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舞台 「ハザカイキ」 観劇レビュー 2024/04/04


写真引用元:Bunkamura 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「ハザカイキ」
劇場:THEATER MILANO-Za
企画・製作:Bunkamura Production 2024
作・演出:三浦大輔
出演:丸山隆平、勝地涼、恒松祐里、さとうほなみ、九条ジョー、米村亮太朗、横山由依、大空ゆうひ、風間杜夫、日高ボブ美、松澤匠、青山美郷、川綱治加来他
公演期間:3/31〜4/22(東京)、4/27〜5/6(大阪)
上演時間:約2時間55分(途中休憩20分を含む)
作品キーワード:マスコミ、メディア、SNS、芸能界、LGBTQ
個人満足度:★★★★★★★★☆☆


映画『愛の渦』(2014年)『何者』(2016年)『娼年』(2018年)などの映画監督を務めるなど、劇作家だけでなく映画監督としても知られている劇団「ポツドール」を主宰する三浦大輔さんの新作公演を観劇。
三浦さんの作演出作品は初めて観劇するが、映画『何者』は拝見したことがあって非常に好きな作品でもあるので、そんな映画を撮ることが出来る三浦さんが、果たしてどんな演劇作品を仕上げるのか楽しみだった。

今作は、三浦さんが“とあるシーン”をやりたくて7年前にこの舞台の構想を練り始めたものを、満を持して上演した作品である。
物語は、週刊誌の芸能記者である菅原裕一(丸山隆平)が、国民的アイドルの橋本香(恒松祐里)と大人気の音楽プロデューサーの加藤勇(九条ジョー)の熱愛報道のスクープしようと、深夜に張り込みをしているシーンから始まる。
橋本香が所属する芸能事務所は、香の父親で過去にスキャンダルで芸能界の地位を失った経験のある橋本浩二(風間杜夫)が経営しており、彼は溺愛する娘の香には過去の自分のようにならず芸能界での夢を叶えて欲しいがために熱が入っており、香のマネージャーである田村修(米村亮太朗)には厳しかった。
一方で、菅原は香の昔からの友人である野口裕子(横山由依)と密かに会うことに成功し、菅原と加藤とのLINEのやり取りなど熱愛の決定的証拠を得ることに成功する。
菅原は、菅原自身の友人である今井伸二(勝地涼)と飲みの席で野口のサイコパスぶりを話題にしながら、加藤勇と橋本香の熱愛スクープを報道するのだが...というもの。

まず舞台セットが非常に大掛かりで、下手側と上手側にそれぞれ一つずつ回転舞台がセットされており、セットを回転させながら様々な場所でシーンが繰り広げられていた。
菅原の自宅、橋本香の自宅、橋本香の芸能事務所、橋本香の母親である橋本智子(大空ゆうひ)の営むスナックなど。
脚本自体は非常にストーリー性が強くて、次はどうなる?と思わせるくらいにどんどん引き込まれていく面白さはあったのだが、第一幕まではこの作品を映画ではなく演劇として上演する意味が見えて来なかった。
映画でも成立してしまうし、なんなら映画の方が場面転換も不要で見やすいのではないかと思ったほどだった。

しかし、第二幕のとあるシーンで、この作品を演劇で上演する意味を理解したと同時に、非常に今の私たちに刺さる演出があって素晴らしかった。
第二幕に関してはあらすじを語るとネタバレになってしまうので記載しないが、第一幕で描かれていたような芸能人のスキャンダルとそれを報じようとする芸能記者のスリリングなストーリー展開から、思いもしない方向へと向かっていく、良い意味で裏切られた感覚があって素晴らしかった。

この作品のテーマは、SNSが発達した昨今のメディアのあり方についてだと捉えた。
雑誌も新聞もネットの記事もSNSもみんな言葉によって世間に発信される、だからこそその発信内容から様々な解釈の余地を与えてしまう。
テレビのような映像を使ったメディアでさえも、その人の発言の仕方、表情などから様々な解釈を拾うことが出来る。
そういった世間に発信された内容を無意識的に自分の都合の良いように解釈してしまうことによって、そしてSNSの発達によりそういった都合の良い解釈が一人歩きして影響力を持ってしまうが故に、多くの人々が今の時代の流れに翻弄されてしまっていると感じた。
パワハラ、LGBTQなど多様な価値観が共存する昨今だからこそ、自分の都合の良い時に都合の良い価値観を使って叩きたい相手を叩いてしまえる現代の怖さを感じた。

役者陣も非常に豪華で皆素晴らしかった。
特に橋本香役を演じた恒松祐里さんは、第二幕のモノローグシーンの迫力は去ることながら、第一幕のアイドルらしいキュートさを押し出した演技とのギャップにも見事さを感じた。
主人公の菅原裕一役を演じた丸山隆平さんも演技を初めて拝見したが、序盤は芸能記者としてやっていることが汚すぎて好きになれなかったが、第二幕になって心動かされる心情描写もあって好感度が上がった。

