モネ《睡蓮》購入をめぐるウスター美術館の書簡 と アメリカの印象派 ― 東京都美術館の印象派展
上野公園にある東京都美術館では「印象派 モネからアメリカへ」展が始まり、初日の1月27日土曜日に行ってきました。
アメリカ・マサチューセッツ州のボストンに次ぐ第2の都市、ウスター(WORCESTER)にあるウスター美術館が所蔵する作品を中心とした展覧会で、モネの《睡蓮》とアメリカの印象派が主なテーマとなっています。ウスター美術館は1898年に開館し、約4万点のコレクションを所蔵しています。
14通の書簡、電報とモネの《睡蓮》
「モネ オクレ 1テン ハ カウ」
「モネ2点を蒸気船で送ります」
「理事会は1点の購入を承諾しました」
「2テン トモ コウニュウ スル」
展覧会会場の入り口は地下1階になります。5部構成になっていて地下1階後半の Chapter 2 「パリと印象派の画家たち」の最後の部屋には壁に上のような言葉が書いてありました(写真撮影できないので、私のメモ書きから起こしました。ご容赦ください)。そして、その下には14の書簡と電報がアクリル板にはさまれて掲げられています。
ウスター美術館は世界で初めて美術館としてクロード・モネの《睡蓮》を購入しました。ここにあるのはウスター美術館が当時モネの絵画を扱っていたデュラン=リュエル画廊との間でやりとりした19の手紙および電報の一部で、1909年から1910年にかけての資料です。
その資料によると1910年6月に話しが進展しています。美術館は少なくとも1点は購入するからモネの《睡蓮》と《ウオータールー橋》の2点を送るように画廊へ依頼しています。そして、その月のうちに美術館の理事会は1点を購入することを決定。7月に2点の絵画が美術館に到着し、実物を確認した美術館は2点のうちの もう1点の支払い期限を先に延ばせないかを画廊に打診します。画廊がそれを了承すると2点とも購入することが決まりました。8月には最初の1点の支払いを済ませています。
この経緯から《睡蓮》は2万フラン、《ウオータールー橋》は1万8000フランであったことがわかります。そして画廊からは美術館向けの特別に低い価格なので口外しないようにという注意もありました。
こういう絵画購入に関するやりとりを目にすることがないので、興味深く見てしまいました。
そして次の壁には、その《睡蓮》(1908年)が飾られていました。
今回の展覧会を準備していた 日テレイベンツ の 今泉浩美さんは個人的にと断ったうえで note 『アメリカ印象派展制作中!⑤世界で初めて美術館が購入したモネの〈睡蓮〉』を更新していました。それによると、これらの書簡、電報は「高精密画像の複製」を展示したものということです(東京都美術館の方もコピーだと言っていました)。そのnoteからは購入に至る詳しい経緯もわかります。
また、1910年7月に到着したもう一つの絵画《ウオータールー橋》(1903年)は今回の展覧会にはありませんでしたが、今泉さんのnoteに写真が載っていました。
ちなみに、パンフレットにもなっているチャイルド・ハッサムの《花摘み、フランス式庭園にて》は書簡の一つ手前のコーナーに。また、セザンヌ、シスレー、ピサロ、ルノワールなどの作品も同じ Chapter 2 に掲げられていました。
チャイルド・ハッサムのアメリカでの3作品
アメリカにおける印象派の代表的な画家とされているチャイルド・ハッサムは Chapter 2 にあった《花摘み、フランス式庭園にて》をパリ留学中の1888年に描いています。パリ近郊の友人宅での風景ではないかということです。そして、会場1階後半の Chapter 4「アメリカの印象派」では、ハッサムがアメリカで描いた3つの作品が並べられていました。
《コロンバス大通り、雨の日》(1885年)はボストンの街並みを描いたもの。手前の馬車と乗っている人を中心としながら、奥に見える建物や周りにいる通行人がぼやけて見えるのがカメラで撮った写真のようで、何か惹かれるところがあります。
ハッサムは留学前にもパリを訪れていました。1883年にヨーロッパ各地を旅行しており、パリにも滞在していたということです。帰国した当時に開発中だったボストンの街並みは、パリで出会った印象派の様式的な要素を試すためには格好のテーマだったようです。
《シルフズ・ロック、アップルドア島》(1907年)
