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【年齢のうた】ムーンライダーズ その3 ●蛭子さん、「だるい人」で40代の気持ちをフライング気味に綴る

サマーソニックに行ってきました。
ええ、暑かったですとも。ただ、僕が行った東京2日目は、前日より、まだ良かったと思いますね。自分はメッセにいた時間が長かったですし。

メッセの中も盛況でした

ケンドリック・ラマーの破格のパフォーマンスに驚愕! すべてが圧倒的でした。
ひさびさに観たリアム・ギャラガーは、これまたさらにひさびさにオアシスの曲の連発で、感動。今後、何かがある気もしました。

ZOZOマリンスタジアムでは
マリーンズの雰囲気を各所に実感

キッド・ラロイのパフォーマンスは高いスター性と真摯さが感じられて、若いのに大したものだなぁと感嘆。巨大会場のヴィジョンに自分がどう映るからまで意識した立ち居振る舞いだったと思います。スケジュール上、自分的には動きが大変だったけど、スタジアムまで移動して彼を観た甲斐があった。

海浜幕張駅を出たところで
キッド・ラロイのうちわをもらいました

あとは3年半ぶりに観れたインヘイラーも非常に良くて……というのは、親父(そう、U2のボノ)が40年近く前にやってたようなまっすぐなロックサウンドを鳴らしてて、それがほんとにエモかったんです。その前のザ・スナッツもハマりどころが多く、また良かった。彼らにはサインをもらえたし。ウィロー(こちらはウィル・スミスの娘さん)も熱演でしたね。

ザ・スナッツの諸君、ありがとう

ほかに、ポップなメイジー・ピーターズ、話題のFLO……日本勢では、w.o.d.にももクロ、こちらも注目のimaseと、たくさん見ました(ちゃんみな他、どうしても観れなかったアクトもいたけど)。このラインナップは現行の音楽シーンの最前線という感じで、とてもいいですね。
ただ、去年のサマソニはアーティストそれぞれが放ったメッセージ性が高い印象だったのに対して、今年は酷暑のことばかりが話題にのぼり、もちろんそこも大事だけど、ちょっと残念ではありますね。もっとパフォーマンスや音楽について注目されるとベターではないかと。

さて、ムーンライダーズの3回目。
アルバム『DON’T TRUST OVER THIRTY』に突入します。

「30歳以上を信じるな」という自己批判が込められたアルバム


前回までは『アマチュア・アカデミー』までの時代を追った。その後の1985年に、ムーンライダーズはこれまたあまりにもこのバンドらしいアルバム『アニマル・インデックス』をリリースする。どこがそうなのかと言うと、メンバー各人が書いた曲をそれぞれが主導してレコーディングするという、究極の個人主義が貫かれているからだ。当時、そんな作り方をするバンドがいるなんて!と非常に驚いた。なにしろメンバーたちは、全体の仕上がりを把握しないまま制作を進行させていたらしいから。

僕はこのアルバムのツアーでムーンライダーズを初めて生で観たのだが、ライヴの序盤はメンバーそれぞれの前に囲いが置かれ、アイコンタクトもなしにそれぞれの場所で演奏していたことにまたビックリした。彼らはアルバムのコンセプトをライヴの場でも徹底していたのである。

明けて、1986年。この年はムーンライダーズの結成10周年イヤーで、彼らはさまざまなリリースとライヴを一気に詰め込んできた。

まずはビデオ作品の『ドリーム・マテリアライザー』、文庫の新刊である『ムーンライダーズ詩集』、12インチシングルの「夏の日のオーガズム」(これも官能路線か)といったリリース群。

その直後には10周年記念ツアーを敢行。僕が訪れた大阪公演は3時間ほどの長尺コンサートとなった。この時、バンド側は病人続出だったというエピソードが残っている。
そして2枚組のライヴアルバム『THE WORST OF MOONRIDERS』。ファンになってまだ数年だった自分には、彼らのキャリアを把握することができる作品でもあった。それにしても、このタイトル……自己批判? 批判と言えば、ジャケットには彼らの作品を酷評した雑誌のレビューの切り抜きが貼られていて、そこに鈴木慶一をはじめとしたメンバーの怒りを感じ、僕は恐れおののいた。激オコのムーンライダーズ、マジだわ……と。

