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舞台 「パートタイマー・秋子」 観劇レビュー 2024/01/20


写真引用元:二兎社 公式X(旧Twitter)



写真引用元:二兎社 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「パートタイマー・秋子」
劇場:東京芸術劇場 シアターウエスト
劇団・企画:二兎社
作・演出:永井愛
出演:沢口靖子、生瀬勝久、亀田佳明、土井ケイト、稲村梓、小川ゲン、吉田ウーロン太、関谷美香子、石森美咲、田中亨、水野あや、石井愃一
公演期間:1/12〜2/4(東京)、2/7(宮城)、2/10(滋賀)、2/12(愛知)、2/14(新潟)、2/17〜2/18(長野)、2/21(愛知)、2/23〜2/25(埼玉)、2/28(福岡)、3/2〜3/3(兵庫)、3/8〜3/10(山形)、3/13(富山)、3/16〜3/17(石川)
上演時間:約2時間35分(途中休憩15分を含む)
作品キーワード:ヒューマンドラマ、不正、格差、スーパーマーケット、笑える、考えさせられる
個人満足度:★★★★★★☆☆☆☆


『ら抜きの殺意』で第1回鶴屋南北戯曲賞を、『兄帰る』で第44回岸田國士戯曲賞を受賞するなど、数々の演劇に関する賞を受賞してきた永井愛さんが主宰する「二兎社」の公演を観劇。
「二兎社」の公演は、2021年11月に『鷗外の怪談』を観劇して以来2度目となる。
今回観劇した『パートタイマー・秋子』は、永井愛さんが2003年に劇団青年座に書き下ろした戯曲であり、「二兎社」の公演として今作を上演するのは初めてである。
私は今作に関して、初演の観劇もしておらず、戯曲も読まずの状態で観劇した。

物語は、成城から電車で1時間半程度の郊外の架空のスーパーマーケット「フレッシュかねだ」を舞台としたものである。
樋野秋子(沢口靖子)は成城に住んでいてずっと専業主婦をしていたが、夫の会社が倒産してしまい働く羽目になる。
成城周辺で働きたくないと、遠く離れた郊外のスーパーマーケット「フレッシュかねだ」のチェッカーとして働くことになる。
しかし「フレッシュかねだ」では、長年チェッカーとして勤めている女性たちから陰口を叩かれるなど、専業主婦時代に味わったことないような辛い思いをすることになる秋子。
そんな秋子は、大手企業勤めで部長でもあったがリストラされて「フレッシュかねだ」に勤めている貫井康宏(生瀬勝久)とシンパシーを感じて仲良くなっていき...というもの。

私の母親がスーパーマーケットのパートとして働いていて、帰省する度に職場の日常を話してくれるのだが、その日常と重なり合う場面が沢山あり、そういった意味で凄くリアリティを感じるヒューマンドラマで、特に前半は面白く感じた。
登場人物それぞれの描写が非常に丁寧で、どの人物にも感情移入してしまう。だからこそ、キャラクター同士のぶつかり合いが見ていてとても胸を打たれる思いだった。
ずっと専業主婦としてやってきたから、かつては大企業の部長だったからという一種のプライドが、こうした下町の俗な日常によって傷つけられていく様はとても息が詰まる思いに感じたし、自分が歳を取った時にこういった目に遭いたくないとも感じた。
さらに、古くからあった八百屋や肉屋、魚屋が潰れて「フレッシュかねだ」があるという街の移り変わりも作中に登場し、今でも特に地方ではそういった大手店舗によって小さな商店が淘汰されていく現実と重なりディストピアを感じさせられた。

観劇後に公演パンフレットを読んでから改めて気がついたのだが、今作は「フレッシュかねだ」で昔から起きている不正が当たり前のように蔓延している様を描いている。
だからこそ、今作を観劇することでより一般的な日本に蔓延る不祥事を想起する人々も多いのだと思うが、私はむしろ戯曲を事前に読んでいなかったからか、不正に対して観劇中にあまりフォーカスすることはなかった。
もしかしたら、永井さん自身もあえてスーパー内で巻き起こる不正をさりげなく描くことで、世間一般的に存在する不正というのはこうして目立つことなく日常に忍び込んでいるものであり、いつの間にか自分もその不正の一員に巻き込まれるということを訴えたいのかもしれないと思い、色々と観劇後に考えさせられた。