アップルドア島はボストンより北方向、メイン州とニューハンプシャー州の海岸から15キロメートルほど離れた島でアメリカの人たちの避暑地ということです。ハッサムはアップルドア島を、同じ場所でも時間を変えてその時々の風景を捉えるというモネに近い考え方で描いており、その作品の一つです。
《朝食室、冬の朝、ニューヨーク》(1911年)
ハッサムは部屋の中にひとりでいる女性を描く「窓」というシリーズを続けていました。アジア風ガウンを着た女性が窓の近くに座っていて、カーテンの向こうには摩天楼がうっすらと映っています。
ハッサムは「テン・アメリカン・ペインターズ」という画家の集まりで展覧会を開き、この作品を展示しました。そして、ウスター美術館はハッサムと直接購入交渉しています。その書簡がこの作品のとなりのガラスケースに収められていました。
それによると美術館向け値下げ分を減額した3200ドルで購入したことがわかります。そしてこの作品が『ウスター美術館紀要(Bulletin of the Worcester Art Museum)』で取り上げられたことへのハッサムのお礼とその紀要を数部送って欲しいという手紙も展示されています。
なお、東京都美術館の方に聞いたところ、こちらの書簡は本物ということでした。
Chapter 4 ではフランスで印象派の影響を受けて帰国したアメリカの画家たちだけでなく、その画家たちの影響を受けた地元の画家たちの作品も並んでいます。
ジョゼフ・H・グリーンウッドはウスター出身で、マサチューセッツ州の風景、《リンゴ園》(1903年) や 《雪どけ》(1918年)を描いていました。
2階の会場は Chapter 5「まだ見ぬ景色を求めて」です。
絵画会場の最後の部屋では、デウィット・パーシャルの《ハーミット・クリーク・キャニオン》が存在感を示しています。グランド・キャニオンの近くを走る鉄道会社が5人の画家たちを目隠しして連れていき、現地で目隠しを外して絵画を描いてもらったということです。つまり画家たちが初めて見る風景で、パーシャルの作品もその一つということでした。鉄道会社によるグランド・キャニオンの観光需要を喚起するための企画で、広告ポスターとしての役割だったのでしょう。
撮影ポイントは4か所
会場は原則として撮影禁止でしたが、4つの撮影ポイントが設けられていました。
最初が入り口のポスターです。モネの《睡蓮》を拡大し、色のついた光が流れるように投射されています。でも、動画禁止とあった(ような)ので、私は写真だけにしましたが…
2番目のポイントは1階の Chapter 4「アメリカの印象派」を出たところにありました。Chapter 2 にあったハッサムの《花摘み、フランス式庭園にて》のポスターです。赤と白の花の画像がポスターの手前に置かれ、それにあわせるようにポスターの位置を下げています。花の画像の後ろに立つと立体的な写真を撮れるような仕掛けになっているのでしょうか。(地下1階会場 Chapter 2 の出口にはウスター美術館の説明が掲げられていました。なので、この撮影ポイントは一つ上の1階に置かれたようです)
2階会場は Chapter 5 の後に映像コーナーがあり、その次が撮影ポイントでした。展覧会の15作品が並べられています。どれもこの展覧会で記憶に残る作品でした。
(参考)並べられている作品
(上段左から)
アルフレッド・シスレー《洗濯場》
メアリー・カサット《裸の赤ん坊を抱くレーヌ・ルフェーヴル(母と子)》
ジョゼフ・H・グリーンウッド《リンゴ園》
ポール・シニャック《ゴルフ・ジュアン》
フランク・ウェストン・ベンソン《ナタリー》
(中段左から)
クロード・モネ《税関吏の小屋・荒れた海》
チャイルド・ハッサム《朝食室、冬の朝、ニューヨーク》、《コロンバス大通り、雨の日》(タイトルをはさんで)《シルフズ・ロック、アップルドア島》
(下段左から)
クロード・モネ《睡蓮》
アンデシュ・レオナード・ソーン《オパール》
ジョン・ヘンリー・トワックマン《急流、イエローストーン》
チャイルド・ハッサム《花摘み、フランス式庭園にて》
ジョルジュ・ブラック《オリーヴの木々》
デウィット・パーシャル《ハーミット・クリーク・キャニオン》
… だと思います。
そして最後の撮影ポイントは1階のエスカレータールームにありました。会場を出て、1つ下ったところです。椅子に座って記念写真を… ということのようですが、私のように、椅子に座らずに景色として撮影している人が多かったように思います。
写真には外の景色も映っています。この場所は外から見えるポスターの位置になります。このnoteで本文の最初に載せた写真の場所です。