パワハラ、LGBTQといった新しい価値観、SNSで誰もが匿名で発信出来るようになり世間にインパクトを与えられる時代になったからこそ、全人類に一度見て考えて欲しい題材だと感じた。
脚本としても演出としても見応えがあるので多くの人に見て欲しい怪作だった。

写真引用元:ステージナタリー Bunkamura Production 2024「ハザカイキ」より。(撮影:福山楡青)




【鑑賞動機】

劇団「ポツドール」の三浦大輔さんの評判は、2021年に上演された舞台『物語なき、この世界。』で聞いており、一度観劇してみたいと思っていた。そして、今作は三浦さんの作演出だったことに加え、ストーリーも芸能人のスキャンダルを報道する芸能記者の話で面白そうだと思い観劇することにした。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

深夜。玄関の扉が開き、マスクとサングラスをした橋本香(恒松祐里)と加藤勇(九条ジョー)が出てくる。二人の会話からどうやらコンビニへと向かうようである。その様子を、建物の影から菅原裕一(丸山隆平)がカメラで何度もシャッターを押しながら撮影している。
朝になる。ここは橋本香の自宅。香と加藤は香の家で一晩を過ごしたようである。テレビが付いており、朝の情報番組では加藤勇が音楽プロデュースしたユニットがピックアップされ、それと同時に加藤勇自身も、今大注目の音楽プロデューサーとして取り上げられている。香と加藤は、今大注目の芸能人同士が同じ部屋で一晩を明かしていることにドギマギする。香のマネージャーが玄関のチャイムを鳴らし、香は急いで着替えて家を出る。
一方、菅原は自宅で眠っている所を同棲している彼女の鈴木里美(さとうほなみ)に起こされる。菅原は、昨日も一晩仕事してサウナに入って帰ってきたのであまり寝ていないと言う。鈴木はテレビを付ける。テレビでは、国民的人気アイドルの橋本香についての特集をやっていた。テレビを見ながら鈴木は香のことを褒め称える。職場でも香のことを誰一人悪く言わないと。その時、芸能記者顔になっていることを菅原は鈴木に指摘されて我に返る。菅原は、今日は昼間に人と会って、夜は友人の今井と飲みに行く予定だと鈴木に告げる。

橋本香の芸能事務所。香はとあるライター(川綱治加来)から色々とインタビューをされ、香は答える。その様子を、香の父親であり芸能事務所の社長を務める橋本浩二(風間杜夫)とマネージャーの田村修(米村亮太朗)が見守る。インタビューが終わり、ライターは事務所を後にする。橋本浩二は、先ほど来ていたライたーのあまりにも平凡な質問の数々に憤る。もっとまともな奴に取材させるようにマネージャーの田村修を叱る。田村は謝罪する。
日中のとある喫茶店。菅原が待っていると、一人の女性が現れる。彼女は野口裕子(横山由依)といい、橋本香の幼馴染である。野口は菅原に、橋本香と加藤とのLINEのやり取りを示すスクショを提供する。野口は橋本香とよくLINEで連絡を取り合う仲であり、橋本香が加藤と付き合っていることも教えてもらっていた。

夜、菅原は居酒屋で友人の今井伸二(勝地涼)と飲む。菅原は、最近橋本香と加藤勇の熱愛疑惑を報じようとして証拠を集めていると話し、香の幼馴染である野口裕子という女性がいろんな証拠を提供してくれると話題にしていた。野口という友人は色んなことを他人に喋ってしまってヤバい人間だと二人で談笑する。そして橋本香の父の橋本浩二は、かつて芸能界のスターだったがスキャンダルによって芸能界から姿を消し、芸能事務所を立ち上げてその事務所の社長をやっていると今井は言う。娘の香はその父親が経営している芸能事務所に所属しているのだと言う。菅原は、今日も橋本香の自宅の近くで香と加藤の熱愛スクープをすべく張り込みするので一緒に来ないかと今井を誘い店を出る。
橋本香の自宅にて。香と加藤が二人でいる。香は加藤と出会ったのが、西山という人物が経営しているバーだったが、加藤がまだそのバーに行っていることに香は少し不満そうである。
場所は、橋本香の母親である橋本智子(大空ゆうひ)が経営しているスナック。スナックでは、店員のアケミ(日高ボブ美)がAdoの『新時代』を熱唱し、同じく店員のヒカル(青山美郷)が盛り上げている。そこに橋本香がやってくる。香はアケミとヒカルに囲まれて話をする。
そのスナックへ、菅原と今井もやってくる。彼らは橋本香を尾行していると気づかれないように店の隅っこで飲食している。橋本香が店を出ると、すぐさま二人は店を出て香の後を追う。
香が自宅の近くまで来ると、そこには加藤も現れ二人はお互いキスをする。そしてコンビニに二人で行こうとする。その光景をガッツリ菅原と今井は目撃しカメラに収めるのだった。