キャスト陣も、有名人キャストに加えて実力俳優も多数出演していてハイレベルな演技だった。沢口靖子さん演じる秋子のポジティブなパートタイマーや、生瀬勝久さん演じる落魄れた店員貫井も味があったが、個人的には『ブレイキング・ザ・コード』(2023年4月)で好演だった亀田佳明さんの店長役が非常に素晴らしく思えた。
ずっと同じ店舗で働くチェッカーたちから嫌われながら、しかし業績をV字回復させるべく従業員たちの士気を上げようと奔走する様がとても見応えあった。

沢口靖子さんや生瀬勝久さん目当ての観客や「二兎社」ファンの観客が多いからだろうが客層はとても年齢層が高かったが、今作は間違いなく私のような20代、30代の若い層にも響く演劇作品だと思う。
人生経験を重ねた主人公であるが故の悩みや葛藤にフォーカスされた物語だが、間違いなくそういった脚本の良さ、面白さは若い世代にも響く物語になっていると思う。
幅広い世代の方に楽しんで頂きたい作品だった。


写真引用元:ステージナタリー 二兎社公演47「パートタイマー・秋子」より。(撮影:本間伸彦)




【鑑賞動機】

『鷗外の怪談』以来観劇していなかった永井愛さんの演劇作品だったが、今作は沢口靖子さんや生瀬勝久さんといった有名キャストが出演されるだけでなく、『ブレイキング・ザ・コード』(2023年4月)で好演だった亀田佳明さんや田中亨さんが出演されるということだったので観劇することにした。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

スーパーマーケット「フレッシュかねだ」のバックヤード。そこで樋野秋子(沢口靖子)は、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と一人で発生練習をしている。その様子を見つけたチェッカー主任の新島喜美香(石森美咲)は、誰だろうと訝しげながら様子を見に来て去っていく。秋子が発生練習中に、新島だけでなく青果担当の春日勇子(土井ケイト)もやってきて、秋子に対してあなたは誰かと尋ねる。秋子は自己紹介をする。店長がチェッカーを募集していたので応募して採用され、今日から働き始めるのだと。新島たちは、チェッカーなんて募集をかけてないから何かの間違いだと言う。
そこへ店長の恩田俊夫(亀田佳明)がやってくる。恩田は、裏でチェッカーを募集していてそれで樋野秋子を採用したと皆に伝える。恩田は「フレッシュかねだ」の従業員を紹介する。副店長の竹内慎二(小川ゲン)は若くて覇気があって、女性陣からは人気者、チェッカーの小笠原ちい子(水野あや)は「フレッシュかねだ」が創業してからずっと働き続けており21年も勤めていると言う。小笠原は休憩時間もバックヤードの掃除をするなど、とにかく働き者だった。生肉担当の小見洋介(田中亨)は、7年間ずっと引きこもりをしていてようやく仕事をしようと生肉担当で働いている。
そこへ、チェッカーの星ひろ代(関谷美香子)が遅れて出勤してくる。家族の面倒を見ていて遅刻したと星は言う。店長は、今星が出勤していたのにタイムカードではすでに出勤になっているのはどういうことだと一同に問い正す。

