文化祭のシーンでキャストの特技をしっかり活かしたシーンになっている部分が凄く良いなと思った。例えば、奈緒子役の日下七海さんの特技が琵琶演奏で、彼女が琵琶を演奏するシーンをしっかり取り入れられている演出って素晴らしい。中村壱太郎さんの歌舞伎の女形の一面もそうだと思うが。
あとは、「冬」のシーンでテレビカメラで色々な人を取材して、それをテレビで観るという演出があったが、そのテレビをどう観るかによってその人がテレビに出演していた人をどう思っているかが反映されて凄く面白かった。例えば、テレビカメラ越しに高坂が「奈緒子ー」と叫ぶテレビを、奈緒子は一目散に消してしまっていたのは面白かった。
あとは、男性キャスト全員が同じ"先輩"のパジャマ姿で登場して魘される場面も印象に残った。パンツ総番長の玉置さんや学園祭事務局長の白石さんまであのパジャマで登場したのが意外だった。
本当に、今思い出せないだけで工夫された演出箇所は沢山あったが、長くなってしまうのでこれくらいにしておく。

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【写真引用元】
ステージナタリー
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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

キャストはヨーロッパ企画所属の役者を中心に、大物俳優・女優も名を連ねる豪華な出演陣だった。中でも印象に残ったキャストについて取り上げていく。

まずは、"黒髪の乙女"を演じた乃木坂46の久保史緒里さん。驚くほど映画アニメーションで観た"黒髪の乙女"にハマっていた印象。
平安美人というか、若干ふくよかで色白な女性といった印象なのだが、その能天気さと純粋さが非常に"黒髪の乙女"のキャラクター性を上手く再現していて素晴らしかった。
また歌も凄く上手い。おそらくマイクを付けていると思われて声がスピーカーから聞こえた違和感はあったが、その違和感を拭うくらい危機心地のよいポップな音楽劇を成立させていた。
そして衣装とかも凄く似合っていたので、本当に今作の"黒髪の乙女"は個人的な満足度は満点。

次に"先輩"を演じた中村壱太郎さん。中村さんは歌舞伎俳優で女形を演じられる方だが、歌舞伎の癖みたいな部分は特に感じられず、一人の俳優がそこにはいるといった印象だった。
凄くドラえもんののび太みたいな印象をこの舞台では感じられた。映画アニメーションの"先輩"は星野源が声を出しているからか、もっと大人っぽいひ弱なサラリーマン的な(実際は学生だが)印象だったのだが、ちょっと型位が良すぎるのかもしれない。
ただ、ダメダメな"先輩"が「秋」の文化祭の「偏屈王」のシーンで物凄く格好良く見えたのは凄く良かったと思う。結果的にそこでは象の尻に突き飛ばされるが、間違いなくこれで"黒髪の乙女"の脳裏には焼き付くだろうというシーンだったので、後半にもしっかり繋がって良いシーンだったと思った。

一番面白かったのが、李白役を演じた竹中直人さん。ある程度想像はしていたけど、やっぱりやりたい放題やってきたかという印象。「春」のシーンで李白が列車からひょっこり顔出すシーンは予想はしていたけど笑ってしまう。
そしてギターの弾き語りは本当にズルいと思った。文化祭という枠にすっぽりと収まるし、凄く目立つのでどうしても彼に目がいってしまう。
ただ、存在感が物凄くあったせいで、印象に残った台詞が思い浮かばなかった。

パンツ総番長役の玉置玲央さんと、学園祭事務局長役の白石隼也さんのコンビが凄まじく良かった。季節の変わり目ではステージ前方にスクリーンが降りてきて、その前で演技が繰り広げられるのだが、そこでの二人のやり取りが凄く面白い、さらに"先輩"も入ってくるとさらに面白い。
「秋」のシーンで以前頭上にりんごが落ちたことによって恋に落ちた相手が、学園祭事務局長の女装だったという設定では、まるで二人がコンビを越えた関係性を想起させるあたりも凄く観客を刺激してくるものがあった。
また、ラストのシーンで"黒髪の乙女"をステージから担いで降ろしてくれたのも二人だったので、凄くコンビとしてこの作品全体を支えている感じがあった。