香の芸能事務所にて。田村が週刊誌に香と加藤の熱愛がスクープされたことを橋本浩二に告げる。橋本浩二は、もうここまで来てしまっては手遅れだと落胆する。そして、どうしてこのようなスキャンダルを阻止することが出来なかったのかとマネージャーの田村を責める。田村は謝罪する。結果、橋本香の加藤勇との熱愛スクープは世間に報道された。
橋本智子の営むスナックにて、橋本香は母の元にやってきて落胆する。こんな形で加藤との熱愛がスクープされたことに対してショックを受けているようである。ネット上では色々なことが言われているが、智子は香を励ます。
香が自宅に帰ると、自宅では橋本浩二と加藤勇が二人でシーシャしながら酒を飲んでいた。橋本浩二は、娘の香と熱愛スクープが報じられた加藤勇が一体どんな人物なのか会っておきたいと思い飲むことになったらしい。加藤は随分と調子の良い口調で橋本浩二と飲んでいた。そして橋本浩二は加藤のことを自分の若い頃に似ていると可愛がった。橋本浩二は香の自宅を後にする。加藤は、浩二のことを伊勢丹に行った時のような匂いがしたと感想を言う。

一方、菅原は再び野口に呼び出されて二人で会っていた。野口は今日は香のことではなく、加藤のことについて話したいことがあると言う。それは、加藤に犯罪歴があるという事実についてだった。
その頃、香の自宅では香が眠っている所にいきなり加藤がやってきて、強引にセックスをしようと迫ってくる。それと同時に、酔いしれた浩二は田村の前でこう語り出す。自分は過去芸能界にいたがスキャンダルがあって姿を消さざるを得なかった。だから自分が芸能事務所の社長になって、娘の香には自分が果たせなかった芸能界での夢を叶えて欲しいのだと、スキャンダルによって芸能界から姿を消すようなことがあってはならないのだと。そのまま浩二は歩道橋の上から下に向かって嘔吐(実際には水)する。その嘔吐を下にいた菅原が全部被る。

ここで幕間に入る。

菅原と今井は二人でサウナに入っている。野口から加藤に犯罪歴があると聞いて調査を進めていたのだが、その前に何者かがリークして加藤勇は逮捕されてしまっていた。最近はそのニュースで持ちきりだった。菅原は、先を越されてしまったと悔しそうだった。
橋本香の自宅。橋本香はずっと自分のベッドで寝ている。付き合っていた加藤勇に犯罪歴があることを知り気分が凄く落ち込んでいるようだった。そこには、父の浩二と母の智子がいた。浩二は、香は全く何にも悪くないと励ます。悪いのは加藤だったと。加藤は相手のことを全く考えられない人間だと浩二は言う。しかし香はその浩二の言葉に反対する。少なくとも加藤は、父親の工事よりは相手のことを気遣ってくれる存在だったと、世間で報道されている加藤の人物像と本当の加藤という人間の人物像には乖離があると言う。
浩二は香に対して、しばらく芸能活動を休止するのは良いが、グラビアだけは続けようと言う。その言葉に対して母親の智子が反対する。しばらく全ての芸能活動を休止させてあげてと。そのことで浩二と智子で夫婦喧嘩が始まる。

香の芸能事務所にて。浩二は、こんなことになってしまったのはマネージャーである田村が香を守りきれなかったからだと非難し暴力を振るう。そして田村は事務所を出て行ってしまう。
菅原は、自宅へ帰る。同棲相手の鈴木からは、そうやって人のプライベートを隠し撮りしてスクープにすることによってお金をもらうなんて酷い仕事だと言われてしまう。

橋本香は街中で野口と待ち合わせて二人で会う。香と野口はカラオケボックスに向かう。向かう途中、二人は沢山の街中を歩く見知らぬ人を目にする。野口は香に対して、ここにいる全ての人に香は知ってもらえているのって凄いと語る。
カラオケボックスに香と野口は入る。香は野口に対して、加藤と香の熱愛をリークしたのは野口ではないかと追及する。香はその後続けてこう語る。野口は加藤がプロデュースする音楽のオーディションに落選して、その腹いせで加藤と香の熱愛をリークしようとしたのではないかと。
すると野口は泣き崩れながら、香は凄く優しいから自分の気持ちを掬い取ってくれながらそう解釈してくれたんだと思うけれど、違うんだと。特に何も考えてなくて、自分でも怖くなるくらい自然に菅原に全てを話してしまっていたんだと言う。そして、野口は香に加藤と香の熱愛スクープをした芸能記者の菅原の連絡先を伝える。

その頃、智子の経営するスナックでは、智子がアケミを厳しく追及していた。理由はアケミがスナックのお客さんが不倫していることを実名でX(旧Twitter)に公開したことだった。そして智子はそんなことをしたアケミをクビにすると。ヒカルはそのことでクビにするのはおかしいと反論するが、結局智子の意志は変わらずアケミはスナックを去っていった。
菅原の自宅にて。鈴木里美はテレビでLGBTQに関する内容の報道を見ていた。そこへ、今井がやってくる。鈴木は今井に対して、最近ずっと今井と菅原で二人で飲みに行ったりサウナに行ったりしているようだけれど、それってそういう関係だからなんじゃないかと追及する。今井は否定する。仲が良いからであってそういう関係ではないと。そこで今井と里美で言い争う。
そこへ菅原が帰ってきて、二人の会話を聞いてしまう。菅原は里美の疑いに憤ってしまい、そのまま喧嘩してしまう。

