見出し画像

【Voicy】#本当に読んでほしい本 北岡伸一『清沢洌』中公新書,1987 (2021.8.30放送)

こんにちは、吉塚康一です。私は会社経営の傍ら近代史を研究し、「百年ニュース、毎日が100周年」という放送をお送りしています。本日はVoicy編集部が募集していた「本当に読んでほしい本」というお題で放送を収録してみます。よろしければ最後までお付き合いをお願いします。

本当に読んで欲しい本、ということで、いったい何を推薦したらよいのか頭を悩ませるわけです。私は結構本は読んでいる方だとは思います。しかし1冊を選ぶ、オールタイムベストを選ぶとなると一苦労です。また誰に推薦するか、ここを明らかにしないと選びにくい、ということもありますが、あれこれと考えた末に、ピックアップしたのがこちらの本になります。北岡伸一著『清沢きよし』中公新書(1987)です。政治学者であり歴史学者でもある北岡先生が39歳のときに発表されました、清沢洌の評伝です。清沢洌を御存知の方も多いと思いますが、戦前活躍しましたジャーナリストでありまして、外交問題、特に日米関係の評論で知られた人物です。

この北岡先生の御本は、すでに34年前のものですが、清沢洌の評伝の決定版であるだけでなく、米中対立とコロナ禍で混迷を深めている現代、また増々内向きになっているように思える日本の現在を見たときに、あらためて読み返すべき本であり、また思い返すべき人物(清沢がですね)ではないかと思うところです。中公新書から2004年に増補版も出ておりますので、手に入りやすい本かと思います。

清沢は1890(明治23)年2月8日に長野県安曇市で裕福な農家の三男として生まれました。17歳のときに米国ワシントン州に渡りまして、シアトルの南にありますタコマで病院の清掃夫や、デパートの雑務係をしながら、タコマ・ハイスクール等で勉強をしておりました。米国の底辺で青年時代を過ごしたという意味で、高橋是清とやや似ているかも知れません。また当時は高橋是清の時代以上に、米国における移民排斥運動が厳しい時代でもありました。貧しいだけではなく、人種差別的な苦痛も体験しながら、28歳で帰国。貿易関連の仕事などをしたあと、30歳で中外商業新報(現在の日本経済新聞)の記者となりました。

その後37歳で朝日新聞に移籍しますが、2年後の1929(昭和4)年、自由主義的な記事を右翼に攻撃され退社を余儀なくされます。以後はフリーランスとして様々なメディアで評論を発表しますが、第二次世界大戦を迎えても、一貫して理性的・合理的な外交政策を唱え続け、自由主義の重要性を強調し続けた、当時としては稀有のジャーナリストでありました。

また同時に、清沢は真の愛国主義者でもあり、心情的に大変皇室を敬愛していました。海外生活が長いと、日本がますます好きになる、愛国者になる、という現象は現在でもよく見られると思いますし、私自身もそうだと思います。清沢は海外生活がただ長いだけではなく、多感な青年時代を、移民排斥運動のさなかにある米国で過ごしましたので、筋金入りの愛国者になったのでしょう。

北岡先生の本は、そのような真の国際派であり、自由主義者であり、また個人主義者でもありながら、また同時に真の愛国者でもある清沢の目を通して、日本の思想風土が浮き彫りにされます。清沢は第二次世界大戦のさなか『暗黒日記』と題された日記を書き綴っており、こちらも刊行されています。そして終戦直前、1945(昭和20)年5月21日、すなわち終戦まであと3か月を切ったというところで、急性肺炎で亡くなりました。享年わずかに55歳。もし生きながらえれば、戦後は確実に日本の言論界をリードしたと思われます。たいへん悔やまれる短い人生でありました。

さてこの北岡先生がこの清沢の評伝を書かれたのは1987年ですので、今から思えばバブル経済の真っ盛りというところでした。日本は経済も政治も絶好調に見えていた頃です。しかし北岡先生は本書の最後「おわりに」の一番後ろの言葉を次のように結びました。

あの困難な時代に現実を直視し、分析し続けた清沢の態度と方法から、われわれが学ぶべきことはなお多いというべきであろう。逆境を切り抜けることに比べ、順況にスポイルされないことの方が、容易だとは決して言えないのだから。

「順況にスポイルされる」というのは、環境が良いので油断してしまい堕落する、というような意味だと思います。その危険があるよ、と警鐘を鳴らしたわけです。当時は日本がアメリカを追い抜いた、というような言論も多かったときです。北岡先生は、そのような風潮に対し、「いやいや、アメリカの底力はすごいぞ」「日米開戦のときと同様に日本はアメリカを見くびり過ぎているぞ」「今こそ清沢洌に学べ」と警鐘を鳴らしたわけです。

増補版の序文で御自身も語っていらっしゃいますが、北岡先生の予言は的中しました。日本は順況にスポイルされ、今では「失われた30年」となりました。米国を過小評価しただけではなく、中国をも過小評価したのが日本です。今もそうかも知れません。韓国や台湾に対する目線にも同じような上から目線を感じることがあります。「日本すげー」とか「世界が日本に驚愕」とか、そのような論調を見ていると、ここまでスポイルされて、まだ自らをスポイルするのかと、たいへん心配になります。世界に学ぶことは実に多いのです。学ぶべきなのです。世界に学んで初めて日本が救われるのです。真の愛国者とは何か、もう一度我々、今、考える必要があるでしょう。

ということで本日は「#本当に読んでほしい本 北岡伸一『清沢洌』中公新書(1987)」というタイトルでお話をさせて頂きました。本のURLは貼っておきます。以上、本日は「百年ニュース」「毎日が百周年」こちらとは違う内容で収録させて頂きました。よろしければぜひフォローをお願い致します。ご機嫌よう。

清沢洌



この記事が参加している募集

読書感想文

よろしければサポートをお願いします。100円、500円、1,000円、任意のなかからお選び頂けます。いただいたお金は全額、100年前の研究のための書籍購入に使わせていただきます。サポートはnoteにユーザー登録していない方でも可能です。ありがとうございます。