みんなバックヤードから立ち去って、秋子が一人取り残される。すると、ロッカーがいきなり開いて一人の男性が登場する。秋子は驚く。彼は、貫井康宏(生瀬勝久)といって、かつては大企業に勤めていて部長の経験もあったが、リストラされてしまい、今ではスーパーマーケットで品出し担当をしているのだと言う。しかし仕事が出来ない故、チャッカーたちの風当たりが強く、特に自分の息子と同じくらいの年齢である竹内に叱られるのは耐えきれないのだと言う。
そこへ、惣菜担当の窪寺久仁子(稲村梓)がやってくる。窪寺は、秋子と貫井の手が触れていたのでそういう関係なのかと思ったと言う。小笠原もやってきて、小笠原の話題になる。小笠原は、21年勤めているということを強調していて、年数にこだわっているようである。それから、まだ「フレッシュかねだ」のトイレを使ったことがないのだと。普段働いている時は一杯も水分を取らないのだと言う。いつでも対応できるようにと。
みんな捌けて、恩田店長と私服姿の小見と話している。生肉は「フレッシュかねだ」の花形なのだからしっかりやって欲しいと言う。どうやら、彼らの話に生肉では、密かに賞味期限切れの肉をリパックして売っているようだった。それによって、小見は特別手当を貰っているようだった。

ある日、窪寺は豆腐を恩田店長に食べさせようとする。しかし、熱すぎて店長は吐き出してしまう。こんな熱いもの食べれるかと。
そこへ、在庫の豆腐が割れてしまっているとの報告を受ける。さらに、店内では値引きのミスが多く見受けられると。そしてこれらは、新人の秋子のミスだと発覚する。秋子は謝る。
秋子は、他のチェッカーにも違うことで叱られる。レジは、お客がいない時間は突っ立っていないでカゴを補充するとか仕事を見つけるようにと。それをしないなんて給料泥棒だと言われる。
秋子がバックヤードにいない時の、新島、春日、星の間での会話。秋子は、どうやら成城にずっと暮らしていて専業主婦をしていたと噂される。夫の会社が倒産して稼がなくてはと思い、「フレッシュかねだ」で働き始めたのだと言う。しかし、なんでわざわざ成城からこんな遠い所に勤めに来たのだろうと言うと、成城だと近所の目を気にして働きづらいからだと言っていた。私たちは選んで今の仕事をしている訳ではないのに贅沢なことをしていると陰口を叩く。

店長と秋子との会話。店長から、秋子のチェッカーとしてのミスが多すぎて申し訳ないが...と切り出されたので、秋子は自分はクビになるのだと思っていたら、生肉に移って欲しいと言われる。秋子は、クビにならず良かったとホッとする。
生肉担当の小見が「フレッシュかねだ」に来なくなってしまったので、その担当を担って欲しいと言われる。店長からは、従来生肉のリパックをやってきているのだと言う。それに対する特別手当は出すと言う。
秋子は貫井に影で相談する。そんなリパックなんてしたら良くないから、それを公にして訴えるべきだと。さらに、秋子は他のチェッカーたちが、人目を盗んでスーパーの商品を持ち帰りしているというのも知り、それらを含めて告発すべきだと言う。貫井は呆れた顔で秋子は本当に世間知らずだなと言う。今から公に訴えたって、ではずっと黙ってきたのかとこちら側まで巻き込まれるではないかと言う。

ある日、竹内が一人の万引き犯を取り押さえる。その男性は、大坪久弥(石井愃一)という初老だった。彼は、700円しか財布に金がなかったにも関わらず、大量の商品を万引きしようとしていた。竹内は厳しい口調で大坪を追及する。
大坪は、バックヤードの窓から外の景色を見る。そして、あそこに牛丼屋があるだろう?、あそこは20年以上前は私が営んでいた「ヤオキュー」という八百屋があった、という。それから、その横には生肉屋が、そして魚屋もあったと言う。秋子は、どうして八百屋を辞めてしまわれたのですか?と無邪気に聞く。大坪は怒りながら、それはこの「フレッシュかねだ」が21年前に開店して、お客がみんなそっちに流れてしまったからだと嘆く。「ヤオキュー」は「フレッシュかねだ」に負けたのだけれど、その「フレッシュかねだ」がそんな体たらくで悔しいのだと言う。