香の芸能事務所にて。浩二の元へ一人の弁護士(松澤匠)がやってくる。弁護士はマネージャーの田村からの依頼で、浩二から5年間に渡ってパワハラを受けていたということを聞いたとのことで事情聴取したいとのことだった。浩二はパワハラはしていないと仕切りに訴える。
その頃、菅原は同じ週刊誌の後輩の若手記者(川綱治加来)に喫茶店で呼び出されていた。菅原は突然呼び出して何かと若手記者に問うと、先日の加藤と橋本香の熱愛スクープは素晴らしかったと賞賛する。菅原は、それを言いたかったのではないなとさらに聞くと、若手記者は菅原が不倫をしているという情報を手に入れたので、こちらを週刊誌に報道する、すでに原稿は書き上がっていると言われる。

加藤が釈放される。その時、周囲にはマスコミが殺到してカメラを向けられている。加藤は、世間に迷惑をかけてしまったことを心からお詫びするといった旨を言う。
その様子を見て、情報番組に出演する人々は加藤には反省の様子が見られないと批判する。そこから映像で、世間の反応も映し出される。同じように反省の色が見えないとか言われる。
SNS上の投稿画面が沢山登場し、「新聞記者、死ね」などの菅原の不倫に関する報道がされたことによる反響が投影される。

朝の菅原の自宅。菅原はベッドで休んでいる。そこへ今井がやってくる。菅原は今井に現在の心中を打ち明ける。自分が今まで仕事として様々な芸能人のスクープをしてきたけれど、いざ自分がそちら側に回ったらこんなにも苦しいものなのかと、自分が今まで仕事としてやってきたスクープの罪深き行為を知った感じだった。全ての物音に敏感になり、この世の全員が自分を叩いているのではないかと錯覚するくらいだと。そしてそのまま菅原と今井はお互い抱きしめ合いキスをする。
そこへ、菅原の元に一本の電話が入る。電話は芸能活動休止中の橋本香からであった。橋本香は、野口から連絡先を教えてもらったと告げ、菅原には感謝したいと思って連絡したと言い出す。そして橋本香は、芸能活動を復帰するとともに、世間に向けて謝罪会見を開きたいと言うのであった。

マスコミは、何も悪いことをしていない橋本香が芸能活動復帰の前に謝罪会見をしたいというのはどういうことなのか、きっと前代未聞の謝罪会見になるに違いないと報じる。
橋本香の謝罪会見が始まる。香は、今から自分が話す言葉を感情ではなく言葉そのものとして受け取って欲しいと言って始める。香は水を飲み、この仕草はおそらく多くの人が香が緊張しているからではないかと解釈するかもしれないが、必ずしもそうとは限らないと忠告する。
香は、自分は今まで商品として扱われ、アイドルらしさを求められたのでそのように振る舞ってきた。しかし加藤との熱愛スクープと加藤の犯罪歴の発覚による逮捕後に芸能活動休止した。世間に叩かれて、世間を恨んだこともあった。そして様々な言葉で会見を述べた後に謝罪をして終えた。質問はなかった。

雨の中、びしょ濡れのまま菅原は鈴木里美と再会する。二人はお互い謝って自分の非を認め合った。
そして、今の時代の価値観をクソ喰らえと言いながら仲直りした。
香の芸能事務所でも、浩二の元に田村が戻ってきて、お互い謝りあって自分の非を認め合った。浩二は田村に暴力を振るってしまってすまないと言い、田村はパワハラと言ってしまってすまないと言った。
ここで上演は終了する。

序盤から終盤まで全く飽きさせないストーリー展開で見事な脚本だった。三浦さんはこんなに骨太で刺さりまくる脚本を書けるのだと驚かされた。さすがは岸田國士戯曲賞受賞者だった。
前半は、マスコミをテーマにした物語だとよくありそうな、スリリングな展開で映画やアニメを見ているようなストーリーテリングだった。しかし、第二幕からまるで違った。加藤の犯罪歴を暴いて週刊誌に載せるストーリー展開になるのかと思いきや、それは第二幕序盤であっさり終わって、さらに物語の核心へと迫っていく。
LGBTQ、パワハラなど昨今取り沙汰される現代の価値観をいかにアップデートしていくかというテーマと共に、SNSが発達してしまったからこそメディアが持つ影響力の大きさと危険性を描いていて非常に刺さった。
また、終盤の橋本香の謝罪会見が非常に良かった。あの謝罪会見がこの物語で一番伝えたいポイントを端的に表していると思う。理路整然とした謝罪会見ではなく、あの言葉だからこそ様々な解釈が考えられて正解のない意味を持っていた。そこにこの作品のメッセージは込められていて、人間とはそういう生き物だよなということを気づかせてくれる。メディアを扱った作品は多く見てきたが、こんな風に描いて観客に委ねる描き方は新鮮で素晴らしかった。
そしてあんな橋本香の独白を言葉にできてしまう三浦さんが凄すぎた。