その他の脇役で良かったと思ったのは、高坂役を演じた尾上寛之さんのちょっとうざい感じの男感が非常に好きだったのと、"黒髪の乙女"の姉役を演じた町田マリーさんのしっかりもののお姉さんぽさみたいなのが凄く印象に残った、特に「お友達パンチ」は強烈だった。
また、樋口師匠役の石田剛太さんのあのタバコを吸う感じのオーラが凄く魅力的に感じたのと、古本市の少年役を演じた藤谷理子さんは凄く尖った独特のキャラクターは作れていたが、本が一つに繋がっているのラップ調の下りが聞き取りづらかったのが勿体なかった。

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【写真引用元】
ステージナタリー
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【舞台の考察】(※ネタバレあり)

私は以前映画アニメーション版の「夜は短し歩けよ乙女」を観ていたので、ストーリーや内容に関しては知っていたのだが、改めて舞台として作品を観劇したことによって新たな気付きもあったので書き記しておこうかなと思う。
それは、冒頭部分にも書いた通りのことなのだが、この作品はご縁だったり人との繋がりを大事にしようと思わせるメッセージ性だったことに改めて気付かされたということである。

以前は、この作品が"黒髪の乙女"と"先輩"の成長を描いた恋愛物語という位置づけだったと解釈していた。"黒髪の乙女"は、「ラ・タ・タ・タム」を探し求めたり、「偏屈王」で演劇をやったりと青春の1ページを飾るような様々な経験を通して大人になっていくというものだった。そしてラストでは、"先輩"を彼女自身から初めて訪れることによって恋というものを知り、大人へと成長するという締めくくりとなっている。
だからこそ、"黒髪の乙女"はラストで「私も風邪を引いたのかもしれません」と言う訳である。
一方"先輩"は、最初は"黒髪の乙女"には相手にされず、パンツを取られたり、古本市の少年と喧嘩になったりと散々な目にあっておまけに風邪も引いてしまうが、その一連の行動が実って最後に"黒髪の乙女"に認められるというか好きになってもらえる訳である。
今回の舞台作品においても、そういった成長の要素は十分に感じられたし、舞台だからこそ"先輩"の文化祭で見せる格好良さだったり、ラストの「ラ・タ・タ・タム」を持ってきてくれた時の喜びみたいなものにリアリティを感じて映画アニメーション版よりも、よりその大事な要素を引き出せていたんじゃないかという気がする。

ただそれだけではなく、現在がコロナ禍だからということもあるかもしれないが、「冬」で登場する風邪が物凄くコロナを想起させるものに感じたのである。
以前映画アニメーション版を観た時は、当然コロナが流行ってなかったのでそういう観点では全く思っていなかったのだが、コロナ禍真っ只中の今、この「冬」の場面を改めて観てみると、巷に蔓延する風邪は「コロナ」がどうしてもよぎってしまう。
もちろん、舞台作品上で明示的に「コロナ」というワードを使っている訳ではないのだが、演出家自身も観客がふと頭によぎるようなことを意図してるんじゃないかと思えてくる。
そう思った理由は、「風邪」による人との繋がりというものを強調した演出部分にある。舞台中では、"黒髪の乙女"が必死で看病に回って他の人の近況とかを話していたが、それだけではなくテレビ中継とかも使って(これは映画アニメーション版にはない要素だったと思っているが)実際には風邪が蔓延していて直接会うことは出来ないが、繋がっているんだよという意思確認にも感じられるからだ。
たしか映画アニメーション版では、"黒髪の乙女"の言葉に「先生は人間は繋がっておらず孤独とおっしゃいましたが、風邪を移すことによって人々は繋がっているのだと思います」という台詞があるが、舞台ではそこをさらに掘り下げて風邪で外出出来ない状態でも人と繋がっている、孤独じゃないというメッセージに再解釈させているように思える。これはまさしく、コロナ禍を経験している私たちの境遇と近い。

そして最後に、李白の風邪が治り、"黒髪の乙女"と"先輩"が結ばれることによって、再び春が訪れるような描写となるのだが、そこで全キャストが輪になって踊るようなシーンがあって、まさにこれが人との繋がりが戻ることを表していて、コロナ収束を願った演出なんじゃないかとも思われてくる。
そう解釈すると、この作品は物凄くよく出来ていると感じてくる。「夜は短し歩けよ乙女」の原作の良さを残しつつ、ラストは「冬」に登場する「風邪」をコロナと捉えて、そこから復興していく明るい未来への希望を描いたラスト。
今まさにこの状況下だからこそ上演する価値のあるメッセージ性の持った作品ではないだろうか。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/431454/1605333



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