ここで幕間に入る。

バックヤードで、店長、秋子、貫井、窪寺はノリノリで替え歌を歌っている。この替え歌は、「フレッシュかねだ」の生肉のキャンペーンを盛り上げるために店長が作った歌である。まだ一番しか出来上がっていないと焦る店長だが、他の従業員は全然乗り気でなかった。
店長は、今のままでは「フレッシュかねだ」の業績は良くなく、このままだと閉店の恐れもある。だからこそ、店の中で一番の花形である生肉を売り出すことによって、経営をV字回復させたいのだと言う。替え歌を作って披露できれば、何か面白いことやっているなとお客さんも食いつくかもしれないし、本部にもその情報がいって応援してくれるかもしれないと言う。
しかし従業員たちは乗り気でなかった。特に小笠原は、こんなこと今までで一度もなかったと、エプロンを脱いでこの店を立ち去ろうとした。秋子は引き止めようとしたが、小笠原は最後にトイレにだけ寄って帰ると言っていなくなってしまう。

秋子は、豚の被り物をしてキャンペーンをしようとしていた。しかし他のチェッカーたちは、そんな被り物をするなんて真平だと言う。結局、店長は鶏の被り物を、秋子が豚の被り物を、貫井が牛の被り物を、窪寺が豆腐の被り物をしてキャンペーンを大々的にすることになった。あとの従業員は、その流れに乗れなかった。
店長や貫井が外でキャンペーンをしている間、秋子はバックヤードにいたが、そこへかつて生肉担当だった小見がやってくる。小見は、ずっと引きこもりをしていて、このままではいけないと思って社会復帰しようとこの店で生肉を始めたが、リパックをさせられて嫌になってしまったと言う。その時、小見は店長から特別手当を10万円貰っていたが、秋子は8万円だったことに気が付く。
貫井が帰ってくる。貫井は外でビラ配りをしていたが、その時大企業で部長をしていた時代の後輩社員と出会ってしまい、彼らに散々バカにされたのだと言う。だからもうこんな仕事やってられるかと泣きじゃくっていた。秋子は必死で貫井を慰めようとするが、貫井は2階の窓から飛び降りてしまう。

少し時間が経って、「フレッシュかねだ」ではいつしか全従業員が被り物をしてキャンペーンをすることに前向きになっていた。星は中島みゆきの『地上の星』を披露するべく派手なドレスに着替えて歌の練習をしていた。どうやら、星は歌唱力を褒められて勢いづいてやるようになったらしい。また従業員たちの会話から、このキャンペーンに全員が前向きになったきっかけは、貫井が2階の窓から飛び降りたことらしく、それによって大怪我をした時に、そこに周囲の人々が集まってきておおごとになってかららしい。
新島はにんじんの被り物を、星は玉ねぎの被り物をして外に出る。しかし、貫井はあの日2階のバックヤードから飛び降りてから、一度も「フレッシュかねだ」に顔を出していなかった。

秋子がバックヤードにいると、電話がかかってくる。それは貫井からだった。貫井は店のすぐ近くで電話をかけたらしく、バックヤードに入ってくる。
秋子は貫井に自分の胸のうちを語る。自分はずっと専業主婦をやって暮らしていたけれど、こうやって外に出て初めて本当の自分を知ることが出来た気がするという。自分の本当の姿は、むしろこうしてパートタイマーをしている時の自分なんじゃないかと。この仕事に出会わなかったら、本当の自分を知ることができなかったのかもと。
秋子は、ロッカーに入れてあった肉を貫井に渡そうとする。貫井は、その肉はいつからロッカーにあったのだと聞く、しかも生の肉を常温保存したら良くないだろと。秋子は保冷剤が入っているから大丈夫だと言う。しかし貫井は、申し訳ないけれどその肉を受け取ることは出来ないと言って去っていく。ここで上演は終了する。