写真引用元:ステージナタリー Bunkamura Production 2024「ハザカイキ」より。(撮影:福山楡青)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

回転舞台と高低差のある舞台セットを上手く活かして、映画並みに沢山登場する劇中の場所を不自由なく描写できる舞台美術だった。その上で、演劇という生の作品だからこそメッセージ性の伝わる作品構造にもなっていて唸った。
舞台装置、映像、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージ上には下手側と上手側に二つの回転舞台が設置されている。下手側の回転舞台は、橋本香の自宅、橋本香の自宅前の玄関、橋本浩二が社長をする芸能事務所の3つが回転することによって表現されていた。上手側の回転舞台には、菅原裕一の自宅、菅原と野口が会う喫茶店、橋本智子の経営するスナックが回転することによって切り替わるような舞台セットになっていた。
また、ステージ中央には該当シーンになるとサウナ室や菅原と今井がよく飲みに行く居酒屋が移動式でセットされるくらいの空間があった。
さらにステージ後方には、下手側から上手側に向かって高所に歩道橋のような渡しがセットされていた。第一幕の終盤で、橋本浩二が酔っ払って嘔吐するのはこの高所からで、そこから水が降ってきて下にいた菅原に水が直撃するような仕掛けになっていた。
またステージ背後には、東京の街中を想起させるようなビル群の装飾が施されていて、舞台全体で令和の東京を描写していた。
全体的にギミックの多い舞台セットだが、全体的に現代の東京をイメージして作られているので、非常に具象的な舞台セットとなっていて、だからこそ映画でも表現出来る世界観なのではないかと思ってしまった。

次に、映像について。今作では非常に映像を様々なシーンで様々な演出によって多用されている。メディアを扱った作品だからだろうか。
まずは、映像というよりはテレビが登場するシーンが多い。橋本香の自宅に設置されているテレビから、加藤勇の音楽プロデューサーとしての特集が番組内で放送される演出や、菅原裕一の自宅のテレビで国民的人気アイドル橋本香の特集が放送されたり、昼の情報番組で加藤勇の釈放の様子を報じてコメンテーターが感想を言い合うなど、非常にリアルな劇中の番組が放送されていた。メディアが人々に与える影響を上手く描いた演出だった。
次に、野口と橋本香が二人で実際に会うシーンで、街中を多くの人が行き交う演出が挿入されている。その時に、映像でもプロジェクションマッピング的に人の影を沢山投影していて、現代の東京の街を描いていて興味深かった。それによって、橋本香という有名人が多くの見知らぬ人にまで知れ渡っている事実と、それを成し遂げてしまうメディアの影響力の大きさを上手く物語っていた。
菅原裕一が若手記者によってスキャンダルを起こされ、SNS上で誹謗中傷を受けるシーンの映像演出が痛烈だった。「新聞記者、死ね」など心無いメッセージがステージ上に一杯に映像で映し出され、SNSの影響力の大きさや、これだけ誹謗中傷を浴びてしまうと精神的に大ダメージを与えうるというネット社会の怖さも物語っているように感じた。
そして、映像演出で一番印象に残ったのが、橋本香の芸能活動復帰に伴う謝罪会見である。このシーンのみ天井からはステージ前方にスクリーンが降りてきて、全ての舞台セットが客席から見えない状態になった。さらに、その手前に橋本香の謝罪会見用の席が用意されていた。その前に取材する記者たちが群れをなして撮影していた。その時に映し出される映像は、ライブカメラでドアップで橋本香の様子を映し出している。まるで本物の芸能人の謝罪会見を生で見させられているかのような緊張感である。ドアップで映像で映し出されるからこその迫力があって非常に見応えのある映像だった。こんな演出は見たことがなかったし、こうすることで観客自身もこの作品の当事者にしてしまえる巧みな演出で心動かされた。

次に舞台照明について。
個人的に印象に残ったのは、加藤勇と橋本香が深夜に二人でいる所に白いスポットが当てられ、その片隅に菅原がカメラを向けているシーンの照明が印象に残った。自分たちも加藤勇と橋本香がこっそり付き合っている様子を覗き見している感覚だった。
また、第一幕終盤で、ステージ全体から光量の強い白い照明がガバッと客席側に一瞬向けられた演出があった。第一幕の終盤では第二幕のストーリー展開の伏線となる演出が施されることが多いので、これは第二幕で橋本香の謝罪会見で観客を巻き込んで当事者にされる演出を暗示させる伏線だったのかもしれない。しかし、流石にこの演出はちょっと眩しすぎて観客からクレームが来るレベルなんじゃないかと思うので、他の方がどう感じたのかも含めて興味深い演出だった。