ショップには美術館の名前の「ウスター展ソース」も
場所を戻りますが、会場最後の部屋は展覧会ショップです。モネの《睡蓮》が描かれたTシャツ。猿田彦珈琲のドリップコーヒーの袋にも《睡蓮》の絵が見え、箱を開けると他の作品のパックもあり合計5パックが入っていました。
図録は表紙が2種類。一つは表がモネの《睡蓮》、裏がパーシャルの《ハーミット・クリーク・キャニオン》。もう一つは表がハッサムの《花摘み、フランス式庭園にて》、裏がグリーンウッドの《リンゴ園》でした。表紙が違うだけで内容は同じということです。
おもしろいのは、美術館の名前にあわせた「ウスター展ソース」が置いてあったこと。この時は展覧会ショップでしか扱っていないとアピールしていました。でもウスターの街の名前はイギリスのウスターシャー州のウスターからきており、そこはウスターソースの発祥の地ということですので、そう離れた話しでもないようです。
エスカレーターホールから
ショップを抜けるとガラス張りの空間があります。エスカレーターホールです。ここには緑、赤、青、黄の椅子が置かれて休憩もできます。東京都美術館は休憩スペースにこれらの色の椅子を並べて置いてあるのが一つの特徴です。ここからは向かい側の公募棟や入り口の庭を眺めることができます。球体の作品も上から鑑賞できました。
レストランでは
中央棟の1階、2階にはレストランとカフェがあります。企画展が開催されている期間には作品をイメージした料理が用意されますので、入り口でメニューを確かめてみるとおもしろいかもしれません。
2階の レストラン・ミューズ ではボストンクラムチャウダーとハッサムの《花摘み、フランス式庭園にて》をイメージした「真鯛のポワレ 春菊のソースで」が用意されていました。1階の レストラン・サロン ではモネ、パーシャル、ハッサム、グリーンウッドの作品をイメージした特別なコース料理。同じ1階の カフェ・アート ではグリーンウッドの《リンゴ園》にあわせて 焼リンゴ に スコーンを添えて提供されていました。
アクセス ― 東京都美術館へ行くには
私は会期初日の1月27日土曜日に行ってみました。最寄り駅のJR上野駅の公園口改札を出ると、寒い日にもかかわらずたくさんの人たちが歩いています。ほとんどの人は改札からまっすぐ前に見える上野動物園の入口を目指しているようで、近くにいた子供連れ家族の会話からも動物園を楽しみにしている様子がわかりました。
途中にある国立西洋美術館の前には行列が…。そこで開催されている企画展「パリ ポンピドゥーセンター キュビズム展 美の革命」はこの週末で終了します。その前に鑑賞したいと訪れた人たちでした。
上野公園の真ん中にあるスターバックスの前の十字路までくると、東京都美術館の建物が良く見えます。夏場は木々の葉っぱで隠れてしまっていたのに、いまは建物の形がはっきりとわかります。
東京都美術館は地下1階が入り口です。中庭のエスカレーターを下り、建物に入ると左へぐるっと回り込み、コインロッカーで荷物を預け、事前予約したチケットのQRコードを受付で見せて中に入ります。予約時間帯のスタートは過ぎて行列が解消されていたようで、すぐに入れました。
巡回展
今回の展覧会は巡回展も予定されています。
郡山市立美術館(福島、4月20日から6月23日)
東京富士美術館(八王子、7月6日から9月29日)
あべのハルカス美術館(大阪・天王寺、10月12日~来年2025年1月5日)
ただし、東京都美術館のほかでは、日本の美術館が所蔵する数点(1〜4点)が時期によっては展示されないということです。
(参考)
図録『印象派 モネからアメリカへ ウスター美術館所蔵』
(Frontiers of Impressionism , Paintings from the Worcester Art Museum)
音声ガイドも参考にしました。
note 『アメリカ印象派展制作中!⑤世界で初めて美術館が購入したモネの〈睡蓮〉』今泉浩美@アートを伝えるクリエイター/ 展覧会企画&コーディネーター
(2024年2月2日、1月27日土曜日に行ってみました)
(追記)
展覧会のX(旧Twitter)でクロード・モネの《睡蓮》とチャイルド・ハッサムの《花摘み、フランス式庭園にて》が紹介されました。こちらになります。
(追記は2024年2月11日)
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