どの登場人物も実際にスーパーにいそうで非常にリアリティある描写が素晴らしかった。どこかのスーパーの日常を覗き見した感覚だった。
ストーリー構成としては、若干時間経過がわかりにくいシーンが何ヶ所かあって、それによって秋子がどのくらい「フレッシュかねだ」に勤め始めてから時間が経っているか分からなかったが故に、物語が飛躍してしまっているように感じた点が気になった。例えば、チェッカーとしてミスを連発して生肉に回されるシーンで、時間経過が短く感じたのでそんなに沢山ミスをしていた感じを受けなかった。また、貫井が窓から飛び降りてから、全従業員が被り物をしたキャンペーンにノリノリになっている描写も、映像とかでどのくらい時間が経過したのか明示してくれた方が受け入れやすかった気がした。
冒頭でも書いた通り、観劇中たしかにビッグモーターやダイハツといった不祥事を想起させるシーンは何ヶ所かあったが、それよりもリアルな人間描写にフォーカスされたので、ヒューマンドラマとして観劇する側面が強かったというのと、そのように感じられたのは演出意図でもあるのかなと思った。これはきっと、戯曲のような文章ベースでこの物語を読むとまた違ってくる気がする。戯曲として読んだ方が、この物語は日本社会の縮図であって社会に蔓延る不正を描いた物語だと分かるのではないかと思った。
あとは、かつては「ヤオキュー」を営んでいた大坪という万引き犯を登場させて、20年前のことをイマジネーションさせることで、徐々に変わりゆく街そのものを描いているようにも感じて、日本人なら誰もが感じる寂しさを上手く描いていたと思った。

写真引用元:ステージナタリー 二兎社公演47「パートタイマー・秋子」より。(撮影:本間伸彦)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

作り込んだ舞台装置と、小劇場らしい舞台照明と音響で没入感ある世界観を楽しんだ。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは、舞台装置から。
ステージ全体が「フレッシュかねだ」のバックヤードになっており、下手側には奥へと続く廊下が手前側にあり、舞台上の作りとしてはデハケになっている。その手前側には冷蔵庫が一台置かれていた。その奥には、バックヤードの裏口のようになっていて、外へと通じる作りになっていた。こちらも舞台の構成上はデハケとなっている。裏口付近にはロッカーが複数置かれていて、ラストの秋子が肉を貫井用に取り出すロッカーもここにある。
ステージ奥側の壁には窓が取り付けられていて、貫井はその窓から飛び降りる。その手前側、ステージ中央にはソファーと机などが置かれている。
上手奥にはトイレに通じるデハケがあり、小笠原は最後にこのトイレに入って去っていく。その手前には、おそらくお店に通じるデハケがあり、基本的には従業員はこのデハケから登場していた気がする。
全体的に手作りで作り込まれた舞台セットに感じられて、小劇場演劇らしさがあって私は好きだった。

次に舞台照明について。
一番派手だと感じたのは、幕間直後の店長たちが替え歌を披露するシーン。音楽もかかってまるでカラオケのような雰囲気を醸し出していた。
あとは個人的に好きだったのは、夕暮れが窓から差し込む照明が好きだった。たしか何ヶ所かあって、大坪が訪れたシーンだったり、ラストの秋子と貫井のシーンもそうだった気がするが、時間帯を表す照明がとても印象的だったし効果的だった。ディストピアのようなちょっと寂しい感じと不気味な感じを醸し出していたように思えた。

次に舞台音響について。
客入れ、客だし、暗転中はヴァイオリンによる陽気な音楽が流れていた。
替え歌のインパクトはとても強かったが、なんの替え歌かは分からなかった。初演の時と今回で曲が変わっているのか分からないし、そもそも元になっている曲は昔の曲なのかもしれない。
あとは、亀田佳明さん演じる店長の声による音声アナウンスも良かった。

最後にその他演出について。
やっぱり動物の被り物が良かった。あの被り物は初演の時もあったのだろうか。ちょっと恥ずかしいけれど、その恥ずかしさを乗り越えて一致団結している感じが良かった。またこれが演劇と親和性が高いように感じて、演劇というのもある種恥ずかしさを捨てて、なりきることで一致団結する感じがあるから、そういうものって結束力を高めるよなと思った。劇場のスタッフの方も頭に動物を被っていて、実は最初は少し引いてしまったのだが、これもひとつの演出だったと気がつくとすんなりと受け入れられ、むしろ好感が持てた。
あとは、窓から外の景色を眺めながら会話する演出が好きだった。大坪が窓の外を見て、あそこの牛丼屋の所が元々八百屋でと話し出すあたりは、観客としてはその窓の向こうの景色を想像することになる。だからこそ余白が生まれて世界観に没入できる素晴らしい演出だった。

