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ランキングや他人の評価に振り回されない

コンビニのデザートをホテルの料理人とか、有名店のパティシエとかが食べて評価して「合格・不合格」の札を出す、というテレビ番組を見たことがある。

コンビニの開発担当者が、考えに考えて、改良に改良を加えて、実際に売り上げも立っている「人気商品」をジャッジされるわけだ。

すごい肩書の料理人たちは、もちろん舌が肥えている。

味にうるさいのは間違いない。(悪い意味ではない)


自分たちの作った食べ物は高価格でやりとりされる日々のため、「味と技術」に価値がついている自負があるだろう。

そのような人たちに、コンビニの商品を評価してもらうのだ。

収録の場に来た、コンビニ側の商品開発担当者たちは「バッサリ切り捨てられる」覚悟でいたことだろう。


一般人の口に合うように、一般人が気軽に買えるように、万人受けしてよく売れるように、開発して実際に結果を出している商品を、ある分野で尖った存在になった料理人にジャッジさせる企画自体に無理があるだろう、と私は思いながら見ていた。

料理人たちが想定した顧客(味を届けたい相手)と、コンビニ側が想定した顧客(味を届けたい相手)は異なるだろう。

しかも、味、おいしい、は「個人の好み」だ。

測るのは難しい。


売り上げランキングに則って、下位から順にジャッジを受ける。

下位でも「合格」の札が出たり、中位でも「不合格」の札が出たりする。

さすがに上位は「合格」の札が多く出た。


舌の肥えた名だたる料理人たちが「味を認めた」コンビニ商品、と言えるわけだ。

そんなに言うなら食べてみたくなる。

しかも、コンビニなら近所にあるわけだし。普段着で行って、すぐに帰ってこれる。


早速、足を運んでみた。


デザート関連の棚には「〇〇で紹介された、ランキング第●位」のPOPが。

そして、その商品は売り切れ。。。

すごいな。

私のような人間が山ほどいるのだろう。


でも、あのPOPを見て気づいた。

「ああ、プロモーションの一環だったのか」と。

「すごい人」の評価を受ければ、「一般人」はその評価を信じる。

自分で考えずに、すごい人の言うことを信じる。だってすごいんだもの。


だから、普段買わない人までも、購入したのだ。

だから、棚から商品が消えたのだ。

よくできている、本当によくできている。

人の心理をコントロールして購入につなげる。よく仕組み化されている。


私は感心して、店を出た。

それから数週間して、その話題を思い出したので、久しぶりにコンビニに行ってみた。

今度は棚に並んでいた。

けれど、あのPOPはなかった。

コンビニのような場所は、1つの戦略だけにしがみついていられない。

常に新しい何かを見せ続けないと飽きられる。そういう大変な場所だ。


さて、難なく、ランキング上位で紹介されていたデザートを手に入れた。

家族で食べてみる。

「さすが上位だけあっておいしいね」

と、娘たちは言っていた。


私は、そうか?と思った。

食べたのは大福だった。

有名料理人たちは、評価していた大福だ。

私には、どこにでもある大福のように感じた。

娘たちには「有名料理人が評価した」が脳内で味をポジティブに変換したかもしれない。

有名料理人がおいしいと言っているのに、「おいしい」と言わないと、自分の舌は「味がわからない舌」だと評価してしまうのだろうか?

でも、そんなケースって味に限らず、いろんな場面である。

絵の良し悪し、文章の良し悪し、作品の良し悪し。

数値化できないもの、数値化しにくいものはその傾向がある。


料理人たちの評価は「やらせ」だったのか?お金が動いたか?みたいな嫌らしい推測も一瞬浮かんだけど、このご時世、テレビで嘘はつかないだろう。

私の推測だけど、料理人たちの評価には「コンビニの商品としては」が頭についているのだと思った。


コンビニで売られる価格帯で作った商品にしては、安定供給のために機械で大量に作る商品にしては、「おいしい」ということなのかもしれない。

絶対値ではなく相対値。


私のように、大福を食べて「大福の味がする」と感じる人間よりも、コンビニの商品だろうが高級和菓子店の商品だろうが、「おいしい」と言える人の方が多分幸せだ。

娘たちをみていて、そう思う。


味のランキングもそうだけど、他人の評価を気にしない生き方は、世間一般と話が合わない副作用が生じるものなのかもしれない。

ランキングや他人の味覚を否定しているつもりは全くない。

誰かが「おいしい」と感じるなら、その「おいしい」は紛れもなく「おいしい」ので、その感覚でいいと思う。

むしろ私は、「おいしい」と胸を張って言える人が羨ましいのだと思う。


自分自身の感覚というか、自分なりの評価軸がないとランキングに振り回されるかもしれない。

それはそれで、辛いのだろうけど。

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