次に舞台音響について。
一番印象に残っているのは、菅原が加藤勇と橋本香をスクープしていたカメラのシャッター音、あのシャッター音の鬱陶しいほどの連打が、確かに盗撮されている感じを上手く醸し出していた。
あとは、テレビから流れる音声や、スナックでアケミが歌う音声、各キャストのマイクからの音声、謝罪会見などでセットされるマイクからの音声と、おそらくこの舞台は至る所に音響設備の動線が複雑にセットされていて凄いなと感じた。かなり守備よく且つ上手く配線を準備しておかないと実現しない演出の数々だったと思う。そのような複雑な演出を実現させていたスタッフたちにも賛美を送りたい。
音楽も、かなり映画寄りでスリリングなBGMが多かった印象だった。ここに関しても映画っぽさを感じた。

最後にその他演出について。
橋本香の謝罪会見が最も印象に残ったのは事実なのだが、そちらは今作のメインメッセージになるので考察パートで触れるとして、次に印象に残ったのは、水を使った演出である。
水を使った演出は二箇所あって、一箇所目は第一幕終盤で、橋本浩二が酔っ払って高所から嘔吐したもの(水)がその下にいた菅原の頭上から降ってきて水を被るという演出があった。橋本浩二の立場からすると、自分の娘の彼氏と初めて飲むことが出来てつい酔っ払ってしまったというのと、自分の娘だけは自分が芸能界で果たせなかった夢を実現させて欲しいという切実な願いから正気を失って嘔吐してしまったと思われる。一方で、そんな嘔吐を菅原が被るのは一つの意図があるように感じていて、第二幕で菅原は自分自身が世間の誹謗中傷を受ける側に回ることになる。つまり、ネット上の心無い誹謗中傷といったヘドロを被ることになるから、その伏線という解釈も出来るのではないかと思った。
もう一箇所、第二幕の終盤で雨が大量にステージ上に降ってくるという演出がある。菅原は最初から傘を差さずずぶ濡れで、最初傘を差していた鈴木里美も途中から傘を手放してずぶ濡れになる。このシーンでは、鈴木が彼氏の菅原のことを今井と付き合っている同性愛者だと罵って家を出ていってしまったことを謝罪し、菅原もずっと仕事漬けで鈴木のことに目がいっていなかったことを詫びて仲直りするシーンである。ここでなぜ雨を大量に降らせたのか、これはお互いの心境なのかなと思った。お互い傷ついて精神的ダメージを受けたことを表し、仲直りしたことで雨が止んでお互い打ち解け合うという描写なのかなと思った。

写真引用元:ステージナタリー Bunkamura Production 2024「ハザカイキ」より。(撮影:福山楡青)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

三浦大輔さんの舞台作品によく出演されるキャストから、今注目の人気キャストまで揃った豪華な俳優陣だったが、皆素晴らしかった。
印象に残ったキャストについて見ていく。

まずは、主人公の週刊誌の芸能記者である菅原裕一役の丸山隆平さん。丸山さんは、SMILE-UP.所属でSUPER EIGHTのメンバーである。舞台にもよく出演されているが、私は丸山さんの演技を拝見したのは初めて。
第一幕は、ひたすら加藤勇と橋本香の二人の熱愛スクープを報じるために隠し撮りし続けるというキャラクターで、全然好きになれないキャラクターだった。橋本香の友人の野口から情報を聞き出しておいて、影で今井と呑みながらあの女はヤバいと語り合う感じも好きになれなかった。
しかし、第二幕になると次第に菅原という人物に感情移入できるようになっていくのが今作の面白みだった。菅原は今までずっと芸能記者として芸能人を陥れる側であったが、いざ若手記者に同じことをされると、いかに芸能人に対して自分がスキャンダルで痛い目に遭わせていたのかを突きつけられる。印象的なのは、周囲の物音が全て自分に向けられて罵声のように感じてしまうというもの。誹謗中傷で攻撃された有名人というのはそういう錯覚に陥ってしまうのだろうか。
これは、芸能記者の菅原という人物を通じて、スキャンダルを報じる人間というものが、いかに芸能人たちを苦しめるだけにしかならない卑劣な仕事であるのかを厳しく批判した作品のようにも思えた。スキャンダルに遭った芸能人や誹謗中傷を受けた芸能人であったら、誰もが共感する作品なのではないかと思う。また、彼らが今作を観劇してどう感じたのか気になる所である。

次に、国民的人気アイドルである橋本香役を演じていた恒松祐里さん。恒松さんの演技は、舞台『パラサイト』(2023年7月)、シス・カンパニー『ザ・ウェルキン』(2022年7月)で拝見している。
なんといっても、第二幕終盤の橋本香の謝罪会見の熱演が素晴らしかった。かなりの長台詞で、観客が皆橋本香の声と表情に集中するので、とんでもなく責任のあるモノローグだったと思う。しかも、それをまとまっているようなまとまっていないような長台詞を全部覚えてこなすという至難の業な演技でもあるので、相当に演じ方なども苦労されたんじゃないかと思う。
まだ理路整然とまとまった長台詞なら演技もしやすいと思うが、その謝罪会見には余白も沢山あってその言葉に一体どういった意味が込められているのか、それらを想像しながら演じるしかないので非常に骨が折れたと思う。それを完璧に熟されていて素晴らしかった。今までとは全く違う恒松さんの芝居を見られて良かった。
また、第一幕はアイドルとして橋本香を演じていて、そこからの第二幕なのでそのギャップも素晴らしかった。1000年に一人の逸材という設定と橋本という名字から、橋本環奈さんを想起してしまったが、第二幕のあの謝罪会見を迫力を持たせて出来るキャストは恒松さんしかいないと思った。
正直、ここまでの恒松さんの名演を見たことがなかったので、恒松さんの演技力の底力を知った気がする。他の舞台でももっと恒松さんの演技を見たいと思った。