写真引用元:ステージナタリー 二兎社公演47「パートタイマー・秋子」より。(撮影:本間伸彦)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

沢口靖子さん、生瀬勝久さんといったベテラン俳優を始め、小劇場で活躍されている実力俳優ばかりで皆演技力が高かった。
ここでは、特に印象に残った役者について記載する。

まずは、主人公の樋野秋子役を演じた沢口靖子さん。沢口さんの演技はテレビドラマ等では小さい頃からよく拝見したが、劇場で演技を拝見するのは初めて。
私の家の近所のスーパーに、そこまで器用ではないけれどハキハキしていて元気いっぱいなレジの中年女性がいて、凄く全力で一生懸命やっている感じが伝わってきて非常に好感の持てる方がいる。その中年女性を想起させられるような演技とキャラクター性が秋子にはあった。スーパーは誰もが利用するお店である。だからこそ自然とスーパーで働いている店員の方の様子は目に入ってきて、今回の作品に登場するキャラクターにも馴染み深かったりするのかもしれない。
ずっと成城で専業主婦をやっていて世間知らずで、中年になって初めてパートとしてスーパーで働くという設定で、自分だったら絶対そんなことできないなと感じてしまう。私はまだ30歳だが、すでに30歳なのに今まで経験してきたことで物事を判別しようとしていて、歳を取ったら新しいものを覚えたり始めようと思いたくなくなってくる気持ちはこの歳でも十分に良くわかって、そういった意味でも50歳、60歳になって初めて何か勉強をしたり、新しいことを始めようと行動をする方々を心から尊敬してしまう。
秋子も、間違いなくスーパーで働こうと決意するには相当の覚悟を持って働き始めたに違いない。物語序盤、バックヤードで一人「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と自主的に発生練習している姿からもそれは容易に想像できる。周囲の店員から陰口を叩かれながら仕事を毎日続けるというのは相当な辛さもあると思う。
不器用だけれど生活のために必死で今の仕事を頑張ってありつこうとする姿が、沢口さんのちょっと不器用だけれど元気だけは負けないといったような演技から窺えることが出来てはまり役だった。

次に、品出し担当の貫井康宏役を演じた生瀬勝久さんも素晴らしかった。生瀬さんの演技もテレビドラマなどでは幾度となく拝見しているのだが、劇場では初めて観劇した。
個人的にはこの貫井の立場に一番同情しながら観劇していた。大企業で部長まで上り詰めてリストラされて、スーパーの店員として働くなんて自分に置き換えたら想像するだけでしんどくなる。最近はずっと勤めてきた会社を定年退職して再就職という形で別の現場で働くという方も少なくないと思うが、自分は果たして50歳、60歳になって新しい職場で、新しい人間関係でやっていけるのだろうかと不安になるし、そんな環境で働き続ける方々も尊敬する。
一番胸を打たれたのが、物語終盤で貫井がビラ配り中にかつての職場の後輩社員に出会ってバカにされた話。貫井が窓から飛び降りたくなる気持ちも凄く良く分かる。
公演パンフレットで、なぜ貫井はずっとロッカーに身を潜めていたのかということに対する言及があったが、それはロッカーに隠れていないと「フレッシュかねだ」の不正の波に飲まれそうで良心を失いそうだったからということが書かれていて非常に興味深かった。最後に秋子からの肉のパックを受け取らなかったように、貫井は最後まで「フレッシュかねだ」の不正に染まるまいとしている人の良さが窺える。きっと貫井は、前職の大手企業で部長に昇進した時も、その組織の不正などといった企業にずっと蔓延る汚職が受け入れられずリストラになってしまったのかななんて思う。
そういった人間性も含めて貫井という存在は好きだったし、可哀想なキャラクターで一番同情してしまった。

