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【自然への思いが深まる本】『四季を詠む 365日の体感』三宮麻由子

この本の著者である三宮麻由子さんは、4歳で視力を失った、ご本人の言葉を借りれば「sceneless」です。
自然に関する造詣が深く、『鳥が教えてくれた空』などのエッセイのほか、子ども向け絵本もいくつか出版されています。

私は『鳥が教えてくれた空』をずいぶん前に読んで、その感性の豊かさに、感銘を受けました。

この本はたまたま図書館で見つけたものです。普段フィクション限定で本紹介記事を書いていたのですが、どうしても紹介せずにはいられなくなり、記事にしてみました。

『四季を詠む 365日の体感』三宮麻由子(集英社:2020年)

この本は、著者の三宮さんが、四季の移ろいをどのように体感しているかということを、様々なエピソードを交えて綴ったエッセイです。

「春に触れる 野草を摘みに」という章では、

私の場合は、草花は点字ふうに一粒単位で触り分けている。イヌフグリのような丸みのある花は特にこの触り方が効果的で、点字を読むように左手の人差し指で花粒を一つ抓むと、一つ一つの硬さや大きさを感じることができる。硬ければ莟、少しボロボロすれば開花した状態だ。その開花した花弁の先端がピンピンしていれば、花は咲いたばかり。鈍い感触ならそろそろ終わりである。

とあります。
草花を触って識別することは難しいそうですが、花のつぼみから終わりかけへの変化が、こんな風に触覚の違いとして感じられるのだなということが新鮮でした。

ハコベの元気な硬さ、ビロードの絨毯のように密生した蓮華、空を指しているような土筆ん坊。草が歌っているような地面を掌でなでると、春に触っている気がして心がどんどんとけていくのである。

という三宮さんの表現が素敵です。冬の縮こまっていた心が春に溶かされていく……、そんな感覚には、共感しかありません。

また、香りに関する記述も興味深いものでした。三宮さんは、香りの違いで、紅梅、白梅、ピンクの梅を識別できるというのです。
こんな記述もありました。

風の香りはどことなく花の匂いが折り込まれたような甘さを帯び、心を揺さぶる力を秘めた埃っぽさをもっている、その匂いのなかに、桃の花、続いて沈丁花の香りが含まれてくると、春はいよいよ深まる。そして、ついに桜が開花する。風には早くも新緑の一端を思わせる青い香りが含まれはじめている。

ちょっと引用しすぎでしょうか。でも繊細な香りの表現に、心を奪われました。

音に関する内容も多くあり、季節による鳥の鳴き方の違い、滝や雨の音について、また植物が出す音についてなど、様々なエピソードが紹介されています。

私が関わっているネイチャーゲームという活動で、目隠しをして電車ごっこのようにつながって歩く<目かくしイモ虫>というアクティビティがあるのですが、これは、視覚以外の感覚を研ぎ澄ますことを目的とした活動です。
私たちは自然から、日々、様々なメッセージを送られていて、感覚を研ぎ澄ませるほど、そのメッセージを、深く受け取ることができるのかもしれない、と感じます。

三宮さんは俳句を趣味とされており、所々で自作の句を紹介されています。
また、自然に関する内容以外に、ピアノやリコーダーといった楽器の演奏や、海外留学、そば打ちなどの経験談も楽しく、いつのまにか三宮さんワールドに引き込まれている自分がいました。

こんなエピソードも心に残りました。
三宮さんが幼少期、近所の(目が見える)子どもたちと一緒に夜回りをした時のことです。
いつも自分をからかってくるいじめっ子と、同じ班で夜回りをすることになり……、何かされるのではないかと最初はおびえていたものの、あることから、いじめっ子との関係性が変化します。
お互い、一歩踏み込めなくて戸惑っているだけなんだな……。と、何だかホッとできる展開に和みました。

人によって感じ方は色々であり、目が見えない方の中にも、自然にあまり関心がない方はもちろんいると思います。
目が見える見えないにかかわらず、感じ方は千差万別なのが当たり前ですよね。
しかし、とにもかくにも、三宮さんがあとがきに書かれている、

この本を通じて、読者のみなさんが私とこの豊かな感覚を共有し、さらなる楽しみを開拓して頂ければ嬉しい。それはとりもなおさず、私たちが「いまここに生かされている」ということを全身で感じる方法でもあるのだから。

という言葉に尽きるのかなと思います。
特に自然が好きな方には、本当にオススメしたい一冊です。

(2023年4月:一部改訂しました)

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