個人的に好きだったのは、芸能事務所の社長を務める橋本浩二役を演じた風間杜夫さんも素晴らしかった。
あの、中年男性でないと出せないような昭和の親父っぽさが凄くあって好きだった。きっと令和だとああいう人物像は一方的に老害扱いされて嫌われてしまうと思うのだが、個人的には橋本浩二にも感情移入ができた。
橋本浩二は、過去にスキャンダルに遭って芸能界から姿を消さざるを得なかった存在、スキャンダルは若き橋本浩二の夢を奪ってしまった存在だった。だからこそ、そんな自分が達成できなかった夢を娘に託そうと芸能事務所を立ち上げ、社長を務めた。娘の香にはスキャンダルに遭って夢を破壊されたくない。だからこそ、娘のことになると周囲が見えなくなってマネージャーの田村に厳しくしてしまうのも非常に頷けた。
好きだったのは、橋本香の自宅で加藤勇と二人で飲んでいるシーン。表面上は生意気な加藤勇を可愛がっている感じが非常に雰囲気が出ていて良かった。
そして最後に、パワハラで訴えてきたマネージャーの田村に謝罪しているのも良かった。人は常に行き違ってしまうもの、そういう謙虚な姿勢を最後に見られたからこそ、余計にこの社長は個人的には嫌いになれなかった。

音楽プロデューサーの加藤勇役を演じた九条ジョーさんも素晴らしかった。九条さんは、どうやらかつてお笑いコンビ「コウテイ」として活躍していたようである。演技拝見は初めてである。
まずあのビジュアルが音楽プロデューサーらしくてマッチしていた。金髪で柄のある服を着て、いかにもチャラそうな感じが若手の実力音楽プロデューサーらしかった。
そして、橋本香の父の橋本浩二と二人で飲んだりシーシャをするも、加藤自身はかなり苦手意識を感じているのだなというのも演技から分かるので凄いな、リアルだなと思った。実際、橋本浩二が去った後に伊勢丹みたいな匂いがすると言ったように、きっと自分とは違うと感じていたに違いない。
確かに、外見チャラそうで、私もあまり好きになれないキャラクターではあったのだが、橋本香が父と違って自分のことを気遣ってくれていたと話していた所から、どこか内面的に魅力的である部分はあるのだろうし、それは頷けるとも感じた。
結論、凄くハマり役だった。

写真引用元:ステージナタリー Bunkamura Production 2024「ハザカイキ」より。(撮影:福山楡青)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは私が今作を観劇して感じたことを踏まえて、昨今のメディアとSNSのあり方について考察していこうと思う。

私は正直、今作を考察するということが野暮ではないかとさえ思っている。というのは、この作品のメッセージ性こそが、言葉や表情の余白を解釈して発信していくことが悲劇を生むことだと訴えているように思えたからである。
順を追ってそのことについて説明していく。

SNSが社会に大きなインパクトを与えるようになった一番の怖さというのは、その言葉を自由自在に解釈して全世界に発信出来てしまうということだと思う。そしてそれが大きな影響力を持つため、自分が思いもしていない印象操作によって自身の権威が失墜してしまうのである。
今作でいうと、加藤と橋本香の熱愛スクープである。芸能記者は、この熱愛スクープに「疑惑」とつけることによって自分たちの逃げ道を確保しながら、この二人のイメージ操作を行うことが出来てしまう。この熱愛スクープが報じられたことによって、世間の人々は音楽プロデューサーという身分でありながら、あんな国民的アイドルと付き合うなんて許せないと解釈して叩くことが出来るかもしれない。この熱愛報道によって、加藤勇のイメージは世間的に大幅に失墜したに違いないだろう。さらに加藤勇が過去に犯罪歴があるということで逮捕されたことで、そんな人間が国民的人気アイドルと付き合っていたとあれば世間は絶対に許さないだろう。
ここで注目したいのは、橋本浩二が散々加藤勇のことを悪く言っていたタイミングで、橋本香が加藤勇はそんな人間じゃないと人間性を誉めていた所である。橋本香はプライベートの時間も含めて長いこと加藤勇の近くにいたので、彼の本当の姿もよく知っているはずである。にも関わらず、橋本香が加藤勇に対して感じていたような印象とは全く違う悪い印象が世間では一人歩きしてしまっていたのである。
これは、メディアの報じ方とSNSでの炎上が招いた、加藤勇に対する印象操作なのかもしれない。