今作で一番演技が良かったと思ったのは、店長の恩田俊夫役を演じた亀田佳明さん。亀田さんは、舞台『ブレイキング・ザ・コード』(2023年4月)のアラン・チューリング役で非常に素晴らしい演技をされていたので、今作での演技も大注目だったが、その期待を超える演技で素晴らしかった。
恩田店長は、まだ「フレッシュかねだ」の店長に赴任したばかり。正直お店の様子は店長よりも長く勤める他の従業員の方がよく知っている。だからいきなりやってきた店長にあれやこれや口出しされるとイラッとする他の従業員の気持ちもよく分かる。この点に関しては、私の母がスーパーのパートとして長年働いているので、従業員視点で物語を見ていたかもしれない。
しかし、恩田店長としては「フレッシュかねだ」の正社員なので会社側の人間という立場もある。本部から指示されていることもあるだろうし、現場との板挟みもあって辛い立場だろうなと思ってしまう。だから、きっと昔の自分だったらこの店長を悪者として見ていたかもしれないが。この歳になってくると店長にも感情移入できる自分がいた。
そんなにエンタメを作ることに向いていない店長が、売り上げをV字回復させようと被り物をしたり替え歌を作ったりして張り切る姿にグッときた。自分だったらここまで振り切った行動は出来ない気がする。そしてそれに乗れない従業員たちがいることにも息苦しさを感じるし、彼らの気持ちも十分分かる。色々苦しい描写だなと思った。

あとは、「フレッシュかねだ」で21年間働く小笠原ちい子役を演じた水野あやさんも素晴らしかった。
年齢も高齢で、常に仕事をして尽くしている感じのおばさんているよなと思いながら観劇していた。21年という勤続年数にもこだわっていて、「フレッシュかねだ」に骨を埋めている感じが凄くしていて人間を凄く感じた。
私の母も、スーパーに70歳を超える高齢者が毎日せっせと働いているという話を聞くので、その方ってきっと小笠原みたいな方なのかなと色々想像すると心がじんわりとする。凄く好きなキャラクター像だと思った。

そこまでメインキャストではなかったけれど、チェッカー主任の新島喜美香役を演じた演劇集団キャラメルボックスの石森美咲さんも素晴らしかった。
石森さんの演技は、Uzume『マトリョーシカ』(2021年6月)、演劇集団キャラメルボックス『サンタクロースが歌ってくれた』(2021年12月)、果報プロデュース『あゆみ』(2022年10月)と観劇してきて、直近では久しぶりだったが、凄く大人っぽくて落ち着いた役を演じられていて良かった。
今までは、女子高校生役だったり幼さもあるキャラクターだったが、今作の新島の役は割と大人の役だったのでまた違う一面を楽しめて満足だった。

写真引用元:ステージナタリー 二兎社公演47「パートタイマー・秋子」より。(撮影:本間伸彦)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、今作で描写される郊外のスーパーマーケットの衰退と日本企業に蔓延る不正について考察する。

私の母は地方のスーパーマーケットのパートとして働いており、母の実家も昔は個人商店を経営していて、今でもデパートやスーパーにお店を出すなどして働いている。自分が帰省をするタイミングで、母の職場のスーパーの話を聞いたり、母の実家に行って親戚から地方のデパートやスーパーの現状を色々と聞くことがある。やはり現在は「イオン」や「ドンキホーテ」が圧倒的に強くて、他のスーパーやデパート、個人経営の商店が淘汰されていっている話をよく耳にする。高度経済成長期やバブル期のような勢いのあった時代は終わって、ひとつの大手企業が独占して成長を遂げている状況のようである。
考えてみれば、私の地方にある田舎の近所のスーパーも、20年前くらいは沢山あったが、今では閉店している店も多くて、みんなデパートに行ってしまったり、オンラインショップで済ませている人も多いような気がする。そうやって徐々に昔あった町も変貌しつつあるのだなと思うと、寂しくなることもある。
今作でも、そんな大手企業優位な小売業界を想起させる描写が登場する。第一幕の終わりの方で、大坪という初老が万引きで捕まる。しかし彼が「フレッシュかねだ」で万引きをしたのは、自分が20年前に八百屋の「ヤオキュー」を経営していて、「フレッシュかねだ」に淘汰されてしまったからである。さらに、それだけではなく、そんな淘汰した「フレッシュかねだ」は今では近所の大型ショッピングモールに負けて経営が傾きつつあって寂れてしまっているというのもあったと思う。自分がかつて営んでいた店は、こんな寂れた店に負けてしまったのかと。