そして11月に登場したのが、最新のオリジナル作『DON’T TRUST OVER THIRTY』だった。

そう、全員が30歳を超え、鈴木博文が「30」を書いてから2年。今度は、その30歳から上の人間を信じるな、というメッセージをタイトルに掲げた作品なのだ。
なんという逆説。いや、自虐? 並々ならぬものを感じた僕は、このアルバムを大学の生協で買って帰り、聴いて、打ちのめされた。タイトル曲(と言っていいだろう)もそうだし、「マニアの受難」、「何なんだ? このユーウツは!!」と、壮絶な曲が満載。これは自虐であり、またまた自己批判? なんということをするバンドなんだ!と……。とにかく、このギリギリの表現は圧巻だった。

ただ、『ドントラ』(簡略化してこう呼ばれている)はそうした曲ばかりじゃないのも、またミソである。まず「9月の海はクラゲの海」も入っているからだ。これも21世紀に入ってから再評価された曲で、カバーもされるなど、もしかしたら今ではムーンライダーズで最も知られている歌かもしれない。サエキけんぞうによる優れた歌詞であり、岡田徹の作曲。名曲だと思う。

蛭子さんのイメージそのまんまの「だるい人」


そして本アルバムには、タイトル曲と別にもうひとつ、年齢について触れられた曲がある。4曲目の「だるい人」だ。

どことなく植木等のようなスーダラ感というか、つまりクレージーキャッツばりのテキトー感が炸裂しまくる、本当に妙な、珍曲。
何がそうさせているのかというと、歌詞だ。なんとこの作詞を手がけているのは蛭子能収なのである。そう、あのマンガ家の。

蛭子さんはこの頃からもうテレビや雑誌に出ていたはずで、僕も本人のキャラクターはなんとなく知っていた。みうらじゅんともども、タレントとして、かなり不思議な存在だったものである(どちらも『ガロ』に執筆歴あり)。ちょうど自分はマンガをあれこれとよく買っていて、蛭子さんの作品もすでに読んでいた。不条理とか、どうしようもなさとか、そうしたことが描かれていた記憶がある。
その人がムーンライダーズの作品で、しかも作詞でその名を連ねてくるとは、予想外もいいところだった。

そしてこの「だるい人」には、40代についての描写がある。それも各所に。いわく……。

月にでも行ってみたい。
できれば何にもしたくない、金さえあれば。
金が欲しい、自由が欲しい、何もしたくない。

こう唄っているのである。
何だ、この歌? 40代にもなった大人がこんなんでいいのか? そんなダラダラな曲を、ムーンライダーズが唄い、自分たちのアルバムの真ん中あたりに配置するなんて、まったく……とんでもないな!
しかも先ほど書いたように、本アルバムは訳すと「30歳以上を信じるな」というタイトルなのだが、この曲では一足飛びで、なんとその上の40代について言及しているのである。蛭子さん、恐ろしや。というか、そこはたぶん何も意識しないまま、この歌詞を書いたのではないかと思う。

しかも調べてみたところ、蛭子さんは1947年10月の生まれ。つまりこのアルバムが出た1986年11月でも39歳で、まだ40代になっていなかったのだ。来たるべき40代を前に書いていた、というわけである。
というか、この1986年時点までの日本のロック/ポップスの歴史上、正面切って40代についての歌って、おそらくそんなになかったんじゃないだろうか? このへんは【年齢のうた】的に、とても気になるところである。

ただ、当時の蛭子さんは、40代はまだにしてももう大人の年齢ではあり、そこでの正直な気持ちをこの歌詞に書いたのだろう。ぜひ曲自体を聴いてもらいたいのだが、そこから40年近くが経った今聴いても、じつに蛭子さんのイメージそのままというか……だらしない、情けない、でもムリしたくない、自分のままで生きたい、という姿が見えてくる曲なのだ。純粋というか、正直というか。そこがムーンライダーズの世界に、ここでいきなり食い込んでいる。

本アルバムのシリアスなトーンを思うと、「だるい人」はやや浮いているような印象もある。この曲がアルバム全体の息苦しさを緩和する役割を果たしている、とも取れる。

いずれにしても、すごい曲だ。蛭子さんはムーンライダーズの作品群の中に、この歌で見事にツメ痕を残してくれた。

(ムーンライダーズ その4 に続く)


ケンドリック・ラマーの演奏中、
夜空に現れたドローン演出の一部。
サマソニと文化庁のプロジェクトが
コラボしてた模様

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