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木下順二『夕鶴』を読んで。【感想文】

学生時代にレポート提出した、「夕鶴」の感想文。
「鶴の恩返し」ってバッドエンドなのかなぁ。




 木下順二作、『夕鶴』を読んだ。ほんの数十分で読み終わった。ほんの短い時間だったのに、この、読み終わったあとの、言葉では形容し難い切なさは一体なんなんだろうと、悩み、そしてそんな切なさをたった数十ページの物語が与えてくれたのだと不意に強く感じて自分は驚いた。

 『夕鶴』…それは『鶴の恩返し』を題材としており、その童話は幼い頃読み聞かせか何かで自分の記憶に残っていたためか、読みやすかった。しかし読み進めていくにつれて、違和感を感じた。その違和感の正体はすぐに分かった。それは童話を読み親しんだあの頃では味わえなかった“登場人物の心情が擦れ違う切なさ”を、今の自分は感じ取ることができ、また新たな発見、解釈として受け入れた自分と『夕鶴』の間との違和感だったのだ。
 自分の記憶の中の『鶴の恩返し』は、鶴を助けた老夫婦の元に若い女が訪ねてきて、彼等のために羽織をする女の姿を、覗いてはいけないという約束を破り、その正体(女=鶴)を知ってしまい女は元の姿(鶴)に戻って彼等の元を去る、といった一連の流れである。自分は、いいことをすればその分自分に返ってくる(鶴を助けた爺はそのお礼として上等な織物を織ってもらった)、ということと、人との約束を破ってはいけない(女との約束を守らなかったから鶴は帰ってしまった)、と何とも幼稚な考え方しか今まで持っていなかった。むしろこれが正解以外のなにものでもないと感じていた。
 しかし『夕鶴』を読んで、この物語はもっと深い…と思えるようになった。
 まず、つう(『鶴の恩返し』でいう鶴にあたる人(?)物)と子供達が戯れている場面で、つうが人間に対して優しさや愛情を抱いていることがわかってなんだか嬉しかった。つうは元々人間によって仕掛けられた罠で傷ついたのに、恨んでもいいはずなのにな、と思った。が、きっとつうの人間に対する清らかな感情は、つうが与ひょう(『鶴の恩返し』で鶴を助けた老夫婦にあたる人物)に対して抱いてる感情なんだろうと思った。つうが人間である与ひょうを愛してるから、子供達への愛情も生まれたんだとそう思った。
 “登場人物の心情の擦れ違い”、そしてそこから生まれる何とも言えない切なさや物苦しさが凄い勢いで自分にふりかかってきた。これもまた、この童話を読んだ際に幼少期の頃には味わえなかった感覚だった。

 まずは与ひょう目線で考えてみる。友人(?)に騙されているのに気づかずに、自分がつうといるだけで幸せだと自覚しているのに彼女に千羽織りをねだる、お金のため、つうが悲しんでいるのには気づかずに自ら幸福を失ってしまう…こういった捉え方が自分の従来の考えに近いものだった。しかし本当にそうだろうか。与ひょうは何故そんなにお金が欲しかったのか、いや、そうではない。
 与ひょうは都に行くことを切に願っていた。それはつうと一緒に都の綺麗な町々で過ごしたかったからではないだろうか?つうと都に行けば、もっともっと二人は幸せになれるのではないか?と、そう思っていたにちがいない。だからつうへの愛が薄れたりだとか、つうから離れたいとは微塵も思ってなかったと思う。与ひょうはつうが幸せになってくれればよかったんだ。そしてそのためにお金が必要で、それで仲間に唆され、つうに羽田織りを命令したんだ。(なんだこの優男…。自分の中の感涙ポイント①)

 次につう。つうは何度も言っているように純粋に、そして素直に与ひょうを慕い、愛していた。(その愛が必死すぎて、現在の目線で見るとヤンデレっぽく感じた点はあったが…。それだけ与ひょうを好きだということだ…なんだこの素敵な乙女心…。自分の中の感涙ポイント②)だから、身を削ってでも、与ひょうが望むなら、と二度も自分の羽で織物を作ったのだろう。個人的につうの与ひょうへの愛情が可愛らしくて、切なくてほんとに堪らなかった。つうもまた、与ひょうの幸せを願っていたからこそ、彼と居たかったからこそ、羽織りを一度は拒絶したのだ。与ひょうと擦れ違う想い。同じ気持ちなのに擦れ違っているなんで悲しすぎる。(自分の事中の感涙ポイント③)

 ここは自分の勝手な解釈だが、与ひょうもつうも、ずっと独りぼっちで苦しんでいたのではないかと感じた。与ひょうは、仲間から慕われているわけでもなさそうだったし、甘えられる、寄り掛かれる存在を求めていて、つうは与ひょうに助けられるまでは独りで苦しんでいたわけだし、二人が手を取り合うのは当たり前(という言い方が適切かどうか微妙だが…)だったと思う。だから幸せになってもよかったのに…と強く思ったが、果たして彼等にとっての幸せとは一体なんなんだろう?

 つうがずっと人間の姿のまま、与ひょうと生きて行くことなのか?

 与ひょうが得たお金で二人で都に遊びに行くことか?

 もしもあの時、与ひょうが覗いていなかったら?

 そして彼から離れて行った孤独な鶴は、一体どこに向かったのか?

 織物を抱きしめた憐れな男はどこに進むのか?

 その先に幸せは、あるのだろうか?


 なんとも難しい課題だ。自分はまだ答えを見つけられていない。木下順二に直接問いただしたい気分だ。「二人を幸せにするにはどうしたらいいんだ?」と。(そんなことは不可能なことだが)

 その答えが見つかるまで自分はページを何度もめくりつづけるだろう。

 また、演劇作品としてもう一度ちゃんと観てみたいと思った。そうすれば新たな解釈が見えてくるかもしれない。
 そして二人のこの切ない恋物語がこれからもずっと語り継がれればいいなぁと、切実に思った。











素敵なサムネイル画像、お借りしました。
https://www.pixiv.net/artworks/90088410

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