この秋子と大坪の会話のやり取りはとても印象的だった。「ヤオキュー」やその他近所にあった個人経営の肉屋や魚屋は、「フレッシュかねだ」という野菜、鮮魚、生肉、惣菜なんでも揃うスーパーマーケットに淘汰され、今ではそのスーパーマーケット「フレッシュかねだ」は、大手ショッピングモールに淘汰されようとしている。私の実家の近所でも同じようなことが起こっている。母の実家の個人商店もたしか2000年代くらいに閉店していて、それは近くにショッピングモールが誕生したからというのも大きな要因だった気がする。非常に現実と重なる描写で色々と心動かされた。

大坪は把握していなかったと思うが、きっと彼が「フレッシュかねだ」で生肉のリパックなどが横行していて、それによって従業員が特別手当を貰っていたという事実を知ってしまったら、きっとさらに悲しむだろうなと思う。観客はその一部始終を全て知っているので、余計にそれが残念なことに思えてくる。
この戯曲が書かれたのは2003年で、その当時も数年後に「船場吉兆」や「赤福」で食品偽装事件があったことは記憶にある人も多いであろう。しかし、今作が上演された2024年でも昨年に「ビッグモーター」や「ダイハツ」といった大手企業の不正が暴かれており、今もなお現状は変わっていないことは周知の事実である。
私は、今作を観劇してリパックは流石にないだろと思ってしまったが、この戯曲が書かれたのが2003年でその後に「船場吉兆」や「赤福」の不祥事があったと考えると、今作で登場するようなことも実際に起こっていても何も不思議なことではないのだなと考えると背筋が凍る思いである。

企業は利益を出さないといけない。しかしその利益追求が行きすぎると、バレなければ良いという判断で水面下で不正が起きる。表面化しなければ大丈夫だろうという理由で。そして組織の人間は、最初は違和感を覚えるかもしれないが、それをし続けているうちにそれが自然なこととなっていって、不正自体に悪びれることもなくなっていく。きっとこんなことが、あらゆる組織で起きているんじゃないかと思う。
今作を観劇していて驚いたことは、私は密かに行われていた「フレッシュかねだ」の不正に対して大きな嫌悪感を抱かずに観劇していた、これって結構恐ろしいことなのではないかと思った。私としては、人と人との人間関係だったり、経営をV字回復させようという店長の勢いの方に目が行ってしまって、組織にずっと蔓延ってきた不正に対して目があまり行かなくなっていた。しかし、こういったことが多くの企業で起きているんじゃないかと思う。
いけないことをしているという自覚はあると思う。しかしそれを誰も告発しなかったことが物語るように、バレなければ問題ないし、それを告発した所で面倒なことになるだけである。しかもそこに向き合っている時間や余裕なんて誰もなく、皆目下のことで手一杯である。そういった思想が組織にこびりついているのが問題なのだと思う。

こういう不正問題が明らかになると、今までの対応の杜撰さに呆れると共に、それをどう変えていったら良いのか、そこをみんなで模索し改革する難しさにも直面する。しかし、今の時代、クリーンな環境と組織で仕事を進めていくには、その難題に向き合っていく必要があるので、私もそのことを肝に銘じて生きていこうと思う。


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