人間は正しいと思われる情報を得ようとするのではなく、自分を正当化してくれる情報、自分に都合の良い情報にすがりたがる傾向があると思う。だからこそ、正しいことではなく誤ったことが世間全体に蔓延してしまうことも令和の時代には少なくない。
今作でも、それに似たようなことが引き起こされる描写がある。例えば、鈴木里美はテレビでLGBTQに関する特集を見ていた。そこに今井がやってきて、今井と菅原がしょっちゅう二人で飲みに行っているので二人はそういう関係なんじゃないかと追求した。これは、まさに鈴木里美が、自分の同性相手である菅原がいつも家を留守にして自分に時間を割いてくれないという不満から、LGBTQという新しい価値観を利用して今井に追求したんじゃないかと考えらえる。しかし、これはよくよく考えてみればアウティングになってしまい、二人の意志を尊重した言動には全くなっていない自分勝手な言動である。LGBTQという新しい価値観を利用して自分を正当化する、つまり自分に都合の良い情報だけを盾にして相手を攻撃しているように私は感じた。
橋本香のマネージャーの田村もそうである。橋本浩二が娘が芸能活動休止になって自暴自棄になったことによってマネージャーを責めた。しかし田村は耐えきれずそれを上司からのパワハラと決めつけて訴えた。もちろん、橋本浩二が机を田村にぶつける行為自体は良くないと思うのだが、今までずっと肩身を狭くしていきなり姿を消してパワハラで訴えるというのは虫が良過ぎてしまう行為である。ここにも、自分の都合の良いように新しい価値観にすがる行為が見え隠れした。

マスコミやSNSによる印象操作と多様性のある価値観・考え方を自分の都合の良いように捉えてすがる行為、それがこの令和という時代に横行しているからこそ、橋本香の謝罪会見が意味を成してくるのだと思った。
橋本香は謝罪会見の冒頭で、今から語る言葉を語った言葉そのままで受け取って欲しいとオーディエンスに懇願する。橋本香は、その直後に水分補給をするが、その水分補給はオーディエンスは香自身が緊張しているのではないかと解釈するかもしれないが、決してそうは語っていないし、それこそ勝手な解釈だと警告した。
橋本香の謝罪会見から、明確なメッセージ性はつかみ取れなかった。自分はずっと国民的人気アイドルとして商品のように扱われてきたということ、付き合っていた加藤勇が逮捕され芸能活動を休止していたことを語ったが、決して彼女は世間に対して怒っているとかそういう直接的な言葉は一切なかった。
しかし、きっと橋本香の前置きがなかったら、この謝罪会見は橋本香は世間に対して怒っているに違いないと報じるのだろうなと思った。いや、実際あれだけ橋本香が忠告しても、彼女は私たちに向かって怒っていると報じるのかもしれない。しかしそれこそ同じことの繰り返しで、そういう勝手な解釈が多くの人を苦しめてしまうのである。
そしてそれを、観客の目の前で演劇的に謝罪会見をリアルで行うことによって、その加害者に私たちもなり得ることを切実に訴えているのである。
このシーンの少し前に、加藤勇が釈放されるシーンがあった。加藤勇はカメラの前で謝罪をしていたが、その時私は、加藤は果たして本当に心から謝罪しているのだろうかと感じた。そして案の定、劇中でこの映像を見ながらコメンテーターが本気で謝っているように見えないと指摘するのである。しかし、それは橋本香の謝罪会見への伏線で、そういう相手の表情から読み取りうる勝手な解釈こそが、今の情報時代において最も危険であることを忠告していたと考えられる。

しかし、今作は一つ私たちに希望を提示している。それは面と向かって謝罪をするという行為である。
第二幕終盤で、菅原と鈴木里美はお互い面と向かって謝ることで仲直りをし、橋本浩二とマネージャーの田村修も面と向かってお互いに謝罪することで仲直りしている。人間はどうしても弱い生き物だから、自分の感情を正当化してくれる価値観や意見を盾にしてしまいがちである。そこには、その人なりの都合の良い解釈があって、その都合の良い解釈で人を傷つけてしまう。
しかし、実際にその傷つけた相手に対面で会うことが出来るのなら、お互い謝罪することによって仲直りすることは可能だと。つまり、SNS上の匿名で出会うことが出来ない存在でない限り、謝罪というのは非常に重要なことであることも教えてくれた。これこそ、オンラインや匿名で人と繋がることが出来るようになってしまった時代への、一つのアンサーではないかと思う。
対面で直接語り合えることの素晴らしさ、それこそが情報化社会で最も大事な行為なのだということを暗に教えてくれているような気がした。

しかし、こういった作品の考察・解釈自体も下手すれば思いもよらない誤解や印象操作を与えてしまうことになるかもしれないので、これは正論ではなくあくまで私個人が、この作品から見出した一つの結論ということだけは伝えておきたい。そうでないと、この作品のメッセージに背くことになってしまうような気がするから。
今回は個人的にはかなり学びのある舞台観劇だったと思うし、こうして時間をかけて整理して言語化して良かったと思えた。


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